自然史関係の本の紹介(2024年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
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●「パンダはどうしてパンダになったのか?」方盛国・王?他著、技術評論社、2023年6月、ISBN978-4-2971-3533-1、1400円+税
2024/4/24 ★

 中国奥地の島のように孤立した6大山系にのみに生息し、推定2000頭にも満たない生息数といったジャイアントパンダの現状を簡単に紹介した後、ジャイアントパンダの進化の歴史がたどられる。
 数100万年前、キツネ大の肉食動物だった始パンダ。それが氷期を境に、ピグミージャイアントパンダに入れ替わり、70万〜50万年前には巨大なアイルロポダ・バコーニが現れた。この間に、肉食性から雑食性を経て草竹食になり、同時に体が大型化していった。一番反映した時代、アイルロポダ・バコーニは黄河流域と長江流域に広がっていたという。しかし、約20万年前、再び氷期が訪れ、アイルロポダ・バコーニの大部分は絶滅し、秦嶺山系の個体群だけが生き残り、それが現在のジャイアントパンダに連なる。
 温暖な時代に少し分布を拡げたジャイアントパンダは、約1万年前の寒冷な時代に試練を受け、秦嶺と四川省の2ヶ所にだけ生き延び、今や2つの個体群は別亜種に分化している。
 氷期の絡んだジャイアントパンダの系統進化と分布の変化は面白い。ストーリーとタイトルもフィットしている。しかし、進化の説明が気になる。曰く「急速な進化で新しい生存環境に適応するために自らを変化させたのです」。自らの意志で進化したかのような説明はやめてほしい。


●「恐竜の復元」犬塚則久文・廣野研一絵、福音館書店たくさんのふしぎ2023年12月号、700円+税
2024/4/24 ★

 恐竜の復元を、過去と現在で対比して、その歴史の一端を紹介する一冊。
 まずは脚の付き方が、ワニ型からサイ型に変わったこと。そして、近年で一番大きな変更点である、尻尾を垂らしたゴジラ型から、尻尾を後ろに伸ばした現在のスタイルへの変更。
 目の付き方から、肉食獣と草食獣を判断でき。口先の形から樹上の葉っぱを食べるか、地面の草を食べるかの評価できる。三半規管の角度から頭の角度を検討。何を根拠にどう復元されたかが判るページは面白い。ケン竜の背中の板にカバーが付いていたことになった理由はなんだろう?

 半ばのパートが、哺乳類と恐竜の類似で話が進む。かつては爬虫類をベースに復元されていた恐竜が、現在は哺乳類ベースの復元になんどなく変わったかのように読まれないかが気になった。
 腰の関節の形から、脚の付き方の考え方が変わり、尻尾を垂らした形の復元からの現在の復元につながった。脚の付き方からして、哺乳類との比較の方が理解しやすい。という流れが、必ずしも明記されていないけど、子どもは理解できるのかな?


●「死んだ動物の体の中で起こっていたこと」中村進一著、ブックマン、2023年12月、ISBN978-4-89308-965-6、1800円+税
2024/4/23 ★

 獣医病理医の著者は、開業医と研究者の中間的なスタンスで、死んだ動物を病理解剖して、その死因を追求する。その経験を中心に、学生時代の思い出話を織り交ぜて、20篇のエッセイが収められている。
 個々のエッセイは、内容はさておくと、病理解剖の必要性を訴え、正しい飼育方法を普及する、といった観点での教訓話に落とし込まれていることが多い。
 内容は、ゾウの腸が膨らみまくるとか、正体が分からないほどになった疥癬タヌキとか、ロードキルの話など、ホネホネ団的には、よく知ってる話題が多い。正しい飼育方法の話題は、ペットを飼育していれば知っていそうな話題が多く、むしろ知らずに飼ってる人がいろいろ出てきて驚いた。ただ、ヘビとカメ、ウサギとモルモットを一緒に飼わない方がいいというのは知らなかった。ネコの室内飼いを推奨する一篇はとてもよかった。
 この本で一番印象的だったのは、ホネホネ団と近くて遠い獣医病理医の仕事と指向性。「さまざまな動物の組織標本を保管する博物館」をつくるのが、どこまで本気かは知らないけど著者の夢なんだそう。自然史博物館でよさそうな。さほどきっちりとは保管してないけど。そして動物とは、せいぜい脊椎動物だけのよう。
●「生命 最初の30億年 地球に刻まれた進化の足跡」アンドルー・H・ノート著、光文社文庫、2023年9月、ISBN978-4-334-10049-0、1800円+税
2024/4/21 ★★

 。
●「日本の動物絵画史」金子信久著、NHK出版新書、2024年1月、ISBN978-4-14-088713-4、1350円+税
2024/2/7 ★

 古代から近代までの日本の動物絵画が、おおむね時代順に紹介される。宗教的な意味合いで描かれることが多かった絵画だったが、やがて楽しむため鑑賞するための絵画が盛んに描かれるようになっていく。その中で、“可愛い”絵の歴史が、重要なテーマ。
 第1部は古代と中世。古代は、古墳に描かれた竜や虎にはじまり、正倉院の宝物や仏画を経て、平安時代の鳥獣戯画が大きく取り上げられる。中世、鎌倉時代では、涅槃図や禅宗の水墨画。あいかわらず竜や虎がよく取り上げられる中で、可愛いサルの絵も登場する。
 第2部は近世、すなわち安土桃山時代から江戸時代。狩野派、応挙、宗達、蘆雪、若冲とメジャーどころがいっぱい出てくる。リアルな図鑑的な絵のルーツもこの時代。栗本丹洲や奥倉魚仙の魚の絵。実物を見て描いてるのだろう。桂川甫賢の「山猫図説」は全体に上手なのだが、目だけが変。生きてる様子は見てないのかも。毛利梅園のトキはメチャメチャで、何見て描いたのか逆に気になる。この時代で一推しは、円山応挙。虎の絵メッチャうまいな、でも目だけがイエネコかよ、って思ったら、毛皮をデッサンしてから描いたんだそう。生きたのを見たことがないので、目がイエネコなのはやむを得ない。宗紫石や司馬江漢の鳥の絵も許せる範囲。あと、与謝蕪村のタンチョウの絵はかなり良い一方、リアルな絵が売りらしい森狙仙の絵が異様に気持ち悪い。実物見て描いてるらしいのだけど、とくに顔が変。単に下手なんじゃ?
 第3部は近世から近代。長沢蘆雪が登場。応挙の弟子で、応挙の絵をベースに描いてるという理解でいいのかな。そして子犬などの可愛い絵がいろいろ出てくる。やはり応挙はうまい。蘆雪はその流れって感じ。絵が下手と思った森狙仙は、ニホンザルの絵だけは上手い。野生のサルを観察して、その真似をしまくったのだそう。あとは伊藤若冲のニワトリが上手だな。と思ったら、庭に飼ってデッサンしていたそうな。やはりちゃんと観察して描いたのは判る。
 軽くしか紹介されないけど、近代のみなさんは、ちゃんと実物見て描くのが当たり前なんだろう。みんな上手。
 ちなみに著者は、あまり哺乳類や鳥に詳しくないらしく、変な絵をしばしばリアルと評価してると思う。
●「もしも世界からカラスが消えたら」松原始著、エクスナレッジ、2023年12月、ISBN978-4-7678-3237-1、1600円+税
2024/3/11 ☆

 鳥全体について知識豊富な、ご存じカラス博士が、もしもの設定で、楽しくカラスがいない世界を考える。
 第1章は、生態系からカラスが消えたら。スカベンジャーの役割の話。第2章は、生物の進化史からカラスが消えたら。おそらく代役が活躍するだろう。ってことで代役探しになる。近縁な種・グループ、スカベンジャー系、果実を喰う雑食性の鳥(大型化してもらう)、器用な感じのインコ・オウム(雑食化してもらう)などと検討して、果たして黒くなるかなぁ。で終わる。ここまでは、まだ生物学畑。
 第3章は、人間社会からカラスが消えたら。各宗教でのカラスの扱いを見渡し、文学やエンタメに登場するカラスを紹介し。“カラス”というフレーズが消えたら、学問からカラスが消えたら。もはや妄想は止まらない。
 第4章は、第2章に戻った感じで、カラスの代役オーディション。スカベンジャーとして、種子散布者として、都市生活者として、頭がいい鳥として。マルチプレーヤーのカラスの代役を立てるのは難しそうって話。

 面白いといえば面白いし、勉強になる部分もあるが、この本を読むよりは、カラス博士の他の本を読むべきだと思う。なので勧めない。他をだいたい読んで、カラス博士ファンになったら、是非どうぞ。
●「野生動物学者が教える キツネのせかい」塚田英晴著、緑書房、2024年1月、ISBN978-4-89531-938-6、2200円+税
2024/3/3 ★

 キツネの研究者が、キツネについて紹介した一冊。
 第1章は序章で、キツネのイメージについて。日本の昔話のキツネ、化ける話、狐火、お稲荷さん。西洋のずるがしこいキツネ。アニメに出てくるキツネ、映画のキツネ。『キタキツネものがたり』は懐かしい。
 第2章は、キツネのキホン。分類、分布。巣穴と都会暮らし。キツネの一生。形態、鳴き声、ギンギツネ。視覚、聴覚、嗅覚。ギンギツネとアカギツネの子どもを十字ギツネと呼ぶとは知らなかった。キタキツネとホンドギツネの見分け方も載っている。
 第3章は食性。何を食べるか、狩りの仕方、他の食肉類との関係。第4章は社会行動。つがい形成・関係、繁殖行動、ヘルパー、子別れ、分散、なわばり。
 第5章は、エキノコックスの話。もともとアジアにはいなかったが、アラスカのキツネを千島列島に持ち込み、それが北海道にまでもたらされた外来生物という解説。知多半島での定着状況も紹介されている。
 第6章は、キツネと人の関係。害獣としては、ニワトリなどを襲うだけでなく、トウモロコシなど甘い農作物が狙われるとか。交通事故や餌付けの問題。最後には、家畜化実験にも少し触れられている。

 とにかくキツネについての色んなことが一通り紹介されている。キツネについて何か調べたい時には、とても便利な一冊。ただ、事実を淡々と述べていて、エピソードに乏しく、読み物としては今一つ。
●「ダーウィンの呪い」千葉聡著、講談社現代新書、2023年11月、ISBN978-4-06-533691-5、1200円+税
2024/3/1 ★★

 著者によると、“ダーウィンの進化論”が世に広まった後、現代に至るまで人類は3つの呪いにさらされているという。“進歩せよ”という「進化の呪い」、“生き残りたければ努力して闘いに勝て”という「闘争の呪い」、“自然の事実から導かれた人間社会も支配する規範だから逆らっても無駄だ”という「ダーウィンの呪い」 。この本は、歴史を溯って由来を紐解き、少しでも呪いの効果を和らげようとする試み。
 第1章では、ダーウィンの自然選択に基づく進化論の大きな特徴として、進化に方向性がないことに注目する。その点で、当時すでに存在した進化理神論(神の計画に従って生物は展開・進化していく)や、獲得形質の遺伝を重視したラマルクとは大きくことなる(どちらもより高みを目指す進化を想定)。しかし、最初、“進歩”という意味合いを含んだevolutionという語を使わなかったダーウィンも、やがてevolutionの語を受け入れたため、進化に方向性があるかのような誤解がされやすくなった。
 第2章のテーマは、だれが“適者生存”という語を言い出したのか。適者という語が、最良の資質を持つ個体と誤解され、進化論が道徳の基礎を提供できるかのような誤解がもたらされた。ちなみに社会ダーウィニズムの文脈で悪役にされがちのスペンサーは、実際には自由と個人主義を重視する進化理神論者で、個人の努力で社会は発展し、平和な共存社会が生まれるという理想主義者だったらしい。人種差別や帝国主義を推進した人物ではなかったという。
 第3章、あまり『種の起源』は売れなかったが、大衆はそれを解説したサイエンスライターの文章によって不正確な進化論を知ることになる。HGウェルズの『タイムマシン』は方向性のない自然選択によって、ヒトが進化した未来を描いた小説だったという。
 第4章、「最も強い物が生き残るのではない。最も賢い物が残るのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である。」というのがダーウィンの言葉として引用され、企業経営者たちのお気に入りだったりするらしいのだが、これもまたダーウィンの発言ではないという。そして“生き残るのは助け合う者”と使ったのが、アナーキストであるクロポトキン。
 第5章は、自然選択vs獲得形質の遺伝の対立。ヴァイスマンとスペンサーの激突。直接対決はどうも自然選択派の分が悪かったようだが、その後の実験の結果、獲得形質の遺伝は否定されていく。
 第6章は、自然選択vsメンデル遺伝学の対立。今ではどうして対立するのかが判らないけど、当時は激しく対立していたという。両者をまとめて進化の総合説をつくりあげたのが、RAフィッシャー。

 ここまでは、現代にも残るさまざまな呪いを振りまきながらも、自然選択説が広まり、メンデル遺伝学と結び付いて、進化の総合説ができるまで。いわば輝かしい歴史。以降の章は、本当のダークサイド。優生学の闇が語られる。

 第7章、ヒトラーのホロコーストのお手本は、合衆国の優生思想に基づく、人種差別政策であったという衝撃の話から始まる。そして、優生思想は『種の起源』が出版された時に溯る。
 第8章、1920年代前後まで、時代は優性思想に席巻されていたという。進化に関わる著名は研究者も優生運動を支持していたという。英国で強制不妊手術などの法制化をかろうじて阻止したジョサイア4世の演説が、とても格好いい。「この法案には人権が人類の利益に優先するという視点が欠けている」「私たちの目的は、何よりもまず、あらゆる人のために正義を確保することである。」今の政治家にも聞かせたやりたい。
 第9章、一方、1920年以降も、合衆国やドイツでは優生思想が跋扈し、優生思想に基づく施策を進められた。1933年のドイツの国家不妊手術法をつくった際、合衆国で褒め称えられもしたという。
 第10章、そもそも優生思想は、プラトンやアリストテレスの時代から存在し、スパルタでは強固に推進された。第二次世界大戦後、表だった優生思想はみられなくなったが、人為的に人類の遺伝子プールに手を加えようとする試みは、さまざまに生き残っている。
 第11章、オリンピックも当初は人類の資質を向上させようとする優性思想に基づく取り組みだった(今は違う。むしろ商業主義的だったりして)。かつて優生思想を支持していたのは、リベラルで進歩的で、科学に関心を持ち、道徳的な人達だった。それは、この本の読者によく当てはまるはず。優生思想は、けっして他人事ではない。
 第12章、ゲノム改変が可能になった現在、新たな形の優生思想が生まれる恐れがある。果たして、遺伝子疾病の治療を超えた遺伝子強化は許されるのか? 遺伝子強化が個人の選択で行われるのであれば、優生的な事柄ではない。しかし、そこには容易に優生思想が、人類の資質向上といったお題目が付いてくる恐れがある。

 ダーウィンの進化論は、かなり初期からダーウィンの手を離れ、さまざまな人々によって、本来の理論をかなり無視して利用されてきたことが判る。現在残る3つの呪いは、ダーウィン以外の者達が、ダーウィンの進化論の名を借りて、自分の主張を通そうとした残滓に過ぎない。
 と判れば、もう呪いは怖くない。しかし、いまも一皮剥けば誰でも持ってそうな優生思想は、かなり怖い。
●「招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠」千葉聡著、みすず書房、2023年3月、ISBN978-4-622-09596-5、3200円+税
2024/2/28 ★★

 化学物質を用いて害のある生物を防除する化学的防除。外来の害虫や雑草を防除するために他所から天敵を導入する(伝統的)生物的防除。本書では、19世紀以降、欧米とオーストラリアを中心に、化学的防除と生物的防除の綱引きの歴史が描かれる。とくに、生物的防除が生んだ闇の歴史的な経過を紹介した一冊。生物的防除は、よほど慎重に行わないと外来生物問題を引き起こすので、哀しく暗い結末になるのが約束された本。ただ、その経過を知ると、話はそう簡単でもないことが判る。そして、いまだに闇が続いていることも…。

 第1章は、『沈黙の春』(1962年)から始まる。18世紀から殺虫剤・殺鼠剤が使用されていたが、19世紀に入って、その規模が拡大。『沈黙の春』はその問題点を、「自然のバランス」が破壊されると指摘。そして、外来の天敵を導入して有害生物の発生を抑える「伝統的生物的防除」を大きく取り上げた。その初期の大きな成功例が、イセリアカイガラムシの天敵として導入されたベダリアテントウであった。それは合衆国のライリーによる成果だった。
 第2章、時代は遡って、19世紀前半、イギリスの科学者バックランドは、食べられるものは何でも食べ、飼えるものは何でも飼ったという。国民の食生活を改善するため、新しく有用な動物を導入する活動を行った。その息子は、“順化協会”を通じて、あらゆる生物をイギリスに、そして世界に導入・順化・定着させて、資源を増加させようとした。アメリカにイエスズメやホシムクドリが導入されたのも、この流れ。
 第3章、19世紀後半、イギリスのロビンソンは、“ワイルド・ガーテン” で一世風靡する。それは在来植物で壊れる前の自然を再現することなのだが、在来植物にはイギリスの野外で生育できる外来植物も含まれていた。
 第4章、19世紀後半のカリフォルニア州のライリーは、第2のベダリアテントウを見出すべく、ケーベレをオーストラリアへ派遣するが失敗。ケーベレは、とにかく天敵っぽいのをどんどん導入してしまえ!という主義。その後、ハワイに移ったケーベレ一派は、ハワイの在来生態系を破壊しまくることになる。ケーペレの後、20世紀になる頃、オーストラリアに派遣されたのが、コンペア。詐欺師と呼んでよさそうな。
 第5章、再び19世紀終わりから20世紀初め、今度はオーストラリア。雑草化して大問題になっていたウチワサボテンを、原産地由来の天敵昆虫を導入して駆除しようとしたのが、トライオンだった。相棒と2人で、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米と世界を回って、ついに有望な天敵カクトブラスティスを見つけ、オーストラリアに導入し、見事ウチワサボテンの駆除に成功する。
 第6章、20世紀前半のハワイ、サトウキビを食害するコガネムシを駆除するために持ち込まれたのがオオヒキガエルだった。効果がなく、有害であるという意見もあったのが、押し切られたのが残念過ぎる。
 第7章、マーラットはナシマルカイガラムシの天敵を探すために、明治維新直後に来日する。そこで描かれる日本は、今とはまったく違う別の世界のよう。結局、日本はナシマルカイガラムシの原産地でないことが明らかになる。日本から合衆国にサクラが送られるところで、検疫というシステムが導入される。その賛否両論にも時代を感じる。この章までは歴史的経緯の紹介の側面が強い。
 第8章、生物的防除を支える原理として注目された「自然のバランス」。ニコルソン&ベイリーのモデルをはじめとして、20世紀前半の生態学の進展に、生物的防除が少なからず関わっていることが紹介される。この章からは、現在につながる生態学的・保全的テーマが中心になる。密度依存な効果で個体群が制御されているかという議論の背景を初めて知ったかも。
 第9章、意図せざる結果。オーストラリアに導入されてウチワサボテン駆除に貢献したカクトブラスティスは、やがてウチワサボテンの原産地や産業利用している国々に侵入し、在来種を危機に陥れ、食糧生産を妨害することに。外来のジャコウアザミの防除のために合衆国に導入されたゾウムシは、在来アザミとそれを利用する昆虫相を危機に陥れ。
 第10章は、著者の専門の貝類の話。外来生物アフリカマイマイ対策のために、持ち込まれたキブツネジレガイは役に立たなかった。その後、貝類研究者の反対を押し切って、ハワイやポリネシアなど太平洋の島々に導入されたのが、ヤマヒタチオビ。ハワイマイマイ類やポリネシアマイマイ類といった固有種の多くを絶滅させてしまった。それに懲りずにさらに導入されたのが、ニューギニアヤリガタウズムシであった。
 第11章は、小笠原諸島父島でのニューギニアヤリガタウズムシとの戦いが敗北に終わり、父島の野外から固有のカタマイマイ類が絶滅してしまった著者懺悔の章。

 生態学が未発達の20世紀前半までであれば、外来生物問題という概念はなく、外来生物を持ち込んだ人達は、それぞれに正しいことをしていたのだろう。むしろ当時でも問題点を指摘していた人達の慧眼に驚く。とはいえ、ケーペレがいなければ、ハワイの固有種はもっと残っていたんじゃないかと思うと残念な気持ちになる。代わりに強い薬剤が撒かれまくって、別の絶滅が起きただけかもしれないが。
 外来生物をむやみに持ち込む問題点は、40年前にはとっくに明らかだった(少なくとも生態学を学ぶ学生にとっては)。しかし、その後もろくに安全策をとらずに、次々と新たな外来の天敵が導入され続けていたことは、本当に残念。研究者の反対を押し切って、導入が行われ続けたことは、憤懣やるかたない感じ。

 全体的には知ってる話ではあるが、知らない・気付いて無かった側面もいろいろあって、勉強になった。天敵を導入する際、どうやれば定着するか、ターゲットの個体群を制御できるかが問題になる。というのは、とてもプロパーな生態学的課題。これが個体群生態学の出発点だったのか。ながらく続いていた密度依存などに関わる論争の原点をようやく知ったというか。そして、導入した際の定着条件って明らかにまだなってない気がする。明らかになれば、外来生物問題にも使えるのに。
 大発生して問題になる植物や昆虫は大抵外来生物。だから、原産地での天敵を導入するという理屈は気付いて無かった。確かに問題になってる昆虫や植物は外来生物が多い。でも、ハブや農業被害を起こす鳥獣は、在来のも多い。在来の昆虫や植物が、あまり農業被害を起こさないのはどうしてかな? それこそ天敵に制御されてる?

●「人類を熱狂させた鳥たち 食欲・収集欲・探究欲の1万2000年」ティム・バークヘッド著、築地書館、2023年37月、ISBN978-4-8067-1647-1、3200円+税
2024/2/13 ★

 新石器時代の洞窟の鳥の壁画に始まり、現在に至るまで、イギリスあるいは西欧周辺を中心に人と鳥の関わりを紹介する。原題「Birds and Us」。科学的要素もあるけど、どちらかといえば歴史の話。
 第1章は、スペインのエル・タホ洞の壁画に描かれた鳥の絵。第2章は、古代エジプトの鳥。ミイラに墓壁にさまざまな鳥との関わりが残されている。
 第3章は、古代ギリシャのアリストテレスと、ローマのプリニウス。ともに科学の祖ではあるが、その記述には多くの間違いが含まれる。第4章は、ヨーロッパの鷹狩りの歴史。11世紀のバイユー・タペストリー、13世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒII世の『鷹狩りの書』。当時、鷹狩りがステイタスに繋がり、王侯貴族がずっとタカを連れていたという話は、本当かなと思うほど。
 第5章はルネッサンスの時代。解剖に基づいて鳥を理解しようという動きが始まる。第6章、17世紀になるとケンブリッジで「科学革命」 という動きが起き、客観的事実を伝説から分けようとする動きが始まる。そして、最初の鳥類百科事典『ウィラビーの鳥類学』 が刊行される。その頃、アメリカ大陸では、ヨーロッパ人による現地のさまざまなものの搾取が起きていた。そして、新大陸での鳥利用、中でもステータスとしての羽根利用がヨーロッパに伝わる。
 第7章は、フェロー諸島、そしてセント・キルダ諸島の鳥猟と、鳥を利用した暮らしが紹介される。主食が鳥という暮らしはかなりのインパクト。
 第8章、19世紀『セルボーンの博物誌』にはじまり、ダーウィンへ。この頃、鳥を飼育する趣味が定着する。第9章は、タイトルも“殺戮の時代”。19世紀は、卵や剥製などのために多くの鳥が殺された時代。科学は殺戮の言い訳に利用され、博物館は殺戮を推進したという指摘。
 第10章、舞台はイギリス。20世紀に入った頃から、殺さない鳥類研究が始まり、バードウォッチングという趣味も始まった。それを最初に推進したエドマンド・セルース、そしてH.E.ハワード。1907年には、観察に基づく研究を報告するを旨とする『British Bird』が創刊される。1938-1941年には『The Handbook of British Birds』が敢行され、鳥類標識調査も始まる。
 第11章、鳥類の生態や行動研究の初期から現在の話。ドイツのハインロート夫妻、シュトレーゼマン、ティンバーゲン、ローレンツ。そしてイギリスのラック。勢いで、行動生態学や利己的遺伝子まで。間はかなり飛んでいる。
 第12章、著者の専門である海鳥を中心に、オオウミガラスの絶滅、そして鳥類保護の始まり。最後は気候変動にも触れる。

 正直言って、第7章以降が、面白かった。バードウォッチング、鳥類標識調査、鳥類保護。イギリスが発祥で、断片的にその歴史は知っていても、それがどんな時代背景で生まれてきたかは知らなかった。どれも思っていたより歴史が浅いという印象。行動学はともかく、鳥類の生態学研究も考えてみたら、20世紀になってからここまで盛んになったんだな。と再認識。


●「日本人はどんな肉を喰ってきたか? 完全版」田中康弘著、ヤマケイ文庫、2023年6月、ISBN978-4-635-04967-2、1050円+税
2024/2/7 ★

 フリーカメラマンの著者が、西表島から礼文島まで、日本各地の猟の現場に赴き、猟の実際やその後の肉を喰らう場を紹介した一冊。民俗学的な側面が強い。
 登場するのは、西表島のリュウキュウイノシシの罠猟、宮崎県椎葉村のイヌを使ったイノシシ猟、大分県佐伯市のシカを罠で捕って出すレストラン、大分県長湯温泉で罠で捕れたアナグマを食す、高知県安芸市のミカン畑でのハクビシン駆除、石川県のカモ撃ち、滋賀県のシカの罠猟、長野県南佐久郡のイヌを使ったシカの罠猟、神奈川県丹沢でとれたイノシシのモツ料理、秋田県阿仁の阿仁マタギのツキノワグマ猟・ウサギ猟、礼文島のトド猟。
 多くの場合で、猟に同行させてもらい、実際の猟の様子を描く。それと同じかそれ以上に、その後の獲物の解体と、食事風景が描かれる。肉の解体の流儀が判るし、他の人やイヌと肉を分ける様子も興味深い。
 ただ、しばしばあちこちで、生肉を喰ってる。成り行き上、著者も喰ったりして、腹壊したりしてる。旨いんだろうけど、衛生上はちょっと怖い。と思ってたら、一番最後にこのような断り書き。「野生鳥獣肉には人畜共通の各種ウイルスや寄生虫、細菌などを保有し、加熱不十分で食べると食中毒を引き起こす恐れがあります。野生鳥獣肉の生肉に関する記述がありますが、ご自身で食す場合は必ず中心部まで確実な加熱をお願いします。」
●「大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた世界」岡野原大輔著、岩波科学ライブラリー、2023年6月、ISBN978-4-00-029719-6、1400円+税
2024/2/4 ★

 ChatGPTで何ができるか。という話だけでなく、ChatGPTはじめとする大規模言語モデルが、どのように生まれたのか、そしてどんなリスクを抱えているのかを紹介した一冊。
 序章と第1章は、大規模言語モデルで何ができるか。どっちかと言えば、明るい話題。
 第2章は、大規模言語モデルの大きな問題が紹介される。存在しない情報を創り出してしまう「幻覚」。新しいことを覚えると以前覚えたことを忘れたり壊してしまう「破滅的忘却」。それにも絡んで、プライベートな情報が間接的に公開されたり、変な価値観や偏見にまみれた意見を採用してしまったり、本人証明が難しくなったり、課題も多い。
 第3章は、いまだに機械学習で、言語学習のプロセスは明らかになっていないこと。
 第4章と第5章は、大規模言語モデルが登場するまでの歴史的経緯。シャノンの情報理論をきっかけに、訓練データを与えて、ある言葉の次にどんな言葉がくる確率が高いかを考える言語モデル。訓練データとモデルサイズを大きくして判ってきた「べき乗則」。投入する訓練データとモデルサイズを大きくすればするほど、改善される言語モデルの性能。
 第6章は、いろんな単語が簡単に説明される感じ。背景にある法則やルールの理解して、未知のデータでも予測する汎化。 ディープラーニング、注意機構、本文中学習、目標駆動学習。説明が少ないので、急に難しくなる。

 難しい内容を、数式を使わず、やさしく説明しようとしてくれてる。全部理解できた訳ではないけど、なにかしら大規模言語モデルがどういうものかは判ってくる。
●「クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等」姉崎等・片山龍峯著、ちくま文庫、2014年3月、ISBN978-4-480-43148-6、840円+税
2024/2/2 ★★

 アイヌ民族最後のクマ撃ち、姉崎等氏。1923年にアイヌ民族とニホン民族との間に生まれ、生きるために12歳で狩猟をはじめ、22歳から単独でクマ撃ちをはじめた。それから45年の間に60頭のクマを獲る。その後はクマの防除隊や北海道大学のヒグマ調査に協力。2013年他界。
 この本は、映像作家であり、アイヌ語の著作も多い片山龍峯氏が、姉崎等氏からの聞き取りの内容をまとめたもの。インタビューは、2000年から2002年にかけて6回にわたって行われた。
 姉崎氏の経験に基づく、ヒグマの生態・行動についてのさまざまな情報、そして北海道の自然の変化についての情報が含まれている。が、全体的には姉崎等氏の生きた時代を記録したものであり、アイヌ民族やその狩猟文化の記録という、民俗学的意義の高い内容になっている。

 第1章は、姉崎氏の子ども時代からクマ猟をはじめた頃までの半生記。喰うために猟をはじめ、第二次世界大戦を背景に、シベリア抑留も経験したその内容は、時代は違うけど、なぜかゴールデン・カムイ的なイメージが強め。毛皮がそんなにいい収入になった時代というのは想像できない。
 第2章以降は、質問に対する答えという問答形式。第2章は、雪山に行く際の装備、携行食糧、寒さのしのぎ方、そして犬の仕込み方や、クマの追い方。とにかく冬の北海道の山に行くのに驚くほど軽装備で驚かされる。水に落ちた時の凍傷の防ぎ方(むしろ水に浸かったままにする)、体の温め方(とにかく火をおこす、そして背を温める)。常に持ち歩く杖エキムネクワが格好いい。クワを使って、さーっと滑り降りるというのがよく判らなかった。
 第3章は、長年のつき合いに基づく、ヒグマの姿が描かれる。基本的には植物食で、人間を怖がるというヒグマの姿は、かなり意外。
 第4章は、クマをはじめとして、獲物を獲った時のアイヌ民族の儀式、猟に関わる言い伝え、肉の分配、歌と踊りが紹介される。何度か見たことがあるという、魔性の鳥ケナシウナルペの正体が気になる。
 第5章と第6章が、タイトルに直接つながる。人が食われた事例が紹介され、ヒグマに対峙しても生き残った例が紹介される。基本的には、たちの悪いクマでなければ、出会い頭で出会わないようにするのが肝要。先に遠目に気付いたらクマが避けてくれる。もし、間近に出くわしてしまったら、とにかく逃げない。じっとして(腰を抜かしてもいいらしい)、目をそらさず、ウォーと大声を出す。もし可能なら、葉っぱの付いた枝でも、釣り竿でも、クワでも振り回す。大きなクマは、長年人と共存してきた個体なので、むしろ安全なんだそう。
 第7章と第8章は、人間の影響が大きくなった近年、クマがどんどん減り、それでいて人間との接触が増えている現状について。戦後すぐと比べると、山の様子は様変わりして、かつての豊かな山林の面影もないという指摘。北海道もそうなのか。その中で、クマの暮らしも変わってきているという。北海道の山林の生き物ですら、人間が改変した環境への適応が求められている。という視点は、とても鋭い。

●「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記」小池伸介著、辰巳出版、2023年7月、ISBN978-4-7778-2982-8、1500円+税
2024/1/13 ★★

 研究者になる気もなく、学生時代になんとなくツキノワグマの研究を始め、フンを集めまくり、そのままクマの種子散布の研究を続け、やがて一人前のクマ研究者として、学生を育てる立場になっていく。その成長の物語であり、研究者からみたツキノワグマの暮らしを紹介した一冊。
 第1章、野生動物の調査についていったり、昆虫研究会に入って昆虫採集したり、探検部で山歩きをしていた学生は、卒論のテーマにクマの食性解析を選んだ。で、山でクマのフンを探すも、最初はなかなか見つからず苦労する。第2章、ドラム缶トラップでクマを捕まえて追跡調査。 就職に失敗して大学院へ。
  第3章、引き続きクマの糞を集めつつ、102本の山桜を3ヶ月間パトロール。修論では、クマがヤマザクラを利用するタイミングを明らかにする。そして環境系NGOに就職するも、引き続きクマの糞集め。
 第4章、大学院の博士課程に舞い戻り、引き続きクマの種子散布研究。クマ牧場で、果実を食べた後、糞として出るまでの時間を計測。第5章、GPS首輪でクマの移動を調査。そして、種子散布者としてのクマの実体が明らかになる。大量に広い範囲に種子を運ぶクマは、随分優秀な種子散布者らしい。
 第6章は世界のクマ。よくにアメリカクロクマに会いに行った話。第7章は、新たな取り組みをいろいろ紹介。首輪にカメラを付けてのバイオロギング、クマ剥ぎの研究、毛の安定同位体による食性調査。ウンコだけを集めてた学生が遠くまで来たなぁ、と思わせてくれる。
 第8章はエピローグ。過疎化、シカの増加、街に出没するクマ。現在の山林の現状と、社会的な問題が触れられる。
●「夜のイチジクの木の上で フルーツ好きの食肉類シベット」中林雅著、京都大学学術出版会、2021年10月、ISBN978-4-8140-0356-3、2200円+税
2024/1/2 ★★

 丹波篠山の高校生が、人と自然の博物館のボルネオジャングル体験スクールに参加したのをきっかけに、ボルネオでシベットを研究すると決める。そして、大学院に進んで、本当にシベット研究に取り組んで苦労する話。
 第2章、修士過程で最初に取り組んだのは、パームシベットを捕獲しての追跡調査。が、思うように行かず、修論では観察データに基づいて、パームシベットの利用環境でまとめてクリア。
 第3章、 博士課程では、調査地をかえて、パームシベット、ミスジパームシベット、ビントロングを捕獲して、追跡を試みる。眠気と戦いつつの、果実をつけた樹での観察、夜の追跡調査の苦労話は面白い。オランウータンやサル類、サイチョウ類を含めた果実をつけた樹の利用パターンの比較。シベット3種の空間利用の比較。
 第4章、ポスドクでのテーマは、イチジク類の種子散布。ビントロング、テナガザル、オナガサイチョウの追跡を試みる。そして明らかになる3者の種子散布者としての特性の違い。腸が短く、歯が小さく、基礎代謝の低いビントロングは、イチジク類果実に依存して暮らし、なぜかイチジク類の発芽に適した場所にフンをする。ビントロングとイチジク類の不思議な関係が明らかになる。
 第5章は、事実上のエピローグ。アブラヤシプランテーションの問題。著者が取り組んでいる絵本の話など。

 著者はここに紹介したデータを論文にして投稿したら、データが少ないと言われた!と怒ってるけど、データは確かに少ないよなぁ、と思う。少ないデータで、ちゃんと修士論文と博士論文に仕上げたのは、著者の能力の高さだと思う。そもそもかけた時間の割りには取れるデータが少ない、効率の悪い研究だから、仕方ないかと。
  効率悪いから、ほかの人が取り組んでこなかったビントロングを追いかけ回したので、ここにあがったような独特なビントロングの生態を明らかにすることができた。複数のタイプの違う種子散布者を評価した研究もとても面白かった。

 シベットはジャコウネコのこと。ジャコウネコと呼ぶとネコの仲間と誤解されるから、シベットという呼び方を採用したとのこと。
 東海大学出版会の初期のフィールドの生物学シリーズを思わせる内容。ただ、祖父母とのエピソードがしばしば挿入されるところは、少し違う。現地の人とのコミュニケーションが、少しは出てくるけど、もっとあると良かったと、個人的には思った。
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