SF関係の本の紹介(1999年下半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】


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●「クリスタル・サイレンス」藤崎慎吾、1999年、朝日ソノラマ、1900円、ISBN4-257-79038-5
19991230 ★★

 火星で地球外生物の死体が発見され、ほぼ同時期に火星では様々な異変が起こり始める。人類が月や火星にコロニーをつくっている未来。世界はウェブで覆われ、自立した人工知性も現れ始めている。主人公は縄文時代を専門とする考古学研究者(らしい)。
 火星での謎とは別に重要なのが、世界規模のウェブに生息する生命達。ウェブ全体を基盤に存在する人工知性体。その人工知性体による物質世界操作のモジュールとして存在する人間。現在のコンピュータウイルスが進化し野生化した存在。そういったウェブ上の野生生物を保護しようとする人間(野生生物愛護センターがある!)。おもしろいアイデアがいっぱい。
 火星における高度な文明を持った地球外生命の存在というのが大きな謎なのだが、その起源、行動の目的、縄文時代との関わりなど、多くの伏線は謎のまま放っておかれる。火星でのエピソードの処理がもう少し何とかなればよかったと思う。でもレッド・マーズよりははるかに上。

●「BH85」森青花、1999年、新潮社、1300円、ISBN4-10-433901-6
19991226 ★

 よく効く、というか(発送の転換に基ずく)あまりに効きすぎる養毛剤が、人類文明を滅ぼす話。地球は養毛剤の成れの果てに埋め尽くされ、人類はわずかに残るのみ。でも妙に明るくて楽しい。すぐに読める。あらゆる生き物が融合したときの精神のあり方は、とてもおもしろかった。
 疑問に思ったのは地球表面を埋め尽くすほどの生物体を構成できるだけの物質的な基盤があるかどうか。とくにすべての生物が融合した後も、成長を続けられるかが問題。水素、酸素、窒素、炭素は大丈夫としても、燐はすぐに足らなくなってしまうのでは? 空気の組成だって変わるに違いない。まあ、このSFにとって、そんなことはどうでもいいんですけど。

●「チグリスとユーフラテス」新井素子、1999年、集英社、1800円、ISBN4-08-774377-2
19991225 ☆

 地球から片道30年ちょっとかかる惑星ナインへの人類の植民が、原因不明の出生率低下で、約400年後に失敗する話。惑星ナイン最後の人間が、人工冬眠している過去の特権階級を、新しい時代から順に4人(すべて女性)、たたき起こす。たたき起こされた女性の話から、惑星ナインの歴史が遡る形で語られる。
 地球からやってきた人類は、一旦は定住に成功したかに見えたが。最初は、急速な人口増加に伴う食糧危機に陥る。その後は逆に原因不明の出生率低下で、とうとう惑星には最後の子どもだけが残されることになる。とはゆうものの餓死者がでるほどの食糧危機だと言うのに、昆虫は蛋白源として利用していないようだし、出生率の低下に対して人工子宮の利用や地球への救援要請などあらゆる対策を講じたとも思えない。結局、出生率低下の原因は謎のまま。
 登場人物の思考過程も、論理の飛躍が多すぎて、理解できない部分がたくさんある。さらに生き物に関する記述にいい加減な部分が何カ所か。この辺りのおかげで、文体を除いても読んでいてイライラしてしまった。
 テーマとして大きいのは、子どもを産むことに関するさまざまな点。子どもを産むことにだけ女性の価値があるとされたら?、育てられないとわかっていても子どもを産むべきか?、胎児の状態が完全にわかるとき堕胎の条件は?、惑星に一人きりとなるとわかってるのに何故子どもを産むのか?、など。で、最後は人生の意味とは、ってゆう問いかけ。残念ながら、どれについてもとくに新しい視点は提示されていない。結末にも驚きがないし。というわけで、新井素子ファン以外は読む必要なし。

●「不思議な猫たち」J・ダン&G・ドゾワ編、1999年、扶桑社ミステリー、700円、ISBN4-594-02771-7
19991211 ★

 ネコが出てくる短編を集めたアンソロジー「魔法の猫」の続編。今度は、猫ではなくてもネコ科動物が出てくる短編12編が収められている。家ネコ以外にトラ、とジャガーとクーガーとヒョウがでてくる。選ばれた短編の著者は、フリッツ・ライバー、マイクル・ビショップ、ルーシャス・シェパード、アーシュラ・K・ル・グィン。やはりそうそうたる名前がそろってる。やはり読むしかない。

 残念ながら、「焔の虎」と「ジャガー・ハンター」以外に印象に残ったのがない。家ネコを登場させて、ネコの目で人間を批評するというのは、すでに「魔法の猫」にいっぱいあったしねえ。

●「われらの父の父」ベルナール・ヴェルベール、1999年、NHK出版、2400円、ISBN4-14-005336-4
19991208 ☆

 一人の古人類学者が死に、その死に人類の起源に関する大きな謎が関わっているらしい。ということで、美人で強い女性と、科学のシャーロック・ホームズと呼ばれる変人、の二人のジャーナリストが、死んだ古人類学者の周囲にいた人たちを訪ねていく。その先々で、飛行機で乗り合わせた人からも、人類の起源についての怪しげな仮説が披露されるという趣向。
 結局、示される人類の起源の謎も、…やし。何よりも人類の起源に関する仮説の取り扱いが、中にはとても仮説とは呼べないのもあるし、さまざまなレベルでの仮説が混じってるのに、通りいっぺんでいい加減。途中出てくるダーウィニストとラマルキストと称する人同士の言い合いも、ばかばかしいとしか言いようがない。

●「エンディミオンの覚醒」ダン・シモンズ、1999年、早川書房、3800円、ISBN4-15-208249-6
19991205 ★★★

 「エンディミオン」に続く、ハイペリオンシリーズ第4弾。残念ながらこれで長編は最後らしい。800ページを越える大作ですが、最後まで楽しく読めます。多くの謎が明らかにされ、予告された多くのエピソードが語られ、未来への壮大なヴィジョンもあります。でも、まだ残された謎はあるし、語られていないエピソードも多い。また続きを書いて欲しい。
 舞台は「エンディミオン」と同じ、というか「エンディミオン」が上巻で、こちらが下巻といった感じ。「ハイペリオン」二部作は、さまざまな背景を持った人が惑星ハイペリオンへ巡礼にやってくるのを描いていた。これに対して「エンディミオン」二部作は、主人公エンディミオンがさまざまな惑星を巡っていく。

 ナノテクノロジー、惑星どころか銀河規模のウェブ、超光速通信に超光速航法、タイムトラベル、AI、不死などなど。今時のSFのほとんどすべてのテーマが盛り込まれている。エンディミオンが巡り歩く世界のさまざまな暮らしも、見所。ジャック・ヴァンスに捧げてあるだけのことはある。などと、いくら書いても本当にいい部分がうまく書けそうにない。とにかく絶対にお勧めです。必ず「エンディミオン」から、できれば「ハイペリオン」から読むように。

●「飛翔せよ、閃光の虚空へ!」キャサリン・アサロ、1999年、ハヤカワ文庫SF、880円、ISBN4-15-011292-4
19991127 ★

 「スコーリア戦史」という宇宙に広く拡大した人類同士の闘いの話。同じ設定の世界を舞台にしたシリーズだが、それぞれ1話完結なんだそうな。テレパシー能力を持った王族がいるスコーリア王圏と、サディストの貴族が支配するユーブ帝圏が長年の闘いを繰り返しており、地球を中心とする連合が中立的立場に位置している。で、この話では、スコーリア王圏の王女さまとユーブ帝圏の王子さまが、ロミオとジュリエットをします。それだけ。
 超高速航行の仕組み、テレパシーを利用した超高速通信、サイボーグ化されたジャグ戦士などなど、SF的設定はたくさんでてくる。けど残念ながらSF的な設定の展開・考察はろくにない。

●「OKAGE」梶尾真治、1999年、ハヤカワ文庫JA、840円、ISBN4-15-030615-X
19991117 ★★

 ほぼ現代の熊本が舞台。子供たちの大量失踪事件の謎が中心だが、日常がどんどん非日常的な世界に変わっていって、最後には…。とてもおもしろく、分厚いのにすぐに読めます。多くの登場人物が出てくるけど、それぞれちゃんと活躍します。帯やらにはホラーと書いてありますが、まったく怖くないし(ある意味で怖いけど)、そもそもこれはSFとして書かれていると思います。すべての謎はそれなりにちゃんと説明されます。
 けっこう惹かれたのは、ヒトが全体で一つの集団無意識を持つのではなく、いくつかの集団無意識に分かれている、という設定。ヒトの起源を考えれば、単一の集団無意識から新しい集団無意識が生まれたはず。ということは、集団無意識自体の進化を想定できる。遺伝子プールならぬ、ミームプールを考えてしまった。でも今まで出会ったことのない異常事態に、集団無意識が対応することができる、という設定はまったくナンセンスだと思う。

●「戦争を演じた神々たちII」大原まり子、1997年、アスペクト、1700円、ISBN4-89366-751-3
19991105 ★★

 「戦争を演じた神々たち」の続編と言うより、同じ未来世界を描いた第二弾。人類が宇宙に広がり、いろんな場所でさまざまに変化したはるかな未来。自らもその目的を忘れながら、次々と星や文明を破壊しながら、進軍を続けるクデラ軍。それを一つの軸に、さまざまな星での出来事が語られる。背景世界は共通しているが、ほぼ独立した話が5編収められている。

 惑星アテルイのトーテムのネットワークに基づく社会(「カミの渡る星」)。惑星デルダドの奇妙ないき物たち(「世界でいちばん美しい男」)。惑星キネコキスの謎の存在(「シルフィーダ・ジュリア」)。などなど魅力ある設定がいっぱい。うまく言えないけど、楽しく読めます。

●「ワン・オヴ・アス」マイケル・マーシャル・スミス、1999年、ソニー・マガジンズ、1800円、ISBN4-7897-1418-7
19991101 ☆

 21世紀初めのアメリカが舞台。夢や記憶を他人に転送する機械が開発され、他人の悪夢や記憶を預かるという商売ができる。預け先は他人の頭の中。殺人の記憶を預かった主人公が事件に巻き込まれる。といった話。
 まるで「記憶屋ジョニー」のよう。ディックみたいに現実があいまいになる部分もあったりして。でもそれは最初だけ。結局、現実や記憶の問題にSF的に踏み込むことはなく、ただサスペンスが続くだけ。謎の男達の正体もあんなんやしねえ。SFではなく、現代のおとぎ話なんでしょう。

●「順列都市」(上・下)グレッグ・イーガン、1999年、ハヤカワ文庫SF、(上)620円(下)620円、(上)ISBN4-15-011289-4(下)ISBN4-15-011290-8
19991029 ★

 21世紀半ば、人間(の記憶や人格などまるごと)をコンピュータ上にコピーすることができるようになった時代。肉体は死んでも、人格はネット上で生き続けることが出来る。もっとも自前のスーパーコンピュータを用意できる金持ちは、ネット上でリアルタイムに暮らしているが、貧乏人は計算速度を落として、あちらこちらのコンピュータの計算時間を少しずつ使って、現実世界とは離れて暮らしている。
 話の前半は、コピー達に永遠の生命を約束する男が現れ、それがどのような方法によるのか、というのが中心。後半は、男が約束した永遠の世界での話。細部に渡ってアイデアは盛りだくさんで楽しいけど、ストーリーは例によっておもしろくない。
 永遠の世界の基となった”塵理論”(あまりよくわからないけど)、もしこれが成り立つのなら(本文中でも触れられているように)、一切ハードはいらないし、あらゆる人間は永遠に(たぶん好きな設定で)存在できると思うけど…。それなら新世界を創る必要はないし、それの崩壊も心配しなくてもいいのでは?「宇宙消失」同様、物語の中心となるアイデアが成立したとき、世界がどうなるのか、についての考察が納得できない。
 ネット内で、あちこちのコンピュータの計算によって自分が存在してるとき、果たして自分はどこにいるのか? 自分と思っているこの存在は何なのか? これは肉体を持った我々にも当てはまる古くて新しい問いかけ。そもそも、どうして人間(の記憶や人格などまるごと)をコンピュータ上にコピーできるのかから考えた方が、いいと思う。>ダラム君。

●「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク2」(上・下)マイクル・クライトン、1997年、ハヤカワ文庫NV、(上)680円(下)680円、(上)ISBN4-15-040837-8(下)ISBN4-15-040838-6
19991013 ☆

 ジュラシック・パークの続編。とくに新しい要素はない。前編では何を説明するにもカオスって言ってたのが、今度は自己組織化とカオスの縁に変わっただけ。どれも、それだけをお題目のように唱えても仕方がないのにねえ。

●「リンク」ウォルト・ベッカー、1999年、徳間書店、1800円、ISBN4-19-860991-8
19991009 ☆

 「神々の指紋」を焼き直しただけの話。研究者と称する輩が、研究に名を借りて、アフリカでは殺人まで犯して部族の宝物を奪うし、南米では古代遺跡を破壊するし。人類の起源についての謎も、まったく予想通り。読む必要はなし。
 帯に書いてある「X-ファイル」と「インディ・ジョーンズ」が合体というのは言い得て妙。映画化されるらしいが、おもしろいかな?

●「ファイナル・ジェンダー」(上・下)ジェイムズ・アラン・ガードナー、1999年、ハヤカワ文庫SF、(上)640円(下)640円、(上)ISBN4-15-011286-X(下)ISBN4-15-011287-8
19991005 ★

 数百年未来の地球、文明の多くが失われている一方で、過去の発達した文明の遺産も残っている。北アメリカのとある村の住人だけは、20才までの間、男と女を一年おきに体験する。そして20才の時に、男・女・両生具有のいずれかを選択し、その後は性転換を行わない。過去に地球で何があったのか、どのようなシステムで性転換が行われるのか、という2つの謎が物語の最後の方で明らかにされる。
 物語では主人公の性選択の日とその前日のわずか二日間だけが描かれている。村の外から研究者が村の秘密を探ろうとやってきて、村がかき回される。要するにそれだけ。

 誰もが両性を体験(必ず出産と育児もする)するので、性的役割分担などというものがない社会ができる。かと思ったら、逆に性的役割分担が強固なだけでなく、むしろ思想的に対立していると言っていい社会になっている。性選択は、むしろどっちの陣営につくかという選択に過ぎなくなっているのが、慧眼と言うべきか…。
 感じの悪い主人公が、よそ者に巻き込まれて謎を解明する、というつまらん話の流れにかまけて、肝心のジェンダーに関する考察が浅いのが不満。

●「エリコ」谷甲州、1999年、早川書房、2200円、ISBN4-15-208218-6
19990926 ★

 性転換したゲイの娼婦が主人公。22世紀の大阪、上海、月面都市などを舞台に、主人公は中国系マフィアと日本政府の暗闘に巻き込まれる。主人公の仕事が仕事なので、全編を通じてさまざまなヴァージョンのエッチシーンが繰り広げられる。最初の内はドキドキするが、すぐに慣れてしまうので、青少年以外はとくに問題なく読めると思う。

 テクノロジーの進歩が、性産業にどんな影響をもたらすかについてのアイデアが面白い。クローニング技術が進展し、移植用の自分の臓器パーツのクローニングができるようになると、完全な性転換が可能になったり。ヴァーチャルリアリティー技術の進歩が、ネットを通じた完全な性交渉を可能にし、それを売り物にする性産業が生まれたりと。
 その他、交通システムなどいろんなところにおもしろいアイデアはいっぱいつまっていて、細部はとてもおもしろい。しかし肝心の人体丸ごとクローニングや、遺伝子の書き換えについては、とくに目新しさがない。国家間での、国民の遺伝子の書き換え競争、ってゆうのはけっこうおもしろかったけど、可能性を示唆しただけやし。
 テクノロジーの進歩による近未来の人類(社会)の進化。まさにサイバーパンク的なんやけど、突っ込みが足らなかったように思います。

●「グローリー・シーズン」(上・下)デイヴィッド・ブリン、1999年、ハヤカワ文庫SF、(上)880円(下)880円、(上)ISBN4-15-011280-0(下)ISBN4-15-011281-9
19990921 ★

 夏は通常の有性生殖(男女共に生まれる)を行ない、冬は精子の刺激で単為生殖(女性クローンのみが生まれる)を行えるように、手を加えられた人類が住む惑星ストラトスが舞台。女性クローンが社会の握り、男性は女性クローンの生殖を助ける存在にすぎない。有性生殖で生まれた女性は、放浪して自分にむいた仕事で成功して、新たなクローン系列の始祖となることを目指している。随所に、社会生物学的な考察がなされて、この社会構造の進化的安定性が主張されている(訳が悪いのか少しわかりにくい説明になってるけど‥)。有性生殖で生まれた女性のクローン系列の始祖になる可能性の低さを考えると、有性生殖で生まれた女性が単為生殖ではなく、有性生殖を求める、というミームはたやすく拡がりそうに思うんやけど…(男性の全面的な支持も得られるし)。
 このような’人間が有性生殖と同時に単為生殖もできたら’というテーマと同時に、’男女間の優位性が逆転したら’(どう考えても現実の人間社会は男性優位やから)、’必要最小限の科学技術しか利用しない社会があれば’というテーマも扱われている。それぞれおもしろいテーマではあるけど、充分に展開されてるかは疑問。

 話は惑星ストラトスに、他の惑星連邦からの使者が来ることによって引き起こされる権力闘争の中での、有性生殖で生まれた少女の成長が描かれる。冒険あり、恋あり、裏切りあり、と波瀾万丈。でも後味はとても悪い。結局、だーれも幸せにならない。描きたかったのは、ストラトスの社会であって、ストーリーはどうでもよかった感じでする。でも、その割に不必要に冒険が描き込まれているなあ。

●「宇宙消失」グレッグ・イーガン、1999年、創元SF文庫、700円、ISBN4-488-71101-4
19990827 ★

 21世紀後半。太陽系はバブルと呼ばれる謎の暗黒の球体につつまれていて、地球から太陽系外の星が見えない。話は、バブルとはまったく関係のなさそうな私立探偵の人捜しから始まる。第2部以降では、私立探偵はアンサンブルという謎の組織に就職し、そこで量子論に関わる謎に直面することになる。で、バブルの正体も明らかになるようなならないような。まあ関係は出てくる。

 量子論物のSFならおきまりの多世界解釈とは、ひと味違うアイデア自体はおもしろいけど…。波動関数の拡散と収縮を、主人公が扱う部分がしつこすぎるし、結末もさっぱり説得力がない。人間が、波動関数の拡散と収縮を自由に扱うことができるようになったら、どんな世界ができるのか、という点の考察が甘いのでは?と思う。

 未来を舞台にしているので、SFならではハイテクも数多く出てくる。中でもおもしろいのは、モッド。ナノマシンで脳内の神経の結びつきを操作して、脳内に特定の機能を持つバイオコンピューターをインストールしてしまうというもの。このモッドには、考えや感情、内分泌など人間のあらゆる側面を操作できるものがある。その結果、自分のアイデンティティーは一体何かという問題をもたらす。モッドを使わずとも、人間の考えや感情は外界の影響を受けて、特に理由もなく知らず知らずの内に変化する。だからモッドを使って自分が知った上で、自分の考えや感情を変化させる方がよほどまし。という考え方が一番おもしろかった。

●「クロスファイア」(上・下)宮部みゆき、1998年、光文社、(上)819円(下)819円、(上)ISBN4-334-07313-1(下)ISBN4-334-07314-X
19990821 ★

 高温の火をつける能力を持つ超能力者が、悪人を焼き殺して退治することから生まれた悲劇。超能力者とそれを追いかける警察官が、交互に語られる。小説としては、とてもおもしろい。でもSFとしては、とくに目新しくない。

 一見すると、人が人を裁くことに含まれる問題について問うている。ようにも見えるけど、それにしては、人を裁くことに対する迷いの場面が少ないし、そもそも裁くかどうか迷うような相手はほとんど出てこない。むしろ特殊な能力・事情を持つ人、あるいは心に大きな傷を持つ人にとって、幸せとは何かについて書いてあるように思う。

●「エンディミオン」ダン・シモンズ、1999年、早川書房、3000円、ISBN4-15-208209-7
19990816 ★★

 文句無しに三つ星の「ハイペリオン」2部作に続く、第3弾。この後のもう1冊とで新2部作を形作るらしい。ってゆうか、上下本の上巻という感じ。謎だらけのまま終わってしまってる。だから星は2つ。それ以外はとてもおもしろい。
 「うつろな男」がダンテの「神曲」を下敷きにしているように、「ハイペリオン」シリーズはキーツの詩を下敷きにしてるらしい。よく知らないけど…。

 聖十字架という共生体を持つことによって人が半永久的に生きられる未来。聖十字架による復活技術を一手に独占して、その力でほぼ全人類を牛耳るキリスト教の一派パクス。この一派から追われる少女と、彼女を追いかけるパクスの神父が、宇宙のあちこちの星を渡り歩き、その様子が交互に語られる。そして、テクノコアと呼ばれる機械知性のさまざまな派閥や、アウスターと呼ばれる宇宙空間への適応を目指す人類の一派、謎の存在’獅子と虎と熊’の影が見え隠れする。
 前の2部作で重要な役割を果たした惑星ハイペリオンの時間の墓標はほとんど登場しないけど、シュライクは健在。前2部作の300年ほど未来が舞台。前2部作に登場した人物や惑星の後日談もたくさんあるので、「ハイペリオン」から読み始めた方がいい(あるいは読み返すか)。

●「グッド・ラック 戦闘妖精・雪風」神林長平、1999年、早川書房、1800円、ISBN4-15-208223-2
19990810 ★★

 「戦闘妖精・雪風」の続編。まさか続編が書かれるとは思わなかった。ジャムと呼ばれる謎の侵略者との闘いが描かれる。舞台は、前作と同様、超空間通路で地球につながるフェアリイ星。そこで人類の空軍が、最新鋭の戦闘機でジャムと戦い地球への侵略を阻止する。ジャムの戦闘機や基地はでてくるが、ジャムの本体は謎のまま。これは完全に「キャプテン・スカーレット」。

 中身は神林長平らしく、他者とのコミュニケーション、現実、人間の集団、などについての考察が満載。機械知性体とも考えられる基地のコンピューター群と戦闘機・雪風や、存在すら謎のジャムを登場させることで、人間同士のコミュニケーションについての考察も、奥行きが増している。
 ジャムは実は実在しないのではと問いかけたり、ジャムによってつくられた人間のシミュラクラが登場したり、ディックばりの現実が不確かになる場面が随所に見られる。でも、自分は自分の感覚を信じて行動するだけ、とする主人公のせい(おかげ?)で、現実は崩壊せず、幻想かどうかはともかく維持される。

 一番おもしろいのは、前作の時点でジャムは、人間という有機体ではなく、戦闘機や基地のコンピューターと戦っているつもりだったという点。この続編になって、ようやくジャムは人間という有機体も、何かの機能を持っていることに気付き、人間のシミュラクラを送り込んで、人間を調べ始める。そして、ジャムと効果的に戦うには、有機知性体(人間)と機械知性体(コンピューター)の複合生命体が必要というのが、結論。この場合の複合生命体というのは、’互いを自分のサブシステムとして利用しつつ、協調して機能する複数の生命体の総体’らしい。相互に依存性の高い共生関係にある場合は、一つの生態学的あるいは行動学的なユニットとして扱えるってわけやね。

●「セレス」南條竹則、1999年、講談社、1800円、ISBN4-06-209582-3
19990806 ☆

 古代中国の都市や仙郷を模した仮想空間で、封神演義などの文献からとった仙人の名を名乗る金持ち達が、いがみ合う話。先任の使う術を有料のソフトに置き換え、その操作方法としての呪文や印を結ぶなどの動き、という設定はそれなりにおもしろいが。あとはストーリーも散漫でさっぱりおもしろくない。悪い部分だけ、封神演義によく似ていると思う。

●「仮想空間計画」J・P・ホーガン、1999年、創元SF文庫、920円、ISBN4-488-66321-4
19990803 ★

 現実を完全にシミュレートした仮想空間をつくる実験の中で、’知らぬ間に’その仮想空間に閉じこめられる科学者が主人公の物語。とでも言うか。結局は企業内の勢力争いの話でしかない。現実を完全にシミュレートした仮想空間をつくる際に、どんな点が問題になるか。あるいはそれがどんな役に立つのか、という考察はけっこうおもしろい。現実離れした仮想空間を扱ったSFが多い中では、けっこう出色。

 どれが仮想空間で、どれが現実かわからなく箇所がいくつかあって、そのまま現実とは何か、という問いかけになればディックばりのおもしろさになったと思うが、結局現実は確固として存在してしまっている。魅力ある設定を充分に生かし切れていない感じで、それが一番の不満。

●「マイノリティ・リポート」P・K・ディック、1999年、早川文庫SF、640円、ISBN4-15-011278-9
19990712 ★

 7編が収められた短編集。「追憶売ります」(トータル・リコールの原作、映画のストーリーは全然違うけど…)以外は、1950年代から1960年代に書かれたもの。表題作「マイノリティ・リポート」が映画化されるそうやから、その宣伝のために編まれたんでしょう。

 「マイノリティ・リポート」と「追憶売ります」は、ディックらしい現実の曖昧さが描かれていておもしろい。その他はそこそこ読めるけどそれほどたいしたことはない。

●「レッド・マーズ」(上・下)K・S・ロビンスン、1998年、創元SF文庫、(上)840円(下)840円、(上)ISBN4-488-70702-5(下)ISBN4-488-70703-3
19990709 ★

 火星に人類が初めて植民するところから、地球からの植民者が増加などのために火星の社会が変容していき、ついに地球側と火星側の対立から、様々な破滅的な出来事がおこる。といったところまで。火星での人類史を描いた3部作の第1作。
 上巻は、最初の100人の入植者が、火星に降り立って人間の生活空間をつくる際の人間関係のいざこざ。下巻は、火星社会に地球が干渉することに対する火星の人々同士、あるいは地球とのいざこざ。とにかく全編、人間関係のいざこざが描かれている。

 多くの人が高く評価しているのは、人間関係のいざこざの合間に描かれる火星の姿、そして人間による火星の変容といったところでしょうか。それは確かにインパクトがある。とくに下巻の後半辺りの大惨事は。でもああも人間関係のいざこざを書き込まなくてもいいのに…。

●「リメイク」コニー・ウィリス、1999年、早川文庫SF、580円、ISBN4-15-011275-4
19990702 ★

 デジタル化された俳優を使って、あるいは過去の俳優そっくりに整形した俳優を使って、リメイクや続編ばかりをつくっている未来のハリウッドが舞台。ミュージカルに出演して、実際に踊りたいと思ってハリウッドにやってきた主人公が、その夢をある意味で実現させる話。

 現代のハリウッドを皮肉っているその設定はおもしろいけど、話自体はそれほどでもない。ミュージカルに詳しければ、とくにフレッド・アステアが好きなら、楽しめる小説でしょう。

●「クロノス・ジョウンターの伝説」梶尾真治、1999年、ソノラマ文庫ネクスト、580円、ISBN4-257-17341-6
19990701 ★

 クロノス・ジョウンターというタイムマシンを使って過去に行くことに関わった恋愛物語が、3編収められている。連作短編集と言えなくもない。過去に滞在できる時間が限られている。過去に行けば行くほど、今度は未来に引き戻される。といった制限をタイムマシンに付け、それに基づく話をうまく創り出している。

 一番気に入ったのは「布川輝良の軌跡」。ハッピーエンドが好きやし、トリック(というかクロノス・ジョウンターの使い方?)もよかったし。

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