自然史関係の本の紹介(2023年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
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●「海にしずんだクジラ」メリッサ・スチュワート文・ロブ・ダンディ絵、BL出版、2023年8月、ISBN978-4-7764-1103-1、1800円+税
2023/12/22 ★

 死んだクジラが海に沈んでいく。70年生きたクジラの一生が終わった。しかし、これから50年にもわたって鯨骨群集を支えることになる。最初に集まるのはヌタウナギ。続いてオンデンザメ。あとは、イバラヒゲやミゾズワイガニたち。おこぼれを食べるエゾイバラガニやセンジュナマコ、集まった者たちを狙うニュウドウカジカやハゲナマコ。骨にはホネクイハナムシが付いて栄養を食べ、バクテリアが骨自体を食べる。微生物が周辺につくったマットを食べる貝やウロコムシ。
 後ろには解説が付いている。鯨骨群集の解説と、この絵本の設定と登場した生き物たち。鯨骨群集は、1987年にカリフォルニア沖で初めて見つかったという。以降、25例ほどが知られる。発見されてまだ40年も経っていないのに、鯨骨群集が50年続くというのは、何を根拠にしてるのだろう?
 青を基調にした綺麗な絵本。深い海の底で、見知らぬ生きものたちが、暮らしているような雰囲気は、ちょっとおどろおどろしいが、楽しい。
●「うちのライオン うちのトラ −ネコのひみつ−」伊澤雅子文・田中豊美絵、福音館書店かがくのとも2023年10月号、400円+税
2023/12/22 ★

 ライオン、トラ、オオヤマネコ、サーバルキャット、ヒョウ、マヌルネコ。そしてうちのイエネコ。野生ネコ科動物と、同じ事をやってるうちのネコ。あくびして、爪研いで、忍び寄って、ジャンプする。高いところで休み、寝て、夜起きて、遊んで、顔を洗う。うちのネコが野生に見えてくる。というか野生ネコ科動物が可愛く見えてしまう。
 絵はとても上手なのだけど、イエネコが微妙に可愛くない。うちのネコはもっと可愛い。

●「進化生物学者、身近な生きものの起源をたどる」長谷川政美著、ベレ出版、2023年10月、ISBN978-4-86064-739-1、2200円+税
2023/12/22 ☆

 著者は、もともと分子系統屋さん。で、近年次々と作られる様々なグループの系統樹。それを紹介しつつ、その生物群の進化や生態について、いろいろ語った連載を1冊にまとめたものらしい。とにかく系統樹はたくさん出てくる。
 第1部は、身近な動物ということで、イヌ、ネコ、ウマ・ロバ、クマ、コウモリ、スズメ目。第2部は、植物とそれを食べる生物ということで、甲虫や菌類。第3部は、昆虫テーマで、節足動物、膜翅目、鱗翅目。第4部は進化の話らしい。退化と中立進化、歌の起源、海を越えた移住などの話があって、最後は思い出に残る生きものたち。

 とにかく系統樹はたくさん出てくるので、沢山の系統樹を見たければいい本かもしれない。ただ、丸く配置した系統マンダラは、系統関係が把握しにくい。ビジュアル重視に過ぎず、議論には適さないと思う。 分岐年代が比較しにくいし、どの順番で分岐したかも直感的に分かりにくい。

 ただ、この本の問題はもっといろいろ。
 第3部までは、仮説を事実であるかのように語ったり、単なる著者の意見を事実のように書いているのが気になった(たとえばアブラコウモリは外来生物と決めつけている)。あと、あまり脈絡なく、さほど関係ない情報が随所に投入されるのもついていきにくい。
  第4部での進化についての記述は、いろいろ気になる。たとえば、中立進化について、212ページにこんな記述。「進化の過程で、(中略)適応度には差がないような形質に置き換わることを「中立進化」という」。中立進化は、表現型ではなく、遺伝型での話なんだけど、判ってたらこんな書き方するかな? 性選択について、235ページはこんな記述。「…オスの長い飾り羽根は、自然選択の対象である適応度とは関係なく、どんどん進化する」「適応的でなくても、オスが配偶者を獲得する上で有利な継室が進化する」。“適応度”の意味を間違ってると思う。“鳥類の種数が多いのは性選択のため?”という項は丸々理解できない。何を根拠に哺乳類より鳥類の方が性選択による隔離が進みやすいと言ってるのか? オスの方が綺麗な鳥が多いから? 性選択は色・模様だけにかかる訳でもないのに。その少し前でフィッシャーのランナウェイ仮説を説明しておきながら、どうして「メスの好みはブームのようなもので、うつろいやすい」と書けるのだろう? そして、どうして種分化につながると思うのだろう?
 生態学についての記述も気になる。個体数の増加がS字カーブになるのは、人口についてマルサスが最初に指摘した。というのはいいとして、それを最初に生態学に取り入れたのは、マッカーサー&ウィルソンと書いてある。ロトカとヴォルテラが化けて出そう。
 鳥の記述も気になる。そもそもスズメ目で最初に分岐したイワサザイ科がオーストラリア区にいたからスズメ目は オーストラリア区が起源という議論は雑過ぎる(他の分類群について、そう単純じゃないと自ら書いてたりする)。水辺から離れないからセグロセキレイはハクセキレイに負けた(都市は水辺が少ないからセグロセキレイは少ないらしい)。という記述も雑。というか研究もせずになんで勝手に決めつける? ちなみに244ページのマンダラのキンクロハジロとなってる画像は、ホシハジロ。カモ類に関して言えば、遺伝的にとても近いマガモとカルガモ以外の水面採食ガモの組合せでも交雑個体はできるし、たいてい稔性もある。

 そもそも著者は、進化生物学者かどうか疑問。というのはさておき、“身近な生きものの起源をたどる”以外の話が多すぎる。そしてそこに問題がいろいろ入ってきてるという印象。得意な部分だけで話をすればいいのに。というのは自分への戒めにしておこう。


●「土の塔から木が生えて シロアリ塚からはじまる小さな森の話」山科千里著、京都大学学術出版会、2023年4月、ISBN978-4-8140-0462-1、2200円+税
2023/12/12 ★★

  小さい頃から、いつかアフリカに行くんだ。と思っていた学生が、修士1回生で、いきなり単身ナミビアの田舎の集落に住み込んでフィールドワーク。言葉の通じない、生活習慣も違う、知り合いもいない場所に、通訳もコーディネーターも連れずに単身飛び込むとはビックリ。その上、シロアリ塚の研究をするんだ、という以外、具体的な研究テーマも研究計画もなさそうなのもスゴイ。指導教員はよくOKしたと思ったけど、すでに周辺にこの研究室のみなさんが入ったことがあるエリアで、治安が悪くなく、ヨソ者をそれなりに受け入れてくれる場所柄ということが判ってたんだろう。それでも真似できないけど。

 まずは、オンバズ村での生活と研究。最初に取り組んだのは、シロアリ塚に木が生えるのか、木のある場所にシロアリ塚ができるのか問題。乾燥した大地にモパネが中心の植生。そこを歩き回って、植生とシロアリ塚を記録していく。とはいえ、むしろ気になるのは、食生活。腹が減るんだなぁ。
 続いて北東部の回廊にあるムヤコ村での調査。こちらでは助手を確保。土の塔が丘にかわり、森になる様子を調査。種子散布者に注目し、サイチョウやエボシドリなどが登場するのも楽しい。さらにシロアリ塚に集まる動物たち。ミツアナグマ、ツチブタ、ケープタテガミヤマアラシ、そしてアフリカゾウ。シロアリタケは食べてみたい。

 村に住み込んで最初のうちは、言葉も生活習慣も判らない中、研究どころではなさそう。でも、むしろ調査が心の支えだったという。あまり詳しく書いてないけど、くじけまくったんだろう。そして、子ども達に救われたんだろうなぁ。所有などに関する文化の違いには、かなりいらついた様子。でも、文化の違いを受け入れようとする様子。村への愛着。著者の人柄に好感が持てる。

 研究テーマはとても面白そうで、拡がっていきそうなんだけど、なにがどこまで明らかになったかというと。まだまだ途中な感じが強かった。
 でも、アフリカの自然と、そこで暮らす人々との交流。それは、ニュースで見る問題だらけのアフリカとは全然違った側面が紹介されていて、とてもよかった。
●「無人島、研究と冒険、半分半分。」川上和人著、東京書籍、2023年9月、ISBN978-4-487-81714-6、1600円+税
2023/12/4 ★

  前半は2007年の南硫黄島調査、後半は2008年の北硫黄島調査を少しはさんで、2017年の南硫黄島調査が紹介される。半分半分というより、ほぼ全編、川上節全開の探検記。
 とはいえ、研究もしてる。調査に行ってるんだから当たり前だけど。滅多に行く事のできない場所の話なので、随所にはさまる島の鳥の情報は、とても貴重なものばかり。
 南硫黄島の海岸部で繁殖するカツオドリ、アカオネッタイチョウ、オナガミズナギドリ、アナドリ。聞こえてくるのはメジロとウグイス。あとはヒヨドリ、オガサワラカワラヒワ、イソヒヨドリ、カラスバト。昼間も飛んでるオガワワラオオコウモリ。上に登るのは大変そうだけど、山に登ればシロハラミズナギドリ(ハワイ、北之島、南硫黄島でだけ繁殖!)とクロウミツバメ(南硫黄島でだけ繁殖!)、そしてあのセグロミズナギドリ。
 北硫黄島にはかつて人が暮らし、クマネズミが入ってるので、海鳥はカツオドリとアカオネッタイチョウのみ。元は南硫黄島みたいだったんだろうと考えると残念。鳥の調査があまり楽しくなかったらしく、海鳥が島から島に運ぶタネの話や、北硫黄島と比較しての南硫黄島の価値の話が多め。
 そして、2回目の南硫黄島で3つの発見。1つは、オーストンウミツバメの生息。繁殖期が違うので、1回目は確認できなかった、というのはこの辺りの海鳥アルアルな気がする。もう一つ海鳥によって運ばれてきたらしい外来植物。そして、セグロミズナギドリの繁殖地。このセグロミズナギドリは、後にセグロミズナギドリとは別種ということが明らかになり、オガサワラミズナギドリと命名される予定。
 川上節は、探検記によく合う。もっと探検記を書いて欲しい。もちろん島の鳥や自然の話も書いて欲しいけど。ちなみに川上節の冒険談を除くと、この本は半分どころか1/4以下になると思う。
●「大量絶滅はなぜ起きるのか」尾上哲治著、講談社ブルーバックス、2023年9月、ISBN978-4-06-533395-2、1000円+税
2023/11/8 ★★

 地球の歴史で過去5回あった生物の大量絶滅。いわゆるビッグファイブ。そのうち、4回目にあたる三畳紀末の大量絶滅では、絶滅の直前に、絶滅した生物群の小型化が起きていた。どうして生物は小型化し絶滅したのか。世界をまたにかけた主人公の探求がはじまる。
 最初に考えられたのは、寒冷化からの海退の影響。続いて目を向けられたのは、海洋酸性化。海洋の成層化による海底の無酸素化。そしてパンゲアの分裂を引き起こしたCAMPの火成活動。天体衝突の影響も取りざたされるなか、それぞれの現象が起きたタイミングを整理する中で、見えてきた可能性は! そして明らかになる消えた二酸化炭素の謎。

 ここまでが、前半。前半は、謎解きがストーリーのメインのSFのような雰囲気。それはたぶん、フィールドなどでの会話つきのエピソードが交えられるからだと思う。そして、章や節のタイトルも謎解き小説っぽい。
 後半は、普通の科学普及書っぽい仕立てで、謎解き。CAMPの活動に端を発した二酸化炭素連鎖モデル。しかし、そこには納得できない点が…。そして浮かび上がる、森林消失と土壌流出の影響の可能性。二転三転するストーリー。最後は、「これは私の推測なのですが…」と前置きしての解決編。後半はミステリー。

 葉っぱの化石の気孔の密度で、大気の二酸化炭素濃度を推定するとか。温暖化は小型化につながるとか。いろいろ勉強になる。生命の限界温度という考え方も初めて。そして、現代の地球温暖化の話につながっていく。プラネタリー・バウンダリー、ティッピングポイント。これから、本当の大量絶滅が始まるかもしれない。という恐ろしい予言で幕を閉じる。

「6度の温暖化とアマゾン南部の熱帯雨林の消失が、陸と海の両方で大量絶滅のはじまりを告げるサインとなる」
●「「植物」をやめた植物たち」末次健司著、福音館書店たくさんのふしぎ 2023年9月号、700円+税
2023/10/26 ★★★

 日本各地から次々と新種の菌従属栄養の植物を発見・記載し、その生態を明らかにしてきた著者が、今までの成果をいっぱい詰め込んだ一冊。30種ほどの菌従属栄養植物の美しい写真が並ぶ。
 光合成をやめた植物は、単に葉緑素を失っただけでなく、生息環境も生活史も送紛生態も変わる。菌類から栄養を奪う技を身につけ、あらたな種子散布者との関係を築く。菌従属栄養植物が、光合成をする植物とはまったく違う条件で生きていることがよく判る。
 著者が書いてるように、次々と真に新発見の新種が見つかるのはロマン。のみならず、菌類をつうじて周囲の光合成植物から栄養をもらっていたり、カマドウマやアマミノクロウサギに種子散布されていたり。生態学的に興味深いトピックも豊富 。
●「種から布をつくる」白井仁文・熊谷博人絵、福音館書店たくさんのふしぎ 2023年5月号、700円+税
2023/10/26 ★

 洋服作りから布に興味を持った著者。ついには、ワタを育てて、収穫して、糸作り、染色して、織って布を作るに至る。その過程が順に紹介される。ワタの種子を植えて、収穫。綿繰り機でタネと綿を分けて、糸車で糸を作る。ヤシャブシ、ウメ、ビワなどで草木染め。そして、手動の織機で布にする。ワタの種子から綿織物ができるプロセスがよく判る。
 布製品の紹介が浮いてる気がする。草木染めにけっこうページが割かれるけど、種から布というプロセスとは、ちょっとずれてる感。一方で、縦糸と横糸の組合せで色合いが変わるという話は、もう少し丁寧に紹介してくれても良かったとも思った。麻とか、綿以外の話を盛り込んでも良かったかも。
●「光るきのこ」宮武健仁著、福音館書店たくさんのふしぎ 2023年6月号、700円+税
2023/10/26 ★

 夜空や光る動物の写真を撮っていた著者は、八丈島で光るキノコに出会って以来、日本各地で光るキノコを撮影しまくる。八丈島に続いて、高知県、長野県、宮城県、宮崎県、石垣島、種子島、徳島県、青森県。出てくる光るキノコは、ヤコウタケ、シイノトモシビタケ、エナシラッシタケ、ツキヨタケ、ギンガタケ、アミヒカリタケ。
 前半はシイノトモシビタケが多めだけど、後半はかなりツキヨタケにはまっている。個人的には柄だけが光ってる石垣島のアミヒカリタケが気に入ったかも。八丈島で出会ったと書いてあるのに、写真が出てこないスズメタケが気になる。
 最初に八丈島で「日本は光るきのこの種類が世界で一番多い」と聞いたとあるのだけど、世界に何種で、日本には何種あるのか書いてなくて気になる。意外と身近にも光るキノコはあるらしいので、近所で気にしてみたい。
●「生きもの「なんで?」行動ノート」きのしたちひろ著、ソフトバンククリエイティブ、2023年1月、ISBN978-4-8156-1238-2、1400円+税
2023/10/4 ★

 行動学や行動生態学周辺の43テーマが、採食行動、主に対捕食者行動、求愛行動、おもに群れ生活の話、その他の5つの章に分かれて紹介されていく。著者は、絵も描ける動物行動学者。動物のことを知ってるだけに、ポイントをおさえたデフォルメした絵が正確で可愛い。絵で見せる論文紹介といった趣向。
 見開きの2ページで1テーマで、1連の論文を紹介する。左ページの最初にタイトルと登場動物の紹介、気になるポイント周辺の基礎情報、左下に研究者が登場して、疑問点を挙げる。右ページで観察や実験の仕方と結果が紹介される。右下で結論。その合間に「比べてみた」として、トピックの紹介コーナーが9つ。道具使用、内温性と外音声、表現型の可塑性、擬態、真社会性、強さを示す色・模様、集団のコストベネフィット、家畜化、温暖化の影響。これだけでも盛りだくさん。
 紹介される論文は、後ろに参考文献として載っているので、元論文にあたることもできる。論文が出版された年は、1980年代から2020年代まで幅広い。古い論文はたいてい知ってる内容だけど、2010年代後半以降のトピックは知らないのばっかり。勉強になった。
 放火するタカは、話題になったから知ってるけど、日本にもいるトビとは気づいてなかった。捕食者存在下でエゾアカガエルのオタマジャクシが頭の形を変えるとか、ウナギの稚魚がドンコに呑まれても鰓から脱出とか、トウヨウミツバチがスズメバチ避けの糞を巣の入口につけるとか、ハダカデバネズミが別コロニーの個体をワーカーにするとか、学習能力の高いキイロショウジョウバエは短命だとか、面白い話題がいっぱい。オオニワシドリが錯視を利用して東屋を装飾してたとは! キンバネアメリカムシクイが嵐の接近を感知して回避するって本当かなぁ。2年目のオオミズナギドリは、何を学習して、本州横断をやめるのかよくわからない。
 個々のページは面白いし、とても面白い企画だと思う。企画からいって当たり前だけど、全体はさほど体系立っていない。最新研究などを紹介するコーナーの連載としてはいいけど、普及書としてはどういうターゲットに何が伝わるかが少し気になる。最近の論文が読めていない私には、とても役立つけど…。
●「カブトムシの謎をとく」小島渉著、ちくまプリマー新書、2023年8月、ISBN978-4-480-68457-8、880円+税
2023/9/27 ★★

 カブトムシ研究者さんは、カブトムシ以外の虫も研究してるし、中学生以来のバードウォッチャー、東大での卒論は、樋口研でツバメの研究。今でも鳥見は好きで、この本でも随所に鳥のことが書かれている。
第1章では、そんな著者がカブトムシ研究をはじめるまでが語られる。テーマを求めて、大学院では昆虫を研究するようになり、やがてカブトムシにはまっていく。とはいえ、台湾ではヒメフクロウを見て喜んでる。第2章では、カブトムシの分類、生活史、生息環境など基礎情報が紹介される。
 第3章からいよいよ著者によるカブトムシ研究の成果の紹介。第3章では、幼虫の大きさと成長の研究。大量の幼虫を飼育して、母親の大きさ、卵の大きさ、餌の質などの影響を調べる。あんな環境に暮らすため、成長と免疫のトレードオフが重要というのは面白い。
 第4章は、カブトムシ成虫の捕食者についての研究。茨城県でのセンサーカメラを仕掛けての研究では、カラスとタヌキがよく食べていて、ハクビシンやノネコも食べていた。という結果はいいけど、鳥屋的にはカブトムシをよく食べそうな鳥に、必ずアオバズクが上がる。これだけ鳥に詳しいのに、アオバズクへの言及が全然ないのに違和感を覚える。
 第5章は、カブトムシの成虫の活動時間。とくに樹液の出る気にくる時間帯の研究。ここでは、一人の小学生が大活躍する。樹木の種類によって活動時間が変わるという事実を発見したのは小学生で、それを英語の論文にしたのが著者。樹液の量やオオスズメバチの存在。樹液にきてるカブトムシの数を数えるだけで、こんなにいろいろなことが判る。
 第6章は、カブトムシの形態や成長様式の地理的変異の話。飼育しやすいからこそできる研究だなぁ。
 最後の第7章は、カブトムシ以外の研究。有毒なチョウ、それに擬態したチョウ、無毒なチョウで、逃走距離が違うかを調べる。結果はさておき、アイデアが面白い。鳥や哺乳類以外でも、逃走距離調べるのは初めて見た。もう一つの話題は、甲虫の固さが鳥からの捕食からの防御に役立つかどうか。ウズラにひたすら虫を与えまくる。硬さの擬態というのが興味深い。
 身近なカブトムシが驚くほど研究されておらず。観察し、飼育して計測し、簡単な実験をするだけで、さまざまなことを明らかにしていくのがカッコイイ。時間と労力はかかっているが、さほどお金はかけていない(分子系統はさておき)。やる気さえあれば、小学生でもできる(実際やってた!)。金に頼らず、頭を使え!って感じ。
●「都会の鳥の生態学 カラス、ツバメ、スズメ、水鳥、猛禽の栄枯盛衰」唐沢孝一著、中公新書、2023年6月、ISBN978-4-12-102759-7、1050円+税
2023/9/19 ★

 著者は、学校の先生をするかたわら、東京・千葉を中心に都市の鳥を研究してこられた。都市鳥研究会を立ち上げ、都市鳥という言葉を日本の鳥業界に浸透させた。そして、たくさんの本を書いてこられた。御年80歳。その最新作。
 第1章は、人との距離の話から、キジバトやヒヨドリ、そしてイソヒヨドリの都市進出の話。店舗の日除けテント内で繁殖したヒヨドリとか、マンホールの穴で虫をとるジョウビタキが気になる。
 第2章は、ツバメの話。帰還のタイミング、営巣地、糞分析、集団ねぐら、都心での減少。ロシアの自然崖で営巣するツバメが気になる。
 第3章は、スズメ。食性というかサクラの花を落とす話からはじまり、市街地での個体数変化、混群の形成、集団ねぐら、営巣場所。ヒューストン空港の室内で暮らしてるスズメは面白い。ヨモギなどの緑葉をスズメが巣に運ぶという話は気になる。
 第4章は、なぜか水鳥。上野不忍池のカモ相の変遷からはじまり、カルガモ、カワウ、コブハクチョウ、サギ類、カワセミ、カイツブリ、コチドリ、コアジサシ。最後はビルで営巣するウミネコ。関東には、釣り人のそばで、アオサギだけでなくコサギも待機して魚をもらうらしい。
 第5章はカラス。集団ねぐら、都心部での減少、採食行動(カブトムシ、貯食、クルミ割り等)、電柱など人工物で営巣するカラス、ハンガーを利用するカラス。むしろ180ページの2019年9月8日、台風15号が通過した後、大洲防災公園で、スズメやムクドリが大量死したという情報が気になる。井の頭自然文化園でカラスが、シカの毛を抜いて巣材に使うってのも気になる。
 第6章は猛禽。ハヤブサ、チョウゲンボウ、オオタカ、ツミが紹介される。

 関東での状況は、著者やその共同研究者の成果で、関西での状況と比較しながら読むと興味深い。一方で、関東と、著者がたまたま見聞した他の地域の情報に基づいて書かれているのを、日本全体の状況と勘違いされては困るなぁと思う部分もある。
 たとえば、イソヒヨドリの都市進出は、関東においては、関西より10年程度遅れて進行した。
 著者は、繁殖を終えたツバメが街中から姿を消した後、渡っていくまでの間については長らくブラックボックスであった。とした後に、2001年に初めて大規模なツバメの集団ねぐらを観察したと書いている。まるで、21世紀になってからツバメの集団ねぐらが見つかったかのよう。ツバメの集団ねぐらがヨシ原にできることは、その50年以上前から知られている。
 2018年に北海道羅臼町で、屋根の上でオオセグロカモメが営巣してるのを見つけた。と書いてあるけど、道東の大きな屋根の上でオオセグロカモメが営巣してるのは、少なくとも1990年代からあった。
 カラスが、物干しからハンガーを失敬することは何故か書かれていない。
 日本のハヤブサの建造物での営巣例の最初は、1993年に広島県。北陸で見られるようになったのは1990年代後半。
●「自宅で湿地帯ビオトープ! 生物多様性を守る水辺づくり」中島淳著・大童澄瞳画、大和書房、2022年7月、ISBN978-4-479-39404-4、1700円+税
2023/9/15 ★★

 執筆者名を見ても判らない人には、著者が「湿地帯中毒」のオイカワマル、絵が「映像研には手を出すな!」の作者といえば判るに違いない。この二人にはそんな接点があったとは。テーマは副題にある通り「生物多様性を守る水辺づくり」。各人が身近にビオトープをつくって、湿地の生き物を楽しみつつ、地域の生物多様性の保全に貢献しよう。そのための知識とノウハウと事例が詰め込まれている。
 ビオトープをつくると聞くと、まず懸念されるのが、外来生物問題を引き起こさないかって点。善意でしたことが、有害でしかない、ってのはビオトープ周辺ではよくある。しかし、この本では、序章で最初に、湿地帯ビオトープが目指すもの、外来生物問題、エコトーンの大切さ、という基本的なところが優しい言葉で判りやすく説明されている。ビオトープをつくる気がなくても、自然環境・生物多様性の保全に関わろうかという人は、この序章を必ず読むべき。学校の授業で読ませて試験で出して、環境団体のメンバーや公務員全員に読ませるべき。
 で、第1章からは実践編。実際にビオトープをつくってみることを考える。ここでも外来生物問題を引き起こさないで、いかに楽しむかが解説される。生き物を導入する場合は、どのように入手するか、どんなビオトープにどんな生き物なら導入して大丈夫か。ポイントが判りやすく整理されている。
 第3章は、いろいろなビオトープの事例集。東京と福岡の事例だらけなのが笑える。でも、これを読むとなぜか自分でもつくりたくなってくる。第4章は、湿地帯ビオトープで出会える生き物図鑑。外来生物を導入しないように、外来生物の図鑑もある。同時に、外来生物が入っていたら対処するためにも、日常的な観察と同定が必要と説かれる。
 全編通じて、外来生物問題を避けて、身近に生物多様性を楽しみ、地域の生物多様性保全に貢献する術が満載。短く、要領よく、それでいて判りやすくまとまっていて素晴らしい。
●「図鑑 日本のむかで」奥山風太郎著、太田出版、2023年7月、ISBN978-4-8299-9018-6、2200円+税
2023/9/3 ★

 オオムカデ目20種(+未記載種4種)、ジムカデ目31種(+sp.とされている7種)、イシムカデ目25種(+sp.とされている4種)、ゲジ目(+sp.とされている2種)が美しい画像とともに紹介された図鑑。その他に文章などで軽く触れられている種も多数、わざわざ掲載されている地域個体群もいろいろ。合間にムカデトピックがはさまり、後ろには、ムカデの採集や飼育の仕方の解説の他、ムカデが祀られている場所やムカデグッズも紹介される。
 大阪で見る大きなムカデの正体は分かる。自信をもってゲジとオオゲジを同定できる。イッスンムカデがけっこう気に入ったかも。その他も科くらいまでなら同定できそうな気がする。が、この図鑑ではたいていのムカデは種まで同定するのは難しそう。そもそも分類がまだ整理されなさすぎ。ある意味、ムカデの分類の現状を紹介して、今後の研究の進展を願う一冊と考えるべきかも。

【追記】
 この本について、ムカデの専門家からの批判的な論文(批評ではなく敢えて論文)が発表されている。もしこの本を手に取るなら一読を勧める。
ヌ原良輔・仲間信道・野田聖(2023)「図鑑 日本のむかで」 ー本書の問題と解決すべき課題.Acta Arachnologica 72: 135-147.
 ものすごくたくさん問題点があるらしい。美しいムカデの画像がこんなにたくさん載っている本は他にないのに…。写真集として出したなら、そこまで目くじら立てなくて済んだのに…。という著者たちの気持ちが伝わってくる。

●「人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」」篠田謙一著、中公新書、2022年2月、ISBN978-4-12-102683-5、960円+税
2023/7/20 ★★

 著者の専門は、自然人類学かと思ったら、分子人類学とのこと。次世代シーケンサの普及にともなって、古人骨のDNA研究が進み、ネアンデルタール人のDNAが解読され、現生人類のDNAにネアンデルタール人のDNAが混じっていることが明らかになった。ということは、2022年にスバンテ・ペーボがノーベル生理学・医学賞を受賞したことでよく知られるようになった。
 古人骨を中心とする古代DNA研究の現状と、その成果によって書き換えられた人類進化の道筋を紹介した一冊。

 第1章は、軽いイントロの後、猿人からホモ・エレクトスやホモ・ハイデルベルゲンシスまでの約700万年前から30万年前くらいまでの話。現生のヒトやネアンデルタール人以外にも、複数のホモ属やボイセイ人などが同時に生息していた。この時代の古代DNAはまだ読めていない。
 第2章は、まずは古人骨のDNAの解析の話。現生人類のDNAのコンタミをくぐり抜けて読みとられた最古のヒトゲノムは、43万年前のスペインのもの。その後の研究を含めて明らかになってきた現生人類とネアンデルタール人の交雑、そして謎のデニソワ人との関係。ゲノム研究によって、3種の人類の分岐年代、そして後の交雑の歴史が明らかになってきた。43万年前から4万年前頃にネアンデルタール人がいなくなるまでの話。
 第3章は、ホモ・サピエンスがアフリカで誕生してから、出アフリカまで。30万年ほど前から10万年前前後まで。おもにアフリカの中でのホモ・サピエンスの移動と系統分化の話。これは主に現生人類のゲノム解析から。それを通じて農耕や牧畜の起源までも考察できるのが面白い。
 第4章は、出アフリカから、ヨーロッパへの進出。出アフリカは、20万年前以降に何度が試みられたが、現在につながる祖先の出アフリカは、6万年〜5万年前に起きたとされる。5万年〜4万年前には、ユーラシア大陸へ広く分散したらしい。ヨーロッパでは、ネアンデルタール人のムスティエ文化が4万年前頃に消滅し、ホモ・サピエンスのプロトオーリニャック文化が、4万年前頃にオーリニャック文化に置き換わる。その後の狩猟採集民から農耕・牧畜民への置き換わり。ゲノム研究から明らかになってきた、その年代やルート。
 第5章は、アジア集団の話。アフリカを出た集団は、中東での約1万年の停滞を経て、東アジアまで拡散。インドを経由して東アジアを北上するルートと、中央アジア経由のルート。そして1万年前には北東シベリアまで到達。オセアニアへの人類到達は、かなり新しく4000年〜800年前で、そのスタート地点は台湾。
 第6章は、日本列島の集団の起源。約4万年前に現生人類が日本列島に進入し、日本各地で遺伝的に分化。その後、3000年前に弥生人が進入したというストーリー。
 第7章は、アメリカ大陸へのホモ・サピエンスの進入。ゲノム解析から、アメリカ大陸への進入は、2万4000年前。約1万年前には南アメリカ南部に到達。
 終章では、古人骨のゲノム研究が、人類学のみならず、歴史学や言語学にまで影響を与える可能性に言及。

 この分野は、新たな成果によって、次々と書き換えられていく。この本の賞味期限もほんの数年かもしれないが、現時点の状況がよく判る。
 現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人は、数十年にわたって共存してきており、その間に交雑を繰り返して来た。となると、それぞれを独立種として扱うよりは、せいぜい亜種レベルの違いとして扱うのが、妥当じゃないかと思わなくもない。種の定義はなに?と何度も思った。
●「DEEP LIFE 海底下生命圏 生命存在の限界はどこにあるのか」稲垣史生著、講談社ブルーバックス、2023年5月、ISBN978-4-06-531933-8、1100円+税
2023/7/11 ★★

 海底の地下には広大な生命圏がある。海底下の生命圏の存在は、1950年代から知られていたが、1990年代以降、国家レベルでも注目されるようになり、2000年代以降、日本も参入。地球深部探査船「ちきゅう」などを擁する日本は、世界的にも最先端の成果をあげてきている。著者は、その日本の地球微生物学研究に初期から参加し、中心的な役割を果たす一人。

 第1章は、海底下生命圏探査の歴史と、海底掘削の方法の紹介、そして2002年の世界初の海底下生命圏掘削調査(ODPLeg201)。
 第2章は、2010年のIODP第329次研究航海。1億年以上も生命圏は維持され、代謝を落とした細胞がとても長命であることが明らかに。
 第3章の主役は地球深部探査船「ちきゅう」。東日本大震災を乗り切った「ちきゅう」は、2012年、下北八戸沖石炭層生命圏掘削調査を行う。海底下2466mの掘削(当時最深)。そして、海底下2466mでも生命が発見された。そんな深さにいるのは細菌類だけかと思ったら、真菌類まで見つかって驚かされる。
 第4章、2013年のCHIKYU+10を経て、2016年の室戸沖限界生命圏掘削調査(T-リミット)が行われ、温度の影響が評価される。海底下1000m以下でかえって細胞数が増加する。そこは110-120℃の超好熱菌の世界。
 第5章は、海底下の生命についてのまとめ。海底下に生息する膨大なバイオマス。極めて遅い代謝速度。海底下生命圏におけるバクテリアに比べて、アーキアの高い存在比。表層世界に匹敵する高い多様性。そして第6章、マントルにも生命は存在するのか?

 結局のところ、どのくらい深くまで海底下生命圏が広がっているか、マントルにもいるのか。正確なところは判らない。そこでどのように暮らし繁殖しているかも不明な点だらけ。でも、それだけに夢は広がる。
 微生物相手の研究で、いかにメタゲノム解析が強力なツールかを実感する。あと大金を投入するビッグプロジェクトの立ち上げ、現場での進み方といった馴染みのない世界が垣間見えるのも面白い。プロジェクトにもれなくアルファベットの略称コードを付けるんやね。
 ただ、引き上げたコアの処理や、その分析方法は、ろくに説明されないまま専門用語で述べられていて、よく判らない部分も少なくない。読者は判らなくていいと思ってるのだろうか。普及書の書き方としては、とても変わっている。そこを雰囲気だけ受け取って上手に読み飛ばせることができれば、ワクワクしながら読み進められる。そこに引っかかる人は、途中で挫折するだろう。
●「地理学者、発見と出会いを求めて世界を行く!」水野一晴著、ちくま文庫、2023年2月、ISBN978-4-480-43805-8、900円+税
2023/7/5 ★

 おおむねタイトル通りの内容。世界と言っても、アフリカ(ケニア、タンザニア、ウガンダ、エチオピア)、南米(ボリビア、ペルー)そしてドイツだけだけど。地理学者と称する著者が、氷河と周辺植生を調査に赴く。調査したのは、アフリカではおもにケニア山とキリマンジャロ山頂部の氷河、南米はボリビアのチャカルタヤ山とチャルキニ峰の氷河。
 1990年代のアフリカと南米での調査を描いた第1部、それに1990年代末のドイツ滞在をつづった第2部。この2つのパートだけで構成された『ひとりぼっちの海外調査』という単行本。それに2010年後半以降、約30年後のアフリカと南米の同じ場所を調査した(ドイツにも行った)第3部を付け足して文庫化したらしい。

 著者の研究テーマは、「気候変動や環境変化が植生分布に及ぼす影響を明らかにし、(中略)環境保全の方策を探ること」とある。どうみても植物生態学で、どこが地理学かちっとも判らない。もっとも地理学は、社会学と並んで、なんでもありの分野らしいので、なんでもいいのだろう。
  そんな著者の海外での調査の様子を紹介してくれるのだけど、基本は紀行文で、現地での暮らしや山登りの苦労話が中心。植生の写真や垂直分布の図が出るけど、1990年代のパートでは、さっぱり研究成果が出てこない。なにを調査したのかも判らない。ドイツのパートは、本気でただの紀行文。
 30年近く後の2010年代後半のパートになって、ようやく調査の成果が紹介される。端的に言えば、氷河の衰退と植生の変化。こんなスパンで調査した人は他にいないらしく、貴重なデータではある。

 面白い本だけど評価が低めなのは、自然史本色が少なく、ほぼ紀行文だから。第3部で氷河の衰退の話がでてきたので、一応自然史本扱い。調査の成果に興味があれば、著者の他の本を読んだ方がいいかもしれない。
 もう一つ引っかかったのは、民族の呼び方。南米のパートでは、インディオという呼称は差別的なので、という理由でインディヘナという語を用いている。しかし、アフリカのパートでは、ピグミーという言葉を平気で使っている。この言葉もかなり差別的意味を込めて使われてきた言葉のはずだけど。学生時代、文化人類学ではピグミーという語は差別語だと強く言われた。霊長類学でもピグミーチンパンジーはボノボに改称された。地理学では違うのだろうか? 著者の現地での貧しい人達への目線は、少なくとも1990年代はかなり脳天気。あまり考えていないだけか?
●「僕とアンモナイトの1億年冒険記」相場大佑著、イースト・プレス、2023年1月、ISBN978-4-7816-2155-5、1500円+税
2023/7/3 ★

 なんとなく数学科に入ったけど、勉強もしないのでついていけない。やりたいことを考えて、子どもの頃好きだった化石を研究しようと思い立って、大学院に進学。アンモナイトの縫合線の意味の研究をはじめる。テトラゴニテスの密集産状の謎を考え、北海道の博物館の学芸員になってからは、異常巻きアンモナイトの記載を行う。といった半生記。
 ダメ学生だった自分が、一人前の研究者になりました。という自分の半生は綴られるが、それ以上の要素があまりない。アンモナイトや化石研究の様子は描かれるが、それを普及しようという感じがみえない。化石の産出状況などから生態を推定する話は面白そうだったのだけど、決着しないままだし、体系だった解説も物足りなく、不完全燃焼感がただよう。
 記載論文のための写真を、数ヶ月かけて撮ると書いてあり、あまり忙しい博物館ではなさそうに思える。そもそも研究と展示以外の仕事が描かれないけど、そういう博物館なんだろうか。
●「ゴキブリ研究はじめました」柳澤静磨著、イースト・プレス、2022年7月、ISBN978-4-7816-2095-4、1500円+税
2023/6/30 ★

 ゴキブリ嫌いだった昆虫館の職員が、ゴキブリの飼育をすることを通じて、ゴキブリを知って、興味をもって、やがて好きになってしまうという恐ろしい物語。元ゴキブリ嫌いからの、ゴキブリ嫌いの多くの人に向けてのゴキブリ普及書。
 第1章はイントロ。昆虫の中での近縁なグループと嫌われる理由について考える。ゴキブリと教えられたとたんに嫌われるのには、たしかに不条理を感じる。第2章もイントロ。代表的な家の中と野外のゴキブリが紹介され、形態と生態を軽く紹介。
 第3章〜第5章は、著者の歴史。高校からなんとなく専門学校に進み、なぜか昆虫館に採用される。そして西表島でヒメマルゴキブリなどのゴキブリとの出会い。その飼育を通じて、徐々にゴキブリに触れるようになり、好きになっていく。ゴキブリ展開催で、さらに手応えを感じる。第6章が新種のルリゴキブリを発見して記載する話。失礼ながら、助けを受けたとはいえ、初心者が本業の合間に記載したとは、その努力はすごいと思う。あとがきの後の番外編で、第4のルリゴキブリも登場する。
 とても嫌われるということは、強い関心を持たれているということ、ゴキブリは虫を普及する上で、絶好の素材であるという指摘。そうなんだろうけど、ゴキブリ。コラムに、クセになるゴキブリの匂いとか、ゴキブリを食べる話などがあって、読んでるだけでゾワゾワする。でも、今度機会があればヨロイモグラゴキブリを手にのせてみたいかもとか、ヒメマルゴキブリは触ってみたいとか、ゼブラローチの匂いを嗅いでみたい、とは思った。しっかり普及されたかも。
●「牧野富太郎の植物学」田中伸幸著、NHK出版新書、2023年3月、ISBN978-4-14-088696-0、930円+税
2023/6/28 ★

 NHKの朝ドラの監修者である元牧野植物園学芸員の著者が、そのプライベートではなく、研究者・教育者としての牧野富太郎を紹介した一冊。同時に、日本のフロラ研究の歴史と、標本の意義、新種記載を解説している。
 第1章は、イントロ。牧野富太郎、植物分類学、学名、フロラの概要説明。第2章と第3章は、日本のフロラ研究の歴史。江戸時代の本草学から牧野富太郎の時代までの話(牧野富太郎はほとんど出てこない)。第4章は標本の意義、第5章は新種記載の話(牧野富太郎はあまり重要ではない)。ここからが牧野富太郎の話。
 第6章は『植物学雑誌』の刊行と牧野が記載した学名の話、第7章は牧野が記載した学名の数の話。第8章が牧野が描いた植物図の話。この3章が研究者としての牧野富太郎。命名規約を無視しがちで裸名が多い様子。
 第9章と第10章は、教育者としての牧野富太郎。図鑑を刊行し、普及な文章を数多く執筆し、各地で観察会や講演会を行う。それは多くの人を育て、多くのサークルを芽吹かせた。
 最後の第11章と第12章は、牧野の没後の話。大量の標本を残したはいいけど、ろくに整理もしとらんから、その整理に後世の人々が苦労した。ようやく終わったのが2021年。そして数えてみると、残された標本点数は、そこまで多くなかった。最後は、各地に残る牧野の足跡と記念施設。
 言葉を選んではいるが、プライベートだけではなく、研究者としての牧野も欠陥だらけ、と書いてある。一方で、教育者としては、多くの人やサークルを育て、現在にもつながるタネを撒いたことは、とても評価される。その活動は、博物館学芸員にとても近い。そして、研究がちゃんとできていないけど、普及教育にはとても力を入れている感じは、妙に身につまされる。
●「野鳥のレストラン」森下英美子文・新開孝写真、少年写真新聞社、2022年11月、ISBN978-4-87981-765-5、1800円+税
2023/6/23 ★★

 タイトル通り、鳥の採食行動に焦点をあてた写真絵本。写真主体というより、観察テーマに沿った写真を複数組み合わせて、さまざまな採食行動が紹介されていく。
 ツバキやサクラの花にくる鳥にはじまり、草や木の種子や液果を食べる鳥。ヒナに虫を運ぶスズメやツバメ、 オオタカの狩りというより採食場所。街中で人の食べ物を食べる鳥、カラスの貯食行動。林床のシロハラ、耕作地のダイサギ、モズの捕食とはやにえ。水場での水飲みと水浴び、カワセミとミサゴのダイビング。休耕田のクサシギ。谷川のキセキレイとカワガラス。樹液の出る場所を虫をとるカラス、カマキリの卵のうを食べるカラスやコゲラ。鳥の糞、胃袋、ペリット。
 比較的身近に見られる鳥の採食関連のトピックが次から次へと出てきて盛り沢山。鳥の観察のヒントにもなりそう。モズのはやにえを横取りするジョウビタキ、樹液の出る木で虫を捕るカラス、カマキリの卵のうを食べる鳥は、とても興味深かった。

 疑問に思ったのは、休耕田の鳥というテーマでクサシギが出てきて、ペアになるんだけど、日本では冬鳥なのに、ペアになるのかな? 日本での撮影?
 カブトムシやクワガタムシのバラバラ事件の犯人の話をするなら、アオバズクを出さないのはなぜ?
 筋胃のパワーと称して、トラツグミとオナガが出てくるけど、本当にパワーを示すなら、キジ、カモ、ハト辺りを出すべきでは?
 でも、全体的には新しい情報も盛り込んで、テーマにそった写真も綺麗。とても良い本だと思った。
●「サイレント・アース」デイヴ・グールソン著、NHK出版、2022年8月、ISBN978-4-14-081910-4、2500円+税
2023/6/17 ★★

 副題に“昆虫たちの「沈黙の春」”とあるようにレイチェル・カーソンの「沈黙の春」の危機は、まだ終わっていない。と昆虫の視点で警鐘を鳴らす一冊。著者は、グリホサートなどの農薬・除草剤が生態系や生物に大きな悪影響を与え続けていることをデータで示し、農薬・除草剤の使用を制限するEUの政治的決断に、大きな影響を与えた一人。
 第1部では、昆虫がいかに魅力のある生きものかを示すと同時に、昆虫の生存が、われわれ人類(たとえ昆虫嫌いであっても)の存続に必要かを説明しようとする。
 第2部では、近年、昆虫が急速に減少していることを、長期データを使って紹介する。一見、環境が維持されている自然保護区ですら昆虫が激減しているという衝撃の事実が示される。シフティング・ベースライン症候群は、すでに著者の世代でもかかっているんだろう。
 第3部では、昆虫が減少する原因が次々とあげられる。まずは生息環境の減少。とくに昆虫など生物の生息に適さない農耕地の拡大を懸念している。続いて殺虫剤・除草剤の大量使用。とくにそれが土壌や生物体に長期にわたって蓄積していることの影響。それが緑の沙漠をつくり、ミツバチを含むハナバチ類の激減につながっている可能性。続いて、地球温暖化、光害、外来生物問題。とても暗くなる話題が続く。
 第4部は、一種のSF短篇。このままの状態が続いたら、我々の生活は近い将来どうなるのかを、イギリスを舞台に描く。SFとしても割と新機軸かも。
 第5部は、「私たちにできること」。まずはこの問題への関心を高める、そして都市に緑を、農業の変革を、あらゆる場所に自然を。自然史博物館の役割は大きそう。最後に具体的な行動内容が、政府向けとみんな向けに分けて、リストアップされる。とくに農業の改革、そのための消費者の行動変革を求めていることが印象的。食肉の生産はそんなに地球にコストをかけてるのかぁ、と思った。

 全体的にイギリスを舞台に、イギリス人向けに書かれている。そのため、日本人からすると少し違和感のある部分もある一方、イギリスのリアルが伝わってもくる。そして全体的には、世界中に当てはまる内容。比較的頑張っているEUと比べると、アジアは、日本はどうだろう?と思わざるを得ない。
 一方で、イギリスよりは、日本の方が、まだまだ自然のポテンシャルが高そうな印象も持った。
●「カワセミの暮らし」笠原里恵著、緑書房、2023年4月、ISBN978-4-89531-884-6、2200円+税
2023/6/8 ★★

 著者自身がはじめに書いているけど、著者はカワセミの研究者というよりは、鳥視点で河川など水辺環境の生態系を調べている研究者というイメージ。カワセミで本を1冊書くの?と思ったけど、知ってた以上にカワセミ(とヤマセミ)を調べていたし、後半ではしっかり河川生態系についての話になっていて、納得した。
 第1章は、カワセミの基礎知識。形態と基本的生態、世界のカワセミ類とその進化が紹介される。あまり得意じゃないのを勉強して書いたんだなぁ、という部分がそこかしこにある。第1章の後ろにだけ監修者による構造色やバイオミメティクスについての豆知識が付いてる。第1章を読んで補いたくなったか?
 第2章は、カワセミの繁殖。著者が長野県の千曲川でとったデータをベースに、巣穴、つがい関係、捕食者、なわばり、育雛、繁殖期が紹介される。実際の観察に基づいた内容は、とても勉強になる。とても巣穴についての計測値はとても参考になる。古巣利用やヘルパーの話題も興味深い。
 第3章は、カワセミの採食行動と食べ物。これまた自身のデータの紹介で、とても興味深い。これが第5章のヤマセミの話にリンクしていく。
 第4章は、カワセミの渡りの話。おもに他の人の論文と、日本の鳥類標識調査の成果の紹介。
 第5章は、カワセミとともに河川にすむ鳥の話。出だしは砂礫地、ヨシ原、水辺などの鳥達の紹介だけであまり面白くない。ただ、幅広めに紹介してるのにウグイスとセッカが出てこないが不思議。関西とは違うんだなぁ。カッコウを出していないのは、なにか思うところがあるのかなぁ。この章で重要なのは後半のヤマセミの話。これまた自身のデータをベースに、営巣環境、食性、採食行動がカワセミと比べながら紹介される。釣り人を警戒してヒナにエサを運べない話は、バードウォッチャーもよく覚えておく必要がありそう。
 第6章は、河川の鳥の変化と環境の変化の話。千曲川ではヤマセミとササゴイが減ったという。ヤマセミの減少を魚類相の変化と絡める議論はとても興味深く、小型魚食性鳥類の減少と外来魚類の増加との関係は気になるところ。
 第7章は「生きものに配慮した川づくり」。河川環境の維持に、というか治水の中に、増水を盛り込んでいくか。これは著者のライフワークな話なんだろう。

 ところで、カワセミの暮らしの話なんだけど、全部河川のカワセミの話なんだな。海や湖にもカワセミはいるよ。ってどころか、ため池で暮らし繁殖しているカワセミは、大阪府では少なからずいるんだけど、長野県では気にならないくらいなんだろうなぁ。
●「アザラシ語入門 水中のふしぎな音に耳を澄ませて」水口大輔著、京都大学学術出版会、2022年10月、ISBN978-4-8140-0439-3、2000円+税
2023/5/28 ★

 哺乳類の研究がしたかった著者は、北海道大学に進学したものの、哺乳類の研究ができる研究室がなく、やむなく卒業研究では哺乳類につくケモチダニの研究へ。しかし、哺乳類への思いは断ちがたく、京都大学大学院でアザラシの声を研究すべく動き出す。ここまでが第1章。
 院試に合格し、卒論も一段落したので、アザラシを飼ってる水族館でアザラシの観察をしたりボランティアをしたり。その他あちこちで武者修行。という第2章。ここまではイントロっぽい。
 で、いよいよ小樽の水族館で、アザラシの声の録音に取組始める。ワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシ、クラカケアザラシ。日本近海で見られる3種のアザラシを順に紹介。キャラクター、声の種類、どの声がどんな状況で雌雄のどちらから出されるのか。というのが本論である第3章。アザラシの種によって正確も声も全然違うのが当たり前でいて面白い。ほとんど研究されていないらしく、なんでも新発見なのも面白い。
 第4章では、野生のアザラシの声を録音に行く。第5章では、音でアザラシの生息状況のモニタリングができるんではないか?という話の紹介。アザラシの音声の研究が“役立つ”ことを示したいらしい。最後の第6章は、アザラシ語といっても、ヒトの言語とは違うんだよ。と書いてあるだけっぽい。

 タイトルに相違して、この本を読んでもアザラシ語はさっぱり判らない。でも似たようなアザラシでも、種によって雌雄によってキャラクターが違ってるらしい、声の出し方も違ってるらしい。ということは判った。なにより少しアザラシに親しみが湧いた。
 日本近海で定期的に見られるアザラシは、年中見られるゼニガタアザラシと、冬に見られるゴマフアザラシに加え、ワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシ、クラカケアザラシも冬に北海道近海に来遊してきて、春に子どもを産んで北へ帰っていく。というのは不勉強なもので初めて知った。
●「環境DNA入門 ただよう遺伝子は何を語るか」源利文著、岩波科学ライブラリー、2022年11月、ISBN978-4-00-029715-8、1200円+税
2023/5/19 ★

 日本で最初に環境DNAに取り組んだ著者が、環境DNA研究を始めた経緯、環境DNAの解説、その可能性を紹介した一冊。
 環境にはDNAがいっぱい、と軽く書いた第1章に続いて。
 第2章は、環境DNAの可能性に気付いた経緯から、先陣争いに敗れた話。生物の体外に出たDNAは短時間の間に分解されると思われていた時代に、コイのヘルペスウイルス研究の中で、水中には想定外に多くのコイDNAがあり、環境中のDNAから生物相を調べられる可能性に気付く。が、先陣争いではフランスチームに敗れる。一応メタバーコーディングでは一番乗りとはいうけれど、すでに実験系とはいえウイルスや細菌では行われていたし…。
 第3章では環境DNAの紹介と特定の種がいるかいないかの研究例。ブルーギル、オオサンショウウオ、タナゴ類、そして舞鶴湾のマアジの個体数。
 第4章は、環境DNAメタバーコーディングの紹介。一番進んでいる魚の話(MiFish)が中心。あとはヒルが吸った血、感染症リスク、堆積物から過去の状況の推定。
 第5章は、これからの可能性の話。環境DNAの濃度をモニターすることで、繁殖期や個体数の季節変化など生態情報を把握できる可能性。新鮮なDNAをより分けて生きた個体の存在だけを抽出する可能性。特定の生活史段階のDNAを見つけて、生活史を把握する可能性。空気中のDNA、エピジェネティクスとの組合せ、シングルセル解析。可能性はいっぱい。

 可能性はいっぱい広がるが、それ以前に、環境DNAから得られた結果が、どの範囲の個体をひろってるのか、どの位の過去まで調べた事になるのか、がハッキリしない。濃度で個体密度を評価するにしても、環境DNAが保存されやすい場所、あつまりやすい場所がないのか。どのくらいの誤差があるのか。気温などでどのように変動するのか。目新しいことを宣伝するのに熱心な本だけど、こうした基本的な部分がつめられないと、詳細な生態研究に限定的にしか使えない。限界や、これからの課題も書くべきじゃなかったかと思う。
 一度サンプリングしておけば、何度もいろんな目的で同じサンプルを使うことができるというのは、気付いて無かった。それはつまり標本と同じように、環境DNAを含んだ水を博物館が収集保管する意義があるということでもある。
●「新種発見物語 足元から深海まで11人の研究者が行く!」島野智之・脇司編著、岩波ジュニア新書、2023年3月、ISBN978-4-00-500966-4、1120円+税
2023/5/14 ★

 「新種発見!」とほぼ同時期に出た新種発見本。著者も、島野(この本の編者)、福田(「新種発見!」の編者)、山本、渡部は重なっている。さすがにネタは重ならないようにしているが、福田は両方にサザエの話が入ってる。ただし、新種に出会ったエピソードを中心に書いている「新種発見!」とは違って、この本では新種を発見した著者がどうしてそのような研究をするようになったのか、子どもの頃や研究を始めた経緯、そのフィールドとの出会いと、新種を発見する随分前から書いていて、その分一つ一つのエピソードが長め。ということで11人の著者による10の発見エピソードが紹介される(「新種発見!」は19エピソード)。オチがあるのが多いので10篇収めたアンソロジーって感じ。
  ジャゴケのコバネガ、西表島のマルケシゲンゴロウ類、地下生菌エンドゴン、幼児の頃に採ったカタツムリ、沖縄島の赤いボウズハゼ、尖閣諸島のアホウドリ。ここまでは特定種群の話。
 新種だらけの東南アジアの林、次々新種が見つかる南西諸島の海底洞窟。深海の新種たち。この3つは新種だらけの環境の話。
 最後の章では、トキウモウダニをネタに、新種発見と絶滅の話。多くの種が記載されることなく、絶滅していく現状。
●「みちては ひいて」澤口たまみ文・山口哲司絵、福音館書店ちいさなかがくのとも2023年2月号、400円+税
2023/4/28 ★

 小さな入江に朝がきて、潮がひいていって、干潮。潮だまりの中には、いろんな生きもの。潮がみちてきて、日がくれた。夜になってまた潮がひいて、またみちて。
 ほとんどのページは、同じ角度の入江の遠景。ところどころに潮だまりのアップなどがはさまる。よく見ると、いろんな生きものや人の暮らしも描かれている。

 イソヒヨドリが登場すのは良かったけど、飛んでるカモメ類はどう見てもミツユビカモメ。どこが舞台なのか気になる。
 おりこみふろくに、監修した石田学芸員の解説。お見逃し無く。
●「ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること」ロブ・ダン著、白揚社、2023年2月、ISBN978-4-8269-0245-8、2800円+税
2023/4/27 ★★

 邦題はほぼ原題をそのまま和訳している。生物界の法則(the Laws of Biology)とは書いてるが、生態学や多様性科学をある程度学んだ者には、法則以前に当たり前なことを、わざわざ法則と呼んでいる。ところが、その当たり前なことをベースに、ヒトやその周りの自然の未来を考えてみると、けっこう衝撃的な側面があり、これから何を考えるべきかが見えてくる。といった一冊。。

 第1章のテーマは生物の多様性。出てくるのは“人間中心視点の法則”と“アーウィンの法則” 。人間は、生物の世界を自分達のスケールで見ている。しかし、昆虫や微生物など小さな生きものは、多くの人間が思っている以上に多様である。その全容を我々はまったく把握できていないということ。曰く「標準的な生物種は、ヒトに似た種でもないし、ヒトに遺存している種でもない」「きちんと研究されている種は想像をはるかに越えるほどわずかでしかない」
 第2章に出てくるのは島の生物地理学。島への移出入や絶滅率よりも、新種の出現に注目。農地、都市、家、人体。さまざまな島の話題が出てくる。
 第3章は、コリドーの話。島の話題の続きっぽいが、むしろ注目されるのは、気候変動の中でのホーミングの問題。ヒトは都市という広く拡がったコリドーをつくってしまっているという指摘。
 第4章は、移動による捕食者・寄生者からエスケープ。人類や外来生物が、移動することで、捕食者から解放されて繁栄した話。農作物や家畜などでもエスケープは重要な要素だったが、人間や物資の往来が増える中、エスケープが崩壊してつつある現状。ヒトの未来に大きな影響を与える要素だろう。
 第5章は、ニッチの話。気温と降水量だけからみたヒトのニッチは、6000年前より現代の方が狭くなってるのには驚いた。そして、気温の上昇は、暴力の増加、生産力の低下などヒトの生活に大きな影響を与えることが指摘される。
 第6章は、認知的緩衝の法則。つまり、応用や融通が利く能力を持っていれば、ある程度の予測不能な環境変動にも対応できる。しかし、地球温暖化で予測不能な変動が増えてくる中、人間社会は対応できるのか?
 第7章「リスク分散のための多様化」。つまり多様性-安定性仮説(多様であれば、生態系は安定し、変化しても元に戻りやすい)の紹介。ティルマンの大規模な野外実験が紹介される。それは国レベルの農作物などの多様性にも当てはまるのではないかという指摘。
 第8章は、依存の法則。腸内細菌の母から子への受け渡し。ツメバケイでもヒトでもそれは重要で、帝王切開での出産の場合、なにかしらの対応があった方が良さそう。印象的なのは「今日のニーズは予想できる。けれども、将来のニーズは予想できない」「現在、人類の卓に立っている生物種だけでは、将来、もしかしたら役に立つかもしれない生物種をも保存する必要がある」という流れでコンマリ批判が出てきて面白い。「彼女は、自分が生きている間の、自分の家についてアドバイスしているにすぎない」
 第9章は、一度崩れた依存関係を、テクノロジーで元に戻すことはとても難しい。水源を汚染したから塩素を投入すると、塩素耐性の高い細菌をはびこらせている。果樹園ではハナバチ類を駆逐してしまい、お金をかけてミツバチやマルハナバチを投入している。「近い将来や遠い将来を考えたとき、今後の方策として最も容易なのは、自然生態系とそのサービスをできる限り保全することだ」「自然無用論者が間違っていた場合、(中略)生態系が破壊されてしまった場合には、もはや取り返しのつかないことになってしまう(中略)人間が依存している自然生態系は代替不可能であることを前提にこれから進んでいくべきだろう」
 第10章、進化の法則。殺虫剤、除草剤、抗生物質、抗がん剤。ヒトは自然をコントロールしようと、さまざまな薬品を使うが、それは薬剤耐性を持つ生物を進化させてきた。薬剤耐性を持つ種・株への対策の一つとして、薬剤耐性を持たないものを優勢にするようなコントロールの効果が指摘される。
 第11章では、現在絶滅が心配されている種は、人間中心視点で選ばれていて、生物の世界全体に目を向けると、それはごく一部に過ぎないという指摘。つまり自然は危機に瀕していない。
 そして終章では、ヒトが絶滅した後の地球の生物相についての考察。ここはSF。

 繰り返し出てくる内容を中心に強引にまとめると、
・生物多様性の全容を、我々は理解できていないし、その中心は昆虫や最近など普段多くのヒトが気もとめない生物である。
・地球温暖化にともなって、うまく移動できる生物とできない生物、環境変動に対応できる生物とできない生物が振り分けられる。そこにはヒトや人間社会も含まれる。
・ヒトを含む生物の移動の活性化は、今まで成立していた捕食者・寄生者からのエスケープを成立しにくくする。
・生態系、農作物、人体などさまざまなシステムを安定に維持するには多様性の保全が必要。そのためにはいかに継承するかを考える必要がある。
 →薬剤をむやみに使用すると多様性を減少させる。
 →一度破壊した生態系をテクノロジーで再構築するのは難しく(あるいはできない)、現在の生態系サービスを維持する方が現実的。

 地球温暖化がどんな影響をもたらすかといったさまざまな研究成果、多様性-安定性仮説研究の現状、(ヒトを含む)さまざまな生物における腸内細菌の母から子への受け渡し、薬剤耐性の進化のスピードなどなど、知ってるようで知らないトピック満載で勉強になる。
 現在危機になるのは、地球でも、自然でもなくて、ヒトとそれに依存する生物である。と言ってるように思う。それでいて、人間の社会を維持する道を提案しようともしてるけど。
●「これが見納め 絶滅危惧種の生きものたちに会いに行く」ダグラス・アダムス&マーク・カーワディン著、河出文庫、2022年11月、ISBN978-4-309-46768-9、1300円+税
2023/4/12 ★

 『銀河ヒッチハイクガイド』で有名なSF作家(?)ダグラス・アダムズが、イギリスBBCの企画で、動物学者とカメラマンの3人連れで、世界各地の希少野生動物に会いに行った時の一種の紀行文。旅をしたのはマダガスカルが1985年、その他が1988年〜1989年。30年以上前なので、時代を感じる部分が多いのは否めない(むしろ懐かしい)。登場動物たちの2022年時点の状況が、巻末付録に付いている。巻頭には、なぜかリチャード・ドーキンスが新版への序文を書いている。

 会いに行ったのは、最初にマダガスカルのアイアイ。そして、インドネシアのコモドオオトカゲ、ザイールにマウンテンゴリラとキタシロサイ、ニュージーランドのカカポ、中国のヨウスコウカワイルカ、最後にロドリゲス島のロドリゲスオオコウモリとモーリシャスのモーリシャスチョウゲンボウなど。このうちヨウスコウカワイルカ以外にはちゃんと出会えていて、ガイドってすごいと思った。ゴリラとキタシロサイに遭遇したシーンは印象的。
 増殖事業が成功したカカポやモーリシャスチョウゲンボウ。観光の糧になっているコモドオオトカゲとマウンテンゴリラ。努力の甲斐無く生き残れなかったキタシロサイ。充分な保全対策もとられず絶滅したヨウスコウカワイルカ。“水中のパンダ”は三峡ダムを止められなかったのか…。

 ニュージーランドやモーリシャスでの保全活動の現場と関わる人々。ザイールのレンジャーやガイド。それぞれの現場の人達の描かれ方も好意的。動物に会いに行くシーンよりも、それまでの入出国、交通機関、ホテルでのやり取りが多く、そっちの方が印象に残るかも。
 あまり生物に関心があるイメージのないダグラス・アダムズ。でも嫌いな訳ではなさそうで、動物には敬意をもって接しているし、地元への視線も好感が持てる。しかし、腐敗した官僚組織や、やる気のない交通関係者へは厳しい。同時に、欧米の白人が世界各地で行ってきたことへの皮肉も忘れない。とてもバランスのとれた人に思えた。そしてもちろん文章は面白い。
●「新種発見! 見つけて、調べて、名づける方法」馬場友希・福田宏編著、山と渓谷社、2023年1月、ISBN978-4-635-06320-3、1700円+税
2023/3/9 ★

 帯に中身が要領よくまとめてある。曰く「SNSで話題!?#新種発見のエピソード集めました。」。最初に新種発見とは、的なイントロがあって、新種記載への道のり、学名の解説、記載論文に書かれる要素が解説される。最後に著者5人と編集担当者の座談会、及び分類用語集が付いている。本文中での専門用語が判らなければ、巻末で確認というスタイル。
 本文は、陸地で発見!、水辺で発見!、こんなところで発見!?の3つのパートに分かれて、19の新種発見のエピソードが紹介される。陸地は、ババハシリグモ、ベニエリルリゴキブリ、ショウナイチョウメイムシ、タケシマヤツシロラン、クサイロコメツキムシタケ、メボソムシクイ類。水辺は、チゴケスベヨコエビ、オシリカジリムシ、オオヨツハクモガニ、カクレマンボウ、エビピゴヌス・オカモトイ、シノビドジョウ。こんな所では、コレクションにあった恐竜の卵化石やアンモナイト。標本箱からツブゲンゴロウ類、Twitterの画像で見つけたダニ類やカイガラムシ、博物館で展示してあったウミヘビ。映画がきっかけになったサザエ。
 新種と出会ったきっかけを中心に紹介されているのが特徴。それでいて、分類学研究者の営みも伝わってくる。そして、確かにTwitterで目にしたことのある話題が多い。記載した種(および環境なども)のカラー図版があるのでイメージしやすく、記載論文もちゃんと掲載されているので参照することも可能。あと編集担当者が顔出ししているのが珍しい。
●「うに とげとげいきもの きたむらさきうにのひみつ」吾妻行雄・青木優和文・畑中富美子絵、仮説社、2022年10月、ISBN978-4-7735-0322-7、1800円+税
2023/2/19 ★★

 小学生が夏休みに宮城県南三陸町の祖父母のところに行って、キタムラサキウニを食べた。生きたウニの行動を見せてもらって、自分で割って食べて、 殻をもらってランプにした。
 という話の間に、2011年の東日本大震災で、ウニが壊滅し、翌年の海は海草だらけに。ところがウニが復活し、3年後には海草がなくなった。という種間相互作用に基づく、海の生態系の大きな変動が解説される。

 のみならず、7つのふろくが付いてくる。ふろく2〜ふろく4は絵本の後ろのページにあるが、ふろく1は表紙見返し、ふろく5とふろく6は裏表紙見返し。ふろく7に至っては、別刷りとして挟み込まれている。白いページが全然ない。盛り込み過ぎてページ数が足らなくなり、見返しに印刷しまくるどこかの博物館の解説書のようで、とても好感が持てる。
 この沢山のふろくという名の解説は、1)ウニの形態、2)棘皮動物全体の解説、3)日本と世界のウニの紹介、4)ウニの捕食者、5)ウニを含んだ食物連鎖に基づく磯焼けが起きる仕組み、6)うにランプの作り方、7)絵本に登場した生き物の紹介など。内容的にも盛り沢山で、ウニのことがコンパクトによく判る。
●「なぜ君たちはグルグル回るのか 海の動物たちの謎」佐藤克文文・きのしたちひろ絵、福音館書店たくさんのふしぎ2022年11月号、700円+税
2023/2/19 ★

 バイオロギングの研究者である先生が、学生2人をあちこちの現場に派遣して、その成果をネタにやり取りするという趣向。
 最初は、先生が昔行ったポゼッション島には、キングペンギン、ミナミゾウアザラシ、ワタリアホウドリがいた。バイオロギングやった。というだけで、具体的なデータは出てこない。
 学生たちが最初に行くのは、岩手県の船越大島のオオミズナギドリの調査。ビデオ映像から採食行動の様子、GPSデータから採食への行き帰りのコースが明らかになる。
 続いて行くのは、コモロ諸島と小笠原諸島のウミガメ調査。そこでウミガメが島に戻る前にグルグル回ることを発見。世界のさまざまな研究者に尋ねると、他の海の動物もグルグル回ることが明らかになる。島の方向を地磁気で見定めるための行動かな。というアイデアが出たところで終了。

 オオミズナギドリの繁殖地での調査の様子の描かれ方がリアルで良い。ウミガメの調査でも、コモロ諸島では毎日バナナばかり食べていたといった現地調査のリアルが適度に入っていて、楽しい。
 潜水艦も方向を確認するためにグルグル回るとか、イヌがグルグル回るのもそうかもとか、イヌは南北方向を向いてフンをするとか。面白いネタも混じる。となると、オオミズナギドリはどうしてグルグル回ってないの?というのが気になるところ。
 あとオオミズナギドリが暗くなってから帰ってくる理由を、カラスのせいだと断言してるのは間違い。カラスがいない島でも暗くなってから帰ってくる。
●「菌類が世界を救う キノコ・カビ・酵母たちの脅威の能力」マーリン・シェルドレイク著、河出書房新社、2022年1月、ISBN978-4-309-25439-5、2900円+税
2023/2/14 ★★★

 菌類の本。帯には“「生命」の常識が覆される!”とある。また大げさな、と思ったけど、大げさでは無かった。それぞれの章で、意外なことに気づかされる。
 序章「菌類であることはどんな心地なのか」。ものすごく盛り沢山。説のタイトルを見ていくと、地球は菌類によってつくられた、人間社会に欠かせない菌類たち、菌類と植物のネットワーク、粘菌や菌類が教えてくれること、菌類が生きる世界を想像する。一気にこれだけ語られてもという気もするけど、主要部分はこれから丁寧に説明されるから大丈夫。
 第1章「魅惑」は、トリュフの話。匂いで動物を誘って、胞子を散布させる。まんまと踊らされるイヌ、ブタ、ヒト。トリュフをはじめ菌類の交配型が数万もあったとは。トリュフの香りは複雑で、トリュフ自身だけで無く、トリュフに住み込んでいる細菌や酵母といったマイクロバイオームによって奏でられているという。
 第2章「生きた迷路」は、菌糸体の話。変形菌ならぬ、菌類の菌糸体が迷路を解く話が取り上げられる。興味深いのは、大きく広がった菌糸体の全体がどうやって協調行動をしているのかという問いかけ。どうやって遠くまで情報を伝えているのか。どうやって“判断”しているのか。菌糸体ネットワークは、脳やコンピュータとどこが違うのか?
 第3章「見知らぬ者どうしの親密さ」は、地衣類の話。共生という言葉が地衣類のために作られたとは知らなかった。地衣類が地表の8%を覆っていて、そしてすごい極限生物だったとは。藻類と菌類の共生関係がとても融通が利くものだとは知らなかった。
 第4章「菌糸体の心」は、マジックマッシュルームの話。トリップすることを変性意識状態というらしい。それをもたらす物質の一つシロシビン。どうして菌類がシロシビンを産生するように進化したのかは謎だけど、シロシビンを産生した菌類は、ヒトによって栽培され、大成功を収めた。ちなみに並行して、アリをゾンビにするタイワンアリタケが紹介される。ゾンビになったアリは、もはやアリではなく、アリの服を着た菌類、菌類の延長された表現型と評される。
 第5章「根ができる前」は、菌根の話。最初に植物が陸上に進出する前、すでに陸上には細菌や藻類、菌類が進出していた。そして、根のない藻類は、菌類の助けがなければ地面から養分を抽出できなかった。藻類と菌類の共生関係があってこその陸上進出。それにしても藻類と菌類がそんなに相性が良く、地衣類以外の共生の形もあったとは。まず菌根、その後、根ができた。というのにも驚いた。菌根菌は、植物を通じて地球環境を変え、植物の味わいも変える。菌が主で、植物が従と考えていいのかも。そんな菌根菌と植物の微妙な関係がとても興味深い。まさか為替レートみたいなのまであるとは。
 第6章「ウッド・ワイド・ウェブ」は、共有菌類ネットワークの話。この言葉は植物が主で、菌類が従に聞こえるので不適当といいながら、WWWという略にひかれてか繰り返し使ってる。共有菌根ネットワークを通じて、植物同士もつながり、大きなネットワークを構築。その中では競争ではなく、共生的な関係が見られることもある。というか、菌根菌という利己的な仲介者の存在が、植物間の見かけの利他行動をつくってるように思える。新たな種間相互作用のパターンかも。そして共有菌根ネットワークは、動物の神経ネットワークのアナロジーになるのか?
 第7章「ラディカル菌類学」は、菌類の分解能力の話。同時に市民科学の話でもある。ラディカルとは“草の根”って意味でもあるらしい。環境汚染物質を、菌類に分解させて除染するというアイデア。菌類にはすでに様々な物質を分解する能力があって、教え込めばその能力を発揮しはじめるとは…。普及してアマチュア菌類活動家を増やそうという動きは、自然史博物館の不休活動にとても近い。
 第8章「菌類を理解する」は、菌類とのつき合い方の話。まとめっぽい。
●「ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか? とあるウォンバット研究者の数奇な人生」高野光太郎著、晶文社、2022年10月、ISBN978-4-7949-7328-3、1600円+税
2023/2/3 ★

 動物好きの少年が、なぜかオーストラリアの大学に進学し動物学を専攻。ペーパー試験を避けるために加わったウォンバットの調査。そして、病気からウォンバットを守るための研究に関わっていく。  ウォンバット調査の様子を描いたイントロから始まり、普通の高校生がなんとなくオーストラリアの大学に進学を決め(第1章)、オーストラリアの大学で動物学を学ぶ留学生の苦労話(第2章)。試験はハードそうだけど、フィールドでの実習は楽しそう。ここまでが、イントロみたいな感じ。
 第3章が本論のすべて。3種のウォンバットの紹介にはじまり、疥癬で苦しむウォンバットの現状と、治療に使える薬の試験の様子が描かれる。修士課程で飼育個体対象に新しい薬の治験を行い、その道での就職できずに一旦IT企業などに就職。そして再び、その薬を使った野生個体の治療に関わり始めた。って辺りで終了。プロになったところで終わった感じ。ウォンバットを救うために薬の安全性の研究が行われている一方で、勝手に薬を投与する保護団体。目的が同じなのに、確執が生まれる構図は、世界共通なんだな、と思った。
 第4章は、オーストラリアの他の哺乳類の紹介。コアラ、ハリモグラ、カモノハシ、タスマニアデビル、フクロオオカミ(絶滅)。メジャーなのばかり。コアラはクラミジア、カモノハシは真菌Mucomycosis、タスマニアデビルはデビル顔面腫瘍性疾患。オーストラリアの哺乳類は寄生虫や病気の影響が大きいのが不思議。
 第5章は、保全関係の話。野生生物の保全を考える上で、カギを握るのは「人間と野生動物の距離感」であるとして、ロードキルの問題と人獣共通感染症が説明される。ノネコ問題も主に感染症の視点で説明されている。その後、たいした説明もなく森林破壊や外来生物問題という単語も混じるけど、あまり説明はない。ロードキルや感染症は保全上の大きな問題ではあるけど、問題は他にもあるし、多くの場合そっちの方が重要。オーストラリアの哺乳類、とくにウォンバットに特化しすぎ。特化しすぎなのに気づいてないかのように読めるのが気になった。

 親やすさを出すためか、話しかけるような砕けた口調で書かれている。好き嫌いが分かれそう。解剖やフィールドの苦労話はわざと強調してるんだろうか? ワラビーの腹を開けても、そこまで臭くないけどなぁ(なにわホネホネ団調べ)。  すでに書いたけど、いろいろ気になったのは、第5章。2020年の日本の環境省レッドリストには、3716種が絶滅危惧種にされていて、そのうち鳥類は90種以上を占めていて深刻。と書いてあるのだけど。両生類や淡水魚などの方が深刻なグループだと思う。鳥の中でも名前があがってるのは、シマフクロウ、コウノトリ、ヤンバルクイナ、ライチョウ、タンチョウ。単にメジャーな種をあげたかっただけだろうか? それなら哺乳類を選んでもよかったのに。
●「日本の高山植物 どうやって生きてるの?」工藤岳著、光文社新書、2022年9月、ISBN978-4-334-04627-9、1200円+税
2023/1/10 ★★★

 35年にもわたって北海道大雪山系を中心に高山植物の生態を研究してきた著者が、自らの研究成果を中心に、高山植物の生態、変遷、そしてその危機を記した一冊。
 第1章はイントロ。高山植物の生き方が紹介される。小さい背丈、小さい似たような葉っぱ、それでいて比較的大きく鮮やかな特徴的で花。耐寒性が高く、低木はとても長生き。
 第2章は、高山植物の送粉生態。他家受粉にこだわる種が多く、じっさい自家受粉してもほとんど個体群に貢献していないこと。送粉者の中でもマルハナバチの重要性が高いこと。マルハナバチを利用して他家受粉を達成するためのさまざまな仕掛け。それが育んだ美しい花。それは、マルハナバチがいないニュージーランドの高山植物の地味さ。
 第3章は、あちこちにさまざまな花が咲き乱れるお花畑ができるベースとしての、高山環境の異質性。キーは雪がなくなるタイミングと、地面の乾燥度合い。早く雪がなくなり乾燥する風衝地(北西斜面)vs雪が遅くまで残り湿った雪田(南東斜面)。同じ風衝地 や雪田であっても、雪がなくなるタイミングの微妙な違いや乾燥度合いで、さらに高山植物の分布は変わってくる。さまざまな微環境ごとに、いろんな高山植物が次から次へと花を咲かせることで保障されているマルハナバチの生活。
 第4章は、高山植物が形成された歴史。250年前以降(更新世以降)、氷期の繰り返しの中で、できあがってきた現在の高山植物の分布。近年のDNAの解析技術が明らかにしつつある、地域毎の高山植物の系統関係と、高山植物相の形成史。
 第5章は、地球温暖化の中で迫る高山生態系の危機。1990年代から顕著になってきたお花畑の衰退。雪解けが早まり土壌の乾燥化の結果、侵入するイネ科植物。季節外れの寒波による凍害のリスク。マルハナバチとの間でのフェノロジカルミスマッチ。凍土融解に伴う土壌崩壊。シカやサルの高山への進出。最後に、イネ科植物を除去して、お花畑を復活させる試みが紹介される。
 高山という生態系の面白さ、そして、それが失われる恐れが、よく伝わってくる。
●「南極の氷に何が起きているか 気候変動と氷床の科学」杉山慎著、中公新書、2021年11月、ISBN978-4-12-102672-9、860円+税
2023/1/2 ★★

 南極の氷床の研究者が、南極の氷床について、その研究の現状について、それが地球の気候変動とどのように関わっているかを、現在分かっている範囲で解説した一冊。
 第1章は、南極氷床についての基礎知識。南極の氷が常識の範囲を超える巨大なものだと分かる。それでいて巨大な氷河で流れていたとは。さらに西南極の大部分の基板面が海水面より下だったとは。棚氷とか氷底湖とか、基盤と氷底の間の謎(そこには未知の生態系?!)とか。知らないことが一杯出てくる。
 第2章は、南極氷床の増減をどうやって評価するか。3つの方法が紹介される。で、いよいよ第3章で、南極氷床がどのように減少しているかが説明される。温暖化で融けてるといった単純なものではなかった。ポイントは、棚氷のカービングと底面融解。
 第4章は、南極氷床が減少すると地球環境にどのような影響を与えるか。海水準上昇だけでなく、海洋大循環の停滞が重要。さらにはアルベト比の減少、大気循環や大陸基盤の変動。影響は多岐にわたる。
 第5章は、氷床変動と大気変動のシミュレーション。まだまだ不確定要素がいっぱい。そして我々にはなにができるか。
 複雑な内容を、数式を使わず、少し考えれば分かるように説明してくれている。とても勉強になった。
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