自然史関係の本の紹介(2009年下半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「環境を<感じる> 生物センサーの進化」郷康広・颯田葉子著、岩波科学ライブラリー、2009年5月、ISBN978-4-00-007498-8、1200円+税
2009/12/20 ★

 味覚、嗅覚、温度の受容体とその遺伝子、及びその進化の研究者にが、感覚の進化の概略を紹介した一冊。まだまだ研究途上ではあるが、今まで明らかになったことを、門外漢にもわかりやすくまとめてくれている。
 昔、学校で習った5感の仕組みは、視覚や聴覚はともかく、味覚や嗅覚、触覚に関してはいたってアバウトなものだった。その時の疑問の多くが解明されつつあることがわかる。味覚は、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の基本五味に対応する受容体があるらしい。一方、匂いには、基本香は存在しないらしい。ネコは甘味を感じないとか。ヒトはあまり苦味を感じなくなっているとか。ヒトがフェロモンを持っているかはまだ決着していないらしい。個別の現象の説明だけを拾っていくだけでも充分楽しい。
 さらに、さまざまな受容体や遺伝子の発現パターンを、さまざまな生物間で比較することで、我々の感覚の世界を進化の文脈で考えられるのはとても面白い。同時にそれは、動物の感覚世界を理解するのに大いに役立ちそう。魚類、陵生類、鳥類は4色視(紫外、青、緑、赤)で、哺乳類になっていったん2色視(紫外、赤)になってから、霊長類の進化の過程で3色視(青、緑、赤)になったんだとか。じゃあ、鳥はみんな紫外線反射が見えるって理解でいいのかな? 調べられた鳥はハトらしいが。
 ただ、全体的にさらっと書かれていて、ちょっと物足りない感もただよう。これ以上詳しく書かれても、門外漢にはさっぱりわからなくなるだけかもしれないが。

●「分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか」三中信宏著、講談社現代新書、2009年9月、ISBN978-4-06-288014-5、800円+税
2009/11/13 ★★

 「系統樹思考の世界」に続く、系統学者たる著者の講談社現代新書第2弾。前作が系統樹思考のススメだったのに対して、こちらではヒトはどうしても分類思考に陥ってしまうんだよな〜、という内容。著者の考えや発見を紹介する本というよりは、種に分けたがる人の傾向、それにともなう色々な問題を紹介した一冊。
 「系統樹思考の世界」では、ヒトは実はさまざまな局面で、系統樹思考をしてきたんだよとか、系統樹思考はほらこんなに役立つよ、といった話が並ぶ。何を言いたいかは、最初からわかってるし、予定通りの場所に着地する感じ。本書でも、ヒトがいかに分類思考が大好きなのかを、「種問題」を軸に延々と語られる。今までの著者の発言を知っていれば着地点はわかっているのだけど、それでもどこに向かうのか、落とし所はどこなのかちょっとワクワクしながら読み進められる。
 あとがきに言い訳的に明記されているが、「種問題」を解決するのが本書の目的ではない。それを期待して読んだ向きには落とし所は不満かもしれない。でも、メタファーにメトニミーに心理的本質主義、形而上学から認知心理学までくり出して「種問題」を説明してくれる本書は、多くの生物屋にとってとても勉強になる一冊だろうと思う。ただ、これを楽しく読むにはそれなりの予備知識が必要。たとえば生物学的種概念と聞いて何のことかわからないと、その度に詰まることになりそう。
 クラシックからマンガまで持ち出しての話の進め方は、文系の人にも受けそうな気がする。まるで「生物と無生物のあいだ」のように。一般受けしてベストセラーになってもいいようなものだけど、わかりやすい”答え”がないのでそんなに売れないんだろうなと思う。知的冒険としては、「生物と無生物のあいだ」などよりはるかに面白いのだけど。

●「モグラ博士のモグラの話」川田伸一郎著、岩波ジュニア新書、2009年8月、ISBN978-4-00-500634-2、780円+税
2009/11/3 ★

 国立科学博物館の研究員の著者が、自身の研究対象であるモグラを紹介しつつ、研究成果も紹介、合わせて研究者としての自身を紹介した本。
 第1章はモグラの簡単な紹介。第2章は、子どもの頃から大学院博士過程に入るまでの紆余曲折を紹介。第3章は、海外にモグラ採りに行った時の様子が語られ、第4章と第5章ではモグラの形態・系統について自身の研究成果を中心に紹介。付録に世界のモグラのリストが付いている。以外と種数は多くないんだなというのが率直な感想。そして、日本は狭い割にはモグラの多様性がやたらと高い感じ。
 モグラとは何か知りたい人、モグラを研究してみたい人、哺乳類の野外調査をするような研究者になってみたい人は読んでみたらいいと思う。が、モグラの形態や系統、生態について、そんなに詳しく紹介しているわけではない(けっこう不満)。研究者が進む進路としては、けっこう変わったタイプかもしれない(それなりに面白いけど)。ただ、研究をすすめる中で知っても論文には盛り込まれないような、モグラ及びモグラ研究についてのノウハウはいろいろ詰まっている。トラップ使わずにモグラを捕まえる方法は一度試してみたいところ。

●「京もキノコ! 一期一絵」高山栄著、京都新聞出版センター、2009年7月、ISBN978-4-7638-0625-3、1500円+税
2009/11/3 ★

 著者は、40年以上にわたってキノコの絵を描き続けてきた方。数多くのキノコの絵本や図鑑に絵を提供されている。関西のキノコ研究者との関わりも深く、アマチュアのキノコ研究者という側面もあるらしい。でもまあ、この本は、キノコ研究者の側面よりは、きわめてストロングなキノコ狩りおじさんという側面が色濃い。キノコの生物学の解説もまじえつつ、キノコ狩りのこぼれ話しや食べ方の話が多い。とにかく年間百数十回も山にキノコを採りに行っている人の経験に基づくキノコの解説はとても面白く、美味しそう。
 自身のキノコの絵が半ページあって、それに関連の話題がついている。テキストの長さは、けっこうまちまち。取り上げられているキノコは、メジャーなのが多いがレア物もまじる。日本で初めて採ったというトリュフは大きく取り上げられていて、絵が2枚にテキストも3ページ。他にもブクリョウ、ショウロ、ツチダンゴと地面の中のキノコが取り上げられていて、興味深い。暖皮なんてのは初めて知った。チチタケは乳がうまいとは知らなかった。キノコを食べる上で役立つ知識も満載。いろんな種やテーマを順番に取り上げるタイプの本は読んでいて途中で飽きることが多いが、不思議とこの本は最後まで楽しく読めた。

●「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著、講談社現代新書、2007年5月、ISBN978-4-06-149891-4、740円+税
2009/10/29 ☆

 出版されて以来、現在まで書店ではずっと平積み状態が続いていると言っていいだろう。ものすごく売れ続けている本。1979年に岩波新書から『生物と無生物の間』という本が出ているが、ほとんど同じタイトルをつけつつ、それにはまったく触れられていない。ちなみに本家の方は、まっとうにウイルスの話をしているらしい。
 プロローグの末にどんな本か書いてある。「「動的平衡」論をもとに、生物を無生物から区別するものは何かを、私たちの生命観の変遷とともに考察したのが本書である。私の内部では、大学初年度に問われた問い、すなわち生命とは何か、への接近でもある」 読んでみたが、ちょっと違うように感じた。
 プロローグとエピローグにはさまれた15章の内、最初の11章は、分子生物学の歴史を紹介してるといっていいだろう。DNAが遺伝情報を担っていること、DNAの二重らせん構造、PCR、同位元素をトレーサーとして使う技術など。分子生物学の研究の歴史でエポックメイキングな出来事を、その発見にいたったエピソードを中心に、その内容を少し解説。合間に、著者が見たアメリカの紹介と、研究者世界の楽屋話。第12章以降では、著者自身の研究、細胞膜の動態に大きな役割を担うGP2探索の経過が紹介される。
 GP2の話はそれなりに面白いが、そこまでの内容は、とくにとりたてて珍しいものではない。科学の普及書としてみた場合、発見エピソードには満ちてはいるが、科学的な解説はあまり多くない。そして何より、生物と無生物の違いは何かという問いには答えていない。「動的平衡」という説明不十分の言葉を投じただけ。
 「動的平衡」を自身のアイデアとして書いているように思うが、生物が動的な平衡状態にあることは別に目新しい指摘とも思えない。ただ著者が使っている「動的平衡」という語は一般的な意味合いとは少し違うらしい(というのも、普通に動的な平衡状態を考えただけでは、ノックアウトマウスの試みが失敗した原因と考えられる生物の発生・生理の可塑性の説明にはならないから)。違うらしいのだが、著者は少なくともこの本では、自身の考える「動的平衡」をきちんと説明していない。著者自身も明確には説明できないのかもしれない。もしかしたら別の本に書かれているのかもしれない。いずれにせよ、この本は読まなくていいと思う。

●「うみのダンゴムシ・やまのダンゴムシ」皆越ようせい著、岩崎書店、2009年5月、ISBN4-03-526220-X、1400円+税
2009/10/27 ★★

 土壌動物写真家の著者が、日本各地のダンゴムシの写真を並べた本。ダンゴムシの可愛さ満載。著者のダンゴムシへの愛があふれている。
 海のダンゴムシ:ハマダンゴムシに始まって、山のダンゴムシ:コシビロダンゴムシ類、そして街のダンゴムシ:オカダンゴムシと順に紹介される。最後の「ダンゴムシという生きもの」という解説コーナーでは、ハナダカダンゴムシまで取り上げられている。ダンゴムシの一通りがわかるとてもお得な一冊。
 おすすめは裏表紙にも使われている真っ青なオカダンゴムシ。こんなのがいるとは知らなかった。一種の病気らしいが、一度見てみたいものである。

●「ふんコロ昆虫記 食糞性コガネムシを探そう」塚本珪一・稲垣政志・河原正和・森正人著、トンボ出版、2009年7月、ISBN978-4-88716-168-9、2000円+税
2009/10/19 ★

 関西のアマチュアのフン虫研究家の手によるフン虫の普及書。2005年に出版された『日本産コガネムシ上科図説 第1巻 食糞群』と対をなす一冊と言っていいだろう。
 第1章「フン虫・その魅力」では、フン虫のくらしや形・色、分類学的位置、分布についての概要を解説。第2章「フン虫・どこにいる?」は、環境や地域ごとにどんな種がいるかの解説、というより採集記が並びまくる。第3章「フン虫を楽しむ」では、フン虫の採集方法、標本の作り方、飼育・撮影のノウハウが披露される。第4章「フン虫・人との関わり」はタイトル通り、とても短い。付録には、日本産フン虫のチェックリスト、分布表、分布図が並ぶ。
 全体に、マニアによるフン虫への愛があふれかえっている。その愛に共感できるか、少なくとも微笑ましく思えるかがこの本の評価の分かれ目になるだろう。少なくとも、まだまだ日本のフン虫には研究の余地があることはわかる。身近に新種発見の可能性まであることは、ちょっと手を出してみようかなという気を起こさせる。
 個人的には、好んで甲虫を採集している海岸や河原の砂の中にケシマグソコガネ類という一群がいるとは知らなかった。いままでも知らずに採集してるんじゃないかと思う。これからは意識して採集してみようかと思ったり。コブスジコガネ類といえば、サギのコロニーかと思っていたけど、むしろホネホネ的状況こそがコブスジコガネ類狙いにぴったりとは知らなかった。もしかしたら受け取った死体に付いていたのかも…。フクロウの巣から珍種コブナシコブスジコガネが採れたと言うのも魅力的。ハヤブサの巣にもなんかいるんじゃなかろうか? そして、先日見せられた謎のフン(?)。あれはやっぱりフン虫のフン玉ではないかと思う。紀伊半島にはダイコクコガネ並みの大きなフン玉を作る未知のフン虫がいるんじゃなかろうか? といった具合で、これからの虫との付き合いに色々とヒントをくれ、個人的には興味深かった。
 残念な点は、フン虫の採集・撮影などに強い興味のない者への配慮が少なめなこと。採集者にならなくってもフン虫に興味を持ちそうな人にとって、読む価値があるのは第1章と第2章だけ。でも、第2章は、あまりに採集記ばかり。採集記は面白いけど、ちょっとダラダラしすぎ。生態的な側面についての話題をもっと盛り込み、どこまでが明らかになっていて、何が不明なのかを要領よく紹介してくれればさらによかったと思う。

●「死を食べる」宮崎学著、偕成社、2002年3月、ISBN4-03-526220-X、1800円+税
2009/10/15 ★

 「アニマルアイズ 動物の目で環境を見る」シリーズ第2弾。ここでいう環境はたぶんに、人にとっての環境なのだろう。動物の視点から人との関わりを取り上げたものが多い。その中で、この巻は、少し人から離れている点で特異かもしれない。タイトル通り、死体が食べられる画像が並ぶ。個体の死は、他者の生を支えている。メッセージはとても簡単。
 車道に転がる哺乳類の死体。キツネの死体が処理されていく過程。アリによって土の下に埋められていく死体。魚の死体にむらがるヤドカリ。海岸のクジラの死体。死体になじみのない人にはショッキングなのかもしれないが、見なれている者にとってはとくにインパクトがない。数時間で魚をホネにしてくれるヤドカリは、骨格標本作りに使えるかもしれないとか。けっこう色んな鳥が鳥や哺乳類の死体を食べに来るんだなとか。アリってとりあえず死体を隠すんだとか。感想はこの程度。キツネの死体にしても、ヤドカリが処理する魚にしても、どうして最後まで撮影していないのか(あるいは載せていないのか)が不思議で不満。

●「ホネホネどうぶつえん」西澤真樹子解説・大西成明写真・松田素子文、アリス館、2009年7月、ISBN978-4-7520-0450-9、1500円+税
2009/10/15 ★

 『ホネホネたんけんたい』に続く、ホネの写真絵本第2弾。登場する動物は、シマウマ、コビトカバ、アジアゾウ、キクガシラコウモリ、ジャイアントパンダ、ワラビー、ゴリラ、キリン、アナグマ。ライティングに凝ったホネの写真は相変わらずすばらしい。でも、全体的には二番煎じ感は否めない。ゾウ、コウモリ、ライオン、パンダ、ゴリラ、キリンではパーツなどで”わたしだーれだ?”と問題を出してから、次のページの全身骨格で答えを示しているが、なぜか他の動物では出題がない。なぜ全部でやらなかったのだろう?
 後ろには、例によってマキコたいちょうによる登場した動物のホネの解説。順番にそれぞれの動物のホネのトピックが紹介される。勉強になるけど、ものすごく普通。そして文章が多過ぎ。よほど興味を持たないとちゃんと読まれないのではないだろうか? せっかくマキコたいちょうやホネコといったキャラを登場させているのだけど、いまいち活きてないように思う。
 全体的に、ホネの魅力そしてその写真の出来の良さに頼り過ぎているように感じた。写真の提示の仕方や、マキコたいちょうの解説にもう少し仕掛けがあれば、さらに魅力的な絵本になるように思った。写真部分で全身写真以外にもっと語らせて、マキコたいちょうの解説はもっと要点のみ、ビジュアルに展開したらどうだろう?

●「ゲッチョ先生の野菜探検記」盛口満著、木魂社、2009年3月、ISBN978-4-87746-106-5、1700円+税
2009/9/10 ★

 ナカイ君やスギモト君といった身近な野菜嫌いの面々をだしに、野菜の歴史と多様性を紹介。キーワードは「野菜は毒である」。
 植物が持つケミカルディフェンス、すなわち毒を品種改良しつつ、食べられる植物、すなわち野菜にしてきた人間の営みが明らかになる。まあ当たり前で、それだけでは面白くないが、適度に化学物質を残してそれを野菜の味わいとして楽しんでいるんだなぁというのは、考えれば当たり前だが面白かった。
 気になったのは、果実とその他の部位をとくに区別せずに話が進んで行くこと。果実は熟した段階で、むしろ動物に食べてもらって、種子散布してもらおうとしはじめることがしばしば。果物をいっしょくたにしなかったのはいいが、野菜でも熟した果実を食べる場合は、同じこと。葉っぱや根っこ、未熟果を食べるケースとは、区別が必要。熟果に毒があるなんて話があるわけではないのだけど、その点に触れられていないのが気になった。

●「フジツボ 魅惑の足まねき」倉谷うらら著、岩波科学ライブラリー、2009年6月、ISBN978-4-00-007499-5、700円+税
2009/9/5 ★

 フジツボマニアによるフジツボ愛の本。最初にフジツボ図鑑、最後にフジツボのペーパークラフト、間にはフジツボへの愛が詰まっている。
 第1章で、フジツボの分類・形態・生息場所の概要説明。第2章で、生活史。第3章はダーウィンとフジツボ、第4章は文化とフジツボの関わり。第5章は、フジツボについての四方山話ってとこか。
 フジツボの初歩の入門書としてはこんなもんでいいのかもしれないが、どの項目も物足りない感が残る。さらっと読めるのはいいけど、さらっとしすぎか。印象的なのは、フジツボを著者がFと呼んでること。Pはプラナリア、KGBはコウガイビル。マイナーグループを愛する人には何かしら共通点があるらしい。ただ一言付け加えておくなら、44-45ページに載っているフジツボのキプリス幼生はとっても可愛い。

●「森林と人間」石城謙吉著、岩波新書、2008年12月、ISBN978-4-00-431166-9、700円+税
2009/9/5 ★★

 北海道大学の苫小牧演習林といえば、大規模な野外実験を展開し、最先端の生態学の野外研究を展開している施設の一つ。生態学会大会のエクスカーションで一度いったことがある。林冠を観察する施設に登らせてもらい、川が温室のように覆われているのを見て、おおお!これがあの、と喜んだ覚えがある。という具合に生態学関係者にはとても有名な場所。その苫小牧演習林も、かつては全然違った場所で、それがどのようにして今のようになったのかが紹介される。それは、多くの市民を巻き込んでの運動でもあった。
 生態学畑出身の著者が、当時お荷物とされていた苫小牧演習林に林長として赴任するところから話は始まる。林学のなわばりである演習林では、生態学屋は異分子。異分子が好運にも林長という立場に収まることができて、好き勝手にふるまうと現在の苫小牧演習林のような、少なくとも生態学研究には絶好のステーションができるという話。ただし、その道はかなりけわしそう。北海道大学の林学関係者、苫小牧演習林にもとからいた職員、地元の関係者。多くの人を説得して、結果的にはなんとか自分の思いを貫いてはいるが、ここには書かれていない苦労がいっぱいあっただろうと思わせる。
 それでも、少なくとも生態学屋からすれば、これは成功の物語。そして、生物多様性が市民権を得つつある現在、これからの林学の一つの方向性を示す物語でもあると思う。でも、全編に流れるのは、当時の林学と林学関係者への痛烈な批判、その批判の多くは現在の林学にも通じるだろう。林学屋はこの本をどのように読むんだろう?
 著者は2009年で75歳。退官して、自分の半生を振り返って書いた本でもある。なにか成し遂げたという満足感が強くただよう。これだけ満足感を込めて人生を振り返ることができるのは、とてもうらやましい。自己満足でもいいからそんな人生を歩んでみたいもんだと思ったりした。

●「きのこの下には死体が眠る!? 菌糸が織りなす不思議な世界」吹春俊光著、技術評論社、2009年6月、ISBN978-4-7741-3873-2、1580円+税
2009/8/26 ★★

 千葉県立中央博物館学芸員の著者が、きのこのさまざまな側面を紹介した本。
 第1章は、著者の専門のアンモニア菌の話。第2章は、きのこの分類・形態・生態の基礎知識。第3章は、きのこの毒の話。第4章は、きのこの繁殖や生活環の紹介。第5章は菌根を中心にきのこの暮らし、第6章はきのこの分布の話。最後にきのこの研究について紹介。
 きのこについて気になる多くの側面が簡潔に紹介されているとは思う。自身の調査経験や博物館での経験もおりまぜられライブ感はあるし、わからないことはわからないと書いてあるのは好感が持てる。ただ、一番おもしろいところをもっと突っ込んで書き込んでもらえればもっとよかったと思う。アンモニア菌の暮らしぶり。菌類がいてこそ成立する森の話。きのこの分布の話。とても面白そうなトピックなのに、物足りないまま終わってしまって残念。
 もう一つ残念なのはタイトル。中身とずれていて、かえって本屋で手に取るのをためらわせるだけでは? 表紙に哺乳類の頭骨が転がっているのも、ホネホネな人にはいいけど…。この頭骨、へんな頭骨と思ったらフクロギツネであった。

●「ありえない!?生物進化論」北村雄一著、ソフトバンククリエイティブ、2008年11月、ISBN978-4-7973-4592-6、952円+税
2009/8/26 ☆

 著者の肩書きは、フリージャーナリスト兼イラストレーター。深海生物や恐竜関係の著書もあるらしい。この本は、進化論の解説ではなく、生物の進化のいくつかの例をネタに、仮説の検証という科学の営みを説明した感じ。同時に分岐系統学も紹介しようとしているようでもある。”科学とは…”といった発言が目立つので、一種の科学論でもあるのかもしれない。
 とりあげられているネタは、クジラと偶蹄類(とくにカバ)の系統関係、始祖鳥は鳥か恐竜か、恐竜絶滅の謎、バーチェスの節足動物の系統関係。それなりに議論があるテーマを取り上げて、比較的最近の論文まで紹介しているのは勉強してるなとは思わせる。説明では、あえて極端な仮想敵を設定してみたり、例え話を挿入しまくる。わかりやすくと思ってるのかもしれないが、とてもくどく感じる。それでいて肝心の部分のデータや解説が省かれていたりする(読者には難しいだろうという配慮なんだろう)。
 全体を読んだ感じでは、著者はかなり単純な科学感を持っているのかなという印象。仮説とは検証されうるもので、検証されたら大多数の科学者はその仮説を採用し、すなわちそれが真実である。科学もまた人の営みであるって思わないんだろうか?パラダイムって考え方は知らないのか、嫌いなのか。一番気になるのは、多数派の科学者が採用している仮説を、科学的事実と同一視しているかのように思える書き方。わざと読者向けに単純化して、断言してくれているのかもしれないけど…。

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