自然史関係の本の紹介(2000年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「鳥はどこで眠るのか」アレクサンダー・F・スカッチ、1997年、文一総合出版、2600円、ISBN4-8299-2120-X
2000/9/18 ★

 タイトル通り、鳥がどのような場所でどのように寝るのかがえんえんとつづられる。樹上や地上でふつうに寝る場合(roost:外ねぐら)の紹介よりはむしろ、巣や穴などを寝る場合(dormitory:部屋ねぐら)に力が入れられており、部屋ねぐらのさまざまなパターンが約半分の章で紹介されている。日本の鳥でねぐらの話と言えば、ツバメやカラスなどの大規模な集団ねぐら(これは外ねぐら)が思い浮かぶが、集団ねぐらについてはあまり多くのページはさかれていない。
 随所に興味深い記述があるものの、なじみのない主に新熱帯の鳥の部屋ねぐらについての記述がえんえんと続くので、読み通すのはつらい。むしろ後の鳥名索引を活用して、辞典として利用した方がいい。著者は、部屋ねぐらと繁殖巣との関連に注目しているため、新熱帯を中心に熱帯の小鳥の繁殖生態もかなりくわしく記述されている。そういった辞典にも使えると思う。

●「虫を愛し、虫に愛された人 理論生物学者W・ハミルトン 人と思索」長谷川真理子編、2000年、文一総合出版、1200円、ISBN4-8299-2148-X
2000/9/17 ☆

 利他性の進化をはじめ社会生物学の分野で、多くのよく知られた業績を残した理論生物学者W・D・ハミルトンについての本。”人と思索”とあるから、その業績を中心にした科学哲学的な本かと思いきや。理論生物学者として知られたハミルトンは、小さい頃からの昆虫少年で・・・。てな伝記めいた話ばかりが並んでいる。科学者オタク以外は読む必要がないと思う。

●「日本鳥類目録 改訂第6版」日本鳥学会編、2000年、日本鳥学会、非売品
2000/9/16 ★

 第5版が出たのが1974年なので、26年ぶりにようやく出版されたという感じ。その間の鳥の分類学の進歩や、バードウォッチャーの増加による日本新記録種の増加によって、目録の内容は大幅に変わってきている。これからは(少なくとも第7版が出るまでは)、日本の鳥のリストを作成するときの配列や学名はこれに基づくことになるので、もちろんその筋では必携の書。なんやけど、一般の流通には乗らないので、入手は困難です。このリストに基づいた図鑑が出版されるのを待った方がいいかも。
 それにしてもDNAの塩基配列に基づく研究が進めば、近いうちに鳥の分類は大幅に変化しそうやし。バードウォッチャーが蓄積してる日本新記録の種の情報も十分には取り込まれていないし。分布に関する記述にも不備が多い(と編集委員自身が言ってる)。こういった点を考えると、今度は10年以内にはもっとしっかりした第7版を出して欲しいと思う。

●「昆虫のパンセ」池田清彦著、2000年、青土社、1800円、ISBN4-7917-5812-9
2000/7/1 ☆

 「現代思想」に1990年に連載したエッセイをまとめたもの。根が昆虫コレクター(カミキリ屋らしい)の著者が、我田引水的に自身の構造主義生物学を絡めつつ、好き勝手なことを言い放っています。まさに言い放つが正解で、詳しくは自分の他の著書を読めときます。社会や政治などに関しても、かなり好きなことを言っています。
 著者は、構造主義生物学を標榜して、ネオダーウィニズムや社会生物学を目の敵にするのを趣味にしています。ただ、問題にされているのは、いわゆるネオダーウィニズムや社会生物学内部でも問題にされてる点ばかりで、対決姿勢を売り物にするか否かの違いでしかないと思います。確かに、”機能は構造に影響を与えない”てな主張は、ネオダーウィニズムとは相容れないかもしれないけど、あとはそれほど違いがあるとは思えません。
 また、ここで描き出されるネオダーウィニズムや社会生物学像は、あきらかにゆがんでいて、著者が自分が攻撃しやすい仮想敵を作っているとしか思えません。

 と、悪口めいたことを書きましたが、けっこうおもしろいことが書いてあるので、その著書はおおむね愛読してたりします。わざとらしいネオダーウィニズムや社会生物学との対決姿勢が、鼻にはつきますが‥。でも、他人に薦めれる本ではありません。

●「カラス、なぜ襲う−都市に棲む野生−」松田道生著、2000年、河出書房新社、1600円、ISBN4-309-25126-9
2000/6/1 ★★

 関東とくに東京の状況を中心に、都市で生活するカラスの生活を紹介している。最近、都市のカラスに多少ともふれた本がいくつか出版されているが、文句なしに一番の内容だと思う。とくに必ず引用先を明示し、できる限りデータに基づいて話を進めようとする姿勢に好感が持てる。また、いろんな文献が引用されているので、さらにカラスについて調べるにも役に立つ一冊。とくに、「第三章 カラスは増えたか」での、”カラスの個体数の増加とゴミとの関係”、”カラスの死骸の行く末”、”野生動物への餌付けの問題”といった議論は、とても面白かった。カラスの生態のみならず、都市の自然に興味のある人には、一読の価値がある。
 ただし、関西人としては、議論が東京の状況に終始している点がとても気になる。たとえば大阪の都市部に、東京ほど多くのカラスがいない理由は、夜のうちに生ゴミを回収するから、でいいとして。大阪でも、ドバトやネコに餌を与える人は多いのに、東京のようにカラスが人に近づいてこないのは?とか。大阪でも、人の多い公園の樹の上でカラスが盛んに繁殖しているのに、繁殖期に人を襲わないのは?とか。大阪の状況と比較しながら研究をすれば、もっとカラスを理解できるのでは?

●「ファイトフェルマータ−生物多様性を支える小さなすみ場所−」茂木幹義著、1999年、海游舎、2400円、ISBN4-905930-32-4
2000/4/22 ★★

 ファイトフェルマータとは、植物(ファイト)の穴(フェルマータ)のこと。ここで扱われるのは、生きてる死んでるを問わず、植物体(の穴)にたまった水たまり(葉っぱや落ちた実も含まれる)。この小さな樹上の湿地も、南米の熱帯雨林では1ha当たり50立方mにもなり、全部合わせれば馬鹿にならない大きな湿地になるという指摘が印象的だった。
 この本では、竹の切り株、樹洞、竹の中、タロイモの葉腋、ショウガの花、ウツボカズラ、サラセニア、とさまざまなファイトテルマータとそこの住人が紹介される。同時に、随所でカを中心とする双翅類の研究の現状を垣間みることもできておもしろい。最後には、生物多様性を守る意義についてまで議論が及ぶ。
 種名がリストアップされるのではなく、そこで繰り広げられるさまざまな生物間相互作用が示される。単にあまり知られていない生物の生息場所を紹介したに留まらず、群集生態学の研究の上でいかに興味深い対象かがよくわかる。ところで、13章で紹介されているHeard(1994)の加工連鎖共生(processing chain commensalism)ってゆうのは、初めて聞いた。棲み込み連鎖を棲み場所以外にまで拡げた、と同時に特殊なinteraction modificationみたいでおもしろかった。
 で、読み終わってすぐにそこらのファイトフェルマータを覗いてみよう、と思ったけど、残念ながら双翅類の幼虫はさっぱりわからないし…。双翅類の幼虫図鑑も出してもらえないかな。

●「水辺環境の保全−生物群集の視点から−」江崎保男・田中哲夫編、1998年、朝倉書店、5800円、ISBN4-254-10154-6
2000/4/22 ★★

 鳥・淡水魚・カエル・水生昆虫・淡水貝・水生植物の研究者13名が、ため池・水田・用水路・河川に生息する生物とその生活を紹介している。さらに、近年のこういった水辺環境のどのような改変が、生物の生活の脅威になっているかが指摘される。場合によっては、これからの保全の戦略についての提案も行われている。
 ため池・水田・用水路は、稲作という人間活動によってつくられた環境であり、つい近年までそういった環境が多様な生物相を維持してきたことが、さまざまな生物群で繰り返し示される。現在、ため池と水路、水路と水田、水田と周辺の里山、といった連続性の分断が、こういった環境に住む生物にとっての脅威となっている。とくに淡水魚とカエルにとって問題は深刻。
 一方、河川は人がつくりだしたわけではなく、もともと存在した環境。ここでは、人間の手による河川改修のあり方がおもに問題とされる。最近流行の他自然型工法も、鋭く突っ込まれている。
 とくに水田周辺の水辺環境を考える上で、とても参考になる本。類書もないし、関係者は必読。河川の部分に関しては、類書もあるし、内容もまあこんなもんかなって感じ。それにしても、水田でも河川でも鳥はあんまり深刻さが感じられない。移動力があって、環境の改変にも強いからでしょうか。それでもカエルや淡水魚が減れば、もっと影響を受けててもよさそうなのに…。

●「カラスがハトを黒くする? 生き物たちの近況報告39話」柘植達雄・NHK「都会の自然誌」取材班編著、1994年、情報センター出版局、1200円、ISBN4-7958-1562-3
2000/2/3 ☆

 首都圏のNHKで放映された「都会の自然誌」という番組の製作スタッフが、取材内容をもとに書き下ろした本だそうな。近年の変化を中心に、さまざまな都市の生き物が紹介される。さまざまな分類群のトピックを扱っているのはいいけれど、全体に突っ込みが足らないし、データも少ない。生物のことをあまり知らないジャーナリストが、限られた取材を元に書いたという感じ。
 鳥関係の話題は、「東京で増加するハシブトガラス」「カラスの捕食圧によって黒くなるドバト」「よくわかっていないオシドリの生態」「都市鳥化したメジロ」「東京に定着した移入種ワカケホンセイインコ」「都市鳥化しつつあるカワセミ」「ハクセキレイとセグロセキレイの交雑」「異常繁殖するユリカモメ」「糞で樹を枯らすカワウ」「コロニーが次々と失われているコアジサシ」てなところ。
 取材相手の単なる憶測を、まるで事実であるかのように載せてある箇所があるのが、気になる。特に気になる点を二つ、
・大阪と東京のドバトの模様を比較して、東京のドバトに黒い個体の割合が高いのはおもしろい結果だが、その原因がカラスの捕食とは限らない。カラスによるドバトの成鳥への捕食圧を明らかにしないと(巣での卵やヒナへの捕食は関係ない)。それから大阪のカラスの集団ねぐらとして、茨木市と枚方市の2ヶ所しかあげずに、大阪のカラスの個体数を推定しているが、ねぐらの数もカラスの個体数もこんなに少ないはずはない(大阪のカラスの集団ねぐらについてはこちら)。もう少し真面目に取材すればこんなことにはならなかったはず。
・ハクセキレイとセグロセキレイの中には、どっちの種かよくわからないケースがあるのは確かだが、それが2種の交雑によって生じているかどうかはわかっていない。個体変異の範囲内と見なすこともできる。

●「エイリアン・スピーシーズ −在来生態系を脅かす移入種たち−」平田剛史著、1999年、緑風出版、2200円、ISBN4-8461-9914-2
2000/1/16 ★★

 1章から5章では、小笠原のヤギ、沖縄本島のカメ、京都市深泥池のブラックバスとブルーギル、北海道のアライグマ、奄美大島のマングース。人間の手によって本来いないはずの生物が持ち込まれた時、在来生態系にどんな影響がでるのかを、各地の実例を基に紹介している。6章では、今まですべて河口で捕獲されていた北海道のサケの一部が、近年捕獲されずに遡上できるようになったことを、河川へのサケの再導入として。7章では、北海道のオジロワシのまさに再導入を紹介している。
 いろいろとデータを用いて(紹介されている例は比較的研究が進められているケースが多い)、フィールドでの調査風景を挿入しつつ紹介されていく。とても読みやすいが、扱われている問題はとても深刻。著者は、移入種による在来生態系への影響を押さえ、同時にこれ以上移入種問題を起こさないための管理システムの一刻も早い確立を訴えている。
 全体を通じて、著者の考えがはっきりあるのだが、著者にとっても社会的にも答えの出ていない(あるいはない)問題も多い。そんな場合は、問題を吟味しながらも、あえて無理に答えを出さないという姿勢は好感が持てた。
 在来生態系を守るために移入種を駆除しようとすると、可哀想という声が出て、なかなか進まないという。駆除は可哀想と言う前に、この本を読んで、一体だれが悪いのか、これからどうしたらいいのかを考えてみて欲しい。そして飼いきれなくなったペットを放してしまう(あるいはペットを飼う)前に、レジャーや害虫/害中駆除のために移入種を放す前に、それがどんな結果を生むか考えてみて欲しい。

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