SF関係の本の紹介(2021年下半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「火守」劉慈欣著、KADOKAWA、2021年12月、ISBN978-4-04-111488-9、1500円+税
2021/12/24 ☆

 「三体」を書いた劉慈欣の作品だから、これは買わねばなるまい。童話っぽいけど、なにかしらSF要素があるに違いない。と勝手に思ったけど、本当に童話だった。決して、童話としてのできをどうこうではないけど、SFと間違えて買ってしまって、後悔しないように ☆ にした。
 まあ、月や太陽の真の姿が描かれている。と言えなくもないけど。判りやすい童話であった。なんせ、ロープかけて月に上がるし、太陽は毎日火を付けてあげる必要があるし。太陽の説明はちょっと笑った。人はそれぞれ自分の星を持ってるというのは、ロマンチックでいいけど、あの落語も思い出した。
 終わり方は、西洋っぽくなく、中国風だなぁ、と思ったり。
●「裏世界ピクニック7 月の葬送」宮澤伊織著、ハヤカワ文庫JA、2021年12月、ISBN978-4-15-031509-2、780円+税
2021/12/24 ★

 「裏世界ピクニック6」に続くシリーズ第7弾。3篇を収めた短編集のようでいて、個々の短篇で事件は完結してないから、実質長篇第2弾かと。
 ここまでの主人公2人+1人。というか、主要女性登場人物全員が多かれ少なかれ関わっていた。あるいは取り憑かれていた、もしくは多くの影響を受けていた、あの行方不明の女性とのエピソードが一旦一段落。ということは第一部が終わったんだろうか。次の新展開を期待。
 ちなみに、怪談を文化人類学の文脈でとられる議論が、とても面白かった。この線で突き詰めて欲しいなぁ。
●「GENESIS 時間飼ってみた」小川一水ほか著、東京創元社、2021年10月、ISBN978-4-488-01845-0、2000円+税
2021/12/2 ★★

 創元日本SFアンソロジーの第4弾。8篇を収めたオリジナルアンソロジー。第3弾から創元SF短編賞受賞作品の発表の場になっていて、8篇中、最後の2篇は受賞作品。残る6篇は過去の受賞作家ってことになってた気がするけど、今回はそうじゃなさそう。でも若手中心に実力派が並んでる感じかと。
 小川一水「未明のシンビオシス」。中央構造線極大正褶動(通称、大分割) で、沼津と熊本を結ぶ線に沿って地殻が約1km開き、その結果いわゆる日本の太平洋ベルト地帯周辺が壊滅。首都機能は仙台に移った。壊滅後の日本、大阪から仙台、そして北海道へと、女と男ともう一人が旅をする。そしてある目的を目指す。安定のクオリティ。
 川野芽生「いつか明ける夜を」。神から使わされた馬と、馬に選ばれた乗り手の話。詩人の作者らしいというべきか。ファンタジックな詩に思える。
 宮内悠介「1ヘクタールのフェイク・ファー」。東京にいたはずなのに、気付いたらほとんど身一つでブエノスアイレスにいて、初対面の女性のもとに転がり込んだり、追い出されたり、よりを戻したり。SFかというと怪しいけど、とにかく楽しく読めるから、まあいいや、って感じの話。
 宮澤伊織のときときチャンネル#2「時間飼ってみた」。コミュ症の天才科学者と同居してる主人公が、自分のライブ配信で科学者の発明を紹介するシリーズ。ライブ配信での視聴者とのやりとりを交えつつ、かなりハードなSFな話が展開して、とても楽しい。早く単行本になって欲しい。そのためにじゃんじゃん書くのです。
 小田雅久仁「ラムディアンズ・キューブ」。通勤途中に気になる異性を見かけるようになって、という少し不思議な話が始まったと思ったら、世界各地に出現している異星由来とおぼしき謎の巨大構造物が出現して、その中に気になる異星と共に取り込まれ、変な徴を付けられ変身したり巨人やらなんやらと闘ったり、そうこうする内に、遠い未来から宇宙に広がる大きな話になってしまっって吃驚。
 高山羽根子「ほんとうの旅」。寝台列車で乗り合わせた見知らぬ旅人と、ガイドブックや紀行文の“ほんとう”ってなんだろうって感じの話をする。これまたSFかと言われると分からないけど、楽しく読める。
 溝渕久美子「神の豚」。次男から妹に、長男がブタに変身した!って電話がかかってくる。出だしがとてもいい。台湾の田舎を舞台に、神にブタを捧げる祭りと、問題のブタとの生活が描かれる。人獣共通感染症のためにブタなど家畜の飼育は禁止され、肉はすべて培養肉という部分だけがSF的。あとはSFとは言いがたいけど、とても趣があっていい感じの小説。
 松樹凛「射手座の香る夏」。北海道の超臨界地熱発電所。それがつくられた山には、古くから巨大で白い凪狼が暮らすと言われていた。大深度地下での作業は、人間の意識を乗り移らせたオルタナをつかっておこなわれる。同じ技術を違法に使って行われるズーシフト(動物乗り)。嗅覚世界というか嗅覚によるコミュニケーションという愛では面白いけど、描かれ方が微妙。フクロウがどうして嗅覚世界に参加してるんだろ? 白い狼も微妙。そのイメージは“もののけ姫”ばかり思わせるし、その能力が説明抜きに高すぎ。神話のよう。ズーシフトした人間が嗅覚世界に簡単に馴染みすぎ。

 こうして見返すと8篇中、4篇はSFとはいいがたい。けど小説としていい感じ。そして、 「未明のシンビオシス」と「時間飼ってみた」はとても気に入った。
●「あなたのための時空のはざま」矢崎存美著、ハルキ文庫、2021年11月、ISBN978-4-7584-4446-0、640円+税
2021/11/27 ★

 5編収めた短編集。ネットに存在する謎のサイト。「あなたのための時空の狭間が、ここにあるかもしれません」。そこにある日時に心当たりの場所に行くと、起きる短時間の過去へのタイムトラベル体験。
 自分の出生時、息子の婚約者との約束、おばあちゃんの子どもの頃、父の思い出、自分が遭遇した事件。それぞれの時に戻って、何かを知って、何かを変えて、戻ってくる。すると現実は…。
 どうやってタイムトラベルするか、過去の改変がどう作用するか。SFなら少しはこだわりたい部分はサラッと描かれる。むしろテーマは、過去にこだわる人の心。
●「大日本帝国の銀河4」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2021年10月、ISBN978-4-15-031504-7、900円+税
2021/11/26 ★

 「大日本帝国の銀河1」「大日本帝国の銀河2」「大日本帝国の銀河3」の続き。オリオン集団は、大使館は浮かべるし、フィリピン沖に教育棟を建てるし、連合艦隊を撃破するし、アジア一帯から人材登用するし。オリオン集団が積極的に動き出しはじめて、自体は急展開しまくる。
 独裁者が消え、歴史が変わってきた。と思ったけど、オリオン集団は、経済と教育で世界を変えてしまいそうな感じになってきた。続きがかなり楽しみな感じ。
●「ビンティ 調和師の旅立ち」ンネディ・オコラフォー著、早川書房、2021年8月、ISBN978-4-15-335054-0、2200円+税
2021/11/16 ★

 アフリカのある部族の若き調和師が、銀河の一流大学に合格し、家族の反対を押し切って旅立つ。行きの宇宙船(的な生物の中)で大事件が起きて、若者は早速成長し、親友を得る。これが最初の短篇。
 若者は地球に戻るが、家族にも部族にも歓迎されず、諍いに巻き込まれる。その中で、新たな友を得て、また成長する。ってゆうか変容する。大学に戻るべく、再度宇宙に出ようとするが、三度変容する。
 若者の旅立ちと成長の物語なのだけど、成長っていうより、新たなものを獲得して変容していく。

 中短篇3編を収めているそうだが、時間的に連続しているので、一つの長篇として読める。
 主人公は、地球のある部族と、とある宇宙人との対立に巻き込まれて右往左往する。というのが物語を駆動している。んだけど、、とてもさまざまな宇宙人が登場する割りには、むしろ平和な宇宙と言える。別の部族と別の宇宙人はほんわか仲よく技術提携してるし。
 主人公が自分の部族の習慣にこだわりまくるのが、独特の雰囲気を出しているのはいいとして。いろいろ経験しても、子どもの頃に教え込まれたことから、なかなか抜け出せないのが、ちょっとイライラするかも。

 主人公をはじめ、一種の超能力者的な人達がたくさん登場し、魔術のような出来事が日常的に起きる。典型的でご都合主義的なストーリー展開といい、神話を読んでいるように感じる。
 個人的には、前半がかなり退屈だった。
●「2022年 地軸大変動」松本徹三著、早川書房、2021年9月、ISBN978-4-15-210052-8、1900円+税
2021/11/14 ☆

 地球にやってきた超技術を持つ宇宙人が、突然、宣言する。“今から30日後から、90日かけて地球の自転を止めて、その後96時間かけて地軸を90度動かします。地軸の傾きは無くし、太平洋の真ん中が北極で、アフリカ大陸の真ん中が南極。その後、自転を徐々に始め、45日かけて48時間秋期にします。” ついでに核兵器の廃絶も求められ、信じさせるために合衆国と中国の都市一つずつにウイルスを散布する。で、人類が右往左往する。
 地軸が90度動くのはもちろん、一時的にせよ自転が止まることで、地球環境はとても大きな影響を受けそう。さらにその後の48時間周期も重大。それだけ大きな環境の変動がありそうなのに、アフリカが極地になって大変だ!人々を避難させなくては!という話にほとんど終始する。
 そらそれも大事だけど、急激な海水面の変動(おそらく海面上昇も)あるはずだし、地殻変動で巨大地震が多発し、規模の大きな高潮だか津波だかが起きまくるはず。比較的短期間の間に極地の氷が解けて海水面の上昇も起きる。海岸部の都市の多くが壊滅しそう。なのに、そうした部分は“気候変動”が起きます。巨大地震が数回起きました。と、さらっと書いてあるだけ。磁場の変動があるから、宇宙線の影響も気になる。要は、SF的な意味でのシミュレーションがぜんぜんなされていない。
 じゃあ、何が書かれているかというと、地軸が動いた後、南極が熱帯になるとか、ロシアの永久凍土は広大な耕作地を提供するとか。地軸が動いて安定状態になってからの気候の話ばかり。氷が解けたら、南極はいきなり熱帯雨林になるとでも思ってるんだろうか? 農業が大きな影響を受けるとは書いてあるけど、そんなもんじゃなく壊滅的になるはず。アフリカからの難民だけでなく、全世界で深刻な食糧難が生じるはず。
 ところが、まだ地軸が動いて間もない時にすでに、脳天気に、核兵器が廃絶されて良かったね。宇宙人に感謝だね。てな、会話をしてる。解決の目処の立たない深刻な状況が何年も続いて、人類存亡の危機になりそうに思うけど。
 全編を通して、著者の政治、経済、社会についての意見と価値観が開陳されてる印象。
●「伝説の艦隊3 <ヴィクトリー>」ニック・ウェブ著、ハヤカワ文庫SF、2021年2月、ISBN978-4-15-012317-8、1200円+税
2021/11/12 ☆

 「伝説の艦隊1 <コンスティテューション>」「伝説の艦隊2 <ウォリアー>」に続く完結編。敵方は、ロシアを入れて7種族連合。その内、1種族を寝返らせた(というか開放?)と思ったら、もう1種族とも交渉開始。一方、味方のはずの人類には、敵にコントロールされるウイルスが上層部にまで浸透していることが判明。もはや誰が敵やら味方やら。という中で、主人公は相変わらずの猪突猛進で、敵の急所に気づき、多くの種族を巻き込んで、突っ込んで行く。
 ワープ先の謎は一応解明された。そこが一番SF的。でも、単純なタイムトラベルな話に終わる、ってゆうか平行宇宙が分岐するのかどうかも判らないまま。つまらない。エピローグは笑うしかない。


●「存在しない時間の中で」山田宗樹著、角川春樹事務所、2021年8月、ISBN978-4-7584-1390-9、1700円+税
2021/11/10 ★

 理論物理学の自主ゼミに突然入ってきた少年は、ホワイトボードに数式を書き綴り、それはこの宇宙についての衝撃の事実を示していた。それは、この世界の運命を大きく変える事態の始まりだった。
 4次元時空の人間が、高次の時空の存在とコミュニケーションを試みる。別の時空の存在とのコミュニケーション等、「時空犯」にちょっと似てる。もっと数学的雰囲気多めだけど、宗教的展開多めだけど。
 余韻のある終わり方は悪くない。でも、(繰り返し誤読の可能性は指摘はしているけど)高次存在からのメッセージと終わり方がずれてるのは気になる。

 あと、最初の謎の数式の結論は、この世界が二次元のホログラフ的な結論だったのに。途中から一切触れられなくなって、10次元宇宙が云々に変わったのは、なにか読み落とした?


●「時空犯」潮谷験著、講談社、2021年8月、ISBN978-4-06-524631-3、1750円+税
2021/11/8 ★

 天才科学者に呼び出された7人は、この1日が何度も巻き戻って繰り返されていることを知らされる。その謎を解くのに協力するために、巻き戻った時にも記憶を保持する液体を飲む。巻き戻っては起きる殺人事件。犯人はこの中に?
 時間が巻き戻る理由は、それなりにSF的に説明され、その理屈の中で、殺人犯も特定される。きちんと伏線が回収されて、必要な内容ばかりで構成された、しっかりしたミステリ。省けるパートは、ラブな部分だけ。でも、ラブストーリーは好きなので、これでOK。


●「四畳半タイムマシンブル〜ス」森見登美彦著、角川書店、2020年7月、ISBN978-4-04-109563-8、1500円+税
2021/11/8 ★

 せっかくタイムマシンがあるのに、基本的には、古ぼけた下宿屋を中心に、暑苦しい8月11日と8月12日を行ったり来たりするだけ(もっと過去やもっと未来にもちょっと行くけど)。勿体ない。でも、話はバック・トゥ・ザ・フューチャー。世界を守るため、クーラーのリモコンを持ってウロウロ。
 SF的に目新しくはないけど、とても楽しい。こういうラブストーリーは好き。


●「星のパイロット」笹本祐一著、創元SF文庫、2021年10月、ISBN978-4-488-74109-9、760円+税
2021/11/6 ★

 新人のスペース・スペシャリスト資格者が、スキルの高い変人揃いの零細航空宇宙会社に就職して、訓練して宇宙に飛び立つ。とても読みやすく、楽しい。一番の見所は、訓練シーンかと。意外と宇宙でのミッションのシーンはあっさりしてる。


●「ネットワーク・エフェクト」マーサ・ウェルズ著、創元SF文庫、2021年10月、ISBN978-4-488-78003-6、1300円+税
2021/11/5 ★★

 「マーダーボット・ダイアリー」の続編で、今度は長編。弊機が帰ってきた。ARTも帰ってきた。さらに新しいお友達も。
 トラブルを切り抜けて、ホームに帰ってきたと思ったら、謎の船の攻撃を受け、弊機+αが謎の星系に連れて行かれる。そこはある企業が再開発しようとしてるロストコロニーらしく、危険な異星人の陰も。で、旧友の乗組員の奪還作戦が開始される。
 謎の敵対集団ターゲット、それに操られる人間。ターゲットを指揮する敵対するAI。状況把握に時間がかかるミステリアスな設定に引っ張られて、すいすい読める。
 命令を受けることになれていた警備ユニットが自由になった時の反応。民主的な政体しか知らなかった人間が、人すら資産扱いする企業の論理を知った時の反応。異文化コミュニケーションが一つの読み所。


●「小惑星ハイジャック」ロバート・シルヴァーバーグ著、創元SF文庫、2021年4月、ISBN978-4-488-64906-7、780円+税
2021/9/29 ★

 貴金属を見つけて一攫千金。というのを夢見て小惑星帯で頑張った主人公。これで大金持ちだ!と思ったとたんトラブルに見舞われて。何が起きてるか判った辺りでほぼ半分。その後、驚きの展開が、ってところなんだけど、さほどなにも起きずに終わったような、雄大なビジョンが見えたような。
 1964年に書かれた作品なので、古めかしいのは仕方が無い。エースダブルの片方なので、短い。だから大きな展開ができなかったのもやむを得ない。そういうことかと。

●「フェイス・ゼロ」山田正紀著、竹書房文庫、2021年6月、ISBN978-4-8019-2690-5、1300円+税
2021/9/28 ★

 “SIDE A 恐怖と幻想”6編、“SIDE B 科学と冒険”7編、合計13編を収めた短編集。SIDE AははっきりとSFではなく、どっちかと言えばホラー。SIDE BはSFと言えばSFだけど。全編通じて、登場人物の心の中の独白が多くて、サイエンスよりは形而上学的な展開に偏ってる感じ。
 「わが病、癒えることなく」は、時間症患者たちが、タイムマシン的な装置を狙う話。時間症がまずよく判らない上に、どうしてそれで解決すると思い込んでるのかも判らない。
 「一匹の奇妙な獣」はユダヤ人を巡り、ホロコーストをゴールにした“戦争獣”みたいな話。
 「冒険狂時代」、すべての事柄に保険が設定され、人々がいくつもの保険に加入している世界。スタントマンとテレビマンが、保険会社が拒否するような冒険に挑戦してみせる、という保険会社をだしにした企画に挑戦。とても素直なオチ。オーソドックスな不思議物語。
 「メタロロジカル・バーガー」、完全に中央コンピューターで制御され、完璧な画一化を達成したバーガーチェーン。ところが、ないはずのメニューが見つかり、セキュリティ要員が出動。書かれた時代からすると、一種先進的。一番好きかも。
 「フェイス・ゼロ」、人形浄瑠璃の頭を発注した側と、発注された学者との間で起きた殺人事件。謎めかしたフェイス・ゼロをもう少しもっともらしくしてくれないと、ストーリーを納得しにくい。
 「火星のコッペリア」、火星探査隊に起きた悲劇。コッペリアは動く人形を題材とした作品。ここでは、ジェミノイドと呼ばれる。結果的にはアンドロイドでよかったんだな。
 「魔神ガロン」、後楽園での天覧試合に、いろいろ落ちてきたり来なかったり。


●「パラサイトグリーン ある樹木医の記録」有間カオル著、二見ホラー×ミステリ文庫、2021年8月、ISBN978-4-576-21112-1、750円+税
2021/9/23 ☆

 4編を収めた短編集。樹木医が植物絡みの事件を解決するなら、SF要素があるかと思ったのだけど、ぜんぜん違った。異常な出来事があって、関係した人のミステリを解決するだけ。異常な出来事の原因探求もなければ、それが波及する様を描く訳でもない。ミステリだからそれでいいんだろう。
 基本的には、人から植物が生えるというか、人に植物(の霊か何かかな?)が取り憑く話。花を吐く人、イマジナリーフレンド、幻の庭、木が生える人。最初の3つはミステリとしてもありがちで、結果が大筋で読めてしまう。最後はまさかそうくるとは、と驚いた。決して良い意味では無く。

●「感応グラン=ギニョル」空木春宵著、東京創元社、2021年7月、ISBN978-4-488-01843-6、1800円+税
2021/9/22 ★★

 5篇を収めた短編集。
 最初に表題作。昭和初期、ある条件にあった少女を集めて、浅草の芝居小屋で夜な夜な行われる残酷劇。“人形を超越した人形”に、グラン=ギニョルというフリガナ。
 「地獄を縫い取る」。ナノマシンを使った官能伝達デバイスを脳内に入れて、ネットで五感を伝達できるようになり、<エンバス>によって感情までも伝達できるようになった。感情が商品になり、ある種の感情が裏で取引される。
 「メタモルフォシスの瞳」。恋をすると、女は蛇に、男は蝦蟇に変容する<病>のパンデミックによって、人類社会は崩壊しつつある。蛇になった女は、恋しい男を喰らおうとする。恋された人間を集めた<島>、<島>の対岸にできた<街>。そこでは、恋した相手の元へ行かんとする半蛇と半蛙が集う。ヘビ化の過程は、手足を失う過程。
 「徒花物語」。隔離された女子校で、<花屍>となっていく少女たち。少女たちの間に伝わる、ユリな契りの物語。
 「Rampo Sicks」。ハイテクが混じった江戸の街のような舞台で、蒸気機関で動くカラクリ美女が跋扈する。そこでは、<美醜探偵団>が、美しい女を見つけては、傷つける。妬みの定量化。皓蜥蜴まで出てくるけど、引用してるのは谷崎潤一郎

 身体的な、あるいは精神的な欠損が繰り返し描かれる。あるいは、少女が消費されたり、少女が食べたり。あるいは、人間を違うものに変容させる病が蔓延するイメージ。人形のモチーフも頻出。最後のスチームパンク以外は、独特な雰囲気で怖い。

●「帝国という名の記憶」(上・下)アーカティ・マーティーン著、ハヤカワ文庫SF、2021年8月、(上)ISBN978-4-15-012335-2(下)ISBN978-4-15-012336、(上)1020円+税(下)1020円+税
2021/9/13 ★

 テイクスカラアン帝国の辺境にあるステーションで生まれ育った主人公は、大使としてテイクスカラアン帝国の首都星に赴任する。このステーションでは、脳内に設置した機器を使って、過去の人々の人格を保持し、自分の人格と融合させたイマゴラインを守ってきた。少人数のステーションで貴重な経験値を失わないための工夫であったが、それはテイクスカラアン帝国からすると、人ではない存在を意味しかねず、帝国に対しては秘匿されてきた。
 主人公は、大使として赴任するにあたって、前任者の記憶を受け継いだのだが、それは不完全で直近の状況が判らず、そしてきちんと融合できない。さらに帝国では前任者の殺人事件に遭遇する。
 前任者は帝国でなにをしていたのか? という謎とともに、クーデターと皇帝継承を巡る陰謀に巻き込まれていく。

 って感じで、おもには帝国のお家騒動を中心とした宮廷劇。同時に辺境の弱小ステーションが、巨大な帝国といかに対峙して生き残るかという物語。
 宇宙帝国で宮廷劇。設定は違うけど、「叛逆航路」を思い出す。主人公がなんも判らんまま右往左往するのも似てるかも。

●「日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女」伴名練編、ハヤカワ文庫JA、2021年8月、ISBN978-4-15-031494-1、1060円+税
2021/9/7 ★

 8篇を収めた短編集。読んだことがあるのは「冬至草」からの3篇と、「人喰い病」からの1篇(気になる4篇のうち、タイトルが長すぎない3篇は読んだことがあることになる)。
 「希望ホヤ」。娘のガンを治すために、抗癌作用もつホヤを見つける。架空のホヤが出てくるだけで、これってSFかなぁ、と思う。
 「冬至草」。旭川動植物博物館員が2001年に郷土図書館で、押し葉標本を発見した冬至草。放射能を帯びた植物、冬至草は、標本を1つ残すのみですでに絶滅。なぜかそのDNAは、ヒトと一致。冬至草の謎を解明するために北海道に向かった主人公は、昭和初期に冬至草を調べた自費出版本『冬至草伝』を入手する。博物館の研究者をなぜ学芸員と書かないのか?という点を除けばワクワクする出だし。ハイアイアイ島のハナアルキ類への言及があるのも良い。“人血を栄養とする”という設定から、ホラータッチになりつつ冬至草の性質を調べる過程もいいんだけど。人血を栄養源にしたらどうしてそういう性質を持つのかという部分が納得がいかなすぎる。
 「王様はどのようにして不幸になっていったのか?」。広報だけに長けた王様が、事実の前に敗北する。寓話。
 「アブサルティに関する評伝」。科学における捏造がテーマ。もちろんSTAP細胞を思わせる。メンデルの遺伝についてのデータには捏造が疑われるけど、結果は正しかった。20年前の論文は現在から見るとけっこう誤りだったりする。事実が書かれた真実ではない論文と、捏造したデータで真実が書かれた論文。この2つの比較は面白い。まさにサイエンス・フィクション。という部分を除くと、最悪な研究者の話。
 「或る一日」。“中心地”から少し離れた病院で働く医師。充分な設備も薬も足らない中で、次々と死んでいく子ども達。放射線障害を思わせる記述。フィクションではあるけど、SFかなぁ。
 「ALICE」。ある刑務所の囚人Alice、その精神鑑定を担当したalice。二人のやり取りを中心に、AliceがなぜMikaを殺したのか、についての報告書風に話は進む。ところが、aliceが…。
 「雪女」。北海道に生息するが、絶滅に瀕しているヒトに似た種の話。とてもいい話なんだけど、この生態で個体群を維持するのは無理でしょう。
 「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,」。横書きで左開き、論文風に書かれている。ただ、科学論文のスタイルではなく、文系の論文風、というか科学的な報告書風。研究対象は、充分な研究が行われる前に絶滅してしまったハネネズミ。生態系を生体系と書いてるし、“ネズミは最も原始的な哺乳類であり”とも書いてるし、ネズミの純系の作成によって新種ができると考えてる。このネズミには羽根がある、のみならず、内臓の位置関係が他の哺乳類とは違っていて、消化管は胃と腸の区別がつかない短い管だそう。それだけ違っていたら“哺乳類”とは呼べないと思うが、哺乳類とする根拠はなんだろう? そんな希少な動物なら、生態研究の前(少なくとも同時に)に分類学的研究が行われる。死んだ個体がいるなら、哺乳類では確実に頭骨標本を作って、系統関係の検討が行われる(DNAを調べる時代以前なら一層)。なのに飼育したりして、行動・生態の研究の話ばかりなのは違和感しかない。この著者は、ほんと生態学も形態学も進化も知らなすぎる。

 研究者っぽい主人公によって、絶滅、あるいは絶滅に瀕した未知の生物が扱われる「希望ホヤ」「冬至草」「雪女」「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,」の4篇が、文句なしに気になるのだけど。4篇はいずれも、研究プロセスがおかしな具合だし、その生物の生態や進化についてツッコミ所が多くて、楽しく読めない。面白そうな素材が出てきて、趣のある展開をするのに、とても残念。
 最後に石黒達昌の作家としての歴史と、作品が紹介される。これが一番の力作かも。

●「レイヴンの奸計」ユーン・ハ・リー著、創元SF文庫、2021年8月、ISBN978-4-488-78202-3、1300円+税
2021/8/24 ★

 数学と暦に基づく暦法という魔法のような体系が支配する世界。その世界を描く六連合三部作、「ナインフォックスの覚醒」に続く第2弾。主人公の中にいる天才戦術家の精神が、主人公の前面に出て活躍(?)。一方、六連合では…。
 主人公に巣くうレイヴンは、味方の艦隊を乗っ取るが、なぜか予定通り戦いを続行。同時にタイトル通り奸計を巡らす。六連合内部の権力闘争も明らかになってくる。
 人間達のやり取りよりも、AI達の生態が面白い。そして、主人公とAI達の交流が一番楽しい。


●「不死身の戦艦」J・J・アダムズ編、創元SF文庫、2021年6月、ISBN978-4-488-76402-9、880円+税
2021/8/17 ★

 銀河連邦SF傑作選と題して、16篇を収めたアンソロジー。大ベテランのシルヴァーバーグ、マーティンやカードといった大御所から、レナルズやソウヤーといった中堅所、若手も含めて著者は多彩だけど、何かしら受賞歴のある人を選んでるっぽい。
 銀河連邦SFと言ってる割りには、人類は太陽系にしかいなかったり、太陽系ともう一つの星系して出てこない作品もある。銀河規模に知性体がひろがっていても、銀河連邦への言及がない作品も多い。そういう意味では、単なる宇宙SFが並んでるような気がする。かりにも銀河連邦SFとして集めるなら、銀河連邦が出てきてそれぞれの銀河連邦の異同を比較できるようにしてほしいと思った。そういう意味では、あまり評価できるアンソロジーではない。

 という訳で、銀河連邦どころか、人類は太陽系から少し出ただけの作品も多い。
 レナルズ「スパイリー漂流塊の女王」は、銀河連邦SFではないけど、太陽系からの植民星系での戦いの中での、異種知性体との遭遇が描かれる。レナルズらしい広い宇宙の中での長い時間の話が良い感じ。
 ソウヤー「巨人の方の上で」、冷凍睡眠で1000年以上かけて、初の植民星に向かう船が、目的地に着いたら…。太陽系ともう一つの星系しか、まだなさそう。銀河連邦は絶対にない。印象的な作品だけど。
 カード「囚われのメイザー」は、「エンダーのゲーム」の前日譚。銀河連邦どころか、人類は太陽系以外に住みついていない。銀河連邦ができるのはこれから。

 銀河に広く知性体がいるようだけど、銀河連邦あるのかなぁ、というのも多い。
 ヴァレンタイン「カルタゴ滅ぶべし」は、広い宇宙からさまざまな宇宙人が太陽系辺縁に集まって来る。でも、銀河連邦はなさそう。
 ビジョルド「戦いのあとで」は、マイクル・ヴォルコシガンシリーズの外伝っぽい話。銀河連邦みたいなのはあったと思うけど、この話はもっとローカルな個人的なエピソード。
 アンダースン&ビースン「監獄惑星」は、囚人が監獄惑星を乗っ取ったのに対応する話。とても個人的な話に落ち着く。
 マーティン&ガスリッジ「不死身の戦艦」は、戦艦の乗組員が全滅するだけ。銀河連邦あっても関係ない。
 シルヴァーバーグ「人工共生体」は、銀河規模で異星人と闘ってる世界の話。銀河連邦はあるのかなぁ。敵の異星人がつくった人工共生体に取り憑かれた悲劇が描かれる。
 スティール「ジョーダンへの手紙」は、銀河をまたにかけた交易を舞台に、ラブストーリー。銀河連邦はあるのかな。ビジョルドの世界と似た意味で。

 はっきり銀河連邦が出てくる作品は限られる。
 リー「白鳥の歌」の協奏世界は、銀河連邦っぽい。話は、死にゆく人々を見守るだけだけど。
 マキャフリー「還る船」は、歌う船シリーズの1エピソード。この世界には、銀河連邦あるよね。この話はぜんぜん違う場所で展開するけど。
 ローゼンプラム「愛しきわが仔」、特殊な能力をもった子どもを育てる施設で働く、ある知性体の目線で描かれる。銀河連邦は無慈悲そう。
 ドルバート「文化保存管理者」は、はっきり銀河連邦が出てくる。異星の知性体の同化政策を強引に進める無慈悲な銀河連邦。同化か死か。そんな強引な政策に抗して、個々の種族の文化を保存しようとする主人公。ほんの少しだけ希望が残る。
 ハーゲンレイダー「エスカーラ」には、「文化保存管理者」とよく似たことをする銀河連邦が出てくる。主人公は軍属だけど、志向は「文化保存管理者」と似てる。ただ救いはない。
 ガードナー「星間集団意識体の婚活」は、このアンソロジーの中で一番移植。ある意味、銀河連邦が主役。いろんな銀河連邦が出てきて面白い。それを除けば、ストーリーはあるあるなラブストーリー。
 ヴァレンテ「ゴルバッシュ、あるいはワイン-血-戦争-挽歌」、星間企業が銀河を牛耳っている宇宙。ワインにここまで命をかえるのは、あまり理解できないかも。


●「Hell World」百目鬼鉄解著、幻冬舎、2021年7月、ISBN978-4-344-93421-4、1400円+税
2021/8/9 ☆

 IT企業の社員数名が、共同で書くというシリーズ。今までは、IT関係らしくSFっぽい作品ばかりなので、買ってみた。が、SFではなかった。地獄百景亡者戯(IT版)職場環境改善編ってところか。地獄の鬼たちの職場環境を改善したら、天国に移動したら生き返ったりできる。というエサに飛びついて、IT技術を導入して、職場環境の改善に取り組むっていう話。舞台が地獄なだけで、普通のお仕事小説。かと思ったら、権力闘争にも巻き込まれて…。ただの2時間ドラマの世界が展開する。


●「まぜるな危険」高野史緒著、早川書房、2021年7月、ISBN978-4-15-210038-2、1700円+税
2021/8/5 ★★

 6篇をおさめた短編集。かと思ったが、どっちかと言えば、一人だけのアンソロジーの趣。短編集って普通は、収録作品のどれかを表題作にするのが普通だと思うけど、この作品集には表題作はない。タイトルの意味は、3作目を読んでてようやく気付いた。帯をよく見れば書いてあったのに。曰く“ロシア文学+SFの超絶リミックス”。各作品の最初に著者自身の作品紹介があって、まるでアシモフかエリスンのようで、それも楽しい
 という訳で一番気に入ったのは3作目の「小ねずみと童貞と復活した女」。「アルジャーノンに花束を」と「屍者の帝国」を混ぜて、途中から「ドウエル教授の首」を投入した感じ。「アルジャーノンに花束を」はオマージュしすぎなくらいで、そこまでやっていいの?って思うくらい。さらに「ソラリス」やキャプテン・フューチャーなどなど、いろいろ言及されて、とても楽しい。ドストエフスキーを読んでいたら、もっと楽しめたのかな?
 「アントンと清姫」は唯一日本が主な舞台で、「京鹿子娘道成寺」とクレムリンの鐘の皇帝のタイアップ。「百万本の薔薇」は、タイトル通りの歌と、なにを混ぜてるのかな? 「カラマーゾフの兄弟」?
 「プシホロギーチェスキー・テスト」は、ドストエフスキーの「罪と罰」と江戸川乱歩の「心理試験」を混ぜた。「罪と罰」が老女殺しからの、ミステリ仕立てとは知らなかった。19世紀のロシアに出回る未来の江戸川乱歩作品。
 「桜の園のリディヤ」は、佐々木淳子のマンガ「リディアの住む時に…」と「桜の園」を混ぜたらしい。そのまんまのタイトル。とても引き込まれる時間SF。何が起きてるかすぐに判るけど、とても印象的で良かった。「リディアの住む時に…」を読みたくなった。
 「ドグラートフ・マグラノフスキー」は、タイトル通り「ドグラ・マグラ」とドストエフスキーの「悪霊」を混ぜてるらしい。なぜか精神病院に収容されている主人公は、現実を見失っていく感じ。
 どれも楽しいのだけど、ドストエフスキーやチェーホフを読んでたら、もっと楽しかったのかな? 万が一これからロシア文学を読んだら、なんか読んだことがある気がする。って思うのかな。

●「大日本帝国の銀河3」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2021年7月、ISBN978-4-15-031490-3、900円+税
2021/7/30 ★

 「大日本帝国の銀河1」「大日本帝国の銀河2」の続き。ロシアで、日本を交えて、オリオン集団とのコンタクトが進む。一方で、日本列島の南方海上では、日本海軍とオリオン集団が接触。そして日本ではいよいよオリオン集団の大使館が実現に向かって動き出す。
  オリオン集団について、さまざまな人が手持ちの情報から推測を試み、少し明らかになったかと思ったら、また謎が深まっていく。「星系出雲の兵站」のシリーズによく似てる。
●「日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人」伴名練編、ハヤカワ文庫JA、2021年7月、ISBN978-4-15-031489-7、1060円+税
2021/7/30 ★★

 10篇を収めた短編集。内、「ジェラルド・L・エアーズ、最後の犯行」以外がSF。編者が書いているように「さよなら三角、またきてリーブ」は最後の1ページ以外は、文化祭をゴールにした青春物だけど。例によって(?)、巻末に編者によるとても丁寧は著者紹介(著者もうなるレベルらしい)があって、SF的に寡作の著者のことがよく判る。 
 「議論の余地はございましょうが」は、話のオチはまあ読めてしまうけど、演説に盛り込んだベーシック・インカム周りの話が面白いし、先進的。といった、アイデアには満ちてて面白いけど、アイデアを提示する仕掛けとしてのストーリーがいまいち、あるいは要らん要素多くないかな? と思ったのは、「アンジー・クレーマーにさよならを」。現代パートはすごくいいのに、過去パートいる?
 ノアと神さまがケンカする「ギルガメッシュ叙事詩を読みすぎた男」とか、作家が書き終えてないのに世間が盛り上がる「原稿は来週水曜までに」は、面白いけど軽すぎるような。ヴァーチャル世界で架空人に同情する「世界終末ピクニック」は、アイデアはいいけど、断片的過ぎて、これだけでは微妙。とまあ、前半はさほど評価高くなかった。
 「マトリカレント」から少し評価が変わってきた。人類の進化というか、社会革命というか。それも面白いけど、深海潮流からの地球環境問題を取り上げてるのが珍しい。著者はいろいろ知ってて、アイデア豊富らしい。ただ、海の“酸化”と書いてるのが残念。酸性化と酸化じゃ話が違う。
 表題にもあがってる「月を買った御婦人」は、他で読んでいたけど、今回この短編集で読み直して、以前読んだ時より面白かった。単なるかぐや姫物語ではなく、政治も革命も抜きに社会を変革してしまう話だったのか。とても面白かった。
 「雨ふりマージ」。個人、法人に加えて、架空人。3タイプの人の相互乗り入れの可能性を考えた話。いろんなアイデアがいっぱいで楽しい。AIAI傘といったガジェットも楽しい。架空人テーマで、長編書いて欲しいなぁ。
●「宇宙の春」ケン・リュウ著、早川書房、2021年3月、ISBN978-4-15-335052-6、1900円+税
2021/7/26 ★★

 10篇を収めた短編集。
 表題作は壮大なSFで面白いんだけど、エンディングもう少し夢が欲しかった。
 「マクスウェルの悪魔」、第二次世界大戦時の日系アメリカ人の話。SFじゃないような。というのはさておき、終わり方が。
 「ブックセイヴァ」、読者に合わせて小説をカスタマイズするソフト。その是非が議論される。面白い。“作家(author)は、自分たちがもはや権限(authority)を有している存在ではないことを受け入れねばならない”
 「思いと祈り」、機械学習とニューラルネットワークとなんやらで、死んだ人間をビデオの中で生き返らせる技術。それとネットの悪意を組み合わせて。印象的だけど、もう少し明るい結末は…。
 「切り取り」、聖なる書を忘れようとする僧侶たち。
 「充実した時間」、家の周りや下水管などをウロウロして、下水管を想司して、ネズミなどを撃退するネズミロボットを売り出したら…。とても生態学的なSF。お勧め。コヨーテは"多くのアメリカの都市で、都会の捕食者の頂点にいる存在"というのは、常識なんだろうか? 子守りロボットの顛末は、まあ予測できる。
 「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」、ゲーム世界を思わせるファンタジー。手塚治虫のバンパイヤを思い出す。どうしてこんな終わり方にするかなぁ。
 「メッセージ」、異星人の文化を後世に残そうと活動する男が、ほぼ初対面の娘とのコミュニケーションに悩んで、最後に成功するというか。だからどうしてこの終わり方?
 「古生代で老後を過ごしましょう」、タイトル通りの軽いタイムトラベル物。なんかフレドリック・ブラウンの作品みたい。これは珍しく軽い終わり方。
 「歴史を終わらせた男 ドキュメンタリー」 、過去を実体験として観察する技術が開発される。その技術を使って太平洋戦争中の七三一部隊の残虐行為を明らかにしようとするが。一度観察すると、その時間へは二度と行けない。つまり調査は、以降の調査を封じてしまう、いわば歴史を破壊してしまう、というのがポイント。調査行為が対象の破壊につながるというのは、いろんな分野でしばしばあること。それを考えさせられるし。もちろん七三一部隊についても考えさせられる。これはこういう終わり方しかなさそう。
 もともとケン・リュウはそういう傾向が強いとは思ってたけど、わざわざ暗い終わり方を選んでるように感じる作品が多かった。全体的に印象に残る作品が多かったけど、特に気に入ったのは、「ブックセイヴァ」「充実した時間」「歴史を終わらせた男 ドキュメンタリー」 。
●「こうしてあなたたちは時間戦争に負ける」アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン著、早川書房、2021年6月、ISBN978-4-15-335053-3、1900円+税
2021/7/18 ★

 タイムマシンを縦横に駆使して、分岐しまくるタイムラインを又に掛けて、自分達に都合のいいように歴史を改編しあい、闘う二大勢力。それぞれのトップエージェントがふとしたきっかけで、文通を始める。さぐりさぐり始まったやり取りは、やがてラブレターのような交換日記のようなものになり、やがて二人の運命は…。時空をまたにかけた、ユリのロミオとジュリエット。それぞれが自分の勢力を裏切ってるようなものなので、時間をかけて、工夫をこらした形で、手紙が紡がれ送られる。
 死の罠が仕掛けられた後、最後の40ページで事態は急展開する。ようやくタイムトラベル物らしくなったというか。でも、タイムトラベル物としては、不満。
●「中国・アメリカ 謎SF」柴田元幸・小島敬太編訳、白水社、2021年1月、ISBN978-4-560-09799-1、2000円+税
2021/7/5 ★

 7篇を収めたアンソロジー。中国で発表された作品と、アメリカで発表された作品が交互に並ぶ。
 ShakeSpace(遙控)の「マーおばさん」は、原題「馬姨」。集合知性の話。中国語で読んだら、さらに面白いんだろうなぁ。
 ヴァンダナ・シン「曖昧機械 試験問題」。すべての可能機械の抽象空間<概念的機械空間>、そこからはみ出る不可能機械、空間の境界を曖昧にする曖昧機械。試験問題のていで、3つの不可能機械のエピソードが語られる。もったいぶった感じを楽しむ感じ。
 梁清散「焼き肉プラネット」。タイトル通りのハチャメチャなギャグSF。日本にもこういうの書く人いるなぁ。
 ブリジェット・チャオ・クラーキン「深海巨大症」。海修道士(シー・マンタ)を探すというプロジェクトに参加して、潜水艦で深海に向かう主人公。4人の同僚はともかく、潜水艦のスタッフは謎めいていて、艦長は姿を見せない。やたらゆっくりと深く潜っていく潜水艦。なんかおかしい。ホラーかなぁ。
 王諾諾「改良人間」 。600年の未来で 冷凍睡眠から目覚めた主人公は、優秀な人々が暮らす理想的な都市を目にした。しかし、その世界には大きな危機が迫っていた。すっごいオーソドックスなSF。
 マデリン・キアリン「降下物」。これまた冷凍睡眠のような仕組みで500年の未来への片道旅行の話。未来の様子は、「はだしのゲン」を思い出さずにはいられない。同時に「渚にて」も思い出す。そして、こういう終わり方をするとは。とても記憶に残る作品。
 王諾諾「猫が夜中に集まる理由」。ネコは世界を守るファンタジー。もちろん楽しい。
 謎SFってタイトルのつけ方自体がセンスが感じられない。作品のセレクトもよく判らない。全体的に古めかしい作品が多く並んでいる印象。「マーおばさん」が好きかも。「降下物」も印象的。もちろんネコの話も好き。
●「猫の街から世界を夢見る」キジ・ジョンスン著、創元SF文庫、2021年6月、ISBN978-4-488-76402-9、880円+税
2021/7/5 ★

 自分勝手な神に振り回され、人間とは別の魔法世界のような知的生命体が暮らす。この覚醒する世界とは別の世界。若き日にその世界を放浪しまくって、いまは大学の先生におさまっていた主人公は、覚醒する世界から入り込んだ男に連れて行かれた教え子を連れ戻すべく、覚醒する世界へ行くためのルートを目指して、再び世界をまたにかけた旅に出ることに。
 大学の経営上の都合で教え子を探しはじめたはずが、なぜか大学のある街を守るための旅に変わり、小さいながらも世界を守るための旅。ファンタジーの王道だなぁ。という感じになり、生きて戻りし物語なのだろう。と思ったら。主人公はいい大人なので、成長する必要はなかったってことか。
 タイトルにネコがあるし、ネコと一緒に旅もするけど、ネコはあまり重要じゃない。神がクトゥルー神だとは気付かなかった。
●「クララとお日さま」カズオ・イシグロ著、早川書房、2021年3月、ISBN978-4-15-210006-1、2500円+税
2021/7/3 ★

 子どもの相手をする少し旧型のロボット、クララは、病気がちな子どものいる家に買われていく。子どもとは仲よくなるのだが、お母さんは秘密を抱えていて。
 ロボットが普及している以外は、一見、現在とあまり変わらない世界。だが、子ども達は、ある年齢でその能力を高める手術をするのが普通になっており、学校ではなく課程ごとにリモートで教育を受ける。手術を受けていない子どもは事実上大学に進む道が閉ざされているが、手術を受けても適合せずに苦しむ子どももいる。
 途中から、哀しい物語として終わるのか、ちょっとした奇跡が起きるのか、とドキドキしながら読み進めた。ファンタジーな雰囲気の中で、そう解決するのかぁ。まあそんなもんか。と思ったら、エンディングには驚いた。そんなもんかぁ。
 著者はSFを書いたんじゃないんだろう。じゃあ何を書きたかったのかというと、よく判らないけど。ロボット目線の独特の雰囲気は面白かったが、とりあえずSFとしては、取り立てて目立った部分はない。
●「日本SFの臨界点 中井紀夫 山の上の交響楽」伴名練編、ハヤカワ文庫JA、2021年6月、ISBN978-4-15-031489-7、1060円+税
2021/7/1 ★

 11篇を収めた短編集。どうみてもホラーが2篇(「満員電車」「例の席」)、怖くないけどSFでもないから少し不思議な話が1篇(「山手線のあやとり娘」)。残りはSFだろうけど、不思議な設定で、不思議な話が紡がれていく。
 「山の上の交響楽」 は、ずーっと続く交響楽をなんとか続けるべく頑張る話。これを表題作とする短編集は持ってるから読んでるはずだけど、久しぶりすぎて、楽しかった。
 「暴走バス」は、 「なめらかな世界と、その敵」に収められている 「ひかりより速く、ゆるやかに」 と設定がそっくり。と思ったら編者も強い影響を受けたと書いていた。
 「殴り合い」は、出だしは不思議な話ってだけだったのが、後半でSFだったと判る。あと一押しあってもよかった気がする。
 「神々の将棋盤」は、ファンタジックな設定だけど、実はSF的な話。人々の行動原理はよく判らない。
 「絶壁」。油断すると南に向かって落ちていく。なつかしい雰囲気の不思議な話。「見果てぬ風」は、世界の果てを目指して旅をする話。ちょっとリバーワールドな感じ。
 「花のなかでわたしを殺して」。遠い未来。銀河に拡がり、一旦は無限の命を手に入れた人類は、その後、再び死のある人生に回帰して、異様に多様で異形の生活史を獲得して、分化していた。という設定は、ジャック・ヴァンス風でとても楽しい。が、異人類の不思議な生態や文化が、必然性に欠け気味で、なにより持続可能じゃないのが気になって仕方がない。死なないと妊娠しないなら、よほど多産でないとダメなのに、そういった記述が一切ない。それが気になって気になって仕方が無いので、楽しめない。
 「死んだ恋人からの手紙」は、 「日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙」で読んだばかり。
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