6. 18 DEC 2002 9:00~10:00

先駆高木樹種カラスザンショウの種子散布機構
吉野 知明 (横浜国立大学大学院 環境情報学部 植生学研究室)

【はじめに】
 暖温帯の森林伐採跡地や照葉樹林のギャップには、カラスザンショウのような先駆樹種がいち早く侵入する。このような暖地性先駆樹種の果実や種子は、鳥類によって採食され、さまざまな森林土壌中にシードバンクを形成することが知られている。先駆樹種は不定期に生じるギャップを生育地としているため、森林内に幅広く種子を分散させることは、新規定着のために重要となる。しかし、先駆樹種の種子がどのような鳥類と結びつき、どのように広い範囲への散布を実現するのかという種子散布の実態は、これまでほとんど明らかにされていない。このような先駆樹種と鳥類との相互関係を明らかにすることは、鳥類を含めたより多様な森林動態を理解する上で重要である。これまでの種子散布の研究から、樹冠での鳥類の滞在時間は、種子散布距離や樹冠下に落下する種子量に影響を与えることが知られている。また、同時期に熟している他樹種のもとに種子が多く散布されることが知られている。そこで、本研究では、暖温帯の一般的な先駆高木樹種で、大柄な果序に大量のさく果をつけるカラスザンショウを対象とし、1)さく果の裂開状況、2)カラスザンショウの種子食鳥の採餌特性とその滞在時間、3)カラスザンショウと同時期に熟している他樹種の影響に着目し、種子散布の実態の解明を試みた。さらに、これらの結果をもとに、カラスザンショウの広い範囲への種子散布機構について検討を行った。
【調査地と方法】
 調査は、静岡市の南東部、日本平丘陵西斜面に位置する静岡大学の構内に生育する一本のカラスザンショウ(樹高10m、胸高直径38cm)とその周辺で行った。調査は、2001年11月7日から2002年3月9日まで2〜7日間隔で行った。1日の調査は、朝(8時から約2時間)と夕方(15時から約2時間)の2回行った。
 さく果裂開状況 朝の調査時に、目視により果実の裂開状況を観察し、自然落下した果序の数を記録した。
 種子食鳥類の採餌行動 朝と夕方の2回、それぞれ90分間の調査を行った。ただし、鳥類の訪問が減少した2月7日以降は、朝の調査のみとした。調査では、鳥種、個体数、採餌行動の有無、出現時間と退去時間を記録し、採餌や排泄などの行動の観察を行った。
 カラスザンショウと同時期に熟している他樹種の影響 夕方の調査時に、カラスザンショウ樹冠下で、鳥類によって排泄された種子や種子を含む糞の観察と回収を行った。回収した排泄種子サンプルは、種同定を行った後、種ごとに計数を行った。これにより最も多く確認されたカラスザンショウを除く17種について、2002年3月と11月に最も近い有効な種子供給源を探索し、その位置を地図上に記録、カラスザンショウ樹冠下までの距離を地図上で計測した。
【結果と考察】
 さく果裂開特性 カラスザンショウのさく果は、11月上旬から1月下旬までの3ヶ月間に渡って、順次に裂開、種子を露出した。一部の果序は、12月下旬から自然に脱落を開始し、1月下旬には、全体の8割、2月中旬まで全体の9割が落下した。
 種子食鳥類 合計124時間の観察において11種の鳥類の採餌が確認された。カラスザンショウの果実裂開期間を通じて、訪問頻度・滞在時間・個体数の全てにおいてメジロが優占した。メジロはカラスザンショウの種子を丸呑みし、種皮のない健全な種子を排泄した。このことからメジロはカラスザンショウの最も有力な種子散布鳥と考えられる。液果の有力な種子散布鳥であるヒヨドリの採餌も確認されたが、メジロに比べ低頻度であった。カラスザンショウの枝先につく果序は、その重さから下向きになることが多い。メジロは果序につかまりながら採餌が行えるが、ヒヨドリでは、そのような採餌行動は見られなかった。また、カラスザンショウのさく果は順次に裂開、種子を露出するため、餌資源となる種子は、一時期に集中しにくい。このことも、メジロよりも大量の餌を必要とする中型・大型鳥類の訪問が少ない要因と考えられる。一方、メジロが優占する理由としては、種皮部分に含まれる油分がメジロにとって有効な餌資源となっている点と、種子サイズが3mmと小さく、メジロの採餌に適しているという2点が考えられる。また、ヒヨドリは、メジロを威嚇することがあり、ヒヨドリの訪問が少ないことも、メジロの訪問を促がす要因として考えられる。
 カラスザンショウと同時期に熟している他樹種の影響 樹冠下の鳥類の排泄物から43種の種子が回収された。カラスザンショウの樹冠下で多く回収された17種の植物の種子供給源は、樹冠直下から350mまでの範囲に分布していた。回収された植物種子はカラスザンショウの訪問鳥類、特にメジロに運搬されたと考えられる。このことからメジロは、少なくとも対象木の半径350m以内に種子を散布する可能性があると考えられる。回収された植物種には、期間を通じて常に回収される種と特定の期間のみ出現する種の2タイプが存在した。回収される種子の組成が時間的に変遷する理由は、メジロのカラスザンショウ以外の餌資源の変遷と、メジロ以外の鳥類の排泄物の影響の双方を反映していると考えられる。
 カラスザンショウの種子散布機構 カラスザンショウの広い範囲への種子散布機構は以上の結果を踏まえ、以下のフローチャート(図1)にまとめられた。