SF関係の本の紹介(2018年上半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「時間砲計画【完全版】」豊田有恒・石津嵐著、復刊ドットコム、2017年7月、ISBN978-4-8354-5501-3、2700円+税
2018/6/28 ☆

 1975年に出版された「時間砲計画」と1980年に出版された「続・時間砲計画」というジュヴナイルSFを、合本して復刊したもの。
  「時間砲計画」では20万年前の時代に飛ばされて、ナウマンゾウ、シフゾウ、マチカネワニ、明石原人に遭遇する。「続・時間砲計画」では8000万年前に飛ばされて、ティラノサウルスやトラコドンに遭遇し、フタバスズキリュウを食べて、知性を持ち道具を使用するドロマエオサウルスと交流する。
 20万年前の日本ならシフゾウよりはオオツノジカに遭遇しろよとか、恐竜が子殺しで絶滅したってなに?とか突っ込みどころは満載。なんでか分からんけど、主人公の子どもの意見が尊重され活躍するとか、複雑な人間関係もなく、なぜかろくに設備のない過去でタイムマシンを再び組み立てて帰ってくるとか、ジュブナイルな展開も大人にはついていきにくい。過去から現代に戻ってくる途中、日本の歴史上の有名人になぜか遭遇する展開では、もう落語にしか思えない。ちょっと面白かったのは、40年ほど前の日本人の価値観が垣間見えるところ。明石原人を大量虐殺してもなんも感じないとか。
 40年前のジュブナイルSFをいま大人には、普通にはお勧めしにくいもんだなぁ。というのが実感。
●「煙突の上にハイヒール」小川一水著、光文社、2009年8月、ISBN978-4-334-92673-1、1500円+税
2018/6/27 ★★

 5編を収めた短編集。最初の4編は、新たな科学技術が社会や生活を少し変える話が並ぶ。個人用ヘリコプター、ネコの首輪に付けられるカメラ、介護用のロボット、メイド型のホームヘルパー用のロボット。技術が、個人の暮らしを、そして社会を変えるに留まらず、翻ってヒトを変えるところまで描かれればさらに良かったかも。というかそういうストーリーが好き。ネコに発信器付ける研究はすでに行われているけど、カメラ付けたらこんな話になりかねないんだなぁ。そこは思いつかなかった。
 執筆されたのは、2007年から2009年。最後の「白鳥熱の朝に」は、新型インフルエンザによるパンデミック後の日本を描いたもの。多くの人が亡くなって日本の都市や社会は変容し、身近な大切な人を亡くした人々は、喪失感や罪悪感と折り合いをつけようと苦しんでいる。2011年以降なら、おそらくストーリーは同じでも、違った設定になっていたことだろう。
●「月と太陽」瀬名秀明著、講談社、2013年10月、ISBN978-4-06-218650-6、1600円+税
2018/6/26 ★

 5編を収めた短編集。執筆されたのは2011年秋から2013年にかけてで、執筆順に並んでいる。著者は東北大学の出身で、前身は理系の研究者なので、研究者あがりの物書きが主人公になることが多い。仙台にゆかりがあるので、しばしば仙台が舞台になっているし、すべての作品に震災と津波の影がつきまとう。
 「ホリデイズ」は自家用飛行機の教習所の話。 「真夜中の通過」はコントロールできなくなった人工衛星を復活させる話。最後の大量のナノサテライトのアイデアはとてもSF的だけど、このストーリーの中ではおまけ。
  「未来からの声」はタイムマシンが発明され、未来の自分からメッセージを受ける話だが。むしろ表皮に貼り付けて、体内の化学エネルギーで駆動するチップを利用したフラッシュ、個人間のデータ送受信システムが面白い。
 「絆」はいわば表題作。結合双生児が、社会にある種の市民権を獲得していく物語。その中で、夢が振りまかれ、結合していない多くの者は喪失感を持つようになる。兄や姉は太陽、弟や妹は月。太陽と月が結合する日食が、重要な意味を担う。といった要素よりも、見たものすべてをクラウド上のメモリに記憶していく疑似コンタクトレンズこそが、気になるガジェット。目薬をさして、疑似コンタクトレンズを眼球にプリントする。すべての人が見たものをすべて記録していき、クラウド上で共有するようになった世界では、人々はどのように振る舞うのか。もっとそこが追求できたんじゃなかろうか?
 「瞬きよりも速く」は、太陽系から情報社会まで高校生向けの講義をするバックグラウンドで、サイコパスがからんだ一つの事件を追いかける話。それを可能にしているのが、人々がこめかみに埋め込んだ通信デバイスと、あらゆる場所に浮かび情報ネットワークを形成しているマイクロドローン。作品中で述べられているように「個々人のパーソナルな情報が、同時にパブリックな素材」ともなる。個人情報の発信が、むしろ安全を保障する。しかし監視社会としての側面も持つ。さまざまな問題が絡み合っていて面白い。 この作品集で一番のお気に入り。
●「カムパネルラ」山田正紀著、東京創元社、2016年10月、ISBN978-4-488-01822-1、1800円+税
2018/6/23 ★

 全体主義的に思想的な統制が徹底されている近未来の日本。メディア管理庁が大きな力をふるい、教育から情報発信までを仕切り、問題のある人物は再教育がほどこされる。メディア管理庁から目を付けられた母を持つ主人公は、母の死後、散骨に向かう途中、メディア管理庁の役人に同行を求められる。
 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」は、メディア管理庁推薦の作品だが、それは我々の知っている「銀河鉄道の夜」とは別ヴァージョンだった。
 主人公は、悪夢のような未来の日本と、宮澤賢治が亡くなった昭和8年を行き来しながら、宮澤賢治の死と「銀河鉄道の夜」の謎を解明しようとする。昭和8年の日本には、なぜか「銀河鉄道の夜」の登場人物であるカムパネルラとジョバンニが登場し、なぜか風の又三郎まで現れる。なぜ過去の日本にフィクションが混じるのか? カムパネルラはどうして殺されたのか? 
 ジュヴナイルSFとして書かれている風でいて、すっきりしたハッピーエンドではない。中に「美しい日本」を揶揄する場面もあり、現実の日本政治への風刺小説でもある。
●「バットランド」山田正紀著、河出書房新社、2018年5月、ISBN978-4-309-02670-1、1800円+税
2018/6/21 ☆

 5編を収めた短編集。「コンセスター」「別の世界は可能かもしれない」には何かしらドーキンスが出てきて進化っぽいテーマらしいんだけど、そこでの進化に絡んだ説明が、不気味の谷に落ちてる感じで違和感がいっぱい。あと「コンセスター」は全然ドーキンスがいうところのコンセスターは関係ない。表題作も「バットランド」は生物学絡めなくても成立しそうなのになぁ。「お悔やみなされますな晴姫様、と竹拓衆は云った」は、時を操ることができる一族が、秀吉の天下取りに協力するファンタジー。でも、これはこのタイトルで書いてみたかったってだけなのでは? 「雲のなかの悪魔」は、この宇宙と四次元的に並ぶ他の宇宙とのコミュニケーションする話。なんだけど、他の宇宙とはコミュニケーションすら不可能なはずなのに、どうして直接的な影響まで及ぼすようになってくるのか不思議。
●「プラスチックの恋人」山本弘著、早川書房、2017年12月、ISBN978-4-15-209736-1、1800円+税
2018/6/20 ★★

 セックス用アンドロイド「オルタマシン」。とくに未成年型のオルタマシンの話。タイトルから分かるように、オルタマシンを恋人であるかのように思ってしまう物語。よくある設定だけど、仮想現実を持ち込むことで、比較的届く範囲の技術で「オルタマシン」をつくってみせたのがポイント。
 主人公の女性フリーライターは、あくまでも取材のために未成年型オルタマシンを利用して、はまっていく。取材を通じて、オルタマシン支持派と否定派を描いていき、やがて事件が起きる。
 リアルとヴァーチャルが、人とロボットが絡み合う中で、犯罪とはなんだろうか。暴力はどこでなら許されるのか。主人公の葛藤はなんなのだろう。オルタマシンをネタにそうした議論が展開される。それこそ、まさにSF的な読みどころかと。
  あと、この世界では“ピアノドライブ”が実用化されつつある。「プロジェクトぴあの」のすぐ後の世界を描いている。「プロジェクトぴあの」を読んだ人は読まねばなるまい。
●「MM9 -destruction-」山本弘著、東京創元社、2013年5月、ISBN978-4-488-01816-0、1900円+税
2018/6/17 ★

 「MM9」3部作の最終巻。当然ながらすべての黒幕のボスキャラが、お供を2体連れて、地球にやってくる。迎え撃つ地球側も、ヒメに加えて 、古くから地球に眠っていた怪獣を呼び寄せる。3対3の団体戦。 気分は怪獣大戦争。
 そして、地球の運命以上にハラハラドキドキだった主人公の三角関係の危機は、おもわぬ形で解決する。
●「MM9 -invasion-」山本弘著、東京創元社、2011年7月、ISBN978-4-488-01813-9、1700円+税
2018/6/16 ★

 「MM9」の続編。続編だけに、最初のインパクトは薄れ、むしろヒトならざる少女を守る少年が活躍する。どうみてもジュブナイルSFののり。もう一つ前作と違うのは、この間に東日本大震災があったことだろう。この続編では、怪獣をまるで地震のアナロジーであるかのような表現が随所に見られる。
 前作でクトウリュウと戦って休眠状態に入ったヒメが、宇宙からの使者と合体して目覚める。使者は地球を神話宇宙からの侵略から守るべくやってきた存在で、普段は普通の人サイズのヒメが、いざとなったら巨大化して、怪獣と戦う。完全にウルトラマンのノリ。ヒメの意識はあまりなく、宇宙からの使者がしゃべりまくって、主人公と恋愛っぽくなるのが、少し違うけど。
 宇宙からの侵略者、地球の神話宇宙化を望む勢力などが入り交じり、次々と地球に怪獣を呼び寄せて、主人公の心はヒメとガールフレンドの間で 揺れ動く。今回もヒメが戦って終了。
●「横浜駅SF 全国版」柞刈湯葉著、角川書店、2017年8月、ISBN978-4-04-072365-5、1200円+税
2018/6/11 ★

 本州の大部分と四国の一部が、すべて自己増殖した横浜駅に占められた日本を舞台にした「横浜駅SF」の第二弾。全国版とあるが、「横浜駅SF」も関東、長野、北海道、九州、四国と日本全国が出てくるので、とくに領域が拡大した訳ではない。
 九州と北海道では、横浜駅進出を防ぐための戦いが続いている。瀬戸内・京都編、群馬編、熊本編、岩手編と連作短編集のようになっていて、横浜駅への抵抗勢力が描かれていく。とくに京都で生まれた「キセル同盟」と、北海道を守るJR北日本のアンドロイドたちが交錯する。アンドロイドたちが新たな展開を牽引しそうな気配。
 なぜか別の短編であるところの後書きがけっこう面白かった。あとどうでもいいけど、能登半島や渥美半島の先が横浜駅化から逃れられるなら、下北半島とか他にも横浜駅化されない半島はあるんじゃないかな?
●「ゆきずりエマノン」梶尾真治著、徳間書店、2011年5月、ISBN978-4-19-863170-3、1600円+税
2018/6/9 ☆

 エマノンは、nonameを逆から読んだもの。生命始まって以来の母系の記憶をすべて受け継ぐ女の子が旅して、さまざまな人と出会うストーリー。たくさんの作品が発表されていて、この本には4編が収められている。
 数十億年の記憶を受け継ぎ、不老不死ではないのに、同じような姿で時代を超えた出会いを紡いでいくストーリーは面白い。宇宙人が出てきて、なんか邪悪な者による地球侵略を防ぐのもいいだろう。でも、「生態系」だとか「地球の全ての生命」 だとか「地球の生命の進化システム」の意思を語り始めるとついていけない。もはや何でもありのファンタジー。
 最初の「おもいでエマノン」からこんな残念な設定だったか気になるのだけど、昔楽しく読んだ思い出があるので、読み直すのはためらったまま。
●「ゲームの王国」(上・下)小川哲著、早川書房、2017年8月、(上)ISBN978-4-15-209679-1(下)ISBN978-4-15-209701-9、(上)1800円+税(下)1800円+税
2018/6/8 ★★

 すごく面白い小説なんだけど、特に上巻はとても多くの人が死んでいく。それも何の罪もない人が、ただただそこで起きている"ゲーム"に破れて死んでいく。主な登場人物の多くが死んでいく。怖いし、精神的に疲れるしで、読むのにとても時間がかかった。そのために★を一つ減らした。
 舞台はカンボジア。赤い上巻は1970年代のクメールルージュによる革命が一人の少年と、一人の少女を中心に描かれる。秘密警察が幅をきかせる階級社会を打破すべく革命は、新たな恐怖政治の始まりに過ぎなかった。
 青の下巻は2020年代、とくに2023年がおもに描かれる。時は流れて、少女はあらゆる手段を用いて首相を目指し、少年は次世代の学生たちとともに、脳波測定に基づくゲームを開発する。政治というゲームによって、理想的な社会というゲームを目指す少女。それに疑問をいだきつつ、幸せな感情を持ってこそ勝てるゲームを開発する少年。脳波測定ゲームに、過去の記憶が混ざりはじめ…。
 脳波測定に基づくゲームのくだりはもっと展開できそうだけど、続編の可能性はあるのかな。ルールに基づいて進められるシステムは、すべてゲームと見なしうる。そして、勝ち負けにこだわらず、参加者がみんな幸せになれるゲームとは?というテーマ自体は、これからも著者が追求していきそうに思う。
●「ポリフォニック・イリュージョン」飛浩隆著、河出書房新社、2018年5月、ISBN978-4-309-02669-5、1800円+税
2018/6/1 ★

 3部構成になっていて、第3部は著者インタビューとか対談とか、受賞のことばとかが並ぶ。著者のことが知りたければ楽しめる。ちなみに著者は日本海側の離島に住んでいるとあったので、もしや飛島!と思ったんだけど、違ったので少し残念。
 第2部は、他の作家やその書いたものを評した短文が並ぶ。著者の、というか小説を書く人目線での、小説の読み方の一端が分かって、そういう意味で面白い。
 第1部は、「星窓」につながる初期短編6編が並ぶ。「著者による解題」まで付いていて、無粋にも甚だしい。
 と言う訳で、飛浩隆という作家を知るにはお勧めの一冊だけど、SF小説だけを求める人にはお勧めしにくい。なんせ1/3しか小説がないし。
●「皆勤の徒」酉島伝法著、創元SF文庫、2015年7月、ISBN978-4-488-75701-4、960円+税
2018/5/26 ★★

 同じ世界を、同じような手法で描いた短編集。4編が収められ、それぞれの前に断章が付いている。一読では判りにくいが、壮大な未来の宇宙史が描かれているという。
 説明ないままに、不思議な情景が描写されて、それが徐々に解き明かされる。というのはいいのだけど、説明なくいろいろな概念が提示され、のみならずそれが妙な読み方の難しい漢字で示されるとこんなに取っつきにくいものなのか。ってことが判る作品。そういうのが好きな人はいいけれど、なんかその外連味が嫌で、長らく読まずにいた。表題作が一番とっつきが悪くて、後の話は割と読みやすかった。というか馴れた?
 作品自体の中のヒントだけで読み解くのは大変なので、とりあえず一通り読んで、解説で納得してから、それを参照しつつもう一度読むといいのかもしれない。
●「未来警察殺人課」都筑道夫著、創元SF文庫、2014年2月、ISBN978-4-488-73302-5、1300円+税
2018/5/24 ★

 テレパシー能力者によって、殺人願望を持つ者が事前に見つかる世界。殺人課の仕事は、殺人事件の捜査ではなく、殺人願望を持った者を殺すことだった。殺人課の意味のすり替えというタイトルからの出オチのような15編を収めた連作短編集。
 殺人をするには殺人願望が必要で、コントロールされた殺人願望を持ったものが、殺人課の刑事となるという矛盾。そこが唯一の読みどころなんだろうけど。
●「イカロスの誕生日」小川一水著、毎日新聞出版ミューノベル、2015年10月、ISBN978-4-620-21004-9、880円+税
2018/5/20 ★

 人類の中に、なぜか翼が生えて飛べるようになる者が現れ、少数者として迫害されつつ、自由を求めて戦う。というお決まりの展開。
  バッタなどの相変異をヒトに当てはめてみよう、というアイデアは悪くないけど、突っ込みが甘いとしか思えない。飛ぶメカニズムも大胆過ぎるというか、それならもっと違う展開があるんじゃ? 軍が手を出してくるとか。そして、第二段階の相変異がなんのためかは、ためなくてもすぐ判るし…。あとがきを見ると著者もいろいろ思うところがあるらしい。若書きってそんなもんなんやね。
●「SF飯2 辺境デルタ星域の食べ物紀行」銅大著、ハヤカワ文庫JA、2018年5月、ISBN978-4-15-031329-6、760円+税
2018/5/20 ★

 中央星域の大金持ちのお坊ちゃんが、辺境に来て、元使用人の女の子と出会い、辺境の食文化の改善に取り組むシリーズ。といっていいのかな? とにかく、その第2弾。サイボーグおじさん達と仲良くなって、調味料工場を稼働させて、宇宙ウナギを助けて、時間が止まった惑星を救う。
 宇宙ウナギの下りは、絶滅危惧種なのにドンドン獲られて喰われて、絶滅が心配されているニホンウナギをそのまま下敷きにしてる。ニホンウナギもこんな風に救えるといいのだけど。参考にするなら、食文化に踏み込まず、救いたくなるストーリーを考える感じ?
●「砂星からの訪問者」小川一水著、朝日文庫、2015年8月、ISBN978-4-05-264789-4、880円+税
2018/5/16 ★

 「臨機巧緻のディープ・ブルー」の続編。人類の星系に大量の異星の宇宙船が到来。出てきたのはネコ形宇宙人(ドラえもん形ではなく、もっと格好いい感じ)。で、あわや戦争か? というところで、例によって勝手な振る舞いをするカメラマンの主人公が、勝手なことをする。ネコの一人と仲良くなって(?) 、ネコ形宇宙人の秘密を解明して、外交関係を樹立して、万事解決へ。解決には、前作に登場した人魚も活躍。
 このシリーズは、てっきり宇宙船ビーグル号をするんだと思ったんだけど、ネコが出てくるのはそのラインと言えなくも無いけど、向こうからやって来るんじゃちょっと違うなぁ。気が向いたらさらに続きがでるんだろうか?
●「楽園残響 楽園追放2.0 Godspeed You」大樹連司著、ハヤカワ文庫JA、2016年1月、ISBN978-4-15-031215-2、720円+税
2018/5/14 ★

 「楽園追放」の続編。主人公クラスは、前編と同じようだが別人格が2人、新たな登場人物が3人。前回のストーリーをちゃんと引き継いでいるだけでなく、前作では描き方が不充分だった点を、けっこう補足した上で(この作品の著者も、やはりそこが気になってたんだなぁ)、新たな展開をしてくれる。というわけで、続編があって、作品世界は完成したように思う。
 旅だった宇宙船への攻撃が試みられる背景で、宇宙へ旅立とうとする若者達が描かれる。楽園の未来への展望も補われる。そして、黒の殺戮者も登場する。スピンオフで、地球を走り回る黒の殺戮者のストーリーを希望。
●「楽園追放 Expelled from Paradise」八杉将司著、ハヤカワ文庫JA、2014年10月、ISBN978-4-15-031171-1、620円+税
2018/5/11 ★

 ナノマシンの暴走による大災害の結果、地球人類の大部分が電子化してアップロードされ、楽園での不死の生活を謳歌する未来。その楽園にリアルワールドからハッキングという事件が勃発。保安要員である主人公は、肉体にダウンロードされて、地球に降り立ち、リアルワールドの協力者と一緒に犯人を追う。が、犯人の意外な正体が…。
 アニメ作品のノベライズ。設定は面白いのだけど、展開が速すぎて広がらない感じ。アニメならこれでよくても 、小説だといろいろ気になる。初めて肉体を得た主人公は、もっとカルチャーショックがあっていいし。地球がさほど異形の世界になってないし。出だしのエピソードが、その後ぜんぜん効いてないし。犯人はあっさり見つかりすぎるし。主人公と犯人のコミュニケーション・信頼関係が簡単に成立しすぎ。そして、無駄に戦闘シーンが多い。アニメだから仕方ないけど。何より楽園の問題点の掘り下げが甘いように思う。
●「臨機巧緻のディープ・ブルー」小川一水著、朝日ノベルズ、2013年10月、ISBN978-4-02-276007-4、1000円+税
2018/5/8 ★

 はるかな星系へ知を求めて派遣されるダーウィン艦隊。そこになぜかカメラマンとして採用された主人公は、相棒のAI付きカメラを片手に、勝手なことをしまくって、それがなぜか結果オーライという話。
 今回、ダーウィン艦隊が到着した星系には、惑星軌道上に居丈高な鳥人間な異星人。そして、水の惑星には完全に人魚な異星人。ファーストコンタクトが2連発。すでに人類はいくつかの異星知性体と遭遇しているとはいえ、いともあっさりとコミュニケーションが成立。膠着状態に陥るも、新米カメラマンの勝手な行動が、事態を打開してしまう。
 これは、ほら脳天気な「宇宙船ビーグル号の冒険」なんですよね。きっと。もちろん楽しく読める。
●「世界の終わりの壁際で」吉田エン著、ハヤカワ文庫JA、2016年11月、ISBN978-4-15-031254-1、860円+税
2018/5/8 ☆

 もうすぐ大災害がやってきて、世界は滅びる。それに備えて、東京のおよそ山手線の中のエリアは高い塀に囲われる工事が進行している。そのいわば箱船への切符を持たない人々は、その周辺で切符を夢みながら暮らす。主人公もまたそんな一人で、ネットでの格闘ゲームで賞金を稼ぎ暮らしている。偶然、謎のAIを手に入れて、ある少女と出会って、主人公の人生が動き始める。
 ストーリーはさておき、設定が雑過ぎて、そこが気になって全然ストーリーが楽しめない。地球規模の大災害の実態がそもそもはっきりしない。予測できるのに? 突然津波が来るの? ともかく大災害が予測されているなら、東京に限らず日本中で、世界中でその対策が講じられるはず。でも、世界はぜんぜん描かれない。それどころか日本も描かれない。なぜか地球は、東京とその周辺だけらしい。それを良しとしても、山手線の箱船は、どうやって生き延びるつもりなんだろう。食料やエネルギーをどうやって確保するのか全然判らない。内部の人間は脳天気に暮らしてるだけだし、指導者層は小物揃いだし。というわけで、違和感しかない。細かい設定したくないなら、異世界ファンタジーにすれば良かったのに。
●「ヒュレーの海」黒石迩守著、ハヤカワ文庫JA、2016年11月、ISBN978-4-15-031253-4、860円+税
2018/5/8 ★

 地表が“混沌”に覆われて、人間社会の大部分も、地表や海洋の生態系も失われたらしき未来の地球。人類は、7つのドーム都市で、閉鎖的な階級社会をつくってかろうじて生き残っていた。で、技術者ギルドの一員である主人公たちが、海を求める物語。なんだろう。
 人類全員、多かれ少なかれ機械と癒合して、元の人類とは違った存在になっていて、地球を覆ったコンピュータとともに独自の地球を形作っている。って感じのイメージは面白いけど、説明がゴチャゴチャしつこい。めっちゃ長い人類進化についてのページには驚いた。
●「屈折する星屑」江波光則著、ハヤカワ文庫JA、2017年3月、ISBN978-4-15-031267-1、740円+税
2018/5/8 ☆

 放棄されたシリンダー型の古いスペースコロニーに、なぜか住み着いている人々。明るい未来が見えない中、若者は、空飛ぶバイクで張り合って、命がけのゲームを繰り返し、殴り合い、薬物に手を出す。一匹狼の不良たちが張り合う話がひたすら続く感じ。宇宙船が突っ込んできて、戦争が間近に迫って、人々が次々とコロニーから出ていく中、やがて明らかになる古ぼけたスペースコロニーの秘密。ぜんぜんSF的な話じゃない。
●「星界の戦旗IV 軋む時空」森岡浩之著、ハヤカワ文庫JA、2004年12月、ISBN978-4-15-030774-1、520円+税
2018/5/7 ☆

 「アーヴによる人類帝国」と「三ヶ国連合」との戦争は継続中。その中、中立を保っていた「ハニア連邦」が蠢き始める。そして、急展開が起きたところで、時間へ続く。
 幕間のような一冊。アーヴ世界の新たな側面が、また小出しにされる。けど、新しい要素としては弱い。
●「棄種たちの冬」つかいまこと著、ハヤカワ文庫JA、2017年1月、ISBN978-4-15-031261-9、800円+税
2018/5/6 ★

 いわば、地球が腐界に沈んで、大部分の人は物理世界を捨て、演算世界に避難した未来。物理世界に残った人々は、荒廃した都市周辺で、変容した生物と、過去の遺産を利用してかろうじて生きている。そこは暴力が支配し、女性や子ども物のように扱われる。一方、演算世界で不死を手にした人々は、働く必要も無く、有り余る時間を利用して、いかに新たなものを生み出すかを追求して暮らしている。その生活で満足できなくなった主人公は。一方、生まれた集団から離れて暮らす少女2人は、一人の子どもを仲間に迎え入れる。
 荒廃した地球で、演算世界がいかに維持されているかは、けっこう面白かった。物理世界と演算世界を行き来する可能性をもっと追求したら、話が膨らんだ気がした。
●「ヤキトリ2 Broken toy Soldier」カルロ・ゼン著、ハヤカワ文庫JA、2018年4月、ISBN978-4-15-031318-0、680円+税
2018/5/4 ★

 シリーズ第2弾は、初の実践を経験。列強種族たちのお約束を知らない地球人たちは、メチャメチャやってしまい、ある意味結果オーライ。でも裁判にかけられて…。
 主人公達のチームは5人。順番に表紙を飾っているので、このシリーズは5冊で一段落なんだろうか?
●「ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下」カルロ・ゼン著、ハヤカワ文庫JA、2017年8月、ISBN978-4-15-031280-0、680円+税
2018/5/2 ★

 とても進んだ科学技術を持った宇宙人がやってきて、地球人はなすすべも無く、隷属種族とされてしまった。はるかに進んだ宇宙人を前に、地球の人々は進歩への意欲を失い、国家は閉鎖的な階級社会へと堕してしまった。下層階級の者達は、自由を求めて、生き残るチャンスがわずかしかない、宇宙人達の使い捨ての歩兵へと志願していく。主人公もまたそんな一人。地球人の使い捨て歩兵が通称ヤキトリ。ヤキトリの待遇を改善すべく密かに動く人物に目を付けられて、主人公は思わぬ運命に出会っていく。
 第1巻は、おもに訓練の話が続く感じ。そして仲間ができる話かな。
 宇宙には、高度な科学技術力をもった人型の宇宙人が跳梁跋扈し、列強達がつばぜり合いをしている。そこに参入してなんとか居場所を見つけようとする、弱小地球人。しかし地球人には、他の宇宙人が持っていない、ある優位な特質を持っていた。なんだろう子どもの頃に読んだハミルトンのジュヴナイルSFを読んでるかのような感じ。懐かしい。
●「グリフォンズ・ガーデン」早瀬耕著、ハヤカワ文庫JA、2018年4月、ISBN978-4-15-031327-2、660円+税
2018/5/2 ★

 「プラネタリウムの外側」の前日譚。1992年に出た単行本の文庫化というから、26年も前。でも、著者の作風がさほどハード寄りではないせいだろうか、とくに古い感じはしない。
  PRIMARY WORLDと、DUAL WORLDのエピソードが交互に語られる。
  PRIMARY WORLDでは、東京の大学院を出た主人公が、婚約者とともに、北海道に到着するところからはじまる。札幌のコンピュータ関連会社に勤めはじめた主人公は、AI研究のためにバイオコンピュータの中に、仮想世界を立ち上げる。仮想世界は想定外の展開をし、やがて…。
 DUAL WORLDの主人公は、まだ22歳の大学生。恋人とのエピソードが連ねられる。感覚遮断実験に参加し、認知に関する会話が進む。そして、札幌にある研究機関に就職することになる。最後は、彼女とともに札幌に到着する。
  PRIMARY WORLDとDUAL WORLDの不思議な関係が、読みどころ。なんだけど…。
●「ディレイ・エフェクト」宮内悠介著、文藝春秋、2018年2月、ISBN978-4-16-390820-5、1400円+税
2018/4/21 ★

 3編を収めた短編集。表題作以外は、ちょいと不思議なミステリ。
 21世紀の現在の風景に、戦争末期の様子が重なって見えるという不思議な現象が発生。人には、約70年前の様子がリアルに見えて聞こえているというのに、カメラなどでの記録はできない。戦争中の庶民の生活が見えているうちに、どんどん日本の敗色が濃厚となり、東京大空襲の日が近付いてくる。
 過去を見てる方は、話に聞くだけだったことを、ライブで見られて興味深かったりするだろうけど。気付いていないとは言え、見られている方はえらい迷惑。のぞかれたくない事もすることがあるだろうに。そして、現在もまた、未来からのぞかれているんじゃないかというイヤな感じ。ここをもっと追求したらよかったかも。
●「あとは野となれ大和撫子」宮内悠介著、角川書店、2017年4月、ISBN978-4-04-103379-1、1600円+税
2018/4/20 ★

 かつてのアラル海の場所にある架空の国アラルスタン。隣国のカザフスタンやウズベキスタンからの干渉を受けつつ、微妙な政治的なバランスの中でなんとか生き残ってきたが、大統領が暗殺され、一気に危機に陥る。反政府組織や隣国が動き始める中で、議員は全員逃げ出してしまい、政治的な空白が。そこで立ち上がったのが、後宮というなの英才教育機関で鍛えられた女学生たち。中央アジアの政治的不安定の中で、さまざまな不幸を乗り越えてアラルスタンに集った者達の国づくりの物語。
 アラルスタンは架空だけど、そこで語られる“過去”は事実に基づいている。不幸な出来事を繰り返してきた中央アジアの近現代の歴史は重いが、それでも前向きに生きていく人達は力強い。とにかく賢く有能な女性達が活躍する展開は、セクハラするしか能の無い奴らが仕切っているどこかの国とは対照的。
 とにかく小説として、とても面白い。それなのに評価が低めなのは、SF的評価にこだわったから。せめて、あの環境改変のアイデアを実行するために動き始めてくれないとなぁ。
 話は完結してるけど、書こうと思えば続きが書ける。続編が読みたいなぁ。
●「AIのある家族計画」黒野伸一著、早川書房、2018年3月、ISBN978-4-15-209755-2、1700円+税
2018/4/11 ★★

 AIが進歩しまくり、世の中の仕事が次々とロボットに入れかわりつつある時代。単純作業だけでなく、接客業や営業職にもロボットが投入されつつあり、管理職にすらロボットが。そんな中、多くの人が食を失い、生活保護や農作業による自給自足で暮らす。一方で、一部の上流階級は優雅に暮らし、お情けでわずかに残された仕事にありついた中流階級があくせく働く。そんなはっきりした階級社会になってしまった日本で、中流階級にかろうじて踏みとどまる、中古ロボットのレンタル会社の中間管理職プーさん(愛称)一家。その一家の様子が、住み込みの家政婦の視点で描かれていく。
 ロボットによって成立した階級社会の日本の様子は印象的。だが、それにもまして、労働のみならず、思考や判断までもがヒトからAIに移りゆく気配がさらに印象的。ヒトではなくAIになって、ヴァーチャル世界に暮らしたいという高校生の会話は、ありそうで怖い。
 まあ一番印象的だったのは、ドローン型のロボット上司だけど。複製しまくった上司集団が、部下の一人一人について回って、ずっと監視して、説教を垂れるとは恐怖でしかない。というわけで、とても怖い小説なんだけど、主人公のおかげで楽しく読める。
●「鴉龍天晴」神々廻楽市著、早川書房、2014年12月、ISBN978-4-15-209508-4、1700円+税
2018/4/9 ★

 関ヶ原の戦いを境に、日本が東西に分かれた世界。東では徳川幕府が開かれ、西では豊臣家が命脈を保つ。科学技術と取り入れる東と、陰陽道が息づき、妖を使う西。月日は流れ、時は幕末。黒船がやってきて、東は開国し、西洋化の波がやってきて、西では尊皇攘夷の動きが活発化。そして再び東西の闘いの火蓋が切られようとする。
 京都の学生や、地方に左遷された侍の、何気ない日常から始まり、やがてさまざまな人と人のつながりが、張り巡らされた権謀術数が明らかになっていく。
 日本が東西に分かれてるのに、幕末での状況が実際の歴史に収束していきそうな感じが不思議で面白い。魅力的な登場人物がたくさん登場するのに、それが無駄に消費されすぎ。前半のゆったりとした展開から、最後の速い展開というのはいいけれど、話の収拾に無理しすぎなような。もっと長い話にしたらよかったのに。
●「地球が寂しいその理由」六冬和生著、早川書房、2014年10月、ISBN978-4-15-209493-3、1800円+税
2018/4/9 ☆

 地球と月の環境管理をそれぞれAIに任せた未来。環境管理とはすなわち人類社会の感にほかなくて、結局、AIがすべてを仕切る世界となっている。で、地球と月のAIは、姉妹の設定で、ずーっと喧嘩を続けた末に、妹が家でするってだけの話し。AIたちのオリジンに関する問題とか、遠い未来に太陽系がなくなってしまう可能性などが背景にあるけど、AIがずーっと喧嘩をする理由には思えない。
 とにかくAIが、やたら感情的で、非論理的で、なんでこんなんに環境管理を任せているのかが、まず分からない。なぜか一人のスーパースターの歌手にAIたちがこだわるのだけど、それも意味不明(一応説明されるけど、全然納得できない)。地球のAIはやたらホーチミンにこだわってるけど、どうしてホーチミンがまるで地球の中心であるかのような扱いなのかも謎。
 よく分からん設定の中で、姉妹の喧嘩だけを描かれても…。
●「星を墜とすボクに降る、ましろの雨」藍内友紀著、ハヤカワ文庫JA、2018年1月、ISBN978-4-15-031315-9、740円+税
2018/4/6 ☆

 地球を次々と襲う流星群。脳にチップを挿れ、目を義眼に換えたスナイパーが、機械と接続して、地球を守るために星を墜とす。脳に負荷がかかるスナイパーは寿命が短く、その多くは十代の子ども達。
 十代の子ども達が地球を守るってエヴァンゲリオン的なありがち設定。どうして、スナイパーにしか星を墜とせないのが疑問。って中、スナイパーの少女とその整備士との恋愛模様描かれていく。だから綾波視点の恋愛話と思えばほぼ正解。世界の他の部分がろくに描かれず、なぜ子ども達が戦っているのかもよく分からないけど、地球が危機に瀕しているらしい。ってところもエヴァ風。
●「プラネタリウムの外側」早瀬耕著、ハヤカワ文庫JA、2018年3月、ISBN978-4-15-031323-4、640円+税
2018/4/4 ★★

 北海道大学工学部のとある研究室の期限付き助教の部屋と、そこからアクセスできるとある有機素子コンピュータを舞台にした連作短編集。「恋愛と世界についての連作集」と裏表紙に書いてあるけど、まさにそれ。
 下関から釧路に向かう長距離列車で出会う男女の恋愛ストーリー。その主人公が覚える現実への違和感。合わせ鏡の中に過去に垣間見つつ描かれる院生と非常勤講師の恋愛模様。かつての恋人であり親友が死んだ後、彼の最後の思いをシミュレートしようとする女学生。リベンジポルノの被害にあったかつての彼女を助けようとする男子学生。そして、釧路から下関に向かう長距離列車の中で、ある種の謎解きが行われる。
 すべてに同じ研究室とそこの助教がからみ、彼が開発した人格シミュレータが関わる。出会い系サイトのさくら用の人格シミュレータかと思いきや、意図以上のAIと化しており、密かにあんなことをしていたとは…。同時に、どれが現実なのかが解けていく。スタイリッシュなディックの世界。とはいえ、もちろんラブストーリーとして読める。
●「バナナ剥きには最適の日々」円城塔著、ハヤカワ文庫JA、2014年3月、ISBN978-4-15-031150-6、620円+税
2018/4/2 ★

 10編を収めた短編集。例によって、言葉遊びや理屈をコネコネしたりの不思議な話が並ぶ中に、SF的な作品が少々混じる。
  思うに、ホラ話の大家ラッカーはあまり好みじゃない。だからそんな感じの作品にややもすれば拒否反応が。でも、カルヴィーノはけっこう好きだったりする。ラッカーとカルヴィーノがどう違うかはさておき、ときにカルヴィーノを思わせる作品もあるんだなぁ。
 ドンドン地球から離れつつ、ワープ航法が発見されて追いつかれないかなぁ、と思ってる探査体の表題作は可愛い感じ。ゾウリムシにおもむくままに選択圧をかけて楽しんでる研究者の「捧ぐ緑」は、妙に研究者の生態を正確に描いているかのようで面白い。「コンタサル・パス」、この宇宙に地続きの彼岸をめぐる不思議な議論は、訳は分からないが楽しめた。
●「オリンポスの郵便ポスト」藻野多摩夫著、電撃文庫、2017年3月、ISBN978-4-04-892663-8、630円+税
2018/4/2 ★

 テラフォーミング半ばで、軌道エレベーターが失われ、地球との連絡が絶たれ、内乱で多くの街が失われた火星。飛行機も通信手段も失われ、郵便局員の頑張りによってかろうじて 人々のネットワークが維持されている。オリンポス山の山頂にあり、死んだ人への手紙が届くという伝説の郵便ポストへ向かう新人郵便局員とその機械の同行者との物語。
 テラフォーミングのためにサイボーグ化が押し進められ、やがて全身が機械にされてしまった不死身のレイバー達。その悲哀を背景に進む物語は、想定以上のSF感。
  ジャックはやはり豆の木を登るし、最終章にいたってはほぼ予想通りの展開、他にもお決まり通りに展開するのが、少し残念な気がしつつも、やっぱりそうでなくっちゃとも思う。彗星の夜がどうして起きたのか、地球から連絡がないのは何故か。この辺りの回収されていない伏線は続編に期待?
●「再就職先は宇宙海賊」鷹見一幸著、ハヤカワ文庫JA、2018年3月、ISBN978-4-15-031324-1、640円+税
2018/3/28 ★

 月をはじめ太陽系各地で、異星人の超文明の遺物「帝国の遺産」が発見され、太陽系規模のゴールドラッシュに湧く地球。宝探しに来て、資金が尽きてもう終わりかと思った主人公は、間の良いことに極上(?)「帝国の遺産」を発見。しかし…。
 「帝国の遺産」を発見してしばらくまでは、すごく真っ当(?)な展開で、タイトルに違和感があるなぁ、と思っていたのだけど、その後はタイトル通りの展開。お約束をはずさない展開で、コンパクトにまとまり、楽しく読める。どうも続きがありそうなんだけど。
●「後藤さんのこと」円城塔著、ハヤカワ文庫JA、2012年3月、ISBN978-4-15-031062-2、740円+税
2018/3/25 ★

 6編を収めた短編集。6編しか収めてないので、とても薄めの短編集。それはきっと、この調子の短編をたくさん詰め込んだら、最後まで読めずに挫折する人が続出するという配慮に違いない。その配慮は正しい。が、残念なことに充分ではなかった。
 ほんの250ページほどの短編集を読むのに3日もかかってしまった…。あやうく挫折仕掛けである。おそらくこの著者の短編を集めた時点で間違っていたのであろう。他の著者を交えてアンソロジーにするのが正しい選択であったと思う。今後にいかしてほしい。
 帯によると文学の最先端らしいのだが、6編のうちSFと呼べそうなのは、「さかしま」くらい。READMEという趣向で不思議な事情が明らかになっていくのは楽しい。
●「ルーティン」篠田節子著、ハヤカワ文庫JA、2013年12月、ISBN978-4-15-031142-1、900円+税
2018/3/22 ★

 篠田節子SF短編ベストとして、11編とインタビューが収められている。作品はいずれも、楽しめるが、すべてSFと呼べるかと言えば、そうでもない。はっきりSFなのは「小羊」「世紀頭の病」「人格再編」。あとは「コヨーテは月に落ちる」は幻想譚だろうし、「沼うつぼ」も幻想譚っぽい。「緋の襦袢」や「恨み祓い師」はホラーっぽいミステリなんじゃ? 「ソリスト」はある意味サスペンス。逆に「まれびとの季節」はSF的骨格を持ってると思う。「ルーティン」はなんだろう。現代のファンタジーな気がする。というようなジャンル分けに、もちろん意味はないけど、ホラー、ミステリ、SF、ファンタジーをまたがって書いてるってことはよく分かる。おすすめ短編集だけど、SF短編集としてはSF色が薄いという評価。
●「エピローグ」円城塔著、ハヤカワ文庫JA、2018年2月、ISBN978-4-15-031316-6、780円+税
2018/3/21 ★★

 エージェント、すなわちオーバー・チューリング・クリーチャ(OTC)、つまりは高度AIが。物理世界から退転した人類由来の電子的な存在と。ともに暮らす宇宙において、一つ一つ世界はアトラクタで。イグジステンス社が提供するインタフェースで、他の世界と行き来する。一方、現実宇宙はOTCによって解像度が上げられ、そのため人類は退転を余儀なくされたのだけど、いまや現実宇宙に降り立つには、スマート・マテリアルの助けが必要。
 相棒の支援ロボットと共に、スマート・マテリアルを入手すべく現実宇宙に向かう特殊採掘大隊の隊員。ふたつの宇宙で起こった関連性のない連続殺人事件を追う刑事。例によってストーリーはややこしく訳が分からなくなるけど、なぜか面白い。
●「蒼穹騎士 ボーダーフリークス」榊一郎著、ハヤカワ文庫JA、2013年6月、ISBN978-4-15-031116-2、780円+税
2018/3/19 ☆

 たぶん別の時間線の地球が舞台。なぜか航空機が音速を超えると航空機とパイロットがまとめて竜に変わってしまう世界。なんで竜になるのかはさっぱり分からないけど、竜は人としての記憶を失い、人を襲って食らうようになる。で、音速を超えて飛びまわる竜を狩る蒼穹騎士が現れる。んだけど、竜を追う蒼穹騎士が一番竜になりやすいというマッチポンプの世界。
 人命救助のために相棒が竜になってしまった蒼穹騎士と、家族を竜に喰われたのに竜に焦がれる変態竜研究者。描かれてるのは、2人の恋愛かなぁ?
●「殺人者の空」山野浩一著、創元SF文庫、2011年10月、ISBN978-4-488-74002-3、900円+税
2018/3/18 ★

 山野浩一傑作選IIとして、1965〜1980年に書かれた9編が収められている。 Iと同じく、主人公が不思議に遭遇して、それを受け入れる話が続く。独特の文体は、ちょっと癖になるかも。こちらは人が死んだり消えたり、変化する話を集めたのかな。
  大部分は、やはり基本的に不条理小説なんだけど、SFと呼びたくなる話も混じる。「開放時間」とか。でも印象に残ったのは「メシメリ街道」。
●「鳥はいまどこを飛ぶか」山野浩一著、創元SF文庫、2011年10月、ISBN978-4-488-74001-6、940円+税
2018/3/14 ★

 山野浩一傑作選Iとして、10編が収められている。1964〜1976年に書かれたものだそうだが、その割りには古くさくない。古い時代の雰囲気が、いま読むとかえって別世界を描いているかのようにもみえる。古くならないもう一つの理由は、科学技術をほとんど扱っていないからだろう。
 2冊のうち、Iでは「失踪=不在」を扱った作品が集められているとのこと。日常生活からさりげなく不思議な世界、不思議な現象に出会ってしまう話が並ぶ。むしろ不思議なのは、不思議に出会った主人公が、たとえ囚われてしまっても、現状を簡単に受け入れて、その中で活動を始めること。SFというよりファンタジー、ってゆうか不条理小説なのだろう。
  列車や街というモチーフが繰り返されるのは、好みだろうか。なぜか印象に残るのは「首狩り」と「霧の中の人々」 。「マインド・ウインド」も前半は面白かったんだけど、終わり方が普通。
●「彼女がエスパーだったころ」宮内悠介著、講談社、2016年4月、ISBN978-4-06-219964-3、1350円+税
2018/3/9 ★

 6編を収めた短編集。かと思ったら連作短編集。似非科学というより科学周辺の出来事を、記者である主人公が取材するというスタイルは共通。最後の1編で、他の3編での出来事や登場人物への言及があるから、たぶん主人公はすべて共通しているのだろう。
 でてくるテーマは順に、火を使うニホンザル、エスパー、オーギトミーという療法(人の攻撃性を失わせる)、水神計画(水に感謝すると、水は浄化されるという主張に基づく)、量子結晶水(薬として使われるが、ただの水)、アルコール依存症患者の相互依存会にしてカルト。最初の短編はSFっぽいが、他はあまりSF色は強くない。かといって似非科学を糾弾する作品でもなく。科学の周辺で蠢く人々を描いている感じ。
 各短編には、日本語のタイトルと同時に英題が付いている。英題は日本語を英訳したものではなく、なぜか日本語タイトルよりも、作品の内容を正確に表現している感じ。
●「半分世界」石川宗生著、東京創元社、2018年1月、ISBN978-4-488-01825-2、1900円+税
2018/3/7 ★

 4編を収めた短編集。意味不明な設定の元、それをさも当然として、考察を進める感じの不思議小説が並ぶ。
 突然同じ人物が2万人近く出現したら「吉田同名」、家が半分なくなって通りから中が丸見えになったら「半分世界」、街全体を使ったサッカーが延々と続き住民全員がどちらかのヘビーサポーター「白黒ダービー小史」、たくさんのバスが通る十字路でなかなか来ないバスを待つ人々「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」。
  「吉田同名」は自分に置き換えるとなんかむさ苦しく気持ち悪い。「半分世界」の他人の家を熱心に観察する追っかけ達の生態はとても面白い。「白黒ダービー小史」は、歴史は愉快だけど、結局の所どんなゲームをしてるのかさっぱり。「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」はこの本の約40%を占める。ちょっと長すぎ。
●「超動く家にて」宮内悠介著、東京創元社、2018年2月、ISBN978-4-488-01826-9、1700円+税
2018/3/6 ★★

 16編を収めた短編集。それも著者がいうところのネタに偏った作品を集めたもの。ってゆうか、SFというよりホラ話的な作品を集めた感じ。数編は読んだことがあったので、こういう作品も書く人だとは知ってたはずだけど、それだけまとめて1冊になるほど、バカ話が好きだとは知らなかった。帯に曰く「深刻に、ぼくはくだらない話を書く必要に迫られていたのだ」
 作家の好みの傾向もいろいろ見て取れる。不思議なゲームの対戦を真面目に描く「トランジスタ技術の圧縮」「エターナル・レガシー」「星間野球」 。真面目に意味不明なことを熱く語る「文学部のこと」 「今日泥棒」「犬か猫か?」。メタフィクション的な謎解き「超動く家にて」「法則」「エラリー・クイーン数」。不思議SF「アニマとエーファ」「夜間飛行」「弥生の鯨」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」。純粋馬鹿話「ゲーマーズ・ゴースト」「かぎ括弧のようなもの」。「クローム再襲撃」は元ネタを読んだのがあまりに昔なので、部分部分はパロディだと分かるんだけど、元ネタを復習しないと、ちゃんと楽しめなさそうな、そんな面倒なことしなくてよさそうな。
 記憶に残る短編が数多く収められている。素直に「スモーク・オン・ザ・ウォーター」が一番好きかも。
●「星のダンスを見においで 宇宙海賊編」笹本祐一著、創元SF文庫、2015年10月、ISBN978-4-488-74106-8、800円+税
2018/3/6 ☆

 「星のダンスを見においで 地球戦闘編」の続き。というか2分冊にした後編。“笑う大海賊”の秘宝を求めて、海賊たちと連合艦隊の艦隊戦が繰り返される。
 ほんのり松本零士を漂わせつつ、うる星やつら風味のクラッシャージョーをやってる感じ? アニメっぽさが満載。
 それにしても、エンディングを考えるのが嫌いなの?面倒くさくなるの? 「妖精作戦」に続き、なんやそれ、という終わり方。描きたいのは戦闘シーンと、女子高生だけなんじゃないかな。
●「星のダンスを見においで 地球戦闘編」笹本祐一著、創元SF文庫、2015年10月、ISBN978-4-488-74105-1、800円+税
2018/3/4 ☆

 地球人はなんにも知らないけど、実は銀河系には色んな知的宇宙人がいっぱいいて、その多くは地球人にそっくりだったりして。いっぱい惑星国家があって、航路がいっぱいあって、連合艦隊があって、宇宙海賊も跋扈している。で、伝説の宇宙海賊の親玉が、密かに地球で暮らしていて、なぜか女子高生がお友達。その親玉を狙う元部下が登場して、殺しても元部下とやりあって、なぜか女子高生と一緒に宇宙に飛び立つ。宇宙のことを何にも知らない女子高生は、なぜか宇宙でそれなりにうまくやっていく。
  ある意味、王道。オリジナリティは感じないけど、面白く読める(元々1992年の作品だけど、その当時としてもありがち設定とありがち展開だったかと)。その前に「妖精作戦」4部作をイライラと読んでいたので、それに比べると随分上達したなぁ、って感じ。でも宇宙海賊が出てくるからSFと名乗られても…。
●「ラスト・レター」笹本祐一著、創元SF文庫、2012年11月、ISBN978-4-488-74104-4、760円+税
2018/3/3 ☆

 「妖精作戦」のPART IV。PART IIIの続き。また宇宙に行く。最後にようやく面白くなるかも。と思ったら、なんやあの終わり方。
 UFOとの関係も、PART Iで颯爽と現れたエスパー舞台も、宇宙人と思しきお姉さんも、完全に放置して終わってしまった。主人公たちの気持ちすら、放置ってある意味すごいエンディング。
●「カーニバル・ナイト」笹本祐一著、創元SF文庫、2012年3月、ISBN978-4-488-74103-7、760円+税
2018/3/2 ☆

 「妖精作戦」のPART III。PART IIがぜんぜん関係ない話だったので、これが「妖精作戦」の続きって感じ。超国家組織からの刺客が、転校生として主人公達の高校にやってくる。いよいよ戦いが?と思ったけど、さっぱり戦わず、デートに誘うとか誘わないとか。つまり、この転校生が今回のマドンナですな。で、刺客にさほど関係なく、大量の兵器が投入されて、「妖精作戦」のマドンナがまた掠われる。ってところで、次巻に続く。せっかく出てくるエスパーの刺客がろくに仕事をしないのが解せない(むしろ味方になりそうな気配)。
 「うる星やつら」のアタルのような口調のやり取りがとにかく続く。当時「うる星やつら」を見ながら、この口調は古くさいな〜、と思ってた。今読むと、より一層古くさい。
●「ハレーション・ゴースト」笹本祐一著、創元SF文庫、2011年12月、ISBN978-4-488-74102-0、760円+税
2018/2/28 ☆

 「妖精作戦」のPART II。「妖精作戦」の続きで、超国家組織との戦いが再開する!かと思ったら、学園祭の準備で映画を撮ったりしているだけ。と思ったら、冥界ならぬ夢の世界との扉が開いてしまって、現実世界にドラキュラ伯爵、狼男、雪女、はてはゴジラにモスラ、ラムちゃんや王蟲までもがやってくる。とまあ、今回もやはりドタバタ喜劇。「妖精作戦」と同じ男子高校生3人組が主役だけど、主人公は代わってる。前回のヒロインは今回はちょい役。男はつらいよシステムなのだろうか?
  最初に出版されたのは1985年。思い起こせば、ほぼ同世代に同じようにSFと称するドタバタな作品を書く、火浦功って作家がいるなぁ。そういうのが書きたくなる時代だったのかも。
●「妖精作戦」笹本祐一著、創元SF文庫、2011年8月、ISBN978-4-488-74101-3、760円+税
2018/2/27 ☆

 超国家組織に追われる美少女を助けたら…。という今時ちょっと恥ずかしくて書けないような出だし。美少女に惚れただけの主人公、忍者やメカオタクの高校生、最強でタフな探偵、そして非常識な科学力と資金力を持った謎の組織。全寮制の高校に休みを届けて、潜水艦に、秘密基地に、月に乗り込むって、ギャグとしか思えない。もっと美少女もがんばれよ、とも思う。時代かなぁ。
 最初に出版されたのは1984年。その時代を考えても、この展開はちょっと…。昔昔に高校生の時に読んだとしたら、高く評価したんだろうか??
●「帝国宇宙軍1 領宙侵犯」佐藤大輔著、ハヤカワ文庫JA、2017年4月、ISBN978-4-15-031273-2、620円+税
2018/2/26 ★

 地球からワープして別星系に植民しようとした宇宙船が3隻。そろって地球からはるか離れた同じ星域で迷子になって、それぞれが星間国家をつくっていがみあってる。その一つが、古典SFファンがふざけた感じのノリでつくったような銀河帝国。皇帝や貴族をいただきつつ、直接民主主義という不思議な帝国。そろそろ帝国宇宙軍をやめようかなぁ、と思ってる主人公が戦闘に巻き込まれ、宇宙戦争がとうとう始まるのか…。
 というところで1巻は終了。著者が亡くなったので、初巻にして最終巻。けっこう魅力ある設定なので、今後シェアワールドとして書き継がれる可能性があるかも。とは思うけど、とりあえず尻切れトンボではこれ以上の評価はできない。
●「宇宙大密室」都筑道夫著、創元SF文庫、2011年6月、ISBN978-4-488-73301-8、1100円+税
2018/2/20 ★

 短編17編と中編1編を収めた短編集。短編の内、9編は鼻たれ天狗が妖怪の事件を解決したり、カチカチ山の後日談や現代版さるかに合戦で、SFではない。他にもスパイのドタバタ、手を切ったり頭をすげ替えたりのホラーだったり。SFミステリはすぐにネタが割れるし、タイムトラベル物2編はなんか雑い。タイムトラベル物の中編だけが、不思議な感じで印象に残った。他は読まなくていいと思う。
●「銀河盗賊ビリイ・アレグロ/暗殺心」都筑道夫著、創元SF文庫、2014年7月、ISBN978-4-488-73303-2、1300円+税
2018/2/18 ★

 1981年に奇想天外社から出版され後に集英社文庫に収められた「銀河盗賊ビリイ・アレグロ」と、1983年に徳間書店から出版された「暗殺心」という2冊の合本。
 「銀河盗賊ビリイ・アレグロ」は、宇宙船のコンピュータとテレパシーが使える大蛇を相棒に、宇宙をまたにかけたお尋ね者が、あちこちの惑星でちょいとひねった盗みを繰り返す。アンドロイドとか、惑星毎の不思議な風習は出てきたりするが、それを除けばさほどSFっぽくなく、むしろミステリ要素が強い。
 「暗殺心」は、復讐に燃えるお姫様の依頼を受けて、超一流の暗殺者が、5人の王様を倒していく。他の暗殺者や王を守る者との、秘術をつくした戦いは、完全に忍者者。当然のようにお色気シーンも満載。面白いけど、SFじゃない。
●「BLAME! THE ANTHOLOGY」九岡望・小川一水・野浮ワど・酉島伝法・飛浩隆著、ハヤカワ文庫JA、2017年5月、ISBN978-4-15-031275-6、840円+税
2018/2/15 ★★

 無限に増殖を続ける階層都市が、地球を覆い尽くした世界。同時に存在する広大なネットスフィア。人を敵視する珪素生物、都市を補修・改装して回る建設者、そして人を排除するために投入される駆除系。ネットに接続する能力を失い、過去の技術文明を失ったヒトは、変異し、過去の遺物を消費することで生き残っている。
 弐瓶勉のSFコミックの世界を舞台に、5人が独自のエピソードを紡ぐ。原作を読んでないけど、たぶん広大な階層都市がどのくらい広がっているのか、どこから原料を確保しているのかについては、原作は明確にしてないんだろう。5人とも地球がすべて階層都市に覆われているという点では一致しているようだが、太陽系にどのくらい広がっているのかは、ずれている。せいぜい月くらいまでなのか、太陽すら呑み込んでいるのか。5人のうち3人までは、ある意味階層都市の広さをテーマにしているのだが、その設定の違いが少し興を覚まさせる。広大な世界の地図作りというテーマも、みんな惹かれるらしく2人が取り上げている。ヒトと共に生きる珪素生物、階層都市自身までも破壊しまくってしまう上位駆除系。確かに魅力ある設定が一杯で、これだけの面々が書きたくなる気持ちもよく分かる。
●「躯体上の翼」結城充考著、創元SF文庫、2016年7月、ISBN978-4-488-76301-5、740円+税
2018/2/14 ★★

 細菌戦争の後遺症が各地に残り、勝手に高くのびる炭素繊維躯体で各地が覆われる世界。炭素繊維躯体を駆除するため緑化露を投下するべく進む緑化政策船団というなの200を超える航空船団。緑化政策船団を襲う人狗と戦うために生まれた生体兵器“対狗衛仕” 。行動を制限された対狗衛仕が、ネットの中で見つけて唯一の友。その友に逢い、守るために対狗衛仕が船団を裏切る。それに対するためにダウンロードされた道仕との戦いが繰り広げられる。
 裏切り者の対狗衛仕と道仕との戦いが続くだけなのに、その戦いの中で見えてくるこの世界の有様がとても印象的。なぜか記憶に残る一冊。
●「コロンビア・ゼロ」谷甲州著、ハヤカワ文庫JA、2017年6月、ISBN978-4-15-031288-6、700円+税
2018/2/11 ★

 航空宇宙軍史の第二期スタートの短編集。外惑星連合と航空宇宙軍との2回目の戦争「第二次外惑星動乱」の前夜から開戦までが描かれる。はじめの6編で戦争への予兆を描き、最後の表題作で伏線をまとめて開戦といった塩梅。はじめの6編は伏線をはるだけに特化しているのか、エピソードが宙ぶらりんで終わる感が強い。
●「アグニオン」浅生鴨著、新潮社、2016年8月、ISBN978-4-10-350171-8、1700円+税
2018/2/9 ★

 月につくられたすべてを記録する巨大コンピュータ「有機神経知能」を背景に、一部の宇宙飛行士が地球を支配する世界。平和を求めるあまり、人々の発言を監視し、やがて人の思考自体のコントロールを企てる。
  一方、他者の思考が分かり、それをコントロールをする能力まで持つ少年ヌー。その能力のため孤立し、居場所を求めて旅をする。
 二つのエピソードがそれぞれ紡がれ、やがて少し絡む。目次が2段になっていて、どっちのエピソードがどのように並ぶかが分かるようになっている。ただ、二つのエピソードを絡めての効果がいまひとつかと。
●「薫香のカナピウム」上田早夕里著、文藝春秋、2015年2月、ISBN978-4-16-394206-3、1500円+税
2018/2/9 ★★

 熱帯雨林の地上40mの林冠部で暮らす女性の集団。枝から枝へ渡って移動し、果物を集めて、樹上の危険な動物を避け、木の上の家で寝起きする。男性の集団がやってきたら、適齢期の男女でのお見合いとも言えるやり取り。樹上に暮らす人々の文化人類的な描写でまず引き込まれる。
 やがて明らかになってくる地上を動きまわる人々の存在。攻撃的な一族に、交易の隊商。ところが、その森林に危機が迫る。森林の外への旅の果て明らかになる世界の真実。そして、すべてを知った上で、さらなる旅路へ。
 主人公の少女とともに、徐々に世界が広くなっていき、井の中の蛙であったことが判る感覚。とてもよく出来てる。でも一押しは、樹上の人々の暮らしや生態系の描写。世界の真実は知りたくなかったなぁ。
●「ブラックアゲート」上田早夕里著、光文社、2012年2月、ISBN978-4-334-92806-3、1700円+税
2018/2/8 ★

 人に寄生するジガバチが世界に広がり、日本に侵入してきたことから、生じるパニック、そして社会の変容。寄生された人は、死亡率が高く、生き延びても脳への影響は避けられず、脳死状態になったり、暴れたり。そんな中で、殺人まで辞さず、強引に封じ込めを行う警察の部隊「AWS対策班」が投入される。
 日本全体のパニックが描かれる、かと思いきや、ストーリーの大部分は、感染した子どもを瀬戸内海のとある島から、AWS対策班を避けて脱出させようとする物語。位置的にも航路的にも、小豆島の東半分みたいな島だなぁ。
●「Delivery」八杉将司著、早川書房、2012年5月、ISBN978-4-15-209296-0、1700円+税
2018/2/8 ★★

 ヒトのゲノムを大幅に組み替えて生まれたヒトに似てヒトではない生き物ノンオリジン。ノンオリジンの主人公は、スーパーディザスターで荒廃した地球で暮らしながら、空にかかる月に憧れる。世界各地での巨大噴火と大地震と津波というスーパーディザスターは、国家や文明の多くを破壊した。その影響を受けなかった月は、独り文明を科学技術を維持していた。
 サイボーグ(あるいはアンドロイド?)となって、月で意識を取り戻した主人公は、やがてスーパーディザスターの真実と、さらなる危機に巻き込まれる。そして“誕生”に立ち会うことに。
 未来のない地球から、文明世界の月へ、そしてさらなる宇宙へ。月のリングが粒子加速器で、そこで見つかった新たな粒子。それがなんと。出だしからは想像できない壮大な話になだれこんでいく。
●「我もまたアルカディアにあり」江波光則著、ハヤカワ文庫JA、2015年6月、ISBN978-4-15-031196-4、840円+税
2018/2/7 ★

 働かなくても住まいがあって、食べ物も供給され、生きていくのには困らないドーム。そんな楽園が出来上がり、楽園の外は地獄になり、楽園で暮らす人々と、暮らせない人々。並行して進む、人体の人工物化。なぜか常に関係し合う不思議な一族の物語でもある。
  日本中がドームだらけになって、その外で暮らす人々がほぼおらず。ドームとドームとの交流が希薄になって。独特の世界は面白い。でも、そもそもドームでの生活は誰がどうやって保障してるのか、そんな必然とは思えない大胆な意思決定がどうやって行われたのかとか謎がいっぱいあって気になりすぎ。日本以外がどうなってるのかも、いまひとつ分からない。
●「UN-GO因果論」會川昇著、ハヤカワ文庫JA、2012年2月、ISBN978-4-15-031059-2、800円+税
2018/2/6 ☆

 テレビアニメ「UN-GO」の前日端を描いた劇場版アニメ「UN-GO 因果論」の、脚本家によるノベライズ。劇場版アニメのさらに前日譚も収められている。
 で、“UN-GO”とは、いくつものミステリを残した坂口安吾のことらしい。「UN-GO」はテレビも劇場版も小説も、すべて坂口安吾のミステリを下敷きにしているという。と、すべて後書きに書いてあった。そんなことは知らなくても楽しく読める。
 自衛隊が海外派兵して、またもや戦争に負けて、21世紀の戦後の日本。海外派兵のきっかけにも絡んだ男が、探偵となり、謎の少年を連れて日本に戻ってくる。そして明かされる開戦の秘密。
 楽しく読めたけど、謎の存在の謎の力がキーポイントで発揮されるミステリ。未来を舞台にしてるからって、SFとは限らない。
●「最後にして最初のアイドル」草野原々著、ハヤカワ文庫JA、2018年1月、ISBN978-4-15-031314-2、780円+税
2018/2/5 ★

 3編を収めた短編集。アイドル、ソーシャルゲーム、声優の話らしいのだけど、そこにあるのは似て非なる物。で、人類は滅亡するし、ひたすら殺し合うし、登場人物がみんなグチョグチョと気持ち悪い。アニメ化はやめた方がよさそう。登場人物以外は、すごいビジュアルの話であったりするけど。
 アイドルの話は、ファンがいないとアイドルが成立しないと、もっとはよ気付けよ!としか思わなかった。進化のソーシャルゲームの話は、ポイントとかガチャを交えたゲーム感は楽しいし、デビルマン風の合体はけっこう面白いけど…。声優の話は宇宙を股にかけたグチョグチョハチャハチャ。なんか田中啓文を思い出すのは私だけ?
●「プロジェクトぴあの」山本弘著、PHP、2014年9月、ISBN978-4-569-82026-2、1900円+税
2018/2/4 ★★

 物理学・天文学に天才的な能力を持つ少女がアイドルをしながら、宇宙を目指す。目指すは月や火星ではなく、他の恒星系。そのためには、まずは新たな物理理論の構築から。
 ト学会の元会長だけあって、現在の物理学の理論を否定するトンデモ理論が次から次への出てきて、検証したりしなかったりで、バッタバッタとなぎ倒し。やがて新たな理論の構築にいたる辺りは、SF的醍醐味。それをもっともらしくするための、色んな理論はさっぱり分からないけど、とても楽しい。
 次から次への現れるタンスの角をなんとかクリアして、ぴあのは無事に宇宙にいけるのか?
 話は終わったけど、ぴあのがもたらした理論で世界がどう変わるのか。この話の続きが読みたい気もする。できれば3200年後のストーリーを。
●「[少女庭国]」矢部嵩著、早川書房、2014年3月、ISBN978-4-15-209445-2、1300円+税
2018/2/1 ☆

 女子校の中学3年生の卒業式の日。式場である講堂へ続く狭い通路を歩いていて、気付くと見知らぬ部屋にいることに気付く。部屋には2つの扉があるが、ドアノブは片方にしかないので、そちらに行くしかない。そのドアには、卒業試験を実施すると宣言し、卒業の条件と思しき数式が記されている。
 出てくるのは、ある意味すべて中学2年生。不可解な状況におかれて、右往左往する。そして…。最初は少し怖いけどほんわかした雰囲気、しかしやがて哀しい結末を迎える。その後、補遺が延々と続くのだけど、哀しいのが、無残に、そして淡々とショッキングな展開に。
 不可思議な状況設定はさておき、その状況下での展開を突き詰めていく。どんなに意味不明になろうと、それはSFと呼べるだろう。でも、きちんと謎が解かれないのを含め、好きな小説じゃない。
●「ノノノ・ワールドエンド」ツカサ著、ハヤカワ文庫JA、2016年2月、ISBN978-4-15-031219-0、720円+税
2018/1/31 ★

 日に日に霧が濃くなり、霧の中で人が次々と消えていく。あと数日で日本から人はいなくなるだろう。世界の終わりが間近に迫った中、中学3年生の主人公は、DV父から逃げる途中、同じく追われている同い年の少女と出会い、一緒にとある目的地を目指す。ちなみに主人公の名前がノノ。
 人食い霧が、人だけを消すのか、他の動物も消すのかで、ほぼ人がいなくなった後の世界は変わってきそうだなぁ。鳥を見なくなったという発言があるから、全ての動物を消すんだろうか? だとしたら、人が消えた後、どんな世界が来るんだろう? 人が消える以外にも生態系に多大な影響を与えていそうなのだけど、そんなことはまったく顧みられず、ひたすら二人の少女の逃避行。
●「高天原探題」三島浩司著、ハヤカワ文庫JA、2013年8月、ISBN978-4-15-031127-8、640円+税
2018/1/30 ☆

 京都を中心に京阪神だけで現れる謎の墳墓と玄主、土盛とそこから現れるシノバズ。玄主やシノバズに出会った多くの人は、動機を失い、あまり活動しなくなってしまう。玄主を管理し、シノバズを討伐する組織、高天原探題。シノバズの影響を受けにくいメンバーから構成された討伐部隊、その最年少のスタッフと、一人の玄主との物語。シノバズ、そして玄主に宿るバスコルの正体とは?
  人の世に現れる神や預言者とは何なのか、ということが重要なテーマなんだろう。神はどこにでもいるが、動機を消されて気付かれないだけなんじゃ?なんてアイデアは面白いけど、さほど展開しないの不満。ただただ、生意気な主人公が、勝手に納得することで進んでいくストーリーになじめなかった。
●「宇宙人相場」芝村裕吏著、ハヤカワ文庫JA、2014年11月、ISBN978-4-15-031176-6、680円+税
2018/1/29 ★

 オタク向けグッズ会社社長であるところの二次元オタクのおじさんが、体の弱い美人と偶然出会って仲よくなって。結婚しようと思ったら、義理の父から個人投資家になることを押しつけられる。で、集中して5分以内に売買を繰り返す スカルピングトレードというのを日々1時間ずつ行う個人投資家に転職。と、大部分は完全に恋愛相場小説。ちょっと不思議なことと言えば、時々不思議な質問をしてくるメールが届くこと。
 が、最後に一気にSFになってくる。なんと、そのメールの差出人は?! 異世界の知性体がメールでコンタクトをとってくるというのは面白い。人間社会の決まりを知らないので、そのメールは単なるイタズラメールと思われるのも充分ありそう。軽いタッチだけど、面白いアイデア。なんだけど、結局のところオタク恋愛小説を書きたかったんだろうなぁ、って感じ。
●「新生」瀬名秀明著、河出書房新社、2014年2月、ISBN978-4-309-62225-5、1600円+税
2018/1/28 ★

 小松左京へのオマージュ作品3編を収めた短編集。小松左京といえば、かつての日本を代表するSF作家だけど、同時に阪神淡路大震災をきちんと記録する活動を続けた人でもあったんだそうな(あとがきより)。それから20年近くが経って、この作品集では東日本大震災関連要素が登場してくる。作品内で、明らかに小松左京と思しき作家への言及もある。
 南の島の発掘現場でのアヴァンチュールな表題作は、さておき。「Wonderful World」は、ヒト集団の行動の方向性を“倫理”という概念で予測する理論の話。そして“倫理”を操作して未来に手を加える可能性が開けていく。「ミシェル」は、“倫理”の理論の発見者の息子である天才科学者の人生の物語。小さい頃から天才で、音楽、一般自然言語理論、遺伝子情報科学と次々と専門を変えていく。もう一つのエピソードは、認知発達ロボティクスを発展させた男女の物語。両者は交錯し、夜空には地球外知的生命体の構築物。
 「ミシェル」は、「Wonderful World」の続きだけど、新たな要素をいっぱい投入しすぎて、不思議な世界は開けたけど、とっちらかってしまった印象かなぁ。
●「社員たち」北野勇作著、河出書房新社、2013年10月、ISBN978-4-309-62223-1、1600円+税
2018/1/27 ★

 12編を収めた短編集。とても奇妙な異常なことが起きているのに、まるで正常な日常が続いているかのような、著者らしい不思議ワールドが展開する作品が並ぶ。大部分がうだつの上がらなそうなサラリーマン視点で話が進み、10編は会社での活動を主な舞台にした話。
 ここで描かれる会社は、社長を頂点とするいわば独裁国家で、社長の意向が極めて重要。そしてなぜか極秘裏に怪しげな怪物を開発してたりする。その結果、社員はたいていエライ目に遭うんだけど、社長を頂点とする体制だけはゆるぎない。革命が起きても良さそうなのに、社員のだれもそこに気付かないのが、闇が深い感じ。
●「クリュセの魚」東浩紀著、河出書房新社、2013年8月、ISBN978-4-309-62221-7、1600円+税
2018/1/26 ★

 テラフォーミングが進み、ようやく人間が屋外で暮らせるようになった火星が主な舞台。火星の土地を狙う地球の大国たち、火星の独立を目指すテロリスト集団。紛争の予感が強まる中で、少年は運命の少女と出会った。いわば太陽系の運命をかけたラブストーリー。
 結局のところ、男の子は、女の子に振り回され、火星と地球の紛争に巻き込まれ、ただただ受動的に話は進む。そして最後にようやく自発的に行動する感じ。
 瞬時に空間を移動するゲートかと思ったら、実はFAXみたいなもんで〜、というのはどっかで聞いたことがあるけど、好きな設定。星系規模のウイルスみたいな存在っていうのは面白げ。でも、あくまでもラブストーリー。
 異星からの存在とのコミュニケーションが簡単に成立しすぎとか、妙に行動様式が人間的過ぎなのも含め、異星からの客人との展開があっさりしすぎていて物足りない。ちなみに一番印象に残っているのは、なぜか未来では、皇居でコミケが開かれるのかぁ、ってところだったり。
●「サムライ・ポテト」片瀬二郎著、河出書房新社、2014年5月、ISBN978-4-309-62226-2、1600円+税
2018/1/25 ★★

 5編を収めた短編集。ロボットに生まれた奇跡、時間の止まった世界に残された人は、27年の時を経て魔女が復活、趣味でロボット作りをする青年の復讐、宇宙コロニーの事故を生き延びた女子高生は…。よくありそうな素材で、とても上手に新しい物語を紡ぎ出してるように思う。せつない表題作がとても印象的だけど、他の作品も多かれ少なかれせつない。せつない物語作りがとても上手、というべきか。
●「始まりの母の国」倉数茂著、早川書房、2012年4月、ISBN978-4-15-209288-5、1600円+税
2018/1/24 ★

 とある惑星の女だけの国。穏やかに季節を重ねる女の国に、男がやってきて、争いが巻き起こる。設定も展開もさほど目新しくはないのに、どんどん読ませるのは、物語としてよくできているからなんだろう。
 男がいない中で、どうやって子どもを作っているのか。その謎は、所々で軽く触れられているのでおおよそ分かるのだけど、でも謎は残ってる。女の国といいつつ、真社会性動物のコロニーのようなその社会の在り方。そこをもっと突っ込めば、さらにSF色が強くなったと思うのだけど、著者が描きたいのはそこじゃない感じ。
●「ニルヤの島」柴田勝家著、早川書房、2014年11月、ISBN978-4-15-209504-6、1600円+税
2018/1/23 ★

 生体受像の技術によって生活のすべてを記録できるようになった未来。己の人生を何度でも、好きな順序で叙述・再体験でき、故人すらも生きてるかのように叙述できるようになった未来。人々は、死後の世界という概念を失っていた。唯一、ミクロネシア経済連合体(ECM)に生まれた新興宗教のみが、死後の世界を語る。
 物語は、ECMに招かれた文化人類学者(Gift)、ECMを訪れた模倣子行動学(ミメティクス)研究者(Transcription)、ECMの島々をつなぐ大環橋の一画に暮らす少女ニイルとその保護者タヤ(Accumlation) 、ECMのとある島で延々とコンピュータと対局するアコーマン(チェスに似たボードゲーム)プレイヤー(Checkmate)。この4つのエピソードが順番を変えて、7回繰り返されて、エンディング(Union)に至る。別の場所、別の時間の物語が、最後には交錯する。
 ミームの物語らしいのだけど、著者がミームのことをちゃんと理解しているのか微妙。ミームとは、学習プロセスによって複製され伝達される自己複製子。その挙動は、主に遺伝によって伝達される遺伝子とは異なっている。異なってはいるけど、人の行動をあるレベルで制御しているという意味では似ている。だから、ミームを操作して、人の行動を操作するって話をしたいんだろうけど、随所でミームについての間違った説明が顔をのぞかせるのが気になって気になって仕方が無い。そして、ミームという概念を出すまでもないレベルに留まった話にしかなってないのが不満で仕方が無い。ミームって言葉がない時代なら、模倣子行動学は、文化工学てな名前で登場しただろうし、ミーム概念なくてもこの物語は成立してる。そしてその万能性は、「宇宙船ビーグル号」に出てくる“総合科学”と大差ない。
 遺伝子工学になぞらえて、ミーム工学を展開するなら、もう少し面白くなったかもと思うけど。「人間の遺伝子が、自己を効率的に増殖させる為に生み出した、遺伝子の複製体であるミーム」とか「人間は再びミームの複製によって、欠損した概念を再生させた」なんてフレーズが最終章で出てくるようでは…。ドーキンスの本がチラッと登場してるから、著者はなにかしら勉強してるようなのになぁ。ミームと遺伝子の関係を誤解してるように思えてならない。そしてミームにとって人は乗り物であるということも分かってるのかなぁ。ミームの話をするのに、目次の頭文字を遺伝子の塩基配列っぽくするのも、なんかイメージが違う。
 もう一つ期待したのは、生体受像によって得られた記録を、順番を入れ替えて叙述・体験することの行き着く先。とても不思議な体験を作り出してはいるのだけど、なんとなく尻切れトンボに終わった気がする。
●「天狼新星」花田智著、早川書房、2012年5月、ISBN978-4-15-209299-1、1600円+税
2018/1/22 ★

 2015年、光ソリトン通信は実用化に近付いたが、なぞのノイズに悩まされ、優秀なエンジニア達による対策チームが立ち上げられた。一方、2058年、電脳空間にダイブして活動する軍隊が、謎の存在を攻撃するミッションの末、謎の空間に飛ばされる。現在と未来が邂逅し、リアルな空間とサイバー空間が交錯する。
 タイトルがネタバレ過ぎる気がする。そしてサイバー空間のみなさんが、操られて右往左往しすぎ。リアルのエンジニアチームの面々の方は、専門家集団って感じで魅力的。でも、中途半端に過去を垂れ流すのがちょっと…。
●「ファンタジスタドール イヴ」野浮ワど著、ハヤカワ文庫JA、2013年9月、ISBN978-4-15-031130-8、600円+税
2018/1/21 ★

 アニメ「ファンタジスタドール」の前日譚。性に目覚めた少年が、大学に行って、物理学分野での大きな発見に貢献して、大学院に進んでさらに研究を進め、そして…。その後、「ファンタジスタドール」を生み出すに至るんだろう。というわけで、ファンタジスタドールはまったく出てこない。学校や研究室での不器用な恋が、なぜか印象に残る。
 野浮ワどらしく、巻末のあとがきと年譜も作品の一部。
●「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」仁木稔著、早川書房、2014年4月、ISBN978-4-15-209454-4、1700円+税
2018/1/20 ★★

 “妖精”と呼ばれる人工生命体が労働現場で使役されている2001年のアメリカ合衆国。といえば分かるように、こことは別の地球をえがく5編を収めた連作短編集。
 “妖精”が労働に使われはじめた時代、それに反感を持ち、宗教を背景に、誘拐しては残酷に殺す男。“妖精”のベースとなる特別な性質もった少女と弟の物語。そして最後の3編では、“妖精”同士を戦わせる“戦争”によって紛争を解決することで保たれる絶対平和の世界、そしてその世界の崩壊が描かれる。
 とくに最初の2編では、残虐で性的な描写が多く、読んでいてあまり気持ちよくない。ヒトに似た人工生命体が社会に投入されると、このような展開はいかにもありそうで怖い。ヒトの残虐性は、代わりのはけ口があって、初めて押さえられるという人間観は、身も蓋もないけど、否定しきれない。そして、人工生命体に労働も、性的奉仕も、戦争も押しつける人間たち。絶対平和の崩壊は、“妖精”たちには救いになるのだろうか?
 全体を通じて、人類を品種改良しようとする組織の暗躍が描かれているといっていいんだろう。だからこその、このタイトル。

●「うどん、キツネつきの」高山羽根子著、東京創元社、2014年11月、ISBN978-4-488-01819-1、1700円+税
2018/1/19 ★

 5編を収めた短編集。いずれも日常にさりげなく、異世界からやってきたと思しき不思議が混ざり込んでくる。でも、その異物は必ずしも主役じゃない。という不思議なテイスト。
 犬のような動物を拾って育てた家族。古ぼけたアパートを経営する家の孫娘が出会った不思議。非日常自体より、アパートの住人の個性が強すぎて、非日常のインパクトが薄い薄い。南の離島で暮らす女系の大家族。小学生のブログに出てくるラジオを探す不思議ストーリー。最後の物語は、青森が舞台。ねぶたを作るねぶた師、馬農家、美術館に来た東京の高校生。それぞれが不思議に遭遇。5編の中でこれが一番不思議が主役。
 いずれも登場人物はなにかに納得して物語りは終わるのだけど、読者はけっこう置いてきぼり。不思議なままに終わる。小説として、どれも面白かったけど、SF色は薄め。いずれも長編にしたり、続編を書いたりできそうなのだけど、「母のいる島」はとくに続きを読みたい。
●「リライブ」法条遥著、ハヤカワ文庫JA、2014年4月、ISBN978-4-15-031154-4、600円+税
2018/1/18 ☆

 「リライト」「リビジョン」「リアクト」に続く4部作の最終巻。ようやく4部作を通じての主役が、みずから説明を始める。
 舞台は、主役の妹の結婚式。なぜかここまでの3作の主役3人も集められていて、いわば、探偵が関係者を一同に集めて謎解きをするようなもの。ストーリーの骨格は、SFというよりは、ミステリの謎解き編のよう。
 著者はそもそもミステリが好きなんだろう。あとがきを見ても、4作それぞれに、いろんな要素を当てはめるなど、各巻にほどこした仕掛けを説明しまくっている。本文も同じく、主人公がもったいつけて延々と説明する。
 自分が仕掛けた説明は熱心なんだけど、SF的に気になる点は納得いく説明がほとんどない。まるで“時間”が意思を持っているかのような説明は、比喩だとしても、実際よく分からん意思を設定しないと説明できない事が多い。そもそもどうして妹はあんな運命にさらされなくてはならないのか、さっぱり分からない。
 謎解きにばかり気を取られるのなら、ミステリを書けばいいのに。SFとしては、「リライト」とそれに対する「リアクト」で終わらせれば、SF的評価はできたんじゃないかと思ったりする。
●「リアクト」法条遥著、ハヤカワ文庫JA、2014年4月、ISBN978-4-15-031154-4、600円+税
2018/1/17 ★

 「リライト」「リビジョン」に続く第3弾。随所で両者に絡む。というか、実質的に「リライト」の残された謎解き編という印象が強く、「リビジョン」飛ばして「リライト」の次に読んでもだいたいつながる。
 今度は、タイムトラベラーの彼のさらに未来から、タイムパトロールがやってくる。そして、なんと「リライト」の中で重要な役回りを演じていたことが明らかに。ってゆうか、ここに至って、「リライト」は作中作となり、1992年の展開は維持しつつも、その後の展開はやり直される。
 時の性質は、やはり微妙。多世界解釈ではないのだけど、複数の時間線は少なくともしばらくは許容される。が、因果律は維持しなくてはならなくて、過去に変更があったら未来は変わるらしい。予定の未来に向かうために、そこに行き着けるように“正しく”演じなくてはならない。ってイメージで進んでいく。それなら複数の時間線でコミュニケーションができた「リビジョン」の展開は謎。過去が改変されて、現在の世界が変容し、そこに含まれる大部分の人々の記憶もまた変容しているようなのに、名前を与えられた登場人物達だけが、多くの場合変容前の記憶を維持しているのも不思議。
  不思議と言えば、同じ時間に同じ人物は複数存在できない、って口走ってるシーンがあるけど、複数存在しまくってるし。だから、同じ本は、同じ時代に複数存在できないって説明も変。
 あと面白かったのは、タイムリープできる薬(なんと紫の丸薬を呑んで念じるだけで、好きな時空間に飛べる!)は、最初のタイムトラベラーが作ったっきり、その後の人々は作り出せないって設定。それでいて、タイムパトロールが何人も色んな時代を飛びまわってるって、いったいどうなってるん? と思ってたら、なんと最初に発明した人が大量に作っていた、って説明が入ってビックリ。どんだけたくさん作っておいたら足りるねん〜。なんでそんなにたくさん作っておいたん〜。
 4部作の第3作なので、当然のようにまだ説明されない部分が残ってる。
●「リビジョン」法条遥著、ハヤカワ文庫JA、2013年7月、ISBN978-4-15-031120-9、560円+税
2018/1/16 ★

 「リライト」の続編。随所で「リライト」に絡むので、順番に読んだ方が良い。
 代々一族の女性に受け継がれてきた、過去や未来とコミュニケーションできる鏡が引き起こすタイムトラベル的事件が描かれる。この作品になると、過去や未来の自分(それも別の時間線に存在する自分だったりする)とコミュニケーションが取れるし、時間線はどんどん変更される。っていうか意図的に編集しようとまでされる。でも、そもそも主人公のちょhっと変わった時間線がどうして生じたのかよく分からない。それが微妙に変化して固定するのも謎。鏡が、無理なオーダーに悩みつつ、時間線を破壊してしまう? もうなんでもありな感じになってきた。
 4部作の第2作なので、当然のようにすべてに解決はつかない。ってゆうより混乱したまま終わる。残った謎は、以降の作品で説明されるんじゃないかなぁ。
●「リライト」法条遥著、ハヤカワ文庫JA、2013年7月、ISBN978-4-15-031119-3、620円+税
2018/1/15 ★★

 7月にやってきた謎の転校生。実は彼は未来からやってきたタイムトラベラーだった! なんと懐かしい響き。タイムトラベルの際にはラベンダーの香りまで漂い、あとはフラスコを割るのか?とワクワクと読み進む。でも、事態はどんどんややこしく展開していく。
 2002年の現在(?)と中学生だった1992年のエピソードが交互に語られる。中学生時代に10年後にタイムトリップして、持ち帰った携帯電話で彼を助けた。そのエピソードを完成させるには、10年後に過去の自分に携帯電話を持ち帰らせねばならない。が、なぜか携帯電話は持ち帰られない…。なんかおかしい。という展開。読んでる方としては、油断して読んでいると、主人公が誰か分からなくなって、途中でなんかおかしいと気付き、読み返してしまった。
  何度でも気軽にタイムトラベルが可能。同じ現在に複数の自分が存在することはできるが、自分に会うことはできない。この2つの縛りで、こんな斬新な展開があり得たんだねぇ。未来で断片だけ見つかった本を求めてストーリーは展開していく。
 ただ気になるのは、時間の性質についての設定が曖昧なこと。決まった時間線は変えられない って訳でもなく(リライトなんだし)、かといって他世界解釈でもない。未来が過去を縛るかのような状況は面白いけど、時間線が変更可能なら、最後の謎解きの時間線が行動を強制するかのような展開は納得できない。どうして過去の私が10年後に携帯電話を取りに来なかったかも謎。そもそもあの事故は1回だけなので、あのややこしい展開が成立するとも思えない。未来の情報がもたらされた過去が変化し、それが未来に波及するのはいいとして、リライト前の記憶を一部の人だけが保持できるのはなぜ?
 とまあ疑問点がいっぱい。4部作の第1作なので、当然のようにすべてに解決はつかない。この納得できないことは、以降の作品で説明されるはず。
●「OUT OF CONTROL」冲方丁著、ハヤカワ文庫JA、2012年7月、ISBN978-4-15-031072-1、620円+税
2018/1/14 ☆

 7編を収めた短編集。雑に分類すると、ホラー3編、刃物を振り回すよく分からない少年の話2編、江戸時代の改暦の話1編。で、SFは1編だけ。遺伝子操作によって、人の寿命が300年になりつつある時代。長命の子どもを妊娠した短命のままの母の気持ちを、忖度した感じ。悪くはないけど、その1編だけのため、というのはちょっと。
●「魚舟・獣舟」上田早夕里著、光文社文庫、2009年1月、ISBN978-4-334-74530-1、590円+税
2018/1/13 ★

 6編を収めた短編集。表題作は、オーシャンクロニクルの第1作。海洋が拡大し、人類は陸上の民と海上民に別れ、海上民は舟と呼ばれる巨大海獣との不思議な共生系をつくっている。終末を思わせる魅力ある世界での哀しい物語。「くさびらの道」は、真菌によって起きるオーリ症という病気で異形に変わっていく人々と変わってない人々の話。「饗応」は休憩所のような異世界でのショートショート。「真朱の街」はお化けと人間の話。「ブルーグラス」はダイバーの話であまりSFじゃない。 「小鳥の墓」は、「火星ダーク・バラード」の前日譚。
●「know」野浮ワど著、ハヤカワ文庫JA、2013年7月、ISBN978-4-15-031121-6、720円+税
2018/1/12 ★★★

 フェムトテクノロジーの発達によって、“通信と情報取得の機能を有する極小サイズの情報素子”が、あらゆる素材に添加・塗布され、さらには自然界にも撒かれている近未来。一見、今と同じ世界なのだが、あらゆるものから膨大な情報を得ることができる超情報化社会。それを扱うために、人には人造の脳葉<電子葉>の移植が義務化されている。理屈上は、あらゆる場所であらゆる情報を得ることができる世界。ただし、どこまでの情報にアクセスできるか、自分の個人情報をどこまで保護できるかはクラスによって定められ、いわば情報を通じた階級社会が形成されている。
  最底辺のクラス0はほとんど情報が得られず、自分の個人情報はプライベートは誰もに見られる。これは最上位のクラスである2人が出会う物語。すべての情報にアクセスして処理できれば、すべてを予知し、魔法のようなことができる。すべてを得ることのできる魔法使いは、通常の現世の欲から離れて、すべてを知りたいと、次の段階を目指す。まるでシンギュラリティ後のAI達のように。
●「いま集合的無意識を、」神林長平著、ハヤカワ文庫JA、2012年3月、ISBN978-4-15-031061-5、620円+税
2018/1/11 ★

 子どもが大人に隠れて自分だけの世界を構築しようとする話が2編。コンピュータにジャックインして事件を解決するDJ探偵、仮想人格をモニターする主任、異星人だらけの酒場に逃げ込んだ賞金首。誰もが仮想現実に踊らされ、読者共々現実を見失っていく。そして、最後が表題作。著者自身が登場して、短編小説の形で、夭折した伊藤計劃にメッセージを送る。という体で、若者にもの申す。
 著者も、「戦闘妖精・雪風」の深井大尉も、クラウドでアプリケーションが供給されるコンピュータは好きじゃないらしい。
●「この空のまもり」芝村裕吏著、ハヤカワ文庫JA、2012年10月、ISBN978-4-15-031084-4、680円+税
2018/1/10 ★

 現実世界に、一つレイヤーをかぶせた強化現実が、世界中で一般的になった近未来世界。現実世界の人、場所、建物にタグを付けて情報を付加するという機能。それが、他者の攻撃やヘイトなど悪意に満ちた形で使われ、また他国への政治的攻撃にも使われる。個人や店舗に貼り付けられる中傷、空を覆う政治的スローガン。それに対する手を打たない現実世界の政府に対して、ネットに架空政府が立ち上がり、架空軍が組織され、空や街を覆う政治的悪意に満ちたタグを消去しようと戦う。その架空軍を指揮するニートの架空防衛大臣が主人公。架空軍の大規模な作戦行動を契機に、現実世界でデモが暴動が、そして架空防衛大臣の恋の行方は?って感じ。
 世界設定が強力で一気に読ませる。匿名性の高いネットでのヘイトの現実をみると、強化現実が実現したら、これに似たことは本当に起きそう。現実世界でまで、ヘイトや排外主義が市民権を得るんじゃないかとちょっと怖い。ちなみにこの作品の主人公は、軍隊を組織し、八紘一宇だと愛国心だの右翼っぽい言葉をまといながら、不思議と排外主義ではない未来を提示する。
 最後に明かされるあの人の正体は、あとがきを読むに、周囲の人の要望を取り入れた結果らしい。とって付けたようで、ちょっと無理があると思うのだけど…。
●「富士学校まめたん研究分室」芝村裕吏著、ハヤカワ文庫JA、2012年10月、ISBN978-4-15-031132-2、720円+税
2018/1/9 ★

 恋愛奥手のインテリ女性自衛隊技官が、小型のタチコマのような戦車モドキを開発する話。同時並行で不器用な恋愛が進行し、極東では有事が進行する。グダグダした恋愛模様と、実際の国名をあげた極東有事のシミュレーションのような展開が印象に残る。小規模とは言え、隣の国が攻めてきて、死者もいっぱい出るけど、あくまでも一つのシミュレーションといった趣き。
 アイデア的には、情報収集能力などで個々の機能が劣る戦車モドキが、連携してさまざまな活動をするところが一番の見せ場かと。ここはもっと掘り下げられそうな感じ。
 密かに守られるほどの人材なのだったら、どうして出だしでは職場で疎外されて、不遇を託っていたのかよく分からない。自衛隊が部隊なだけに、自衛隊に批判的な“サヨク”を批判するフレーズも多い。
●「あがり」松崎有理著、創元SF文庫、2013年10月、ISBN978-4-488-74501-1、860円+税
2018/1/9 ★★

 文庫化にあたって1編を付け加えて6編を収めた短編集。舞台はいずれも北の杜の都の西の山にある国立大学。巻末に地名を入れ替えただけの、そのまんまの地図まで付いてるし、間違いなくあの街のあの大学が舞台。そして理学部など理系の研究室を舞台に物語は進行する。もう一つ面白いのは、人名がすべて姓名の区別のないカタカナであるのに対して、他では一切カタカナが使われていないこと。実験器具もすべて無理矢理日本語に翻訳して漢字で表記している。それでいてほとんど違和感がない。
  小説としては、いい短編が多くて全体的にお気に入りの短編集なのだけど、SFとして評価するとなると微妙。端的に言えば、理系大学を舞台にして、研究を絡めたから、SFと呼べる小説になるとは限らないってとこだろうか。
 最後の2編は、明らかにSFじゃない。シマリスの話は普通小説だし、へむはファンタジー。代書屋の話は論文にまつわる不思議話だけど、これもファンタジーっぽい。「不可能もなく裏切りもなく」は、とてもSF的なアイデアに基づく実験を進める話ではあるけど、物語の構造はそのアイデアとまったく関係ない。これではSFとは呼べないと思う。表題作「あがり」は、間違いなくSFだけど、アイデアが雑過ぎると思う。難点が多すぎて、まるで納得できない。もっと説得力をもって描いて欲しかった。その難点を作品中でも指摘してるのには笑ったけど…。結末近くで現れる不思議な現象から話を始めた方がよかったんじゃ?「ぼくの手のなかでしずかに」はとても良かった。もちろんこんなことは起きないけど、アイデアに基づいたストーリーで最後まで引っ張ってくれる。これだけで★を一つ増やした。
 蛇足だけど、杜の都に詳しい人はニヤニヤするローカルネタが満載な感じがする。鳥屋は間違いなく、自動車の前にクルミを置いて割ろうとするカラスのシーンでニヤッとする。
●「南極点のピアピア動画」野尻抱介著、ハヤカワ文庫JA、2012年2月、ISBN978-4-15-031058-5、620円+税
2018/1/8 ★★

 ニコニコ動画ならぬピアピア動画と、初音ミクならぬ小隅レイ。二つのお題を中心に、コンビニチェーンの可能性をちりばめての4篇をおさめた連作短編集。
 まずは彼女を連れて南極から軌道上へ。その宇宙機づくりに活躍する自己増殖工場群。お次は、コンビニに入る時の音楽でのプロモーションから始まって、コンビニの真空殺虫機で進化して、真空にも耐えて、丈夫な糸を吐くクモの活用法。小隅レイを描いた潜水艦はザトウクジラと会話するし、小隅レイみたいな宇宙人(?)は世界にはびこる。アイデア乱れ打ちの中に、ピアピア動画と小隅レイと時々コンビニを忘れないのが楽しい。
 資金を集めるのにピアピア動画にアップして、おもしろがった人達の投げ銭を集めるというのが、経済を考える上でも面白い。なんにでも小隅レイを付けておけば、ファン層が応援してくれるのは、ご都合主義的で楽しい。どこにでも小隅レイの隠れファンがいるし。
●「魔法使いとランデブー」野尻抱介著、ハヤカワ文庫JA、2014年5月、ISBN978-4-15-031157-5、660円+税
2018/1/7 ★

 ロケットガールシリーズの第4弾で、4編を収めた初の短編集。
 ムーンフェイスの話は、軌道上で宇宙船からはぐれても、必ずしも深刻じゃないんだなぁ、と勉強になった。それはさておき、サンタのコスプレや、ロリコンのテロリストもさておき、短編集の約半分を占める表題作はかなりSF度が高くて、それでいて例によって魔術がらみでも盛り上がる。薄くてでっかい凧で、軌道上から宇宙服で地上へ降下って可能性があるんだねぇ。
●「私と月につきあって」野尻抱介著、ハヤカワ文庫JA、2014年4月、ISBN978-4-15-031155-1、680円+税
2018/1/6 ★

 ロケットガールシリーズの第3弾。今度は、フランスのチームと一緒に月へ行く。
 フランス領ギニアでの訓練、軌道上での準備、月の軌道への飛行、月面への降下、そして降下時の事故。著者があとがきで会心と書いているように、月面からの脱出はとてもドラマチック。ここまでのこのシリーズで一番SFっぽさが高いかも。
●「天使は結果オーライ」野尻抱介著、ハヤカワ文庫JA、2014年2月、ISBN978-4-15-031147-6、700円+税
2018/1/5 ★

 ロケットガールシリーズの第2弾。新しい女子高生宇宙飛行士が参加して、活躍する。というか気絶するというか、母校を恨むというか。結局のところ、年格好はともかく、3人とも女子高生じゃない…。と、著者も突っ込んでいたのが、印象的だった。
 軌道にあがって降りてきただけの前作から一歩進んで、今回は軌道上で宇宙ステーションを助け、探査機の手助けする。
●「女子高生、リフトオフ!」野尻抱介著、ハヤカワ文庫JA、2013年11月、ISBN978-4-15-031136-0、700円+税
2018/1/5 ★

 ロケットガールシリーズの第1弾。日本の女子高生が、行方不明の父親を探しに、ソロモン諸島に行ったら、異母兄弟の妹に出会い、なりゆきで一緒に宇宙飛行士のアルバイトする羽目になって、本当に軌道に上がってしまう。
 宇宙産業や宇宙ロケット打ち上げのリアルに、なぜか魔術が薄く混じって、訳の分からないおじさんとお姉さんに巻き込まれた女子高生が、強引にスローリーを引っ張っていく。とも説明できる。
 失敗続きだったのがいきなり成功続きになるのは、きっと魔術が関わってるに違いない。女子高生を宇宙飛行士に器用するのは背丈と体重が少ないのがいいとか、動きやすくするためにレオタードのような宇宙服を開発とか、なんか説明してるけど単に著者の趣味に違いない。小回りのきく安価なロケットのニーズは、今でもあるんだろうな、だから民間の参入の余地があるんだろうな。
●「ココロギ岳から木星トロヤへ」小川一水著、ハヤカワ文庫JA、2013年3月、ISBN978-4-15-031104-9、600円+税
2018/1/4 ★★

 舞台は、2014年2月の北アルプスのココロギ岳山頂の観測所と、2231年2月の木星前方トロヤ群。 場所も時代も違うこの二つの場所の主人公同士がコミュニケーションをとって、2014年の地球の危機と2231年の少年たちの危機を回避しようとする。両者をつなぐのは、細長ーい(?)感じの異次元生命体。
 未来から過去への情報伝達は異次元生命体がサポートしてくれる。ただし過去側がなんらかの“手続き”を踏まないと、情報を伝達してくれないという、やや意味不明の縛りのおかげで、ストーリーが緊迫してくれる。そして、とても面白いのが過去から未来への情報伝達。頭がこんがらがりつつも、 楽しめる。
 過去も未来も、さまざまな可能性も含めて見渡せる異次元生命体のビジョンも、頭がこんがらがりつつも楽しい。2014年の日本の政府やマスコミ関係者は物わかりが良すぎるけど、まあいいか。
●「三惑星の探求」コードウェイナー・スミス著、ハヤカワ文庫SF、2017年8月、ISBN978-4-15-012138-9、1400円+税
2018/1/4 ★★

 人類補完機構全短編の第3集。11編が収められている。最初の4編はキャッシャー・オニールシリーズ。続く「太陽なき海に沈む」は夫の死後、妻が書いた作品だというが、夫の生前も事実上共作していたというだけあって、全然違和感がない。第81Q戦争は、オリジナル版は再録さしい。残る5編は、必ずしも人類補完気候シリーズの作品ではないけど、同じ世界の話っぽくて、以前から人類補完機構の作品集に収められていたもの。
 キャッシャー・オニールは自分で頑張ったというより、他人が用意してくれたレールの上を歩いてるだけで、応援しにくい。それでいて毎回美女と仲よくなってるし! っていうのはさておき、猫娘に負けない、亀娘が登場した点で特筆される。そして「太陽なき海に沈む」はグリゼルダ! 大きなネコに騎乗して走り回るとは、ネコバス以上に楽しそう。 結局独りぼっちだったという話では、「親友たち」よ「ナンシー」の方がいいなぁ。
●「時をとめた少女」ロバート・F・ヤング著、ハヤカワ文庫SF、2017年2月、ISBN978-4-15-012115-0、820円+税
2018/1/3 ★

 「たんぽぽ娘」で日本では有名な著者の7編を収めた日本オリジナル短編集。
  「わが愛はひとつ」は状況が説明されたら結末は簡単に予想が付くけど、この黄金パターンははずさない。「妖精の棲む樹」は樹の生態は面白いけど、妖精はいらんやろ。「時をとめた少女」はボーッとしてたら可愛い彼女が集まってくるご都合主義的な話。あの裏技が可能なら、もっとややこしい話が紡げそう。「花崗岩の女神」は超巨大な美女に登る。「真鍮の都」は、アラビアンナイトなタイムトラベルラブストーリー。「赤い小さな学校」は、他の作品とはテイストが違い、唯一SFらしいと言ったら怒られるかな。子育てを国家任せにして夫婦共働きという世界。「約束の惑星」は、植民船が目的地の惑星に到達できずに、パイロットは…、という私的には哀しい話。
●「赤いオーロラの街で」伊藤瑞彦著、ハヤカワ文庫JA、2017年12月、ISBN978-4-15-031310-4、640円+税
2018/1/2 ★★

 IT会社のプログラマーの主人公。仕事に自信を無くして、休暇を兼ねて北海道斜里町に来ていたら、太陽のフレアによる世界規模の最大に出会う。世界中から電気のインフラの大部分が失われ、その中で第一次産業で成り立つ斜里町の暮らしや、大都会東京都の暮らしがどう変わるのか。さまざまな困難を人々はどうやって切り抜けていくのか。その中で、主人公が自分の居場所を見つけていく。
 こじんまりとよくまとまったストーリー。このストーリーの中の政府はしっかりしていて、世界も日本も冷静に問題に対処しようとする勢力が主導権を握る。といった設定は、ちょっと楽観的すぎると思うけど、おかげでありがちなパニック小説ではなく、落ち着いた理性的な展開になっている。
  スーパーフレアではなく、中規模のフレアによる災害でこれだけのことが起こるとしたら、スーパーフレアが起きたらどんなことになるのやら。電気に頼った都市への人口集中のリスクを考えさせられる。
 第5回ハヤカワSFコンテストの最終候補作。大勝を取った「コルヌトピア」よりはるかに面白いし、SFとして成立してると思う。評を見ると、飛躍がなくて物足りないとか、これだけの大災害なのに北海道の斜里町周辺と東京という狭い範囲しか描いていないとかの不満があるのかもしれないけど、 むやみに手を広げるのがいいと思わない。もちろんもっと広い範囲も描いてみて欲しい。次はスーパーフレアで。
●「イヴのいないアダム」アルフレッド・ベスター著、創元SF文庫、2017年11月、ISBN978-4-488-62305-0、1100円+税
2018/1/1 ☆

 「願い星、叶い星」に2編を加え10編を収めた短編集。ロボット、タイムトラベル、人類滅亡といった古くからある設定を、軽く取り上げて、謎めかして状況を説明して終わるって程度の展開ばかりに思える。どこにサイエンスやスペキュレーションがあるのだろう? そして面白いオチもない。
 たとえば最初の方の数編は「アンドロイドが人を殺してたいへん」「変態タイムトラベラーの遊び」「思慮の足りない男が人類を滅亡させて幻を見る」ってだけ。後の方はさらに意味不明な。ただ、単行本時の表題作は少し好きかも。これは落語のようなオチがあるから。
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