いろんな文章・随筆編

 就職してから、いろいろな場所に文章を書く機会が増えました。学生時代なら面倒くさいというだけの理由で断っていたのに、今ではそうも行かなくなってしまいました。随筆編では、けっこう大胆に日頃思っていることを書いていたりします。


和田岳(1994) 鳥目の鳥. Nature Study, 40:114.
和田岳(1995) キジバトとドバト. 啓林 中理編, 3:0.
和田岳(1995) 京都のユリカモメ. Nature Study, 41:1-2.
和田岳(1995) 大阪のツバメ. 教育大阪, (526):26-27.
和田岳(1996) オオタカ. Nature Study, 42:25-26.
和田岳(1996) 大阪のサギ山. 教育大阪, (538):24-25.
和田岳(1996) オシドリ. 大阪人, 50:69.
和田岳(1997) シロハラとツグミ. Nature Study, 43:13-14.
和田岳(1997) キジバト. 日本動物大百科(平凡社), 4.鳥類II:22-23.
和田岳(1997) ニホンイタチとシベリアイタチ. Urban Birds, 14(2):47. 12月
和田岳(1998) トラツグミ. 大阪人, 52(1):59. 1月


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●和田岳(1994) 鳥目の鳥. Nature Study, 40:114.
 昼は見えるのに夜は見えなくなる目の病気を鳥目といいます。この言葉があるおかげで、一部の夜行性の鳥を除くと、多くの鳥は鳥目で、夜は寝ているだけと考えられることが多いようです。夜行性の鳥の代表的なのはフクロウの仲間ですが、この他にも夜に活動する鳥はいろいろいます。
 ヨタカは日本には夏鳥としてやってきて、昼間は眠り夜になると飛びまわって虫をとって食べます。ゴイサギは英語ではnight heron(夜のサギ)と呼ばれ、おもに夜に水辺で魚をとります。冬になると渡って来るガンやカモの仲間の多くは、昼間は水面などで休んでおり、夜になると田んぼなどへ餌を食べに行きます。島で繁殖する海鳥のミズナギドリやウミツバメの仲間は、昼間は海で餌を取り、夜になると島に帰って来て、ほとんど一晩中騒いでいます。普段は昼に活動して夜に眠るシギ・チドリの仲間や小鳥類でも、渡りの時には夜渡ることがあります。近頃はツバメが夜に、街灯の明りの所で虫を取っているのも見かけます。
 このように夜に活動している鳥は意外と多いものなのです。こういった鳥達にとっても、夜は昼ほどは見えないかもしれませんが、鳥目というほどではありません。実際には多くの鳥は鳥目ではないのだと思います。ところで鳥目の”鳥”というのは、ニワトリのことだと聞いたことがありますが、本当にニワトリは鳥目なんでしょうか?


●和田岳(1995) キジバトとドバト. 啓林 中理編, 3:0.
 ハトはたいへん親しまれている鳥なので,見たことがないという人はまずいないでしょう。日本では今までに11種のハトが野外で記録されていますが,日本中の町中で普通に見られるハトは,キジバトとドバトの2種だけです。
 ドバトは日本にもともと住んでいた鳥ではありません。中央アジア,アフリカ,ヨーロッパなどに広く分布しているカワラバトというハトが飼育品種にされ,観賞用やレース用あるいは伝書バトとして飼われていたものが逃げだして野生化したのが,現在公園などにたくさんいるドバトです。ドバトが日本で野生化した歴史は古く,室町時代にはすでに野生化していたという記録があります。ドバトという名前は,お寺の御堂にたくさんいたので,堂鳩(どうばと)と呼ばれていたのが由来であるとされています。
 一方キジバトはもともと日本に住んでいたハトです。もっともかつては山などにおもに住んでいて,ヤマバトとも呼ばれていました。このキジバトが大都市でも普通に見られるようになったのは比較的最近で,1960年代に日本の各地でキジバトの都市への進出が話題となり,今ではすっかり町に住む鳥の代表格になりました。
 キジバトは都市で暮らすようになって,生活の仕方が変ってきています。特に注目されているのが巣場所です。もともとキジバトは樹に巣をかけて繁殖していたのですが,1970年代頃から建物に巣をかけたという報告が増えてきています。また以前は人を見るとすぐに逃げていましたが,今では公園などで餌をまくと、ドバトの群れに混じってすぐ近くまで近寄ってくることも珍しくありません。ドバトにも近年変化がみられ,かつては樹にはとまらないとされていたのですが,最近は樹にとまって実を食べる姿もよく見かけるようになりました。
 ドバトには灰色や黒色をはじめとして,白色や茶色の個体もいるなど,さまざまな色と模様があります。一方キジバトは全体に茶色いハトで,背中には茶色と黒の鱗模様があり,頚の両横には白と黒のすじ状の模様があります。キジバトとドバトとを区別するには,まずキジバトの模様をはっきりとおぼえるのが一番でしょう。キジバトは遠くから見ると汚い茶色のハトですが,よく見れば意外ときれいな鳥です。一度じっくりと見てみてください。


●和田岳(1995) 京都のユリカモメ. Nature Study, 41:1-2.


 ユリカモメは小型のカモメの一種で,冬になるとカムチャッカ半島などから日本へ渡ってきます.ただし大阪湾には,夏でも少数が残っているようです.よく見るとくちばしや足が赤いのと黄色っぽいのとがいます.くちばしや足が赤いは成鳥で,黄色っぽいのは幼鳥(生まれて1年未満)です.幼鳥には,尾羽に黒い帯があり,翼にも茶色い部分があるなど,他にも成鳥と違う点があります.
 カモメの仲間は海にいることが多いのですが,ユリカモメはよく内陸にもやってきます.京都市内にも,10月の終わりごろになるとやってきて,5月のはじめまで滞在します.数がもっとも多くなる1月後半から2月はじめには,京都市ぜんたいで10000羽を越えることもあります.
 京都市の賀茂川で見られるユリカモメについては,いろいろと調査されていて,いくつかおもしろいことがわかっています.ユリカモメは昼間は賀茂川に広く散らばっており,午後3時を過ぎると1ヶ所に集まり大きな群れをつくりねぐらへ飛んで行きます.普段のねぐらは琵琶湖ですが,時には大阪湾まで寝に行きます.そして次の日の朝,ふたたび賀茂川に戻ってくるのです.
 このようにユリカモメは琵琶湖から大阪湾にかけての広い範囲を動きまわっています。しかし,そのくわしい動きについてはまだわからないことがたくさんあります.このユリカモメの動きを調べるために,賀茂川を中心に今までに1000羽以上のユリカモメに色つきの足輪がつけられています.足輪の色には赤・緑・青・黄などがあり,それぞれにアルファベットや数字で2つの文字が書かれています.賀茂川にやって来るユリカモメの故郷がカムチャッカ半島であるということは,ロシア製の足輪が観察されたことからわかりました.
 ユリカモメを見る機会があれば,ぜひその足に注目してみてください.ひょっとするとロシアや賀茂川でつけられた足輪がついているかもしれません.もし足輪つきのユリカモメを見つけたら,ぜひ足輪の色と文字,日時,場所を博物館まで連絡してください.


●和田岳(1995) 大阪のツバメ. 教育大阪, (526):26-27.
 代表的な夏鳥として、ツバメは古くから多くの人に親しまれています。毎年春になると、自分の家の軒先に巣を造るツバメが帰ってくるのを楽しみに待っている方も少なくありません。多くの鳥の巣や雛は、人に見つかるのを避けるような場所にあるので、軒先で繁殖するツバメは、我々に鳥の巣やヒナを実際に観察する貴重な機会を提供してくれています。
 ツバメはツバメ科に属する鳥で、その仲間は世界に約75種います。この仲間はいずれも空を飛びまわって昆虫を捕まえて食べて暮らしており、翼の形も空を飛びまわるのに適したものになっています。しかし、地上に降りると不器用で、あまり歩くのは得意ではありません。
 日本で繁殖するツバメの仲間は、ショウドウツバメ、イワツバメ、リュウキュウツバメ、コシアカツバメ、ツバメの5種です。リュウキュウツバメは沖縄でのみ見られる種類ですが、それ以外の4種は大阪でも観察することができます。ただしショウドウツバメとイワツバメは、大阪ではおもに渡りの途中に通過するだけです。コシアカツバメとツバメは大阪のあちこちで繁殖しており、とくにツバメは大阪平野のほぼ全域で繁殖しています。
 春になると、ツバメは台湾やフィリピンを始めとする東南アジアから、日本に渡ってきます。渡ってくる時期は年によって違いますが、大阪ではおおむね3月中旬にその年の最初のツバメが観察されます。
 日本へやってきたツバメは、巣を造って繁殖をはじめます。ツバメの巣は泥で外側を造って、中に枯草などを敷いたものです。ふだんはあまり地上には降りないツバメも、巣材の泥を集めるときには地上に降りているのをよく見かけます。現在、ツバメの巣は、すべてと言っていいほど人家などの人工建築物にかけられます。それでも、ごくまれに自然の岩壁で繁殖することもあり、もともとは岩壁などを利用して繁殖していたと考えられています。
 巣ができあがり雌が卵を産むと、雄と雌が交代で暖め、約2週間で雛がかえり、親鳥は雛へ餌を運ぶのに大忙しになります。ある調査によると1日に300回以上も餌を運ぶことがあるそうです。雛はかえってから16-17日たつと巣立ちます。巣立つとは言っても、しばらくの間は巣の近くの電線などにとまったままで、相変わらず親が運んできてくれる餌を食べています。でもそのうちに、徐々に雛が自分で昆虫を捕まえるようになり、一人立ちしていきます。
 一人立ちした若いツバメは、昼間はばらばらに空を飛びまわって昆虫を捕まえていますが、夜になると池や河原のヨシ原で集団で眠ります。このような場所を集団ねぐらと言います。集団ねぐらにはその年に巣立った若い鳥だけではなく、繁殖を終えた成鳥も混ざります。
 ツバメが集団ねぐらへ集まって来るのは、日没の直前になってからです。集団ねぐらができるはずのヨシ原にも、昼間の間はそれほど多くのツバメがいるわけではありません。日暮れ間近になると、あちこちから集団ねぐらの近くへツバメが集まってきはじめ、日没前後になると集団ねぐらの上空を集団で飛びまわります。1万羽を越えるツバメが飛びまわる光景はすごいものです。だんだんとあたりが暗くなってくると、飛びまわっていたツバメもヨシの先にとまって眠りにつきはじめます。そして朝になってあたりが明るくなってくるとまた飛び立って行くのです。どのくらいの範囲からツバメ達が集団ねぐらに集まってくるのかについては、まだ充分には調べられていません。しかし長野県での調査では10〜20キロメートル以上離れた場所からも集まってきているそうです。
 集団ねぐらに集まるツバメの数は6月くらいから増えはじめます。その数は8月上旬にピークに達し、そして10月にかけて減少していきます。8月中旬から集まるツバメの数が減り始めるのは、南への渡りが始まっているからではないかと考えられています。
 近畿でよく知られている集団ねぐらとしては、宇治川の観月橋のやや下流のヨシ原があります。ある調査によると、ここではピーク時には2万羽を越えるツバメが集まるということです。大阪では以前から、淀川の豊里大橋下流の右岸にツバメのねぐらがあることが知られていましたが、大阪の南部のツバメのねぐらがどこにあるのかは謎のままでした。ところが1994年に相次いで、堺市の大津池と泉佐野市の奥池にツバメの集団ねぐらがあることがわかりました。
 このような集団ねぐらは、ツバメの保護を考える上でとても大切なものです。最近、大阪のツバメが減っているという話をしばしば耳にします。大きなヨシ原が次々に失われている現在、いま集団ねぐらに使われているヨシ原までが開発などによってなくなってしまうと、大阪のツバメはさらに減ってしまうかもしれません。ところが昨年大阪で新たに発見された大津池と奥池は、それぞれ道路工事と公園計画が持ち上がっています。大阪からツバメがいなくなるのもそう遠くない事なのでしょうか?


●和田岳(1996) オオタカ. Nature Study, 42:25-26.

 1996年1月1日の朝8時頃,大阪市立自然史博物館の窓ガラスにオオタカが衝突して保護されました.保護したのは警備員の木下さんと中田さんで,はじめのうちは,腹を上にしたままで動けなかったそうです.3日もたつと足で立ち上がれるようになったのですが,まだ飛ぶことができないので,天王寺動物園に届けました.
 オオタカは,日本では九州より北の山林に広く分布するカラスくらいの大きさのタカです.古くから鷹狩りに使われたり,日本画に描かれるなど,日本人にはもっとも馴染みのあるタカです.しかし近年,開発や密猟などのために,安心して繁殖できる環境がへっており,巣場所など繁殖環境を守っていく必要があります.環境庁の「日本の絶滅のおそれのある野生生物 −レッドデータブック−」という本にも危急種(絶滅の危険が増大している種)としてのせられています.
 そんな保護の必要のある鳥が大阪市内にいるとは思えないかもしれません.しかしオオタカの食べ物は中くらいの鳥や哺乳類などで,都会にたくさんいるドバトは絶好の獲物になります.つまりオオタカにとって都会は食べ物の宝庫なわけです.そのためかオオタカは冬の大阪の都市公園などでは,それほど珍しくはありません.
 今回,博物館に衝突したオオタカは幼鳥(生まれて1年以内の鳥)です.幼鳥の特徴の一つは,腹のもようが縦じまになっていることで,成鳥になるとこれが横じまになります(図1).するどい嘴にかみつかれるととても痛そうですが,人間に捕まえられてもあまり嘴でかもうとはせず,むしろ足の指でつかもうとします.一度つかむと,なかなかはなしません.足には1cm以上の爪が4本も生えていて(図2),この足指で手をじかにつかまれると,ものすごく痛い思いをします.オオタカなどの猛禽類は,この足で獲物を捕まえるのですから,足でつかむのが得意なのは当然なのでしょう.
 ともかく正月早々オオタカとは,初夢ではないけれど,なかなか縁起がいい(?)年明けになりました.
図1:オオタカの腹部のもよう.
図2:オオタカの足指の爪.


●和田岳(1996) 大阪のサギ山. 教育大阪, (538):24-25.
 サギ山という言葉を聞いたことがあるでしょうか。サギ類のなかには、樹の上に巣を造り、かなり大きな集団になって繁殖する種がいます。このような種が、集まって繁殖している場所をサギ山と呼びます。数種のサギが混じっていることが多く、樹に何羽も大きなサギがとまっている光景は遠くからでも目立ちます。またヒナが孵ると、大きな声でずっと鳴いていて、こちらもよく目立ちます。サギ山というのは、一般的な言葉ではないようで、広辞苑には載っていません。かといって学術用語というわけでもなく、研究者はふつうサギ山とは呼ばずに、集団繁殖地、あるいは(繁殖)コロニーと呼びます。
 現在大阪府にあるサギ山では、おもにゴイサギ、コサギ、アオサギの3種が集まって繁殖しています。この他に少数のアマサギとダイサギが混じることがあります。大阪府では、ササゴイというサギも、樹上に巣をかけて集団で繁殖していますが、他のサギと混じることはあまりなく、せいぜい20-30羽程度の集団をつくるだけなので、普通はササゴイのコロニーはサギ山とは呼びません。
 サギ山で繁殖しているサギの種類は、今でこそおもにゴイサギ、コサギ、アオサギの3種ですが、昔からずっと同じだったわけではありません。1960年代にはアマサギ、ダイサギ、チュウサギの3種も相当数繁殖していたようです。しかし、その後は現在に至るまで、チュウサギの確実な繁殖は確認されていません。アオサギも1970年代に入って、繁殖が確認されなくなりましたが、1990年代に入ってから再び数多く繁殖するようになりました。
 サギ達は、樹の上に枝を組み合わせてお皿型の巣を造ります。一つの樹にいくつもサギの巣がかかって、それぞれの巣の上に親鳥や3-6羽のヒナがのっています。繁殖期は4月から8月くらいの間で、卵から孵ったヒナは30日以上は巣や巣の近くの樹の枝にいて、親鳥が運んでくれる餌を食べています。親鳥は、魚、カエル、ザリガニ、昆虫などといった餌を呑み込んで巣まで運んできて、吐き出してヒナに与えます。
 かつて淀川の中州にあったサギ山の調査に同行したときに、サギ山の中に入ったことがあります。サギ山の中には、サギの糞、サギの吐き出した魚などの腐ったもの、死んだヒナなどがたくさん落ちています(ヒナが巣から落ちても、親鳥は拾い上げたり、落ちたヒナに餌を与えたりしないので、ヒナはそのまま死んでしまいます)。サギ山一帯にこういったものの独特の臭いが漂い、頭上ではヒナの鳴く声がやかましく、油断していると侵入者めがけて糞や魚がふってきます。一種独特の雰囲気がある場所で、機会があればまた入ってみたいと思っています。
 大阪府には、戦前から1960年代までは堺市の仁徳陵に、数万羽のサギが繁殖するとされる大阪府一大きなサギ山がありました。しかしマツの樹を枯らすとの理由で追い払われ、1970年代以降ここでサギは繁殖しなくなりました。1980年代には、淀川の中州にサギ山ができましたが、河川改修のため中州が撤去されてしまいました。中州が撤去されてから数年の間は、住宅地の近くにサギ山ができては、その臭いや騒音、フンに対して周辺住民からの苦情がでて、サギが追い払われるということが繰り返された時期がありました。
 1987年に行われた調査によると、大阪府下のサギ山として、茨木市の鶴ヶ池、堺市の新日鉄構内、羽曳野市の日本武尊陵、岸和田市のカリマタ池、泉南市新家の大池の5ヶ所が報告されています。いずれも数百羽程度の規模で、数万羽もいたというかつての仁徳陵と比べるととても小さなサギ山です。この他にも、松原市の樋野ヶ池、堺市の大津池など、その後新たなサギ山が次々と発見されています。まだ知られていないサギ山も多くあるものと思います。
 ここにあげられたサギ山の多くは、池のなかの樹の生えた島や、池に面した林にあります。大阪府の池は、次々と埋められたり、周囲を”整備”されたりしています。サギ達がようやく見つけた繁殖場所も安住の地とはいえないかもしれません。
 大阪市立自然史博物館では、鳥の生息、とくに繁殖に関する情報を集めています。近くの池などでサギ山を見つけたら、次の項目を葉書に書いて、博物館まで御一報くださるようお願いします。
 1.鳥の種類:現地確認に行きますので、わからなくてもかまいません。
 2.観察日
 3.観察場所:所番地を詳しく書き、できれば地図を付けてください。
 4.観察者の氏名・住所・電話番号:確認ため連絡することがあるので、電話番号を忘れないでください。
 5.その他:鳥や巣の数、ヒナの有無、周囲の環境など。
樹にサギがとまっている、樹の上に枝を組み合わせた巣(ゴミのようにも見える)がある、かなり騒がしい(繁殖の時以外のサギは比較的静かな鳥です)といった点を目安にすれば、サギ山かどうかは比較的簡単に判断できると思います。
 サギ山は、自然観察や研究対象としてとても手頃な場所です。サギの数や巣の数を数える、巣をきめてヒナの成長を観察する、コロニーへのサギの出入りの日周活動を調べるなど色々なテーマが考えられます。サギ達が飛んでいったり帰ってくる方向は、彼らがどこで食物を採っているかを調べるヒントになりますし、飛んでいくサギを追いかけてどの位の範囲で活動しているかを調べるのもおもしろいでしょう。とにかく一度サギ山を見に行ってはどうでしょうか。


●和田岳(1996) オシドリ. 大阪人, 50:69.

 1995年の11月の半ばに、自然史博物館の周りにある長居植物園の池に、写真のオシドリの雄が一羽ひょっこりやってきました。
 オシドリといえば、おしどり夫婦という言葉を思い出すのではないでしょうか。とても仲むつまじい夫婦をおしどり夫婦というのだそうで、雌と雄が一羽ずついつでも仲良く一緒にいるように思ってしまいます。ところが、写真のように一羽でいることや、雄だけの群でいることも多いのです。オシドリの夫婦は、残念ながら実際はあまり”おしどり夫婦”とはいえないようです。
 長居植物園の池には、十数羽のアイガモがいて、人がまいた餌を食べにすぐ近くまでやってきます。このオシドリもアイガモと一緒に、すぐ手が届きそうな所まで餌を食べにやってきていたので、簡単に写真を撮ることができました。しばらくの間は長居植物園にやってきているカメラマン達のアイドルのようになっていて、餌を食べに近づいてきたところを、何台ものカメラに囲まれている光景をしばしば眼にしました。
 アイガモと一緒にもらっていた餌はパンやスナック菓子のようでした。しかし本来、オシドリは草や樹の実など植物質のものをおもに食べる鳥です。中でもドングリを好んで食べることで知られており、ドングリを食べるために、水辺から離れて林の中を歩き回ることもあるのだそうです。
 大阪ではオシドリは、山間部のダム湖や平野部の古墳などに、冬になるとやってきます。自然史博物館の近くでいえば、にさんざい古墳(堺市)や大塚山古墳(松原市)にもやってきます。しかし、どちらもかなり遠くに姿が見えるだけで、長居植物園の池のようにすぐ近くまで近寄ってくることは比較的珍しいと思います。
 オシドリの背に立っている茶色の三角の羽根は、イチョウ羽と呼ばれるもので、翼の根元近くにある三列風切羽が大きくなったものです。雄はこのようにおもちゃのようにカラフルなオシドリですが、雌は全体に暗灰褐色の大変地味な鳥です。
 残念ながらこのオシドリは約1ヶ月長居植物園の池に滞在した後、12月の半ばにはいなくなってしまいました。今年の冬もまた長居植物園の池にやって来て欲しいものです。


●和田岳(1997) シロハラとツグミ. Nature Study, 43:13-14.
【図表はそのうちに入れますので、しばらくお待ちください】
 秋になると大阪にシロハラやツグミがやってきます.長居公園のような町の真ん中にある公園でも,10月半ば頃から,翌年の5月の初め頃までふつうに姿を見かけます.
 ツグミは白くて太い眉線(眼の上を通る線)があるのが特徴で,シロハラにはふつう眉線はありません.ただしシロハラの中にも,ときどき細い眉線を持った個体がいるので注意が必要です(表紙写真).
 またシロハラの尾羽の左右それぞれ2-4枚の先端には白い部分があります(図1).この尾羽の先の白は,シロハラと間違えそうな他の大型ツグミ類にはない特徴で(ただしアカハラの中にも,尾羽の両端の先端が少しだけ白い個体がときどきいます),飛んだ時によく目立つので,飛び立ったツグミ類を見分ける時に役に立ちます.
 秋に渡ってきた当初,シロハラやツグミは,もっぱら樹の上で果実を食べています.捕まえて糞をしらべると,クスノキやエンジュの種子などがよくでてきます.ツグミ類だけでなく,ヒヨドリやムクドリなども樹の果実を熱心に食べるので,たいてい年明け頃には果実を食べ尽くしてしまいます.
 樹の果実がなくなってしまうと,地面にいる昆虫をおもに食べるようになります.捕まえた時の糞にもアリや甲虫などの破片が含まれていることが多くなります.
 地上で昆虫を食べるといっても,シロハラとツグミはふつう少し違った環境で採食します.シロハラは比較的暗い林の林床や薮の中にもっぱらいて,落ち葉をひっくり返して食べ物を探している姿をよく見かけます.ツグミは明るい林の林床や芝生などの開けた場所によくいて,何歩か歩いては地面をつつくという行動を繰り返しています.
 1995年度は,日本各地で冬鳥が少ないということが話題になりました.長居公園でもシロハラの姿がまったく見られず,ツグミも2月に入ってようやく姿を現しました.興味深いことにシロハラがいなかった昨年度は,他の年にはシロハラがいる暗い林の林床にも,ツグミがたくさん入り込んでいました.ツグミは暗い林の林床も好きなのに,シロハラがいると追い出されてしまうのかもしれません.

表紙写真:(上から)シロハラ,眉線のあるシロハラ,ツグミ.
図1:シロハラの尾羽.尾羽の端から2-4枚の先端に白い部分がある.


●和田岳(1997) キジバト. 日本動物大百科(平凡社), 4.鳥類II:22-23.
都市への進出
 かつてキジバトは、ヤマバトという名で親しまれていた。その名の通り農耕地から山地にかけての林におもに生息していたらしい。また警戒心が強く、人が近づくのは容易ではなかったという。大都市の中心部でもふつうに見かけ、人がすぐそばを通り過ぎても平気な現在のキジバトからは想像もできない話である。
 キジバトの都市への進出は1960年代に始まる。これには都市周辺での銃猟の制限がある程度影響しているとされる。1970に入ると大都市の中心部の街路樹でも、キジバトの繁殖が確認されるようになった。今でも山で生活するキジバトはいるが、現在のキジバトにヤマバトという名がふさわしいとは思えない。

巣造りと巣場所
 キジバトは樹の枝などを組み合わせた浅い皿型の巣を造って繁殖する。キジバトの巣は粗雑だという印象が強いが、粗雑とはいっても、100本から200本もの巣材からできている。巣を造るとき、巣材はすべて雄が一本ずつ運んでくる。あの粗雑な巣を造るために、雄は100回以上の往復をするのである。
 雌は、巣場所の予定地に座り込み、雄が運んできた巣材を受け取り、腹の下に巣材を差し込んで巣を組み立てていく。一から新しく巣を造るとき、自分の下に差し込んだ巣材がすぐ下に落ちてしまい、なかなか巣ができあがらないこともある。巣材が下に落ちたら拾えばいいようなものだが、落とした巣材を雌が拾うのを観察したことはない。
 こうして一から巣を造るのではなく、古巣を利用して繁殖することも多い。自分が以前に造った古巣だけではなく、他のつがいの造った古巣であっても利用する。それどころかヒヨドリ、モズ、クロツグミ、オナガなどの古巣を利用したという記録もある。古巣を利用する場合、そのまま卵を産んで繁殖を始める場合もあるようだが、多くの場合はある程度巣材を付け加えてから産卵する。何度も多くのつがいに利用された古巣の中には、再利用される度に巣材が付け加えられたため、キジバトの巣とは思えないほど、大きな巣になる場合がある。
 本来、樹上に巣をかけるキジバトだが、生息環境を都市へ広げてしばらくたった1970年代後半になると、人工建築物に巣をかけたという報告がされるようになった。人工建築物に巣をかけるようになったとはいっても、樹の枝上に巣をかけていた時と同じように、窓枠や配管の上など、何かの上に巣を造る傾向があると思われる。

食性
 ハト類はすべて植物質を主食にしており、キジバトもその例にもれず植物の果実、種子、花、芽などをおもに食べる。しかしミミズを飲み込んでいる姿を観察することもあり、胃の中を調べてみるとよく小さな貝や小石が入っている。
 樹木の果実はキジバトの主要な食物の一つである。果実を食べるとはいっても、ヒヨドリやムクドリが果肉めあてで種子は消化せずに糞やペリットとして出すのとは異なり、キジバトは種子も消化してしまう。植物の立場から見れば、種子散布に役立つヒヨドリやムクドリとは異なり、キジバトは大変迷惑な存在である。むしろキジバトは果肉ではなく種子がめあてで、ヒヨドリやムクドリが排出した種子をあさることも多い。

繁殖活動
 ハト類は、ピジョンミルクと呼ばれる分泌物を利用して雛を育てるため、雛の餌として昆虫などの動物質は必要としない。したがって繁殖期を昆虫などの発生時期にあわせる必要がなく、長い繁殖期を持つ傾向がある。キジバトも少なくとも南西日本では一年を通じて繁殖をすることができる。ただし、繁殖が盛んなのは初夏以降で、通常秋にピークに達する。
 繁殖は一夫一妻のつがいで行なう。つがい関係は一度形成されると、通常相手がいなくならない限り継続される。つがいは、繁殖を開始して片方が巣にずっといる場合を除けば、一緒に行動することが多い。
 抱卵や抱雛は、昼間は雄が、夜間は雌が行なう。雛の餌であるピジョンミルクは、哺乳類とは異なり雌雄共に分泌し、雄も雛への給餌を行なう。雛が成長するにつれて、雛の餌には穀物などが多く混ぜられるようになる。雛は孵化後約15日たてば、ある程度飛ぶことができ、巣立つことが可能になる。しかし、なかなか巣立たない場合も多く、孵化後20日以上たっても巣にとどまることがある。また巣立ったとしても、その後数日は、雛は巣の近くの樹にじっととまって親が餌をやりに来てくれるのを待っているだけである。時には再び巣に戻ってしまうこともある。

人との関わり
 農村では、昔からダイズやアズキなどの豆類に対する害鳥として注目され、その対策のための研究が多く行なわれている。
 一方、都市では、ドバトの群に混じり人の近くまできて餌をもらう姿も見かけるようになった。人の家の中まで平気で入ってきて餌をもらうという話もしばしば耳にする。都市での生息密度の高いドバトは、糞などによる被害もあり、人に嫌われることが多く、駆除が行なわれている。キジバトは今の所ドバトほど生息密度は高くなく、それほど嫌われてはいないらしい。むしろ庭木に巣をかけると喜ぶ人も多い。しかし今後、個体数が増え、ベランダなどでの繁殖も増え、人との接触の機会が増えてくると、人に喜ばれない存在になるのかもしれない。



●和田岳(1998) トラツグミ. 大阪人, 52(1):59. 1月

 1998年の干支にちなんでトラツグミを紹介したいと思います。初夏の頃、夜の山に登ると、ヒョーヒョーという不気味な声が聞こえることがあります。この不気味な声の主は、かつてはヌエという化け物とされていたそうですが、その正体がトラツグミです。
 山で繁殖していたトラツグミは、冬になると人里近くに降りてきます。林床で落ち葉をひっくり返して、食物であるミミズや昆虫を探している姿をよく見かけます。むしろ落ち葉をガサゴソとひっくり返している音をたよりに、その姿を見つけることができます。
 大阪の市街地の公園でも、トラツグミに出会うことがあります。写真のトラツグミは1995年5月に大阪市東住吉区の長居公園で捕獲したものです。その名の通り、黄色と黒色のまだら模様の大きなツグミです。
 私は長居公園で鳥の調査をしており、その一環として標識調査を行なっています。標識調査というのは、カスミ網などを用いて鳥を捕獲し、足環をつけて放すものです。捕まえられる鳥にとってはたいへん迷惑な話ですが、捕獲して標識をつけて放すことによってはじめて調べられることがたくさんあります。調べて理解を深めることなしに、野生生物の保護や生態系の保全は考えられないので、かわいそうなのは事実ですが、鳥を捕まえての調査は避けられません。このトラツグミにも足輪をつけて放しました。
 トラツグミはけっしてたくさんいる鳥ではなく、長居公園にも毎年1羽やってくるかどうかというところです。ところがこの10年の間に、3羽のトラツグミが自然史博物館に衝突して死んでいます。けっこう鈍くさい鳥なのかもしれません。
 なお自然史博物館では展示や研究のために、建物に衝突するなどして死んだ鳥を集めています。もし鳥の死体を見つけたら、ぜひ自然史博物館まで連絡してください。スズメやカラスなど身近な鳥の死体でも歓迎します(ただしドバトはいりません)。
 ところで自然史博物館は今年からホームページを開きました。URLは、http://www.mus-nh.city.osaka.jp/menu.htmlです。展示や行事の案内の他に、学芸員の紹介や博物館友の会の紹介もあります。学芸員の個人ページもあって、その中ではそれぞれの専門分野や学芸員の日常について、さまざまに紹介しています。機会があれば一度アクセスしてください。


●和田岳(1997) ニホンイタチとシベリアイタチ. Urban Birds, 14(2):47. 12
 1994年に就職して、大阪市南部にある長居公園の中にある大阪市立自然史博物館に勤めています。長居公園は、大阪市内では大阪城公園に次ぐ規模の緑地で、一応65.7haありますが、その多くの部分はスポーツ施設になっており、半分ほどが本当の意味での緑地となっています。
 就職後しばらくしてから長居公園の鳥を調べてみようと思い立ち、かすみ網をはったり、鳥の個体数を数えたりし始めました。大学時代には大学構内でキジバトの繁殖を観察していたので、長居公園でもとりあえずキジバトを観察してみようと思ったのですが、キジバトの繁殖密度がそれほど高くなく(採食個体は多いのですが)、かすみ網にはもっぱらヒヨドリがかかるため、現在はヒヨドリの採食生態に興味を持っています。
 博物館には学芸員が14名いますが、脊椎動物担当は私を含めて二人しかいません。鳥の生態屋と魚の分類屋の二人で、脊椎動物をすべて担当しなければなりません。結局私は、鳥類と哺乳類と生きた爬虫類(死んだ爬虫類、つまり標本は担当していないわけです)を担当しています。
 博物館の仕事の一つに標本の収集があります。他の生物群と違って、容易に採集することができない哺乳類と鳥類の標本の収集は、市民の方が持ち込まれる死体に頼っています。哺乳類や鳥の死体を見つけたら、あるいは冷凍庫にたまっている方、よかったら当館まで送ってください。連絡は電話で06-697-6221まで。こんなふうに、鳥の死体をくださいとあちこちで声をかけているのですが、哺乳類の死体については積極的に声をかけて集めようとはしてきませんでした。
 西日本の市街地周辺には、日本にもともといるニホンイタチMustela itatsi(あるいは単にイタチ)と、大陸からの移入種であるシベリアイタチMustela sibirica(チョウセンイタチあるいはタイリクイタチと呼ばれることも多い)の2種のイタチ類が生息しています。東京などでどうかは知りませんが、大阪ではイタチ類は都心部でも見かけるきわめて身近な哺乳類です。そのせいかイタチ類の死体は、黙っていてもけっこう頻繁に博物館に持ち込まれます。
 大阪では、市街地の中心部にシベリアイタチ、周辺部にニホンイタチが生息すると、一般に考えられています。しかしこれは必ずしもデータに基づいたものではなく、まとまった研究も存在していないそうです。また近年、大阪では市街地の中心部でニホンイタチが増えているという話が聞こえてくるのですが、これもまたきちんとしたデータに基づくものではないようです。都市に生息するイタチ類には、まだまだ研究すべき事がたくさんあります。積極的にイタチ類の標本を集める努力をしようかな、と近頃考えています。
 この会の存在からもわかるように都市鳥は注目されていますが、不思議なことに都市哺乳類や都市昆虫、都市植物は、鳥類ほどには注目されていないように感じます。この会は都市鳥研究会ですが、せっかく空きニッチェがあるのですから、都市に生きる他の生物も視野に入れて、都市に成立している生物群集の研究に手をだしてはどうでしょうか。