4. 17 DEC 2002 16:00~17:00

河畔林構成樹種の種子散布特性
郡 麻里(東京大学大学院農学生命科学・保全生態・PD)

 関東平野に残存する河畔林の低木層を優占しているゴマキと、各地の急流河川の砂州上で大群落を形成しているアキグミの両者には、「鳥散布樹種である」という共通点がある。一般的に、攪乱の激しい河畔域ではヤナギ類のような風散布樹種が卓越するものであるが、なぜ本来山野の液果をつける樹種が河畔域に生育地を見いだし、進出したのだろうか。今回は、ゴマキとアキグミのそれぞれの生活史戦略のうち、特に種子散布特性の違いに注目しながら、その生育立地の環境や種子散布者と結びついた営為を紹介し、赤い液果を大量に生産する適応的な意義を解き明かしていきたい。
 ゴマキ(Viburnum sieboldii)は本州・四国・九州に分布する赤と黒の目立つ液果をつけるガマズミ属の低木である。関東地方ではエノキやクヌギ、ハンノキからなる河畔林の低木層を優占しており、自然氾濫原の特異的な植生を特徴づける種となっている。しかし、河畔林は公園建設等で開発されやすく、分断化が進むにつれ、ゴマキの分布は現在では河畔林の分布よりもさらに限られたものとなっている。本研究では、ます、ゴマキの分布を制限する要因を解明するために、鳥による果実利用の実態と種子分散の空間パターンについて利根川水系の一級河川・小貝川において得られた結果を報告する。
 次に、分布域を縮小しているゴマキとは反面に、欧米各地で急速に分布を拡大しているアキグミ(Elaeagnus umbellata)について述べる。本種は窒素固定細菌と共生することにより、鳥の好む果実を毎年大量に生産し、効率的に種子分散を行っていると言われている。日本では戦後、アキグミは巨礫の突出するようになった砂州上で大繁茂する傾向にあり、河川の攪乱体制が人為的に改変され、生育立地の微地形が安定化したことも群落拡大の原因の一つである(郡,他2000;Kohri et al. 2002)。しかし、その果実の利用や種子分散の時間的・空間的パターンの実態についての学術情報は本来の生息地であるこの東アジアにおいてもほとんどない。ここでは、四国の一級河川・吉野川の中流域を舞台に行った大規模なシード・トラップ調査について紹介する。拡大過程にある1つのアキグミ群落に注目し、1シーズンにわたる果実の消失と分散の過程を追った。
 ゴマキの果実の季節性と果実食鳥類による消費の観察の結果、果実は7月下旬から10月上旬までの長期間にわたり赤く維持され、順次一部の黒い果実が熟すパターンをとっており、繁殖期のヒヨドリやムクドリといった留鳥が利用していた。果実は急速に持ち去られることはなかった。ヒヨドリで測定したゴマキ種子の排泄時間も約12分と短く、種子は短距離(せいぜい200〜300m)にしか散布されないことが示唆された。一方、実生の分布から種子分散の空間パターンを推定した結果、親木以外の樹種の樹冠下にも多くの種子が供給されていることが分かった。赤い花序を目立たせ個体の位置をアピールしながら、黒く熟した果実は常に少量だけ供給することは、あまり移動しない留鳥がゴマキ樹上で滞在する時間を短くし、近隣でも母樹の直下以外のできるだけ違った環境に種子を供給する戦略であると思われる。
 一方、河原で大群落を形成し、晩秋から冬にかけて赤い果実を大量に結実するアキグミは、ツグミなどの渡り鳥が利用し、早い時期に食べ尽くされた。また、同時期に結実するムクノキなどの高木の樹冠下にも種子が供給されており、比較的広い範囲(半径500m程度)まで種子が散布されていた。さらに、光資源獲得の面で有利な裸地に侵入する手段として、冬季に河原に集結するカラス類の習性を利用した戦略を採っていることが、河原に残された大量の糞と実生の分布から示唆された。洪水の危険性は高いものの、結果的に新たな砂州上の群落を形成する源となる可能性がある。
 しかし、ヤナギ類などの風散布樹種とは異なり、鳥散布樹種の種子は、河畔林や裸地的な砂礫州が極度に分断化されると、林分や自然裸地への到達が制限されるため、種子の供給源・供給先は時間的・空間的に連続して存在する必要がある。