自然史関係の本の紹介(2022年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
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●「家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている」ロブ・ダン著、白揚社、2021年2月、ISBN978-4-8269-0223-6、2700円+税
2022/12/22 ★★★

 家の中には、我々の想像以上にさまざまな種類の生き物が暮らし、独特な生態系をつくり上げている。ほとんどの研究者すら見逃していた家という未知の生態系のフロンティアを探求するストーリー。
 17世紀、レーウェンフックは自作の顕微鏡を使って、身近にさまざまな小さな生き物が暮らしていることを発見した。1970年代、トマス・ブロックは、温泉で暮らす好熱性細菌が、給湯器の中でも暮らしていることを発見した。裏庭のアリの市民調査をきっかけに、身近な生物相に興味をもった著者たちは、家屋内の細菌相の調査に乗り出す。そして、40世帯から8000種近い細菌が見つかるという驚きの結果。そこから、家屋内の生態系の解明に本格的に取り組んでいく。
 世界をまたにかけた市民調査であるシャワーヘッドの生物相調査は面白い。宇宙ステーションISSが、真菌類とその臭いに悩まされてるとは知らなかった。屋内の生物相の解明は、宇宙旅行に欠かせないということがよく分かる。壁紙、壁材、建築ボードといった建築材で暮らす真菌類の結果は、居住者の健康に影響し、建築業界にも大きな影響を与えるので、もっと注目されても良さそう。
 家屋内の節足動物(昆虫、クモ、ダニなど) の調査では、北アメリカの屋内にカマドウマがそんなに多いとは驚いた。そして、それが日本(あるいはアジア)原産の外来生物だったとは! マクロな視点での人家での徹底的な節足動物相調査は、圧巻だった。

 薬剤を使うと、あっという間に生まれてくる耐性細菌や耐性ゴキブリの話には驚くし、薬剤を使うのは最小限にしたい。一方で、ネコが連れてくるトキソプラズマは怖い。けど、ネコを触るのは止められない。ネコよりイヌの方がさまざまな生物を屋内に持ち込むってくだりには笑った。
 
 著者は、こうした家屋内の生物相を解明すると同時に、家屋内の生物相の有用性にも注目する。多くの常識と違って、家屋内の大部分の生物は有害ではないこと、むしろ多様な細菌相が存在すると、慢性炎症を伴う疾病が少なくなるという。 無害な黄色ブドウ球菌の存在は、有害な黄色ブドウ球菌の感染を防ぐ。
 屋内のカマドウマやカツオブシムシからは、リグニンを分解する細菌が見つかったりする。著者も述べている通り、生態屋としては、役に立たなくても屋内の生物相に価値がないとは思わないけど、こんなに有用とは注目に値する。熱帯雨林の遺伝的資源としての価値とさほど変わらないかもしれない(どっちも未知だし)。
 家の中で発酵食品を作ることは、家屋内細菌相や人の常在細菌相に影響を与え、プラスの効果をもたらすらしい。パン作りはハードルが高いので、糠床を真面目に維持していこうと思った。
 とにかく身近にこんなに未知の世界が広がっているのには驚かされる。調査地の都合でそうなるんだろうけど、著者はしばしば市民調査を展開しているのも印象的。自分の身の回りを改めて見回してしまうし、家の中の生き物たちとどう付き合っていくかを、嫌が応にも考えさせられる。そして、自分でもなにか調べてみたくなる。


●「生物を分けると世界が分かる 分類すると見えてくる、生物進化と地球の変遷」岡西政典著、講談社ブルーバックス、2022年7月、ISBN978-4-06-528818-4、1000円+税
2022/12/11 ☆

 テヅルモヅルの分類研究者が、自身の経験を交えつつ、分類学について紹介した一冊。
 第1章「「分ける」とはどういうことか」。2つでは分けられなくて、3つ以上で分けられるという話から始まる。2つあれば分けられるし、できないのは、まとめる方。説明が足らないと思う。そして唐突に“ランク付け”という言葉が登場。分類学者さんは気づいて無さそうだけど、ここでいうランク付けは、日常生活で使うランク付けとは違うから。
 第2章「分類学のはじまり」 。おおむねアリストテレスからはじまり、博物学からの博物館という西洋での流れ。東洋の話として、なぜか日本の本草学だけチラッと紹介。そしてリンネへ。
 第3章「分類学のキホンをおさえる」。まずは、リンネの分類体系の解説、とくに二名法。アリストテレスより優れている点は、階級がたくさんあることらしい。その後、新種の記載、分類学と系統学の違い、マイヤによるαβγの3つの分類学、命名規約を順に説明。
 第4章「何を基準に種を「分ける」のか?」。種の定義をいろいろ紹介して、どれも一長一短。「種の多元的定義」を含めて、みんなが納得できる定義はないという結論に落ち着く。まあ、その通りなんだけど、章のタイトルに対する答えは示されない。この章最後は種分化の話で、隔離機構が紹介される。説明なく異所的な種分化といった語が登場。
 第5章「最新分類学はこんなにすごい」。分子系統解析の紹介。偽遺伝子や進化速度の罠といった注意点まで紹介してある。分子系統解析は隠蔽種を発見できる!として、テヅルモヅルの例を紹介。
 第6章「生物を分けると見えてくること」。まずは分類学の役割が上げられる。1つは生物を認識すること。これは納得できる。あとは、異名問題や同名といった分類学的混乱を解決することらしい。これは分類学の内部の問題で、分類学者の仕事ではあるが、分類学の社会的な役割ではない。続いて、3つの生物多様性(生態系、種、遺伝子)が紹介される。生態系の多様性とは「生態系がどれだけ複雑であるか」であるとしてるけど、普通は「さまざまな生態系が存在すること」を指して生態系が多様であるという。続いて、分類学を通じて世界の生物多様性が見えてくるという話が展開されていく。様々な環境に様々な生物が暮らしている、適応放散、捕食者の出現による分布の変化、生物と環境の関わり。もちろん分類学は関係あるけど、これは生態学の話題。生態学の成果をすべて分類学のおかげと言ってるようなもん。もちろん分類学は大切だけど、そのアピールに生態学を持ってくることに分類学者はもにょらないのかな?

 分類学の歴史を語るなら進化分類学の流れや、分岐分類学に触れない訳にはいかない。と思うのだけど、チラッとも出てこない。世代の違いというより、分類学の歴史に興味がないんだなぁ。と思った。
 第4章で紹介されているように、種の定義には一致した見解がない。なのに、種の分類が行われている。ここが分類学の一番気持ちの悪いところなんだけど、そこをどう処理してるかの説明がない。そして何の疑問もなく分子系統解析を行って、種を分ける話に突入。著者はなんも気持ち悪くないらしい。まさにイマドキの分類学者らしい態度だなぁ、と思った。
 最後の第6章は副題に“分類学で世界が変わる”とある。この本のタイトルにもなってるし、この本のクライマックスに違いない。その最後の節は題して「生物を分けると、世界が分かる」とある。その節の最後の方に”真に世界が「分かる」ということ 分類学がもたらすもの”とある。どんどん期待が高まる。分類学がもたらすものは2つあるらしい。1つは生物が多様であると認識できることで、もう1つは私たちが認識できている生物種は全体のごく一部だけと認識すること。2つにたいした違いはないように思う。そして、盛り上げたわりには、オチは普通だった。そして“分類学で世界が変わる”のかなぁ?と思った。

 この著者の本としては、「深海生物テヅルモヅルの謎を追え!」が一番良かった。分類学関連なら「新種の発見」の方がよい。

●「サボテンはすごい! 過酷な環境を生き抜く驚きのしくみ」堀部貴紀著、ベレ出版、2022年8月、ISBN978-4-86064-699-8、2200円+税
2022/12/10 ★

 サボテン研究者(どっちかと言えば生理学)によるサボテン紹介本。おもにサボテンを栽培する人向け、を意識した本になっている。
 第1章は、サボテンの分類と系統が中心で、少し基本形態と繁殖も。第2章は、さまざまなサボテンの形の話。野生での形の多様性だけでなく、栽培時の色や形の変異(斑入り、綴化、石化)、 棘の種類と機能(植食者からの防御、日光からの防御、温度のコントロール、蜜の分泌、水分を集める)、ヒダや根の形態、花座の説明。第3章はサボテンの生理。水を蓄える仕組み、成長と乾燥耐性のトレードオフ、(乾燥地ならではの)CAM型光合成、粘液、根の仕組み、骨、通水組織WBT。サボテンが乾燥地対策のかたまりであることがよく判る。ここまではとても勉強になる。
 第4章からは、とたんに中身が軽くなる。第4章は、サボテン博士がサボテンを見に行く話であり、見られる場所の紹介もある。日本で野生化している場所を、脳天気に紹介してるのが気になる。第5章は人との関わりで、おもに作物としてのサボテンの話。一番栽培されてるウチワサボテンはOpuntia ficus-indicaというらしい。最後に少しだけ侵略的外来種あるいは絶滅危惧種としてのサボテンが紹介されている。しかし、日本でも野生化していることにはまったくふれていない。第7章は、身近な多肉植物・サボテン図鑑。
 第3章までは勉強になる。食料などとしてサボテンの利用の話も面白い。でも、生態学的な話がほぼ抜け落ちているのが、とても気になる。というかかなり不満。繁殖生態や種子分散の話は、ほぼ出てこない。
●「「死んだふり」で生きのびる 生き物たちの奇妙な戦略」宮竹貴久著、岩波科学ライブラリー、2022年9月、ISBN978-4-00-029714-1、1300円+税
2022/12/9 ★★

 世界は死んだふりであふれているのに、死んだふりが科学的に調べられたことはないらしい。と気づいた著者は、昆虫を材料に死んだふりの研究をはじめる。本業の合間に始めた研究が、やがて世界的に評価される一連の研究に発展していく。その過程が順に紹介されていく。
 最初の材料はアリモドキゾウムシ。突いて死んだふりスコアを記録する、という簡単な実験。それで、どんな状態の虫が死んだふりをしがちかを調べる。歩いてる虫、夜の虫、腹が減った虫、暑いと。それだけでこんなに色々判ってくるとは!
 続いてコクヌストモドキで研究。ここでは死んだふりする時間が長い系統と、短い系統の育種から始まる。そして捕食者回避に役立つことを明らかに。のみならず、繁殖やストレス耐性とのトレードオフまで明らかに。
 ここまでで、当初の研究目的は果たされた気がする。しかし、その後明らかになった利己的なエサは、けっこう面白い。集団の中での死んだふりの意味、捕食者ごとに異なる最適な回避方法。
 あとは派生したテーマ。ドーパミンが死んだふりを引き起こすことを発見。振動による死んだふりからの覚醒。得意でない分野にも、その筋の専門家を頼りつつ切り込んでいくところが、真っ当な研究者だなぁ、という感じ。

 誰もが知ってるけど、誰も調べてこなかったテーマを、鮮やかに解明。とても格好いい。自慢を聞かされまくった気がするのは、ひがみに違いない。
 死んだふりと言っても、鳥やカエルの死んだふりと、著者研究した昆虫の死んだふりは違う気がする。そこを悩まずに、自分の材料で突き詰めていったのが勝因な気がする。ちなみに大抵の小鳥やカエルは、引っ繰り返して腹をなでると動かなくなる。これも死んだふりとししてるんだろうなぁ。動かないと、死んだふりの違いとか考え出したら、研究がストップしそうだし。
●「ヒトデとクモヒトデ 謎の☆形動物」藤田敏彦著、岩波科学ライブラリー、2022年8月、ISBN978-4-00-029713-4、1600円+税
2022/12/5 ★

 クモヒトデ研究者によるヒトデとクモヒトデを紹介した一冊。というか、ウニ、ナマコ、ウミユリを含めた棘皮動物全体の解説書でもある。
 第1章は、棘皮動物の分類と体制の解説。ナマコも五放射相称で、棘皮動物なんだ!と納得できるし、似て非なるヒトデとクモヒトデの違いも分かる。
 第2章は、歩き方とひっくり返り方。ヒトデはウニよりもひっくり返るのに苦労してそう。第3章は、食べる話。二枚貝を包み込んで開いたり、ドームのトラップ仕掛けたり、長い腕でキャッチしたり、ひたすら砂を食べたり。これまたヒトデの方が面白い。ただ、クモヒトデも、砂から腕だけ出したり、泳いでいる魚を狩ったり、樹上生活したり、話題はいろいろ。
 第4章は、繁殖の話で、発生の話とプランクトン幼生の飼育の話から始まる。胃の中や背中で子育てをしたり、自ら保育室になるなど、体の“外”で子育てするヒトデがいる。一方で、クモヒトデは、胎生だったり、出産後の子育てでは、他種の子どもの面倒までみたり、とても面白い。この章最後は栄養繁殖の話で、腕1本から生えてくるホウキボシ類は、その名も含めて印象的。ヒトデもクモヒトデも数十年、もしかしたら100年近く生きる例まであって驚いた。
 第5章は、五放射相称という独特の体制がどのように進化してきたかの話。最後の第6章は、人との関わり。オニヒトデの問題、外来生物問題、ヒトデの間でのパンデミックの話。ヒトデはサポニンを多く含んでいることが多く、基本的に食用にならないとは知らなかった。うかつに味見しない方がよさそう。
●「びっくり深海魚 世にも奇妙なお魚物語」尼岡邦夫著、エクスナレッジ、2022年7月、ISBN978-4-7678-3036-0、1600円+税
2022/11/27 ★

 長年深海魚を調べている著者による深海魚の本。かるく深海の説明をしたあと、採食、防御、繁殖、人との関わりの順で、さまざまな深海魚の不思議な形や暮らしが紹介されていく。
 採食は、口や歯の構造と結びつけた採食方法・対象を皮切りに、発光を含めたルアー、脱腸、電気センサー、目の大小、特殊な構造の目といった話題が並ぶ。防御は、電気、墨、発光器、色(赤と黒)、鎧・兜、海底を歩くといったトピック。繁殖は、鳴き声・発光による求愛、胎生・性転換、両側回遊魚、幼形成熟、矮雄・寄生雄、そして成魚と仔魚のマッチングといった話題。最後は、名前の話、研究の話、食べる話、人魚伝説など。
 情報盛りだくさんで、興味深い内容も多い。しかし、変なイメージイラストが占める無駄な1〜2ページが随所に挿入される。一方で、解説の理解を助ける図が、各ページの下に小さくあるだけで細部が見にくい。その上、図は標本写真が中心。小さい標本写真ばかり見せられてもなぁ。
 深海魚自体の説明はいいのだけど、進化がらみの話になったとたん、著者の進化理解の古臭さが露呈するのが気になって仕方がない。進化を勉強した年代から言って止むを得ないとはいうものの…。一方で、深海魚の採集記録に関しては、最新の情報までフォローしてるらしいのが、面白い。あと
 深海魚の個別の話題が並ぶ一方で、深海魚の全体像が分かる構成・解説にはなっていないのが気になる。体系だった入門書ではなく、コラムがひたすら並んでるイメージ。引用文献が記されていないのも気になる。イマドキなら、ネットにアップして、リンクをはればいいだけなのに。情報量は豊富だけど、本としての作り方が疑問。
●「キリンのひづめ、ヒトの指 比べてわかる生き物の進化」郡司芽久著、NHK出版、2022年9月、ISBN978-4-14-081917-3、1500円+税
2022/11/7 ★★

 キリンの形態の研究者が、キリンを中心に、哺乳類の体の部位や内臓を解説した一冊。タイトルの通り、キリンとヒトを比べて、さらには他の動物とも比べて、それぞれの同じ部分と違う部分にどういう意味があるかを考えていく。比較対象は哺乳類が中心だが、鳥類や魚類もしばしば出てくる。他の分類群と比べて、進化的な視点を持ってはじめて、形態を理解できるということが判る。そういう意味で、どこにも書いてないようだけど、比較解剖学の入門書の色合いが強い。
 哺乳類全体の形態の話ではなく、キリンとヒトを比べたい!という不思議なトーンが強めだなぁ、と思いながら読んでいたけど、元は「キリンと人間、どこが違う?」というコラムがベースと書いてあって納得。門外漢にも判りやすく書かれているのは、提供科学大学でもっていた「動物解剖学」の講義がベースと聞けば、これも納得。思えば、母校の脊椎動物学は、難しくて退屈だった(そして、テストは超難しくて、単位はほぼ取れない)。こんな講義だったら、解剖学が好きになったかもしれない。
 9つの章で、それぞれ別のパーツが取り上げられる。肺、手足、首、皮膚、角、消化器官、心臓、腎臓、呼吸器。最後は進化について著者の思うところが語られる。選ばれてるテーマが、キリンについて語りたい!がベースになってて面白い。章の合間に8つのコラム。コラムのテーマはいろいろ。

 肺と浮き袋のどっちが先?膝はどこ?頸椎の数。乳は汗?哺乳類の角は5種類。共生細菌を胃にもつ草食獣と、盲腸に持つ草食獣。キリンは高血圧。海水魚と淡水魚の浸透圧対策。鳥の呼吸システム。全体的には、わりと知ってることが多いけど。
 干上がり対策の肺が転じて浮き袋。橈骨・尺骨の癒合の意味。反回神経の不思議。ゲレヌクの長い頭。むくみ知らずのキリン。キリンの角は皮骨由来でオシリコーン。プロングホーンの角は、皮だけ交換プロングホーン。反芻動物の第1胃〜第3胃では胃酸は出てない。テングザルも反芻。魚類や両棲類の循環系の理由。軟骨魚類の浸透圧対策。鰓はもともと採食器官。知らない話もいっぱい混じる。とくにキリンについては、前著を読んだ後よりも詳しくなれた気がする。
 “その理由”は、よく判っていない。と随所にちゃんと書いてあって、未解決の課題が明示されていていい感じ。盲腸派が多数を占めるのは、進化的な制限がかかってる可能性はないのかな?

 比較解剖学について、読みやすくまとめられた本はないので、オススメしやすい。鳥の呼吸システム、対向流システム、タペタムの図解がとても判りやすい。進化がどういうものかということが、きちんと書かれているのもいい。第10章から引用しておこう。
 「いちばんではなくても、効率的ではなくても、その動物自身が生きている世界でなんとかやっていけるのならば、それでいいのだ。誰かに“ざんねん”などといわれる筋合いはどこにもない。」

 なぜか印象に残ったのは、著者は、袋角のシカをさわったことがないんだなぁ、ってこと。あと「非合理的に見える進化を遂げた動物ランキング」で、鵜の羽根が堂々の1位に輝いたのには驚いた。それほどまでとは。
●「チャコウラさんの秘密を知りたい! ナメクジの話」宇高寛子著、偕成社、2022年8月、ISBN978-4-03-636340-7、1500円+税
2022/10/21 ★

 理系にするか文系にするか迷ってた高校生が、大学でマクロ生物学の道を志しはじめ、ひょんなことから大阪市立大学でチャコウラナメクジを調べることになる。
  1年の生活史を明らかにし、日周性は判らなかった卒業研究。日長と温度のどちらが産卵に影響するかを調べた修士過程。大阪より寒い北海道のチャコウラナメクジの生活史を調べた博士課程。カナダのロンドンに留学して出会ったマダラコウラナメクジ。著者の研究史のあいまに、ナメクジの形態などの解説が入る。最後はマダラコウラナメクジとナメクジ捜査網の話で終了。最後にナメクジを探して飼う方法が説明される。
 間にはさまるチャコウラナメクジ、ナメクジ、ヤマナメクジ、ノハラナメクジ、マダラコウラナメクジ、キイロナメクジが載ったナメクジ図鑑が良い。ナメクジがはたして本当に在来種かは気になるけど。日本にはもっと種類いるし、都市部でもアシヒダナメクジとかもいるのに載ってないとかも気になるけど。

 大阪と北海道のチャコウラナメクジを入れ換えたら、生活史がどうなるのか気になる。どうも生活史は遺伝的に固定しているという前提で書かれている。が、絶対試してるよね。その結果、遺伝的に決まってると判明したのかな。
 ナメクジ捜査網のサイトの宣伝と情報募集が欄外に軽くあるだけで、その成果も紹介されないのは不思議。未発表データだからってこと?
●「ハナバチがつくった美味しい食卓 食と生命を支えるハチの進化と現在」ソーア・ハンソン著、白揚社、2021年3月、ISBN978-4-8269-0225-0、2700円+税
2022/10/18 ★

 研究者だけど実は単なるハナバチ大好きおじさんが、ハナバチ愛いっぱいに、ハナバチを紹介した一冊。どこに行ってもハナバチが気になってしまう感じが、楽しげ。
 序章でハナバチと人間の歴史を軽く紹介した後、ハナバチの概要紹介、ハナバチと花、ハナバチと人間、ハナバチの将来という4部構成で展開する。
 第1章は、ハナバチの進化。カリバチから生まれた菜食主義の系統なんだけど、その起源は未だに謎。第2章は、アメリカの沙漠での研修に始まって、ハナバチのおもに形態の多様性の話。第3章は、ハナバチの生態、とくに社会性の話。アメリカではツツハナバチがあちこちで売られまくってるらしい。外来生物問題が気になる。托卵性の寄生ハナバチというのが、ハナバチ全体の少なくとも20%はいるとは驚いた。
 第4章は、花粉食のカリバチの話に始まって、枝分かれした毛を手に入れたハナバチと花の共進化の話。花蜜を出すタイミングと濃度でハナバチを操ろうとする植物、ハナバチをだまして送粉させようとまでする植物。両者の特別な関係は緊張に満ちている。第5章は、花畑近くの崖に、めっちゃたくさんのハナバチが営巣してた、って話。今度から崖があったら注意しよう。アルファルファ農家は、広大なハナバチ畑を近くに作って、送粉者を確保。数百万匹のアオスジハナバチが飛び回ってるという話はすごいけど、それ以上にハナバチを大切にしまくる農家の人が印象強すぎ。
  第6章はミツオシエの話。ヒトは大昔からハチミツをよく食べていて、ミツオシエのあの行動はヒトとの間で進化したらしい(ラーテルは夜行性やで、って指摘が後から出てきたって部分が面白い)。第7章は、家でマルハナバチの女王を呼び込んで観察しようと思ったら難しかったって話。マルハナバチの巣探しをしてみたくなった。第8章がタイトルに直接関係。ハナバチが送粉してできた物を除くと我々の食物は何が残るか?というのをビッグマックで試してみたり。人の手だけで授粉させるのがいかに大変かをナツメヤシで体験したり。
 第7章は、外来の微胞子虫で急減しているらしい北米のハナバチの話から、蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder)の話へ。CCDの原因は、寄生者(外来のミツバチヘギイタダニ)、栄養不良、殺虫剤(ネオニコチノイド系)、病原体(ウイルス)などが候補にあがっているが、いずれかははっきりしておらず、おそらく複合的に作用する。第8章は、ろくに虫がいない合衆国のアーモンド農園で、少し生物多様性に配慮するようになった話。
 ハナバチの話はもちろん面白かったけど、アメリカ合衆国の大規模な農業の極端さが、とても印象に残った。
●「LIFE CHANGING ヒトが生命進化を加速する」ヘレン・ピルチャー著、化学同人、2021年8月、ISBN978-4-7598-2073-7、2600円+税
2022/10/17 ★

 著者はサイエンスライター。で、本書は、地球のポスト自然史についての本とのこと。今やヒトは、意図的に、あるいは意図せずに、多くの生物に影響を与え、遺伝的な変化をもたらしている。つまりヒトは、地球の生命の進化に大きく影響するようになっている。
 最初の5つの章は、ヒトが意図的に生命を改変した例が取り上げられる。第1章は家畜化。キツネの家畜化の実験の話が詳しく紹介されている。第2章は、人為淘汰。遺伝子検査と人工授精の技術が状況を大きく変えた。気絶ヤギに驚いていたら、アフリカでは狩猟用にさまざまな改変動物が猟獣保護区に放たれていると知って、また驚く。第3章は、遺伝子組換え。考えてみれば植物では、遺伝子組換え作物が、屋外でいっぱい育てられてるんだなぁ。野生化はしていないんだろうか?動物では、基本的に野外に放たれてはいないが、放射線による形質転換動物とどこが違うんだ?と問いかけている。遺伝子組み換え技術も発達し、かなり自由にいろんな操作が可能なCRISPRの登場で、事態は大きく変わる。ブタの病気を治すからはじまり、薬剤成分を含んだ卵を産むニワトリに、乳からクモの糸がとれるヤギ。第4章はクローン技術。ウマやウシ、そしてペットのクローン作出までが、商業として成立しているらしい。ヒトの技術はどんどん進み、自然を大きく改変することすら可能になってきた。そして、第5章は、遺伝子を改変した生命を野外に放つ話。放射線で不妊化した個体を放つ方法は、世界中で害虫の駆除に用いられている。日本でも沖縄のウリミバエ根絶に使われた。CRISPRによる遺伝子改変によって、マラリアを媒介する蚊を退治するのは許されるのか。強力な能力を持った人類は、なにをどこまで行うのだろう?
 次の3つの章は、ヒトが意図せずに生命の進化に影響を与えた例が紹介される。第6章は、人新世の地層には、ニワトリで特徴付けられるかもって話。第7章は、ヒトの移動や気候変動によって、今までには見られなかった種間交雑が起きていることを紹介。それは時に新種を生んだり、ある種が吸収合併されたりする。イタリアスズメの起源は知らなかったし、ピズリーベアやホッキョクグマ、ヒグマの将来はとても気になる。のあのシーモンキーが、人為的に生活史を改変させられた“新種”だったとは知らなかった。第8章は、人間が改変した環境での生命の進化。地下説路線ごとに分化するチカイエカ、公園ごとに遺伝的に異なるシロアシマウス、オオシモフリエダシャクの工業暗化など、有名どころが並ぶ。殺虫剤への耐性、角が小さくなるビッグホーン、釣られにくくなるオオクチバス、小さくなるタラ。全部人間活動の影響。
 最後の3つの章は、生物多様性を守り、復活させるための活動が並ぶ。第9章は、高温耐性などを持つように人為淘汰を行うことで、サンゴ礁を維持・復活させる試み。第10章は、繁殖を完全に管理することでカカポを復活させようとする試み。カカポの生態と歴史、現状がよく判って面白かった。第11章は、ヒトが介入することで、生物多様性を高めようという試み。放牧や里山管理によって、生物多様性の高い環境が保たれることは、日本では随分前から常識。なのでブタやウマを放し飼いにするという話はいいんだけど、デンマークやオーストラリアにゾウを放そうとしたり、マンモスを復活させてシベリアに放そうとしはじめるのにまで好意的。

 とても興味深い情報が満載の一冊ではあるし、類書に見られない内容も多い。同時にさまざまな異論がある分野でもあり、正直、取り上げ方が同意できない点が3つある。とても生物多様性を考える上で、譲れないポイントなので★を減らしてある。同意できない点は、以下の通り。
 1つめは、第5章の遺伝子ドライブの扱い。人間にとって好ましい変異を人工的に組み込んだ個体を放ち、その遺伝子を個体群に広める。マラリアを媒介する蚊を絶滅させ、侵略的外来生物を絶滅させる。ちょっと聞けば、いいことのように思えるかもしれない。しかし、人間は生態系という複雑系をさほど理解できていない。マラリアを媒介する蚊を絶滅させたら、どんな生態系にどんな影響が出るかは判らない(著者は根拠無く、たいした影響はないだろうと書いている)。ある場所で侵略的外来生物を絶滅させようとしたら、その影響が原産地にまで波及する可能性はかなり高い(さすがにこの点は、研究者も著者も指摘していて、種を絶滅させるつもりでない限り使えないとは書いている)。でも、著者はこの技術にかなり好意的。野に放った遺伝子ドライブが、変異して別のターゲットを絶滅させる可能性もあるってことがまるで忘れられている。それを抑える遺伝子を放ち、相手が変異し、というイタチごっこは、簡単に予想できる。マラリアという病気を減らすなら、蚊を殺さずに、マラリア原虫を倒せばいいのに。
 2つ目は、第7章の外来種の部分。外来種が加わると生物多様性は高まる、という生物多様性をまるで理解していない下りが3ページほど。「外来種は本当に悪者か?」にすでに書いたので、詳細は省略。訳者も気になったようで、あとがきで注意書きを付けてくれている。
 3つ目は、第11章のなんでもかんでも放しかねないところ。たとえ大昔にヨーロッパにゾウがいたからといって、デンマークにゾウを放す? それなら日本にもゾウやオオヤマネコを放すことになるけど。あるいは一時的に生物多様性が高まれば何をしてもいいの? 遺伝的に復活させたマンモスやオーロックスを放す話は別の問題もある。そしてうかつに草食獣を放して増え過ぎたら大変なことになる。きちんとした予測を立てずに、島に放されたイタチやマングースが、いま大問題を起こしていることを知ってるかな?それを放した人は、その時はいいことをしてるつもりだった。問題が起きた事例の紹介がなく、放した動物のコントロールという視点が完全に抜けているのも大きな問題。 

 全体的に言えば、著者は科学技術や人間を不用意に信頼しすぎ。取り返しのつかない展開が充分予想される場合は、最悪の予想のもとに予防措置をとるべきだと思う。という訳で、この本は興味深い内容は多いけど、脳天気過ぎて、悪影響を及ぼしかねない。読む人は、鵜呑みにしない慎重さがいると思う。
●「日本人は植物をどう利用してきたか」中西弘樹著、岩波ジュニア新書、2012年6月、ISBN978-4-00-500718-9、820円+税
2022/10/11 ★

 どっちかと言えば種子散布、とくに海流散布の研究で知られる著者が、日本人が利用してきたさまざまな植物を紹介する一冊。青少年交友協会の新聞『野外分化』に「生活文化と植物」として50回連載した記事を加筆修正したもの。
 食材(果物、山菜、漬け物、マコモ、甘味植物、香辛植物、救荒植物、餅)、健康目的(茶、風呂、ヨモギ、薬草)、道具(箸、団扇と扇子、櫛、楊枝、桶と樽、縄とむしろ、お櫃と杓文字、下駄と草履、箒、杖)、成分利用(洗剤、糊、染料、漆、研磨材、油用植物、有毒植物、木炭)、家の周り(屋根、ござと畳、柱と梁、襖と障子、よしずとすだれ、生け垣、屋敷林)、年中行事(正月、七草がゆ、節分、桃の節句、桜と花見、端午の節句、夏越し、七夕とお盆、秋の七草)と6つのカテゴリニー分けて、順にどんな植物がどのように利用されてきたかが紹介されていく。どっちかといえば、古くからの伝統的な利用にウェイトが置かれる。
 大雑把に言っても、食材のウェイトが少ない。果物はイチゴとモモとナシばかり、野菜もつまみ食い程度しか出てこない。穀物はなぜマコモだけ特出し? 香辛植物に、唐辛子・山葵・山椒があって、どうして辛子がない? 救荒植物といえばソテツやん。和紙や楽器の話がないなぁ。などなど色々抜けてる要素が気にはなる。
 しかし、書いてある内容には知らなかったことがいっぱいで、とても勉強になる。マコモタケは知ってたけど、マコモが穀物だったとは。ヨモギがそこまで活用されていたとは、気づかなかった。今度山に行ったら、ウラジロの箸で食事しよう。でっかいヨモギがあったら、杖にしてみよう。ムクロジの石鹸、海藻でつくる糊、なんてのも試してみたいかも。などと、実践にうつせそうなのがあるのも楽しい。
 植物の利用とは関係ないけど、クロモジの“モジ”は、杓子を杓文字と呼んでみたのと同じ接尾辞で、もともとは黒木の楊枝だったのが、楊枝と呼ぶのを避けて、楊枝を黒文字と呼ぶようになって、植物名もクロモジになったというのが面白かった。

●「虫のオスとメス、見分けられますか?」森上信夫著、ベレ出版、2022年5月、ISBN978-4-86064-690-5、1600円+税
2022/10/6 ★

 タイトル通り虫、というか昆虫のオスとメスの見分け方を解説した本。代表的な種しか紹介されないけど、おもだった見分け方ポイントごとに整理して紹介されていくのが、新しい。形に注目した場合、触覚、前脚、産卵管、尾端はけっこういろんな種でポイントになる。また角・顎・ハサミの大きさ、翅の有無、首の長さ。ハサミムシのハサミは雄だけ、ニホンホホビロコメツキモドキの顔は雌だけ、左右非対称なんだそうな。トンボ(副性器)、セミ(産卵管と腹弁)、ハエ・アブ(左右の複眼が引っ付いてたらオス)は特出しで説明。その他、大きさ(バッタやカマキリ等)、色・もよう(チョウやトンボ)での見分け方も説明され、チョウの貞操帯や性標、ホタルの発光器、ハンミョウの顔色と、盛りだくさん。
 章と章の間には11のコラムがはさまり、読み物としても楽しめる部分があるし、昆虫の雌雄についてのいろんな知識が仕入れられる。でも、だからといって雌雄が見分けられるようになるかというと微妙ではある。
●「カタニア先生は、キモい生きものに夢中」ケネス・カタニア著、化学同人、2022年8月、ISBN978-4-7598-2081-2、2300円+税
2022/10/5 ★★

 アメリカの動物行動学者が、学生時代から始まって、自分の研究成果を次々と紹介していく。動物の行動(とくに捕食行動)を解明していく中で、我々とは違う動物たちの感覚世界が垣間見えていく。
 最初は学生時代。ホシバナモグラの“ホシバナ”の謎を解明しようとする。まずは捕獲に苦労する。やがてトラップでいろいろ獲れる場所を見つけ、そこでの経験は後の研究にも活かされる。ホシバナの機能は、目に見える脳地図、触覚の中心窩、後ろ向きの発生過程など、ホシバナを中心に触覚中心の感覚世界が明らかになっていく。水中で活動する食虫類の水中嗅覚にも驚いた。
 続いて登場するのは、ヒゲミズヘビ。水中で魚を捕食するヘビ。今度はヒゲの機能を調べはじめる。ホシバナといい、突起の機能が気になる人らしい。が、盛り上がるのは、魚が危険を回避するために行うCスタートと呼ばれる行動パターンを逆手にとった捕食行動。感じてからでは間に合わないから、予測して襲ってるとは。
 3つめは、ワームグランティングの謎の解明。合衆国で行われる伝統的(?)ミミズ採りの方法(プロが存在する!)。基本的には杭を叩き込むなどして、地中にうまく振動を伝えると、ミミズが地表に次々出てくるという。その行動とモグラとの関係を解明する。
 続いて、水中で採食するミズベトガリネズミ。その脅威の反応速度。
 そして、ホシバナモグラと並ぶスターの登場、デンキウナギ。フンボルトが記述した「泥から姿を現したデンキウナギが、四方八方からウマに襲いかかり、繰り返し電撃を加えた」というのは事実か?というのを背景に、低圧と高圧のパルスをどのように使って、周辺世界を把握市、獲物を探知して、獲物を倒しているのかを確かめる。
 最後は、エメラルドゴキブリバチ。ゴキブリをゾンビにするので有名なハチ。ここにきて初めて脊椎動物以外に手を出す。また、この対象については、他の人の業績の紹介が多め。まずは生きたエメラルドゴキブリバチを飼育する手配で苦労する。で、明らかになるのは、ハチは簡単にゴキブリを狩ってる訳ではなく、苦労して、しばしば反撃にも遭うってこと。産卵場所を少し間違えると、孵った幼虫も生き残れない。

 基本的には、捕まえてきて飼育下で、マクロな視点で、動物の行動の至近要因を解明する昔ながらの動物行動学。そこに最新の撮影装置(さらには走査電子顕微鏡や脳内マッピングなども)などを投入し、実験方法を工夫することで、新たな展開がつながっていく。すでにある程度研究されている対象から、次々と新たな発見をしていくのが面白い。読後感はミステリを読んだ感じに似てる。
 研究室では、たくさんの動物を飼育していて、並行してさまざまな研究を進めつつ。セレクトして紹介した一冊らしい。

 原題は「Great Adaptations: Star-nosed Moles, Electric Eels, and Other Tales of Evolutions Mysteries Solved」。これは、内容をよく表している。アメリカと日本では書名の付け方は違う。とはいえ、原題や内容をいかしたタイトルにすれば良かったのに。原題も内容も無視した、この邦題はクソ。なにがキモい生きものじゃ。
 今流行の“残念な…”という本にあやかろうとしたんだろうけど、あのシリーズがその筋では、タイトルも中身もダメと、評判が悪いのを知らんのか。本来この本を手に取るはずだったターゲット層をかなり遠ざける邦題になってる。今からでも回収して邦題付け直すがよろしい。
 などと書いてると、昔『生物生存機械論』と銘打った本が、再販時に邦題かえたのを思い出すなぁ。
●「幻のシロン・チーズを探せ 熟成でダニが活躍するチーズ工房」島野智之著、八坂書房、2022年2月、ISBN978-4-89694-295-8、1800円+税
2022/10/3 ★

 シロンとはチーズダニのこと。ダニ研究者が、ダニを利用して熟成させるチーズを調べに、ドイツやフランスに行く。
 第1章はドイツに行く。旧東ドイツのライプツィヒ近郊のヴュルヒヴィッツ村でのみ作られているというミルベンケーゼというチーズの工房へ向かう。なぜか村長さんをまじえて、作ってる所と熟成庫を見せてもらって、味見して、職人さんと意気投合して帰ってくる。箱の中でチーズダニを飼っていて、そこにチーズを入れて表面を喰わせるイメージ。
 第2章は、人と関わりのあるダニの紹介。第3章は、チーズの紹介。チーズの歴史とタイプ分けが中心で、ダニとの関わりにも触れられる。
 第4章では、今度はフランスに出かける。まずはミモレットを作るチーズ工房へ。これまたチーズを作るところから熟成庫を見せてもらう。こちらは、棚に丸いチーズが並んでいて、職人が拭いたり、引っ繰り返したり世話をする。ダニは熟成庫に棲みついている。
 第5章もフランス。今度は、山岳地帯の古いタイプの熟成チーズの系譜であるオーベルニュ地方のアーティズー。こちらは家内工業的で規模は小さいけど、ミモレットに似た作り方。
 終章では、各地のチーズダニの遺伝子解析の結果など。チーズについてるのは、たいていチーズコナダニ。そして、チーズコナダニがチーズを美味しくしている訳ではなさそうだけど不思議。で終わり。

●「富士山はいつ噴火するのか? 火山のしくみとその不思議」萬年一剛著、ちくまプリマー新書、2022年7月、ISBN978-4-480-68432-5、840円+税
2022/9/5 ★★

 火山研究者が、火山について、噴火予測の難しさについて、ハザードマップをどう考えるべきか、そして火山灰の問題を解説した本。
 最初に2章は基礎知識。第1章は火山の解説。火山の大きさの考え方、弧からの火山の成因の解説を通じて、富士山の特別さが判る構成。第2章は地下での火山のつながりの話。タコ坊主実験からのホットフィンガーを通じて、岩脈をつうじてマグマが移動する可能性が紹介される。
 次の2章は富士山の噴火の話。第3章では富士山の過去の噴火の様子が語られる。第4章では、いよいよ富士山はいつ噴火するのかの話。予測のベースは、マグマがある程度たまったら噴火につながるだろうといったモデルに基づく、階段ダイアグラム。ししおどしの例えが判りやすい。まあ予測できるのは、2330年までになんらかの噴火がありそう、ってところまでなんだけど。
 最後の2章は、ハザードマップの話。正確にいつ噴火するかは予測できないから、もし噴火した時の対策を考えよう、という流れはしごくごもっとも。第5章は、富士山のハザードマップの話。2000年の有珠山の噴火がハザードマップの有用性が認識されるターニングポイントだったとのこと。で、富士山のを作ってみたら、神奈川県にまで流れることになっていて、かなりのブーイングがあったんだろう、妙に細かく解説。第6章は、火山灰の危険性の話。溶岩からは“近所の”人が逃げるしかないのだけど、火山灰に対しては、広範囲での対策が必要で、まだまだ不充分っぽい。
 数式は使わず、グラフは時間軸に対する隆起量・噴火量などのダイアグラムのみ。あとは図と文章で、やさしく解説してくれる。門外漢にも、とても読みやすい。

●「うんこ虫を追え」舘野鴻著、福音館書店たくさんのふしぎ2022年6月号、700円+税
2022/8/24 ★★

 『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』といったマニアックな昆虫を題材にした絵本で知られる著者が、オオセンチコガネを取り上げた絵本。出だしで、“オオセンチコガネを飼って絵本を作ってみようと思った”的なフレーズから始まるのが面白い。
 オオセンチコガネは、卵から成虫までの暮らしがよく判っていないという。そこで、そこで成虫に卵を産ませて、孵して、幼虫を育てて成虫にするのが目的。最初は、飼育装置の中で、成虫に幼虫のフン塊を作らせようとするが、失敗続きで、1年半かかってようやく成功。次は幼虫を育てるのに失敗して、翌年に成功。その後はいろんなフンやエサで育ててみたり、センチコガネを育ててみたり。足かけ4年でこの本が完成。
 綺麗で丁寧な虫の絵。実験装置や飼育装置に、調査している著者自身の絵も加わって、いろいろ思いついては試み、失敗を繰り返しつつも、考えて考えて新たな発見をしていく様子がよく伝わってくる。

●「身近な野鳥の観察図鑑 探す、出あう、楽しむ」燒丈著、ナツメ社、2022年3月、ISBN978-4-8163-7167-7、1580円+税
2022/8/22 ★

 比較的普通に出会える身近な鳥161種を紹介した図鑑。ただし識別をおもな目的とした図鑑ではなく、行動や生態をじっくり観察しようがおもなコンセプト。基本的には、左半分に鳥の解説、右半分にあるあるが紹介される。ただ、あるあるがない種もあるし、中には2〜3ページある種もある。
 左半分の解説は、フィールド画像に識別点が添えられている下に、どんな鳥?どこにいる?観察時期、外見、食べ物という項目が並ぶ。右半分のあるあるは、ページ数以外もかなり自由で、4コママンガあったりするが、形態・識別・行動のトピックが多い。基本データはないが、給餌の有無とオナガガモの個体数や、ハチクマの渡りはデータが示されている。そのほかにグループごとの識別ポイントなどを中心としたコラムがいくつかはさまる。
 種のセレクトは、関東の都市部に生活するバードウォッチャー目線という趣が強い。シギ類はヤマシギとイソシギ以外をすべて落としている。ただどうして入れなかったんだろう?という種がいくつかある(ウミアイサ、シロチドリ、オオアカゲラ、マミジロ)。

 どうして説明しないんだろう?と思うトピックはままあるが、それはさておき。違うと思った、あるいは気になる記述は以下の通り。
 ハジロカイツブリ:”越冬時は単独で行動”→数十羽の群れは普通だし、100羽以上の群れもあるけど。関東ではないの?
 キジバト:”地鳴き 飛び去るときなどに「プッ」と鳴く”→これはオスが出す威嚇っぽい声のことかな?それならむしろとまる時に出すけど。
 カワウ:”おもな繁殖期は春から初夏にかけてだが、食糧資源が豊富であれば、秋冬に2回目以降の繁殖をすることがある”→どこのデータに基づくのだろう。食料資源にかかわらず、冬に繁殖する。というか、むしろ冬から繁殖期が始まるけどなぁ。ただし大阪府では。
 ダイサギ:”季節で亜種が入れかわる”→関東では亜種チュウダイサギは夏鳥?冬には2亜種がいるのが普通と思ってた。
 サンショウクイ:”亜種リュウキュウサンショウクイが留鳥として分布を広げてきた。近年は関東でも秋冬に観察できる”→この2文は矛盾してる。
 ヒヨドリ:”ウメ<中略>などの花の蜜も好む” →ウメの蜜に来てる?
 コヨシキリ:”全国に渡来”→全国で繁殖しているように読めるし、確かに北海道から九州まで繁殖地はあるけど、西日本の繁殖地は極めて限られるので、おもに東日本とすべきと思う。西日本じゃ身近ではないし。
 シロハラ:メスとされている画像の個体は、GC斑があるので性不明の幼鳥かと。”国内で繁殖しない冬鳥”→対馬などで繁殖。
 ハッカチョウ:”関東や近畿に局地的に分布”→四国が抜けてる。

 と偉そうにダメ出ししたけど、単なる識別ではない、次のステップの観察を推奨していて、そのヒントとなる情報満載で面白い本だと思う。そして恥ずかしながら、知らなかった情報もいくつもあった。勉強になった。
 カンムリカイツブリ:”食羽行動”→まったく知らなかった訳ではないんだけど、完全に頭から抜けていた。
 ヒクイナ:”クイナ笛”→ヒクイナの声を出すグッズがあったとは。
 カッコウ:”東京西部では市街地の緑地で巣立った例がある。6〜7月頃にしがいちいのアンテナにとまってカッコウがさえずる例が増加”
 ヒメアマツバメ:”東京都心のオフィスビルでも集団繁殖している。巣は地上100mにあり” ”都心部であり、イワツバメもコシアカツバメも生息していないので、羽毛を使った巣を一からつくっている”→これは鳥の巣展の解説書に盛り込むべきだった〜。
 ウミネコ:”越冬期は公園の池でもよく見られる”→関東ではそうなの?
 ヒヨドリ:”市街地では春と秋の渡りの時期に姿をみかけなくなることがある” →関東ではそうなの?関西の市街地では、繁殖期直後に成鳥が消えるけどなぁ。
 エナガ:”都市公園では真夏に姿がほとんど見られなくなり、9月ごろから再び姿を現す”→これは大阪でのヒヨドリのパターン。エナガでもとは気づかなかった。
 イスカ:”コンクリートの壁などをなめる”→知らんかった。
 ガビチョウ:”1970年代に大量輸入されたが、さえずりが騒音として好まれずに放鳥されたことが野生化の原因”→聞いたことがあるような気もするが。

●「ウイルスの進化史を考える」武村政春著、技術評論社、2022年3月、ISBN978-4-2971-2773-2、2200円+税
2022/8/11 ★★

 ウイルス研究者(といってもDNAウイルスの)が、ウイルスの構造、分類から始まって、現時点での知見に基づくウイルスの進化史を紹介した本。生物学的スタンスでの、研究対象としてのウイルスの面白さを扱っていて、ウイルス感染症、ワクチン、副反応などへの理解が深める本ではないが、コロナ禍での基礎知識として知っていて損はないかも。

 第1章は基礎知識。ウイルスの構造と生活環、大雑把な分類。そして、ウイルスが最初にどうやって出現したかについての4つの仮説。
 第2章は、RNAウイルスの話。一口にRNAウイルスといっても、1本鎖と2本鎖があって、1本鎖でもプラス鎖とマイナス鎖があって、奥が深い。なのに単系統と考えられているとは面白い。ずっとミトコンドリアの中から出てこず、ミトコンドリアと一緒に増殖するミトウイルスといった不思議なものもいる。インフルエンザウイルス、エボラウイルス、コロナウイルスについては少し詳しい説明も。分節化や相同組換えといった変異の仕組みが面白い。
 第3章は、DNAウイルスの話。バクテリアにつくウイルス、アーキアウイルスを紹介した後、真核生物のウイルスの話にうつる。最初はヘルペスウイルス、そして著者が専門とする巨大ウイルスの話。ミミウイルス、メドゥーサウイルス、パンドラウイルス。ミミウイルスはミトコンドリアと系統が近く、どっちが先かという話も含めて、真核細胞の進化に思いをはせられる。
 第4章は、レトロウイルスの話。宿主のゲノムに組み込まれたプロウイルスになることができるのが、レトロウイルス。マイナス鎖RNAをもつのと、二本鎖DNAをもつものに分かれる。プロウイルスになって寄主ゲノムに潜り込んだまま、という内在性レトロウイルスなんて意味不明。でもそれが、寄主の進化に寄与してしまうことがあるからややこしい。我々の発達した神経系やしっとりお肌、胎盤の形成は、内在性レトロウイルスのおかげかもしれないとは。ウイルスが哺乳類をヒトを進化させたのかもしれない。
 第5章は、ウイルスの進化の話で、ここまで以上に妄想多め。まずはRNAポリメラーゼの進化。というより化学的な由来を考える。それから逆転写酵素、DNAポリメラーゼ。トランスポゾンはゲノム内を動きまわり、ウイルスは細胞間を動きまわる。ただそれだけの違いなのかも。ウイルスの進化を考えて行くと、細胞の進化、生物の進化が見え隠れしてくる。
 
 なにより、ウイルス研究者といっても、DNAウイルスが専門の著者にとっては、RNAウイルスやレトロウイルスは苦手というのが面白い。
 ウイルスに関して言えば、DNAで系統関係がまあまあ判る生物と違って、遺伝物質もDNAとRNAがあり、1本鎖と2本鎖があって、寄主との間で頻繁に遺伝物質のやりとりがあるウイルスの系統関係の推定は難しいんだな、というのは新鮮。さらに最初の出現に関しては、遺伝物質調べただけでは判らないというのも気づかなかった。一方で、生物の出現を考える上で、ウイルスの研究はとても重要そう。
 宿主といってもいろいろあって、ウイルスの増殖を許さない耐性宿主、ウイルスと共生関係にある自然宿主、 ウイルスが宿主を殺したりして次の宿主に移動する経路がないのが終宿主。ウイルスでいう終宿主は、寄生生物での終宿主とは意味合いが違うとは知らなかった。
 進化プロセスなどに関しては、現在判っている事実に基づいているものの、あくまでも著者の妄想であると断っている。学会の定説ですらないのだろうし、鵜呑みにしてはいけないが、妄想部分は面白く、こちらも妄想を膨らませることができて楽しい。

 全体的には読みやすい文章なのだけど。随所に口語体の関西弁の文章がまじる。テレビ番組などのパロディも混じる。妙なギャグも混じる。親しみやすくしてるつもりなんだろうけど、微妙にイラッとする(著者は関西と関係ないやんな)。他にもそういう部分が散見。この世代のブログでよく見られる文体な気がする。


●「鷹将軍と鶴の味噌汁 江戸の鳥の美食学」菅豊著、講談社選書メチエ、2021年8月、ISBN978-4-06-524587-3、1800円+税
2022/8/8 ★★

 「ほんの少し前まで、日本列島に住まう人びとは「鳥食の民」であった」。という一文ではじまる本書は、日本に於ける鳥食の歴史を、江戸時代の江戸を中心に紹介する。
 第1章では、縄文時代から室町時代の鳥料理が紹介される。内臓や羽軸を食べていて驚いた。ただ、詳しいレシピを読んでて飽きる。鳥の死体を使った飾りを送るセンスはよく判らない。
  第2章は、江戸時代の鳥料理が紹介される。やはりレシピを読むのには飽きてしまった。室町時代以前より料理のバラエティは増えている。出てくる鳥の種類も増えてるけど、これは詳しく記すようになっただけじゃないのかな? 庖丁道を学んだ庖丁人が作法にのっとって料理する。鳥は高級料理だった。少なくとも江戸では。
 第3章、将軍をはじめ大名や旗本など上級武士のものであった江戸の鳥料理が、富裕な町人に、庶民にひろがっていく。
 第4章では、流通の話。将軍の鷹狩り用のタカのエサを扱う餌鳥請負人、食用の鳥を扱う鳥商人。いずれも幕府に管理されているが、その目をかいくぐる闇の鳥商売。密猟、密輸の取り締まり。
 第5章では、鳥商人の一人、東国屋伊兵衛(東伊と略されがち)が紹介される。侠客で、幕府にも取り入り、伊兵衛亡き後も東国屋は関東大震災直前まで続いたという。
 第6章では、将軍を筆頭とする支配が、鷹狩りで捕った鳥などの贈答システムによって維持されていた側面があることが紹介される。ちなみに贈答においては鳥に格付けが存在して、江戸時代にはツル、ガン、ヒバリの順だった。ちなみに室町時代には、まずタカが捕った鳥かどうかが重要で、その上で、ハクチョウ、ヒシクイ、ガンの順。しかし鎌倉時代まではキジが最上位だったらしい。贈答システムでは、もらった鳥をさらに他所に送ること「使い回し」も普通。そして回されまくった鳥は傷んでたりするらしい。
 第7章では、鳥を捕って江戸におくる側の話。おもには手賀沼の村と、鳥問屋。かすみ網、張り切り網、ボタナ猟(トリモチを付けた縄を水面に流す)といった狩猟法。マガモ1つがいをベースに、羽寄せに基づく値付けシステム。明治以降、銃猟が入り、稲作が重視され、やがて衰退していく歴史。現在につながる話題が多めで、とても興味深い。
 第8章は、日本の鳥食文化の衰退の話。著者は鳥自体には詳しくないので、何人かの鳥の研究者に話を聞いて書いている様子。ここでは、捕りすぎなどで鳥の個体数が減少し、そのため捕獲が制限されるようになり、それに伴って鳥食文化も失われた、というストーリーが語られる。捕りすぎで絶滅危惧種になってしまったウナギも出てくる。しかし、捕りすぎで減少しているウナギは、さほど捕獲は制限されていないし、ウナギを食べる文化はなくなってない(たぶんウナギが絶滅するまで続きそう)。捕りすぎで減少して、食欲は抑えられたりはしない。鳥食文化が失われたのは、少なくとも昭和に入って以降、日本人の大部分はそこまで鳥を食べたいとは思わなかった、と考えるしかないんじゃなかろうか。そこには“愛鳥”ってものも関係していたかもしれない。

 日本人は魚食の民と考えるのが普通。確かに人々の食生活を支えていたのは魚だけど、文化面では鳥がとても重要な役割を果たしてきた。この本を読めばそれが判る。鳥と日本人について、今まで知らなかった一面が見えてくる。そして、その大部分が失われてしまったのが残念な気がする。江戸時代から続いた上野山下の雁鍋屋は行ってみたかった。
 古文書に登場する鳥名が、現在のどの種に該当するのか、なかなかはっきりせず難しい。著者は鳥屋ではないけど、そこはけっこうちゃんと調べてる印象。
●「魚食の人類史 出アフリカから日本列島へ」島泰三著、NHKブックス、2020年7月、ISBN978-4-14-091264-5、1400円+税
2022/7/14 ★

 現生霊長類の研究者で、人類の進化についての著作も多く、下関の鮮魚商の息子として育った著者が、ホモ・エレクツスから旧石器時代までの人類、そして日本人の食生活の歴史を、魚食を切り口に考えてみた一冊。
 第1章はイントロ的に霊長類の魚食の例を紹介。第2章と第3章は、魚食が最初に確認されたホモ・エレクツス、及びネアンデルタール人がどのような食生活をしていたか、それを魚食を中心に考える、というかさまざまな説を紹介。第4章からはホモ・サピエンスの話。第4章では、農業以前のとくに水辺での生活と魚食の意義。第5章では海辺の生活と農業のはじまり。第6章では旧石器時代の石器にみる魚食の痕跡。第7章は、旧石器時代から現代までの日本人の魚食の話。
 さまざまな文献、さまざまな仮説を紹介しつつ、人類の食生活の歴史を時代順にながめられて面白い。第2章〜第6章では、古人類学や考古学に基づいた記述であるのに対して。第7章は歴史学的なアプローチが目立ち、トーンが大幅に変わる。のみならず第7章は、取り上げられる内容の偏りが気になる。”おわりに”にいたっては、生活習慣に対する著者の主義が表明される。
  第6章までで終わるか、同じアプローチで現代まで語るか、日本人以外の漁労の民を紹介するか、日本各地の漁労の歴史をもっと紹介するか。 多様で1章に収まり切らないのなら、もう少し焦点をしぼるか。第7章はどうにかしようがなかったかなと思う。今のままだと、なにを語る本か判らなくなって終わる印象。
●「カニの歌を聴け ハクセンシオマネキの恋の駆け引き」竹下文雄著、京都大学学術出版会、2022年4月、ISBN978-4-8140-0395-2、2000円+税
2022/7/12 ★

 熊本大学の天草の臨海実験所でワレカラを研究していた著者が、長崎大学でPDをすることになって、ふと耳にした「ハクセンシオマネキのオスは巣穴の中で鳴くよ」という言葉。その声は、巣穴内交尾の際の、メスへの求愛なんじゃないか?というアイデアから始まり、ハクセンシオマネキの配偶行動に関するさまざまな研究が紹介される。

 まずは野外での求愛音の確認。コンクリートマイクを設置しただけでは確認できないので、ダミーを作って、動かして、ようやく確認。その声は、近縁なスナガニ類での例では、胃臼の歯を擦り合わせて出すらしい。
 メスはどんな求愛音を出すオスを好むか、オスの栄養状態を変えると求愛音は変わるか、といった疑問を、工夫した野外実験で検証。低い塀で囲ってての野外実験が面白い。でも、限られた繁殖期に、十分な実験を行うのは大変そう。
 近隣オスの邪魔の影響を確認するべく、そしてメスの探索行動を調べるべく繰り返し行われる、炎天下でのメスの追跡観察・撮影。とにかく大変そう。ってゆうか、熱中症大丈夫なん? いまどき珍しいパワーエコロジー。博士課程が北海道大学だったからかも。

 その他、オスのハサミの歯の形態、オスの背甲の色も調べていて。これでもか!というくらい、ハクセンシオマネキの配偶行動を調べた成果が紹介される。それも有名なウェービング以外を。おまけにPDのお仕事として担当したナメクジウオやゴマフダマの研究の話。あいまに論文投稿や進路の話。少し前なら、東海大学出版会のフィールドの生物学シリーズから出版されていた感じの内容。
●「したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち」成田聡子著、幻冬舎新書、2017年9月、ISBN978-4-344-98470-7、780円+税
2022/6/26 ★

 寄生者が寄主をあやつるさまざまな事例を紹介した一冊。最初は寄生者が寄主の行動を変える例がいろいろ出てくるだけ。けっこう知ってる例も多い。寄生者が次の寄主に移るために、喰われやすい行動をさせるケースが多いなぁ。
 と思っていたら、だんだんと枠組みが拡張され、最後にヒトの感情に影響する細菌やトキソプラズマに到達する。もうみんな何かあやつられている感じ。そして、寄主+寄生者はセットで一つのユニット、進化の単位としてとらえたくなってくる。

 ゴキブリをあやつるエメラルドゴキブリバチ(日本にいるので言えばセナガアナバチ類)。 イモムシにブードゥー・ワスプ。カマキリに入水自殺させるハリガネムシ。アリをゾンビ行進させるタイワンアリタケ、そのゾンビ化を抑制する菌。同じくアリをあやつる吸虫ディクロコエリウム。カリフォルニアカダヤシを鳥にくわせる吸虫。リベイロイアに寄生されたカエルは、脚が増え、逃げるのが下手になって喰われやすくなる。
 テントウハラボソコマユバチにあやつられたテントウムシは、脱出したコマユバチの蛹をガード(ウイルスを利用!)。カニのオスに寄生して、メス化させてしまうフクロムシ。
 ブラインシュリンプは、サナダムシにあやつられて赤くなり群れになり、フラミンゴに食われる。ブラインシュリンプには微胞子虫にも寄生されていて、そっちにもあやつられていてややこしい。

 アリアカシアとアリは、共生関係と考えられてきたが、アリアカシアは蜜を通じて、アリの酵素を改変して、他の蜜を消化できなくしていた!
 サムライアリやチャイロスズメバチの奴隷も、寄生者にあやつられているという枠組みで捉えられるとは気づかなかった。その流れで、カッコウなどの托卵も、寄生者による寄主の操作。

 狂犬病ウイルスも寄主を操作し、伝播確率を高める。マラリア原虫はハエを、ペスト菌はノミをあやつっていたとは!  バキュロウイルスはチョウ・ガの幼虫を操る。
 そして、腸内細菌は、私たちの感情、攻撃性に影響し、学習能力にも関係があるという。

 さらっと紹介されてるけど、足の裏から体内に入るスナノミが怖い。カニの甲羅の黒いツブツブはカニビルで、それが付いてるズワイガニは美味しい(かも)という話は覚えておきたい。
●「怪虫ざんまい 昆虫学者は今日も挙動不審」小松貴著、新潮社、2022年4月、ISBN978-4-10-351792-4、1500円+税
2022/6/15 ☆

 裏山の奇人が、2020年〜2021年夏にかけて書いた連載をまとめた一冊。ちょうどコロナ禍の期間で、海外はもとより国内でも遠方に昆虫採集にいけない恨み辛みが繰り返し書き連ねられている。本論より、新型コロナウイルスや政府、そしてそんな中で脳天気昆虫採集に遠征する虫屋どもへの、恨み辛みが繰り返しでてきて鬱陶しい。
 そういうのを除くと、遠征できないから家から自転車や原付で日帰りできる範囲で意外といろんな発見があった。という話。自分の本分を忘れて遠征してばかりいた裏山の奇人が、コロナ禍のおかげで本分を思い出したってことか。
 井戸水からヨコエビやミズダニ、そして珍種のウズムシを見つけたエピソードは面白かった。北関東の田んぼで見つけた絶滅危惧なゴミムシもよかった。ガロアムシは、関東では捕りやすいけど、関西ではなかなか捕れない理由も分かったけど。ちょっと余計なものが多すぎ。同じ著者の他の著作を読んだ方がいいと思う。
●「都会で暮らす小さな鷹 ツミ」兵藤崇之著、福音館書店たくさんのふしぎ2022年3月号、700円+税
2022/6/14 ★★

 横浜市の郊外の街で繁殖するツミの観察を元に、ツミの繁殖を紹介。
 最初にツミの紹介と狩りの様子、観察方法、観察の際の注意点をしるした上で、巣づくり、抱卵、育雛、巣立ちと繁殖の様子が順に紹介される。メスにエサを運ぶオス、獲物にされる動物たち、巣立ちの頃のヒナの様子、カラスやオナガとの関係などが、自らの観察に基づいて語られる。巣づくりの最初は枝が落ちてばっかりとか、落ちたヒナが巣に歩いて戻るのを、枝をたてかけて手助けしたとか、実際に観察したからこその臨場感にあふれ、他の本では得られないツミの暮らしぶりが判る。
 巣材を運ぶ時はくわえることも、足でつかむことがある。立ち上がれるようになったヒナは、巣の外に糞をするとか。キジバトやオナガなど巣にいるヒナも襲うなど。いろいろ勉強になった。
●「野ネズミとドングリ タンニンという毒とうまくつきあう方法」島田卓哉著、東京大学出版会、2022年1月、ISBN978-4-13-063952-1、3400円+税
2022/6/6 ★★

 アカネズミをドングリだけで飼ったら死んでしまう。という話を生態学会大会のポスター発表で聞いたのは、2000年3月だったのか。この本にあるように、ずっと人だかりが出来ていて、とても盛り上がっていた。納得できないけど、事実は事実だし、うーん。といった反応がいっぱいで面白かった。以降、このアカネズミとドングリの謎を解明していく様子を、生態学会大会で聞くのを楽しみにしていた。タンニンが抜けるかと思って、土に埋めたけど、抜けなかったんですよー、とか。途中で少し飛んでしまって、結論が判ったような判らなかったようになってしまった。この本でまとめて結論が読めてよかった。
 第1章は、アカネズミの紹介。貯食を通じたドングリなどの種子散布によって、その個体数の多さもあって、日本の森林生態系でとても存在感が大きいというのが重要ポイント。第2章は、ドングリに含まれるタンニンという毒の紹介、そして、ドングリだけでアカネズミが死んでしまう実験。第3章では、いよいよドングリとアカネズミの謎の解明に乗り出す。とにかく野外のアカネズミはドングリを食べているはずなので、どうやって解毒しているのかを検討する。まずやってみたのは、貯食による毒抜き仮説。それから順化仮説。
 第3章で当初の謎は一定解決された。で、第4章では、アカネズミにくわえてヒメネズミが登場し、複数種のドングリも登場して、より大きな視点で野ネズミとドングリの関係が追求される。第5章では、ドングリの豊凶と野ネズミの個体数変動の関係性も、双方の種の組合せによって変わってくるという話。
 アカネズミがドングリ食べて死ぬって話だったのが、野ネズミとドングリの複雑な種間相互作用にまで拡がっていく。タンニンという毒を通じて、こんなに面白い世界が見えるとは。化学生態学って面白いなぁ、と今頃気づいた。
●「ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って」川端裕人著、岩波書店、2021年11月、ISBN978-4-00-061497-5、2700円+税
2022/6/9 ★★

 1647年、鎖国をはじめて間もない日本に、生きたドードーが連れてこられていた。出島の「商館長日記」などにそれが記されていたことを知った著者は、そのドードーが日本でどうなったかを調べ始める。時は、出島にポルトガル船がやってきて、周辺の大名が臨戦態勢をとった“長崎有事”の真っ只中。関係者が多くてややこしい。はたして日本に到着したドードーはどうなったのか?
 著者は、生物関係の著作も多いサイエンスライターにして、小説家。それだけに文章は読みやすいし、構成もしっかりしている。第1章で長崎有事の真っ只中に連れてこられたドードーの行方を探索したかと思ったら、第2章ではヨーロッパのドードー標本をめぐる。最後の第3章では,モーリシャスに出かけてドードーの骨の発掘隊に加わる。
 ドードーに限らず、17世紀頃、オランダ経由で、世界からさまざまな動物が日本に持ち込まれたことが判る。現在残っているドードー標本は、(後に発掘された骨を除くと)数点しか残っていないことが判る。ドードーという鳥の本当の姿、分類についてもいろいろ判る。絶滅した巨大な飛べないハト目鳥類という何となくの認識しかなかったドードーを、実在した鳥として認識できた。
 しかし、単なる絶滅鳥の一種に過ぎなかったドードーを、世界的メジャーにしたのが不思議の国のアリスで、日本でメジャーにしたのがドラえもんだったとは知らなかった。
●「身近な鳥のすごい食生活」唐沢孝一著、イースト新書Q、2020年3月、ISBN978-4-7816-8064-4、1000円+税
2022/5/30 ★

 著者は、東京で高校の先生をしながら、長らく鳥の研究をされてきた方。論文だけではなく、たくさんの著書がある。中でも都市で暮らす鳥についての業績が多く、“都市鳥”という言葉は、この方が広めたかなにかしたはず。で、今回のネタは、鳥の食性。登場するのはもちろん市街地周辺で見られる身近な鳥(最後のカツオドリ以外)。
 30のパートに、31種が登場する(ドバトとキジバトだけ2種セットで少し不満)。スズメの盗蜜、ハシブトガラスの貯食、ハシボソガラスの貝落としなどなど、個々の種のメジャーな食性関連トピックが順に紹介されていく。

 気になったのは、キジバトの胃内容物といいながら、そのう内容物が紹介されてることとか。ヒヨドリは何より種子散布者として取り上げるべきと思うけど、なぜかビークマークとユズリハの葉っぱ喰いしか紹介されないこととか。
 ムクドリはショ糖を分解できないから、ミカンは食べないって本当かな? コゲラもサクラの花を吸蜜するとは知らなかった。ツグミやシロハラが、モグラが追い出したミミズを狙うってのは初めて聞いた。関東ではアオサギではなく、コサギが釣り人から魚をもらうんだなぁ。
 メジロの舌は先がブラシになってるだけでなく、根元が管状になってるとは知らなかった。カワウが上嘴を反らせることができることも知らなかった。今度、剥く時、見てみよう。
●「となりのハト」柴田佳秀著、山と渓谷社、2022年4月、ISBN978-4-435-06310-4、1350円+税
2022/5/30 ★

 著者は鳥に詳しいサイエンスライター。市街地の鳥には造詣が深いとは知ってたけど、おもにカラス屋さん。まさかハトの話を書くとは思わなかった。さらに言えば、ハトだけで1冊本を書く人がいるとも思ってなかった。
 第1章はハトの紹介。抜けやすい羽毛、首振り、食性、水飲み、ピジョンミルクなど。第2章は、身近な日本のハトとして、ドバト、キジバト、アオバトが登場。第3章は、身近ではない日本のハト、ズアカアオバト、カラスバト、シラコバト。日本でのさまざまな研究成果が登場する。第4章は、世界のハト。ドードーやリョコウバトなど絶滅したハト目鳥類が多めに取り上げられる。最後の第5章は、ハトと人の関わり。食肉としてのハト、伝書鳩やレース鳩。
 家禽だし外来生物問題もあるし、メジャーな絶滅種がいくつもいるし、身近だし。言われてみれば、ハトは色々とネタが多い鳥だった。残念ながら、知ってるネタが大部分なので、さほど楽しくはなかったが、伝書鳩絡みの部分は勉強になった。ミノバトの胃石が珍重されるとは知らなかった。
 内容面でとくに不満はないのだけど、もう少し膨らませられると思ったのは、ハト類の生態(採食生態も繁殖生態も)や繁殖行動、そして家禽の品種絡みだろうか。

●「絶滅動物物語」うすくらふみ著、小学館、2022年1月、ISBN978-4-09-861275-8、1137円+税
2022/5/27 ★

 ステラーカイギュウ、ドードー、アメリカバイソン、オオウミガラス、ピレネーアイベックス、リョコウバト、キタシロサイ、ニホンオオカミ。アメリカバイソンだけは絶滅の縁から復活したが、あとは絶滅した動物の物語が語られるマンガ。
 基本的には絶滅または減少したプロセスが語られ、ピレネーアイベックスだけは、クローンによる復活が失敗した話。プロセス自体は事実に基づくが、エピソードには創作なんだろうなぁというものが混じる。
 いずれもとても有名な話ばかり。判明している限りでは人による狩りが原因のものばかりが取り上げられ、外来生物による絶滅や、環境破壊による絶滅が出てこないのは、あまりイマドキじゃない気がする。続編があるんだろうか?

●「食虫植物」福島建児著、岩波科学ライブラリー、2022年3月、ISBN978-4-00-029710-3、1800円+税
2022/5/22 ★★

 世界に約30万種いる植物のうち、食虫植物は約860種。1%にも満たないけど、多くの人を惹きつける食虫植物のさまざまな側面を、研究者が一通り紹介してくれる一冊。
 第1章は、食虫植物とはなにか? 虫を捕獲して、消化吸収すれば食虫植物なのだが、吸収できてるかの判断がけっこう微妙。その当落線上にあるロリデュラを中心に判断の難しさが示される。虫の消化吸収をカメムシ経由で行って良いなら、もっと食虫植物の範囲は広くならないかな?
 第2章は、食虫植物の猟具。それは、トラバサミ、トリモチ、投石機、落とし穴、スポイト、ウナギ筒の6通り。トラバサミ、トリモチ、落とし穴はメジャーだけど。モウセンゴケの仲間の投石機、スナップ触毛。タヌキモのスポイト。ゲンリセアの螺旋迷路のウナギ筒とか、二つ名がかっこいい。ハエトリソウのトラバサミの仕組みも詳しく面白い。
 第3章では、食虫植物、とくにウツボカズラ類が何を食べているか、あるいは何を食べていないかが紹介される。落ち葉を食べるベジタリアンのウツボカズラとか、蜜をなめにきたネズミの糞を食べているウツボカズラ。はては中にコウモリを住まわせて糞を食べるウツボカズラまで。さらに北アメリカのムラサキヘイシソウは、キボシサンショウウオをしばしば食べるという。
 第4章では、食虫植物の葛藤が紹介される。葉っぱを光合成に使うか、捕虫に使うかというトレードオフ。惹きつけた昆虫を食べてしまうか、花粉を運んでもらうかという葛藤。虫を食べるはずが、虫に食べられる食虫植物。さらに食虫植物が捕まえた虫を横取りする虫や、捕虫袋の中で暮らすイモムシまで登場する。食虫植物の悩みはつきない。
 第5章は、食虫植物の食虫はメリットがあるかを検証しようとしたダーウィン親子の実験をまじえつつ、食虫植物がどんな条件でメリットがあるかを紹介。「貧栄養で、日光と水が豊富な環境」と言われると、なるほどと思う。
 第6章は、食虫植物の系統の話。第7章は、複雑な食虫植物がどうやって進化したかの検討。最後の第8章は、食虫植物のゆくえ。

 食虫植物と動物とのさまざまな関係が紹介される第1章から第4章がとにかく面白い。後半挫折してもいいから、前半は読もう。


●「世界の納豆をめぐる探検」高野秀行文写真・スケラッコ絵、福音館書店たくさんのふしぎ2022年2月号、700円+税
2022/5/6 ★★

 納豆好きのおじさんが、納豆を調べてまわる。まずは日本の納豆の作り方。伝統的な納豆作り。菓子箱納豆、雪納豆。納豆の食べ方、納豆の起源。そして話は世界へ拡がる。
 まずはアジアの納豆。ミャンマーのシャン族のトナオ、ネパールのキネマ、中国ミャオ族のガオヨウ、韓国のチョングッチャン。アジアには広く納豆がある。調味料やダシの素として使われていることが多い印象。乾燥させた保存食も一般的。稲わら以外の葉っぱでも納豆ができるとは知らなかった。
 続いて西アフリカの納豆。アジアはみんな大豆で作っていたけど、アフリカではいろんな豆で納豆を作る。バルキアの豆で作るナイジェリアのダワダワ、ブルキナファソのバオバブ納豆。出だしの処理は違うけど、後の処理は大豆の納豆と余り変わらず、臭いも似てるらしい。
 最後に納豆の起源を実験的に調べるべく、煮てつぶしたツルマメを、トチの葉っぱでくるんで納豆をつくるくだりが面白い。大豆も稲作もなくても納豆はできる。納豆の起源はとても古そう。
 とりあえず、家でもっと納豆をダシや調味料として使ってみよう。まずは納豆汁。
●「ハクセキレイのよる」とうごうなりさ著、福音館書店ちいさなかがくのとも2022年2月号、400円+税
2022/5/6 ★★

 夕方、駅前ロータリーの木に、ハクセキレイが集まり、一晩過ごして、朝飛び去っていく。それだけなのだけど、とても丁寧にリアルに描かれている。まずは周囲のビルの上に集まってから、木に移る感じ。数百羽のハクセキレイが集まっていても、多くの人はほとんど気付いていない感じ。
 ハクセキレイは、性別や年齢で色や模様が違う。背が灰色だったり、黒かったり。頭が灰色だったり、黒かったり。幼鳥は顔が黄色っぽかったり。胸の黒斑の大きさが個体によってさまざまだったり。描かれているハクセキレイも、1羽1羽少しずつ違ってる。ハクセキレイのことよく判ってる。
●「エビはすごい カニもすごい 体のしくみ、行動から食文化まで」矢野勲著、中公新書、2021年12月、ISBN978-4-12-102677-4、900円+税
2022/5/6 ★

 水産学畑で50年以上にわたってエビ・カニを研究してきた著者が、エビとカニのあれこれを書きまくった一冊。著者の専門は、どちらかと言えば生理学中心で、一部行動学といったところだろうか。
 第1章は、十脚類の分類と体の構造、そして脱皮を少々詳しく。消化管も脱皮するのは面白い。第2章は、五感と生殖。脱皮の度に、平衡胞に自分で砂粒を入れるというのが面白い。
  第3章は、数種のエビの生態が紹介される。重要な漁獲対象のクルマエビ、イセエビ、サクラエビはさておき、クリーナーシュリンプと魚のコミュニケーションとか、渡りをするコウライエビやフロリダロブスターとか、テッポウエビの閃光を放つ衝撃、テッポウエビのパチンがサンゴ幼生を引き寄せるなど、面白い話題は多い。イソギンチャクを保護してクリーナーシュリンプを放牧するテッポウエビはとくに興味深い。性転換の話は、魚の性転換も勉強してから書けばいいのに。
 第4章は、今度はカニの面白生態。例によって、ズワイガニ、ガザミ、モクズガニという漁獲対象の話から。面白いのは、両ハサミでイソギンチャクをつかんでるキンチャクガニ。
 第5章は、前半は外骨格をカルシウムなど栄養物質の貯蔵場所にしているという話で、後半は「月夜の蟹は身入りが悪い」という言い伝えの真偽について。
 第6章は、エビ研究の最前線からと銘打って、30年以上前の自身の研究成果が紹介される。第7章は、エビ・カニにとってのアスタキサンチンという赤い色素の役割を解明した話。第8章は、著者が飼育していたエビ・カニの賢さ自慢?
 最後の章は、エビ・カニのアレルギーの話と、食文化の話。

 第1章と第2章はイントロで。第3章と第4章は他の人の研究中心に、面白生態を紹介。第5章〜第8章は、著者自身の成果や経験が語られる。著者自身の研究成果は素晴らしいのだろうけど、興味が専門的で、門外漢にはすばらしさが 伝わりにくい感じ。生態学が好きなら、第3章と第4章が一番楽しい。
 全体的には、教科書っぽさが強い一方で、てんでバラバラの蘊蓄が順に繰り出されている感じ。文章が、古い物語調っぽい。進化についての理解が微妙。

●「魚にも自分がわかる 動物認知研究の最先端」幸田正典著、ちくま新書、2021年10月、ISBN978-4-480-07432-4、900円+税
2022/5/3 ★★★

 ヒトは、(ある年齢以上であれば)自分が鏡に写ってるのを理解できる(鏡像自己認知)。他の動物は、というと類人猿、ゾウ、イルカ、ごく一部の鳥類のみが鏡像自己認知できると考えられてきた。つまり鏡像自己認知というのは、一部の動物にしかできない高い知的能力であると。しかし、著者はこれを引っ繰り返した。難しいのは動物が鏡像自己認知してると示すことであって、けっこう多くの動物が鏡像自己認知してるかもしれないことを示した。なんせ、ホンソメワケベラという小さな魚ですら、鏡像自己認知できるんだから。
 第1章で、魚の脳の構造を紹介。魚の脳は、昔ながらの教科書にあるような単純なものではなく、哺乳類と基本的には同じような構造を持ってるという最新成果を紹介。第2章では、魚も我々と同じように、顔の細かい特徴で、個体を識別しているという自身の研究成果を紹介。第3章では、鏡像自己認知研究の歴史を紹介。ここで重要なのは、マークテスト(俗にルージュテスト)の手順。と、ここまでが肝心の話の基礎知識。
 第4章が本論。ホンソメワケベラでマークテストしてみたら、なんと高い率でクリアしてしまった〜! 鏡を見せられたホンソメワケベラは、最初はケンカを売るけど、やがて変な行動をして確認してから、これは自分だと理解するらしい。完全にチンパンジーと同じプロセス。
 第5章は、その発見を論文として発表するときの苦労話。魚の認知の研究者からは大絶賛、一方、霊長類の認知研究者からは、ダメ出しの嵐。ってのが面白い。つけられた難癖を、追加実験で次々とクリアしていき、どんどん説得力を増していくのが格好いい。最後は、少なくとも霊長類の認知研究の大御所の1人も認めてくれたらしい(第6章に出てくる)。動物ごとに、気になるマークは違うから、それを間違えたら、きちんとしたマークテストにならないという指摘は重要(なんで今頃?感はあるけど)。
 第6章から第7章は、魚の意識についての考察と、今進めている研究の紹介。自己鏡像をどう認識しているかから始まって、外見的自己意識、内面的自己意識、内省的自己意識を区別し、魚は内省的自己意識、すなわち心があるんじゃないか? 判った!って瞬間もあるんじゃないか? という問いかけといくつかの実験成果を示して終わる。ここはまだ途上の研究。異論もいろいろありそう。でも、面白い。今までに明らかになったことだけでも、少なくとも脊椎動物についての我々の自然観を大きく変える成果。

 大学院の研究室の先輩なので、少し斜めにかまえて読んだけど、想定以上に面白かった。昔から頭のいい人だとは思っていたけど、ここまできちんとした研究者だとは思ってなかった(とても失礼)。タンガニイカ湖で調べて、個性個性と言ってた頃は、あっさり言い負かされてたような気がしたけど。
 この研究って、今後のこの分野の展開次第だとは思うけど、もしかしたら、ノーベル生理医学賞もありうるんじゃね?とか思った。とりあえず、著者には長生きして欲しい。


●「クジラのおなかに入ったら」松田純佳著、ナツメ社、2021年12月、ISBN978-4-8163-7105-9、1300円+税
2022/3/30 ★

 北海道大学でクジラのストランディング研究に出会い、ストランディングの研究機関をつくるという目標をもって、クジラの研究者に向けて邁進する著者の成長物語。
 大学生になって、なんとなく航路調査とか、ストランディング調査に加わる。もっとスキルをあげたくて、解剖を学び。食性調査をするために、イカの研究者に弟子入り。そしてイシイルカで卒論。さらに研究を進めるべく、安定同位体比分析を学び、イシイルカ・ネズミイルカ・カマイルカで修論。スジイルカやカズハゴンドウなどを交えて博士論文。
 研究者になるプロセスの話と、ストランディング調査のエピソード、一般的クジラ類やストランディング調査の説明が、上手に混じっている。そして、自身の研究成果もちゃんと示してくれて、興味が持てた。「クジラの骨と僕らの未来」 「海獣学者、クジラを解剖する。」と、ここのところ、立て続けにクジラ本が出版され、いずれもストランディングした個体の処理の話が出てくる。この本が一番、良かった。
●「干潟に生きる小さな貝たち のどかで楽しい不思議な暮らし」小倉雅實・江良弘光著、八坂書房、2021年8月、ISBN978-4-89694-290-3、1600円+税
2022/3/10 ★★

 定年後、三浦半島にある小網代湾を中心に、おもに干潟の貝類を観察してる、というか、いろいろ数えまくっている著者が、普通に干潟に自然観察に行っても、まず目に留めることのなり貝たちの暮らしを、観察ポイントを紹介してくれる。文章での解説の前後に、2〜4ページのマンガででも説明してくれている。カラー写真もいっぱいで、とても読みやすい構成になっている。
 第1章は、干潟の泥をフルイでふるって見つかる小さな貝類。とくにコメツブガイ類の棲み分け、季節消長、繁殖、食性の紹介。というか、調べた成果を発表。
 第2章は、干潟にもぐってる二枚貝の話。水管に注目したと思ったら、今度は目に注目する。二枚貝がたくさん目を持ってるのは知ってたけど、あんな場所にあんな目があったとは!  ソトオリガイの殻長の季節変化のデータも示される。
 第3章は、フトヘナタリが主役。フトヘナタリの寿命の話から、ヘナタリ類の第3の目の話。貝の目の画像コレクションは確かに、ちょっとホラー。
 第4章は、干潟のウミウシ。緑色のウミウシの盗葉緑体の話題と、アメフラシ類などの砂嚢板の話。アメフラシのあれが砂嚢の歯だったとは!
 第5章はカサガイ。家を持つカサガイとか、農園を持つとか肥料を撒くとかは知ってた。後半は、ウミニナについてるツボミガイの話。ツボミガイだけでこんなに楽しめるとは。
 干潟での自然観察の新たな視点をいっぱい提案してくれる。とても面白かった。
●「図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか? 生きものの“同定”でつまずく理由を考えてみる」須黒達巳著、ベレ出版、2021年12月、ISBN978-4-86064-676-9、2000円+税
2022/3/4 ★★

 『ハエトリグモハンドブック』の著者が、図鑑で名前を調べられるようになる道を、体験的に伝授してくれる。イントロから判りやすい。バイオリン買っても、教本を丸暗記しても、バイオリンが弾ける訳じゃないですよね?バイオリンを弾く腕前を磨かないと。図鑑もそれと一緒。なるほど。
  という訳で、対象生物の形を見分ける目を養わないと、図鑑を使えるようにならない。という説明が第1章。
 第2章では、目をつくるプロセスを体験。図と言葉で知識をインプットして、実際にサンプルを観察。観察対象の特徴を見出す作業をしてみる。
 ここまでで基本の伝授は終わりといえば終わり。あとは実践あるのみ。第3章では、著者自身が、まるで知識のないシダの同定にいどんでくれる。
 第4章では、ある程度、判るような気がしてから落ち込む罠。種内変異について。「違いに気づく目と、共通点に気づく目」というフレーズがいい。
 第5章は『ハエトリグモハンドブック』を作る舞台裏。第6章は、いろんな昆虫を同定する沼を実践で見せてくれる。クロカメムシ属はまだいいとしても、キモンハバチ属やツヤホソバエ科の同定は挑む気力も湧かないかも。でも、検索表の使い方を知るにはいいと思う。

 おおむねイントロから第2章で本論は終わってる。あとは実践あるのみ! スパルタな本かもしれない。
●「カニムシ 森・海岸・本棚にひそむ未知の虫」佐藤英文著、築地書館、2021年12月、ISBN978-4-8067-1628-0、2400円+税
2022/2/25 ★

 高校教師や大学教員を経ながらカニムシ研究して40有余年。序文によれば、一通り調べた後、いわば集大成として普及書を書こうと思ってたけど、ぜんぜん一通りが終わらないので、ここら一旦 カニムシを紹介する本を書いたとのこと。
 第1章は、カニムシの認知度が一般に低いけど、見せるとけっこう受けが良いといった軽い話ではじまったと思ったら、形態・分類の話でいきなり難しくなる。分類形質が細かく説明されて、カニムシが嫌いになりそうに…。と思ったら最後は行動、食性、移動、成長、繁殖というカニムシの基本的生態の紹介。毒や糸を出すとか、他の動物に便乗して移動とか、柱の上に精包のせて受け渡しとか、楽しいネタが満載。毒のないカニムシは、獲物をとったら振り回して静かにしてから食べるらしい。ハサミが汚れるのをとても嫌うカニムシは、クモを襲っても糸がからんだら、捕食忘れてハサミの掃除を始めるらしい。可愛い。
 第2章は、生き物好きだった著者が、大学卒業して高校教師になってから唐突に独学でカニムシを調べはじめる話。土壌生カニムシ探して、海岸生カニムシ探して、樹上生カニムシに偶然出会う話が面白い。
 第3章は、著者のカニムシの生態研究が紹介される。垂直分布調べたり、いろんな林を調べたりして、多様性を比較。そもそもあまり多様性が高くないけど。季節消長を調べたり。標高によってかなりパターンが違うのは面白い。分布調査に関しては、多変量解析を教えてあげたい気がした。
 最後の第4章は、採集と飼育と観察テーマの紹介。

 第1章の形態と分類が普及書にしては専門的過ぎる。第3章の生態研究が、申し訳ないのだけど、いま一つ。カニムシに興味を持つ人を増やしたいなら、第1章の最後の部分をふくらますのが良かったように思う。
●「奇跡の清流 銚子川」NHKスペシャル取材班+内山りゅう・近藤玲介・平嶋健太郎・富川光・森哲也著、山と渓谷社、2019年8月、ISBN978-4-635-06308-1、1300円+税
2022/2/4 ★

 NHKスペシャルの書籍化。源流から河口まで、水の透明度がとにかく高くて、写真がとにかくキレイ。“見えないものが見える川”というキャッチコピーがついてるが、これは河口部の塩水くさび(と淡水との境界“ゆらゆら帯”)が見えるって意味。
 第1章は“ゆらゆら帯” と、海と川を行き来する通し回遊魚の紹介。第2章は、銚子川の透明度が高い理由を地質から解説した後、ナガレヒキガエルと、伏流水に生息する珍しいヨコエビとミミズハゼの紹介。第3章に利用の手引きと、生き物図鑑。
 これを読めば一度行ってみたくなる。興味深い記事も多い。が、編集担当が書いた第2章「銚子川が生まれる森を見に行く」がポエムで中身がなくて、これだけで大幅に本の評価が下がった。
●「ヒルは木から落ちてこない。 ぼくらのヤマビル研究記」樋口広大良+子どもヤマビル研究会著、山と渓谷社、2021年9月、ISBN978-4-635-06308-1、1300円+税
2022/1/15 ★

 2011年、三重県四日市市の四日市少年自然の家で、子どもヤマビル研究会が旗揚げ。その後10年近くの活動が紹介される。
 大人がサポートするけど、活動するのは小学生が中心。周辺にたくさん生息するヤマビルを題材にして、ヤマビルの謎の解明に取り組む。ヒルは何に反応して寄ってくるのか?ヒルは木から落ちてくるのか?ヒルの心臓はどこにあるのか?シカが増えればヒルも増えるのか?
 ヤマビルはいわば害虫で、駆除されることもあるくらいなので、殺しまくっても非難されない。そして近くに大量にいる。そして、意外なくらい生態が不明。確かにとても適した題材。小学生中心の取り組みだから仕方がない面もあるけど、定性的な研究に留まっていて、口頭での発表はしてても、文章にしてないのが、少し残念な気もする。あと、ヒルとシカの関係の研究に関しては、スケールの問題が絡むので難しそう。
 研究の成果をイベントで発表するけど、先入観にこりかたまった大人たちは、なかなか納得してくれない。それに果敢に立ち向かう子ども達は、けっこう格好いい。
 子どもたちの会話を軸に、ストーリーが展開して、その合間に筆頭著者の感想や解説がはさまる。よくいえば臨場感があるのだけど、でも考えてみれば、会話を正確に覚えているとも思えないので、ある種のフィクションが入ってる感じがするのが、少し引っかかる。
●「ニュースなカラス、観察奮闘記」樋口広芳著、文一総合出版、2021年11月、ISBN978-4-8299-7237-3、1600円+税
2022/1/6 ★

 著者は、東京大学名誉教授で鳥類学の大先生。けっこうマスコミに登場するとは思ってたけど、ニュースになったカラスネタだけで、本を1冊書いてしまった。
 水道の蛇口をひねって水を飲むカラス。車にひかせてクルミを割るカラス。ビワのタネを広めるカラス。線路置き石事件、石鹸盗難事件、ロウソクで放火事件。ゴルフボールや針金ハンガー、神社の浮き玉を持っていくし、銭湯に通うし、銀座赤坂六本木をハシゴする。
 いろんなネタを持ってるなぁ、と改めて思った。でもまあ、ビワ以外は全部聞いたことがある。以前の本に書いてあるネタは、そちらを詳しくは参照としてるのは少し興ざめ。でも水道で水を飲む話と、クルミを割る話は、この本が一番詳しそう。
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