SF関係の本の紹介(2021年上半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「三体III 死神永生」(上・下)劉慈欣著、早川書房、2021年5月、(上)ISBN978-4-15-210020-7(下)ISBN978-4-15-210021-4、(上)1900円+税(下)1900円+税
2021/6/29 ★★★

 「三体」「三体II 黒暗森林」の続きで、三部作の完結編。壮大な時空間を舞台に、責任の話。■
●「屍者の帝国」伊藤計劃×円城塔著、河出文庫、2014年11月、ISBN978-4-309-41325-9、780円+税
2021/6/9 ★★

 もう一つの19世紀末。死者を復活させて、基本ソフトを書き込み、さまざまなプラグインをインストールすることで、意思を持たない労働力として使う技術が広まっていた。単純労働、力仕事、歩兵は次々と屍者に置き換わりつつあった。
 主人公である医学生のワトソンくんは、マイクロフトの指令で、女王陛下の軍事探偵として、インド経由でアフガニスタンに派遣される。その使命は、屍者の帝国を探ること。いつの間にかフランケンシュタインの怪物を探す旅になる。同行者を増やしつつ、舞台は東京からアメリカの西海岸から東海岸へと展開する。そして、再びロンドンに戻って一定の大団円。1年ちょっとかけて東回りに世界一周。
 プロローグでマイクロフトはちらっと弟のことを語るし、エピローグではアイリーン・アドラーも出てくる。かと思ったら、アダムだとリリスだのが言及されて、これは聖書絡みなんだろうけど、現代日本人にとっては、やっぱりねぇ。他の生物の言葉の話をしつつ、ロンドンに海中から帰ってくると、ドリトル先生を思い出したり。その他、歴史上の実在の人物が、違った形で登場しまくるので、いろいろ楽しい。進化論はウォレスが唱えたことになっていて、『種の起源』は書かれなかったんだなぁ。と思ったら、あんなことに!
 プロローグと、大まかなプロットを伊藤計劃が書き、それを膨らませて円城塔が仕上げたらしい。人間の欲望や危惧を増幅し、読み手に書き込み直す書『ヴィクターの手記』。物質化した言葉。後ろにいくほど円城節満載。伊藤計劃が仕上げたら、どんな物語になったのかと思うと残念。でも、これはこれで楽しく読めた。
 それにしても、人間の意志の起源が大きなテーマだったとは、最後の方にくるまで気付かなかった。

●「消滅の光輪」(上・下)眉村卓著、創元SF文庫、2008年7月、(上)ISBN978-4-488-72902-8(下)ISBN978-4-488-72903-5、(上)1000円+税(下)1000円+税
2021/6/7 ★

 司政官シリーズの長編。近い将来、母星が新星化する惑星に赴任した新人司政官が、住民を無事に避難させるべく孤軍奮闘する話。というか、孤軍奮闘してたら…。という話か。
 かつての司政官が絶大な権威を持っていた時代ではないが、短期間のうちに避難を進めるためには、のんびり意思統一をはかる時間的余裕はなく、権力を集中させて強引に進めざるを得ない。という訳で、数多くのロボットの部下を手足として使いつつ、勝手な振る舞いをする他の勢力を押さえて、なんとか1000万人の避難プランを進めていく。でも、連邦経営機構の中では、現地の司政官は中間管理職でしかなくって、知らないところで色んなことが起こっていく。
 さらにやっかりなのは、この星には人間そっくりの先住異星人がいること。人間と友好的でありながら、なにか秘密を抱えている先住民。そして、なぜか彼等は避難にまったく関心を示さない。
 物語は、新人司政官の視点で描かれていく。気負いまくって、いろいろ計画を練って頑張るけど、次から次へと障害が立ち現れて苦労する話。中間管理職の悲哀も漂いまくる。先住民の運命はいいとしても、宇宙の知性体の一方的な対立はちょっと意味不明。あと、記録用に持ち出されたであろうこの星の生物が、どうなったのか気になる。

●「ポストコロナのSF」日本SF作家クラブ編、ハヤカワ文庫JA、2021年4月、ISBN978-4-15-031481-1、1060円+税
2021/5/31 ★★

 若手からベテランまで、いま活躍しているSF作家19人を取りそろえて、ポストコロナをテーマにしたアンソロジー。コロナ禍真っ只中だからか、とても興味深く読めた。
 小川哲「黄金の書物」、ドイツから日本に謎の書物を運ぶお仕事。最後に当たり前のように非日常がやってくる。コロナはさほど関係ない。
 伊野隆之「オネストマスク」、正直な気持ちを表してくれる迷惑なマスク。マスクが日常になったコロナ禍時代の話。高山羽根子「透明な街のゲーム」、閑散とした街の画像をSNSにアップして競うゲーム。コロナ禍中の話だけど、SF色は弱め。
 柴田勝家「オンライン福男」、西宮神社の福男選びがコロナ禍でできなくなり、代わりにオンラインでVRで実施されるようになって、想像以上の展開と多くの伝説を残す。
 コロナ禍で他人との接触を忌避する文化が生まれ…。若木未生「熱夏にもわたしたちは」、そんな文化の中での甘酸っぱい話。
 柞刈湯葉「献身者たち」、ポストコロナではなく、コロナ禍中でのワクチンをめぐる現実の話。
 林譲治「仮面葬」、COVID-19の後も次々と新型コロナウイルスの感染症がひろまり、最新のコロナウイルスへのワクチンパスポートが当然とされる世界。葬儀でも他人との接触を避けて、仮面を付けての代理出席も珍しく無くなっていた。
 菅浩江「砂場」、他者との接触をさけつつ社会生活を行うため全身を覆う、カバード。
 津久井五月「粘膜の接触について」、同じく他者との接触を避けるために全身を覆うスキン。それが当たり前の世界になると、それを破る者達も現れるわけで。
 立原達耶「書物は歌う」、ウイルスで大人がいなくなった世界。
 飛浩隆「空の幽契」、コロナウイルスに続いて、新型インフルエンザウイルスのパンデミックが襲いかかり、減少した人類は、遺伝子を変容させて生き残った。鳥と猪に分かれて。
 津原泰水「カタル、ハナル、キユ」、ハナル地域で話されるカタル語の一方言ハナル語、ハナルの大寺院キユ。ハナルの伝統音楽イムと、その体鳴楽器イム。イムの調査におもむいた男の報告。直接的にはコロナは関係ない。
 藤井太洋「木星風邪」、全身にインプラントを入れて木星で働く人々を襲う、インプラントに感染するパンデミック。コンピュータウイルスとも違うもう一つの“ウイルス”。
 長谷敏司「愛しのダイアナ」、ポストコロナ、データ人格が一般化し、貧しい現実の人間も存在する世界。
 天沢時生「ドストピア」、濡れタオルを振り回す競技に、熱中するヤクザが道を追求するって感じ? コロナ関係ない。
 吉上亮「後香 Retronasal scape」、特殊な嗅覚を持つアガルの民。なぜか「天冥の標」を思い出した。
 小川一水「受け継ぐ力」、宇宙に進出した人類にもウイルスによるパンデミックは繰り返し襲いかかり。そんな宇宙で時を飛び越えてしまうと。赤の女王的に考えると当然こうなる。
 樋口恭介「愛の夢」、ウイルスとの戦いに敗れた人類は、データ世界に退避する。そして1000年以上経って…。
 北野勇作「不要不急の断片」、100字のショートショートが70篇並んでる。

 多くの作品が、今回のCOVID-19だけではコロナ禍は終わらないと想定しているのが興味深い。それが行き着く先は「受け継ぐ力」。コロナ禍中の話では、不都合な真実的な「献身者たち」が印象的。
 タイトル通りポストコロナとしては、コロナ禍を契機に変容した文化が描かれる「熱夏にもわたしたちは」、「仮面葬」がよかった。大胆に社会や世界の変容を展開した「オンライン福男」も面白い。
 他者との接触を忌避するなら、マスクを付けたり、全身を覆うものが開発される訳で。ってことで 「オネストマスク」「砂場」「粘膜の接触について」。文化の変容に踏み込んだ「粘膜の接触について」が一番気になるかも。
 ポストコロナというよりウイルス物って感じの作品も多い。その中では「木星風邪」のアイデアが面白い。


●「6600万年の革命」ピーター・ワッツ著、創元SF文庫、2021年1月、ISBN978-4-488-74606-3、940円+税
2021/5/28 ★★

 地球を離れて6000万年余、ワームホール構築船は、チンパンジーベースのAIのもと銀河を又にかけてワークホールを構築しては移動するを繰り返してきた。乗組員の3万人のヒトは、必要に応じて数千年に一度AIに起こされて、判断の必要な作業をし、数日したら再び眠りにつくを繰り返す。地球との連絡は途絶えたまま。
 船を仕切るAIの秘密を知った一部のヒトは、反乱を計画する。いかにAIの裏をかいて、計画を進めるか、そして反乱の結果はいかに。
 スリリングなストーリーも楽しいが、壮大な時空間のスケール。宇宙船内の細部なども楽しい。
●「宇宙へ」(上・下)メアリ・ロビネット・コワル著、ハヤカワ文庫SF、2020年8月、(上)ISBN978-4-15-012294-2(下)ISBN978-4-15-012295-9、(上)1020円+税(下)1020円+税
2021/5/28 ★★

 冒頭、いきなりアメリカ合衆国東海岸に隕石が落下する。落下の様子、その直後に起きる大惨事。主人公が体験するリアルな隕石落下はインパクト抜群で引き込まれる。かろうじて主人公は生き残ったが、家族は失われ悲嘆に暮れる。そんな中、宇宙計画に関わってきた主人公夫妻は、隕石落下の大惨事はむしろこれから起きる事を明らかにする。と、ここまでで、上巻の半ば。
 上巻後半では、地球にいては人類は滅亡すると知って、宇宙への脱出計画が始まる。まだコンピュータが充分実用化されていない1950年代に計算尺で宇宙に落ち延びようとする人類が描かれる。のだけど、実質的には宇宙飛行士を目指す主人公が、女性であると理由で出会う様々な障壁をいかに乗り越えるかが描かれる。
 人類滅亡の危機にあっても、黒人への人種差別は根強く、女性への性差別も根強い。現実的と言えば現実的。暗い状況の中で数少ない明るい話題ってことだろうか、主人公たちの夫婦愛がいいぱい描かれている。隕石落下にともなう気候変動、とそれへの対処っていう大きな話が、よくも悪くも背景になってしまう感じ。そこが物足りない。あと物足りないといえば、エンディング。ゴールへの道筋も見えないし。
●「最終人類」(上・下)ザック・ジョーダン著、ハヤカワ文庫SF、2021年3月、(上)ISBN978-4-15-012320-8(下)ISBN978-4-15-012321-5、(上)980円+税(下)980円+税
2021/5/17 ★★

 巨大なクモ型宇宙人を養母として、とある宇宙ステーションで、正体を隠して育つ最後の人類。人類はどうして正体を明らかにしてはいけないのか。どんな経過でクモ型宇宙人が人間の養母になったのか。他に人類は生き残っていないのか。ステーションを離れた主人公は、徐々に人類に起きたことを知っていき、大きな決断をすることに。
 といったストーリーが展開するのは、5億年以上前から、10億以上の星系の、数百万の知性体がネットワークによってつながった銀河世界。惑星で進化した知性体は、一定以上の知性があれば、ネットワークに加わることができて、条件を受け入れればそのサービスを受けることができる。ネットワーク加入世界では、知性は第1階層から第5階層(もしかしたらそれ以上)のランクわけされていて、ある程度以上の知性ランクであれば法定知性、それ未満だと法定外知性として扱われるという階級社会。ただ上位の知性は、権力で威張ると言うより、低位の知性体を気付かれない形で操作してるのが楽しい。主人公は、法定外知性をその動機をうまく利用するし、第3階層による操作は、人類には偶然か運不運に見える。主人公は、色んな出来事に遭遇して決断するのだけど、より上位の知性体に操作されているし、上には上がいる。
 後半に行くほど、より上位の知性体の操作の話になって、話のスケールも大きくなっていく。残念なので、その前での主役級の登場人物が、どんどんあまり意味ある行動をしなくなることかも。あるいはその動機が不明になるというか。
 知性に階層があって、上位知性が下位知性を利用するという設定は、ブリンの知性化戦争シリーズを思わせる。奴隷制肯定としか思えない知性化戦争シリーズは気に入らない。なので、この作品もどうかなぁ、と思いながら読んでたのだけど、途中で明らかに知性化戦争シリーズ批判が出てきて驚いた。
 個人的には、最強お母さんが活躍する上巻が好き。何度も主人公を助けるあの登場人物は、実は…。って展開を期待したのになぁ。
●「マザーコード」キャロル・スタイヴァース著、ハヤカワ文庫SF、2021年4月、ISBN978-4-15-012324-6、1260円+税
2021/5/15 ★

 アメリカ軍が中央アジアで密かにウイルス兵器を使用。それが暴走して、人類が滅亡の危機に陥る。事態に気付いたアメリカ軍は、これまた密かにウイルス兵器に対抗できる薬、そして耐性をもった子どもをつくりだそうとする。
 最初は、ボットに育てられ、仲間を見つけていく子ども達のエピソードと、ウイルスの暴走になんとか対抗しようとする軍人と科学者達が交互に描かれる。それが一つのエピソードになっていくのは良い感じ。
 全体的に、アメリカのエンターテイメント小説らしい小説。人格転写はさておき、伝説の実現云々はもう少し何か付けないとSF色を薄めてるだけで、要らなかったと思う。子ども達のキャラ設定がされた割りには活かされてないし、伝説でまとめるのかと思ったらそうでも無かった。もっとマザー視点を描いて欲しかった。

 アジア方面で始まるインフルエンザ様の謎の感染症で、次々と人々が亡くなっていく。コロナ禍真っ只中の今読むと、感慨深い。原作が書かれたのは2020年なので、もちろん、現在の状況を意識して書かれているんだろう。
 大部分の人類が死に絶えた後、変容して生き残る子ども達。 「鳥の歌いまは絶え」を思い出させる。人類がこのまま生き延びられるかと言えば、ちょっと厳しそうだなぁ、ってところも一緒。
●「静かな週末」眉村卓著、竹書房文庫、2021年3月、ISBN978-4-8019-2425-3、1300円+税
2021/5/3 ★

 単行本未収録のショートショート50篇を収めた作品集。どの作品も1960年代に書かれたもの。文体も設定も古くさい感じがするのが多いのは仕方が無い。それでも意外と今につながってたりしているのが面白い。
 第1部の29篇は、本当に短いショートショートで内容も軽い感じが多い。というか、SFというより、少し不思議なだけの話が多い。そして皮肉な終わり方が多い。タイムマシンやロボットなども出てくるけど、あまりSFっぽくない。面白かったのは「特権」。働かなくても良くて、逆に働けることが特権って話。これはとてもイマドキな感じがする。
 第2部の7篇は、宇宙で、異星で、変容した地球で、人類がなにものかと、なんか判らんけど闘う話が集められてる感じ。SFといえばSFなんだろうけど、あまり印象に残らない。
 第3部の14篇は、一番SF色が強いのが集まってる印象(ホラーっぽいのも混じるけど)。「あなたはまだ?」は、一味違ったタイムトラベル物で、意外とオリジナリティが高そう。「テレビの人気者・クイズマン」は、ある意味現代で実現してなくもない感じで、著者は残念だったかも。「EXPO2020」は人工島で開催されるらしい。島の自然を破壊しないのが、出展の条件らしい。どこかのエキスポも見習って欲しいもんだ。
 ボタンが押されると最終戦争が起きて、世界は滅びる。といったフレーズがいろんな作品で繰り返し出てくる。時代を感じる。全体主義に洗脳されていたのが、洗脳が解けてって話が2つ(「敵と味方と」「錆びた温室」)あるのも、マスコミが一致団結したらウソを信じ込まされる(「静かな週末」)ってな話も、当時の世相だろうか。2000年以降が、しばしば遠い未来として描かれていて、そこでは1960年代とは全然違う未来社会が実現してる。てな話を読むと、そう考えてたんだなぁと、ほのぼのする。
●「となりのヨンヒさん」チョン・ソヨン著、集英社、2019年12月、ISBN978-4-08-773503-1、1800円+税
2021/5/2 ★★

 15篇を収めた短編集。ファンタジーとSFが混じるけど、SFっぽいのもハード面ではさほどコアではない。むしろテーマはマイノリティであったり弱者を描くことにあったりする感じ。韓国の家族関係とか、地域社会とか、韓国から見た中国のイメージが、日本人とは違っていて、新鮮で面白い。
 「デザート」「馬山沖」は、不思議が起きてるけど、まあファンタジー扱いでよさそうな。「最初でもないことを」では、中国で未知の病気が見つかり、多くの人が犠牲になる。いずれもなにかが解決するわけではなく、主人公の気持ちが語られていく。同性愛が描かれる。
  「宇宙流」障害を得ても宇宙を目指す話。宇宙の厳しい現実がニーズを変える部分はちょっと不思議。
  「アリスのティータイム」平行世界を覗いて回って有用な情報を探すというお仕事。主人公は、ある世界でアリス・シェルドンに出会う。ある意味、この本の中で一番SF的かもしれない。「雨上がり」も、一種の平行世界もの。とても印象的で、一番好きかも。頑張ったね、
 「養子縁組」「となりのヨンヒさん」は地球人とまじって暮らす宇宙人の話。どちらもコミュニケーションがテーマかも。宇宙人は地球では少数派。
 「帰宅」小さい頃に地球から火星に一人避難した少女が、大きくなって地球に残った姉と再会する。地球はなにか大変な状態になってる様子だけど、詳細が分からず。地球と月と火星には複雑な歴史がありそう。でも、描かれるのは、少女の思い。
 「開花」管理社会への一種のテロの話。とても不思議なテクノロジーが出てくるけど、主に描かれるのは姉妹の関係だろうか。
 「跳躍」いわば人類の幼年期が終わる話。ものすごいことが起きてるけど、当事者の意識はこんなもんかもしれない。意識の変容が恐すぎる。
 最後の4篇は「カドゥケウスの物語」として第2部になっている。恒星間宇宙に拡がった人類は、宇宙船とその航宙を一手に支配するカドゥケウス社に実質支配されていた。広大な宇宙の中で、カドゥケウス社に望み通りの人生を阻まれた人達が描かれる。一番不条理だけど、最後に少し救いのある「再会」が一番印象に残った。
●「大日本帝国の銀河2」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2021年4月、ISBN978-4-15-031480-4、880円+税
2021/4/29 ★

 「大日本帝国の銀河1」の続き。日本、満州、ソ連など各地で異星人の干渉がゆっくりと進む。異星人の技術力も徐々に明らかになってくる(意外と日本人の技術力が高いんだけど)。でも、表面的には事態に大きな変化はない。世界情勢はというと、満州に進出した日本は中国と緊張状態。パリに侵攻したドイツ軍は、ソ連に目を向けようとし。ソ連は、ドイツと日本の両面への対応を迫られつつある。
  地球の言語を操るものの、さまざまな齟齬を伴うコミュニケーションが各地で繰り返される。このシリーズの大きなテーマはコミュニケーションなんだろうなぁ。
●「階層樹海」椎名誠著、文藝春秋、2021年2月、ISBN978-4-16-391333-9、1600円+税
2021/4/5 ★

 とても背が高い巨木からなる巨大な樹海。ヒトを含めた多様な生物が棲みつき樹上のみで暮らしている。樹海以外にはもう生物が生き残っていない星。
 樹海の中層で暮らす主人公は、不思議な飛行機械に乗った不思議な人物に出会い、樹海の根元に向かい旅に出る。
 樹海に棲んでいるさまざまな生物の設定がけっこう細かくて楽しい。飛びまわったり捕食したり、動く植物が多め。ストーリーはさっぱり面白くない。世界の謎は微妙なまま。
●「君の心を読ませて」浜口倫太郎著、実業之日本社、2021年3月、ISBN978-4-408-53777-1、1500円+税
2021/4/1 ☆

 歴史上最高のIQ250の超天才が、人類社会を大変革していまった世界。彼は、あやゆる分野ですごい業績を成し遂げて、もちろんあっさりAIを完成させる。企業を立ち上げて、一人一人のパートナーとなるAIを世界に普及させて…。1950年代のSFのような古めかしい設定。一人一人の脳内に常駐する優秀な相談者であり心まで読めるAIの存在。その結果としてプライバシーという概念を失った世界という部分は少し面白い。
 全国から選ばれた少年少女がシェアして暮らす家に、新たな仲間が加わり、そこから事件がはじまる。殺人事件の真相は? ってことだけど、犯人と正体は種明かししてもらわなくてもすぐに判る。
 ミステリ部分が楽しめない。そしてSF的設定は古くさい。まだ世界をえがけば、社会の変容を描けば面白くなる余地のあったかもだけど、とても狭い範囲で完結してしまった。
●「裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT」宮澤伊織著、ハヤカワ文庫JA、2021年3月、ISBN978-4-15-031476-7、780円+税
2021/3/30 ★

 「裏世界ピクニック5」に続くシリーズ第6弾。初めての長編。でも、そんなに長く感じない。
 出だしから、主人公の行動が変で恐い。シリーズで最強の敵が登場。って感じなんだけど、相手は現象なのでややこしい。ここが一番のオリジナリティなんだろうなぁ。
●「伝説の艦隊2 <ウォリアー>」ニック・ウェブ著、ハヤカワ文庫SF、2021年2月、ISBN978-4-15-012317-8、1200円+税
2021/3/27 ☆

 「伝説の艦隊1 <コンスティテューション>」に続くシリーズ第2弾。なんとか地球から異星人を撃退した主人公は、いろんな星系で異星人と勝ち続ける。しかし、それが味方の大量の犠牲と引き替えの勝利なので、評判が悪い。一方、地球には異星人と通じる勢力もいて、こんな場合なのに権力闘争と暗殺合戦。異星人の根拠地を攻撃する作戦を進めるも、新たな異星人も登場して、事態はややこしくなってきた。
 コミュニケーションできない謎の異星人との戦いだと思ってたら、とたんにコミュニケーション可能で、妙に人間同士の駆け引きであり、スパイ合戦のような話になってきた。次の巻では、ワープで行った先の話をするんだろうなぁ。
●「ALTDEUS: Beyond Chronos Decoding the Erudite」小山恭平・柏倉晴樹・カミツキレイニー・高島雄哉著、ハヤカワ文庫JA、2021年2月、ISBN978-4-15-031473-6、940円+税
2021/3/19 ★

 VRゲーム「アルトデウス」のノベライズの連作っぽいアンソロジー。160年に及ぶ歴史の断片を描いた4篇が、時間軸に沿って収められていて、前と間に“現在”から主人公が過去の160年を思い起こしている3篇の間奏がはさまる。
 なぞの超巨大生物メテオラが地球の各地に突如出現して、人類は太刀打ちできず、地下世界をつくってかろうじて生き延びている。でも話の中心は、巨大生物との戦いというより、地下世界での社会の話が中心になっていく。世界で起きてるけど、舞台はずっと日本、というより東京。
 高島雄哉「Mounting the Woeld 世界実装」、2080年、巨大生物が出現して、なぜか2人の少女が戦いを挑む。それをサポートするのが、アンソロジーを通じて登場する主人公である天才科学者(当時は生身)。
 カミツキレイニー「JULIE in the Dark」、2150年代、地下世界では上層と下層に分かれた階級社会ができあがっていた。で、持ち上がる革命の動き。天才科学者は、政治闘争に負けて、密かに権力を維持しつつも、干されている。
 小山恭平「Blue Bird Lost」、2220年、ダンスを通じて、貴族階級の若者が、被差別階級の待遇改善のために闘う。その中で明らかになるのは、地下世界の恥部ともいえる真実。天才科学者は権力者側で暗躍。このアンソロジーの中で一番と思う。
 柏倉晴樹「Decoding the Erudite」、主人公が過去160年を通じて行ってきたことの目的が明らかになる。
 結局、メテオラの正体は明らかにされない。それどころか戦いの帰趨も判らないし、人類の未来もわからない。正直、メテオラの設定は必要なかったんじゃないのか? 閉鎖空間の外に厳しい世界が広がっていて、内部に階級社会でできていれば、同じ話ができた。最後に明かされる主人公の目的もなんか今一つ共感できない。
●「ピエタとトランジ<完全版>」藤本可織著、講談社、2021年3月、ISBN978-4-06-518502-5、1650円+税
2021/3/12 ★

 短篇「ピエタとトランジ」の前に連作短篇のような「ピエタとトランジ<完全版>」シリーズが収められた短編集。のようでもあるけど、ちゃんと長編に仕立てられてもいる。2人が出会った高校時代から数十年にわたるピエタとトランジの物語がつづられる。
 最初からやたらと人が死ぬ。高校の生徒と教師の半分からが死んだり、女子寮がほとんど全滅したり。全滅という言葉が何度もでてくる。でもまあ“死を呼ぶ女探偵”二人組が、バッサバッサと謎を解くミステリだと思いながら読み進めた。確かに謎は解きまくるんだけど、これはある種の感染症によるパンデミックの話だった。そもそも最大のミステリは解かれない。描かれるのは変容する世界であり、人々の常識。とても印象に残る一冊。

●「統計外事態」芝村裕吏著、ハヤカワ文庫JA、2021年2月、ISBN978-4-15-031470-5、880円+税
2021/3/12 ★

 人口減少が進んだ2041年、統計データの矛盾(統計外事態)をから犯罪を見つける統計分析官の主人公が、水の使用量が激増している事案に取り組む。なぜか気になって、現地調査に出かけると、異様な雰囲気の子ども達に囲まれる。恐くなって泡を食って逃げ帰る。それが一連の事件の始まり。後輩を連れて、ふたたび出かけると、命を狙われ、色んな集団に追われ、公安組織が絡み、どんどん大変なことになっていく。
 中心的な謎は、不気味な子ども達。コミュニケーションテーマとしても楽しいし、個体とは何かってテーマも面白い。まあ、ありがちではあるけど。種分化という視点でいくと、かなり斬新だけど、成立してるのか疑問。種の定義はどうなってるんだろう? てな点をもっと説得力をもって描かれたら、もっと良かった。
●「記憶翻訳者 みなもとに還る」門田充宏著、創元SF文庫、2021年2月、ISBN978-4-488-78702-8、900円+税
2021/3/11 ★

 「風牙」の文庫化した2分冊のその2。「風牙」は4篇収めた連作短編集なのが、2編ずつに分けて、2編ずつ足すというイレギュラーなもの。第2分冊に関して言えば、単行本に入っていた「みなもとに還る」と「虚ろなの座」という主人公の生いたちに絡む宗教的な2編に加えて、前に「流水に刻む」という擬験都市の第二段階リリース前のエピソード、後ろにエピローグなショートショート「秋晴れの日に」が付け加えられている。
 「流水に刻む」は、子を思う親というテーマなんだろうか。単行本1冊に4編加えて2分冊にするくらいなら、「風牙」はそのまま文庫化して、もう1冊出せばいい。と思ってたけど、意見が変わった。少なくとも最後に「秋晴れの日に」が付いたのはよかった。解説にもあったけど、後味が大幅に変わって良かった。
●「庶務省総務局KISS室政策白書」はやせこう著、ハヤカワ文庫JA、2021年2月、ISBN978-4-15-031471-2、780円+税
2021/3/8 ★★

 ショートショート15篇を収めた作品集。KISS室とは、経済インテグレート・サステナブル・ソリューション室。半ばで、総合エコノミー企画ソリューション室に名称変更。略して、SEKS室らしい。名前はともかく、世間知らずで働く気がなく頼りにならない室長と、ボンボンのくせにしっかり者の主人公の2人だけの小さな部署。経済関係のいろんな部署から押しつけられた仕事をこなしたり、2人でうだうだ話しつつ、ホラ話のような経済戦略を提案しまくり、これがしばしば大ヒットする。それも国際的に。
 たとえば、地球温暖化対策を兼ねて、オホーツク海の流氷にカニの養殖カゴぶら下げて、東京沖まで引っ張ってくる「潜水型流氷カニ運搬計画」。流氷が先物取引の対象になるといった後日談も含めて楽しい。地球の自転を緩くして、1秒を長くするのもメチャクチャで好きかも。北極の氷の上を船を走らせる計画とか。プラスチックを取り込むよう遺伝子操作したアコヤガイを入れたカゴを、タンカーで曳航して、プラスチックを取り込まして真珠を養殖するとか。こんなんばかりなら、もっと評価を上げたのになぁ。
 サービス残業ではなく、ボランティア残業とか。公務員に携帯電話2台支給とか。失言対策の心拍数連動型アラームとか。公務員周辺で遊ぶネタもいくつか。変な上司をいじるだけなのもあるし。詐欺を企んでるだけなのもある。全体的には、アイデアで社会を少し変えるホラ話ってところで楽しい。
●「デス・タイガー・ライジング4 宿命の回帰」荻野目悠樹著、ハヤカワ文庫JA、2004年7月、ISBN4-15-030763-6、740円+税
2021/3/7 ☆

 婚約者二人は、出会えそうで出会えない。と思ったら出会ったけど、また引き離されて、最後は。4部作の最後だけど、肝心の連星に夏が来る話は解決しないし、侵略戦争もうやむや。ただただラブストーリーだけは一段落。
 前巻の後半から男がやる気を出したと思ったら、今度は女の方がただただ流されるだけに変わってしまった。2人のどっちかは流されてないとダメって決まりがあるんだろうか? 2人が相手を求めて、ものすごく頑張る展開なら、もう少し良かったかも。
●「デス・タイガー・ライジング3 再会の彼方」荻野目悠樹著、ハヤカワ文庫JA、2003年12月、ISBN4-15-030744-X、700円+税
2021/3/4 ☆

 侵略先の惑星で、婚約者同士が再び再開。が、また引き離されて、また相手を求めて頑張る。ラブストーリーの王道! 後半から虎が真面目に動き出して、ようやく話は面白くなってきた。問題解決に少し動き出したし。でもSFっぽくはならない。
 それにしても、この巻になってさらに登場人物が増えて、それがまたそれぞれ動くので、枝葉エピソードが多い。もっと整理したら短くなるのに。戦争の悲惨さシーンは減ったかも。
●「デス・タイガー・ライジング2 追憶の戦場」荻野目悠樹著、ハヤカワ文庫JA、2003年9月、ISBN4-15-030738-5、700円+税
2021/2/28 ☆

 舞台は侵略先の惑星系の主に宇宙空間と衛星と。なぜか関係者が全員遠征艦隊に潜り込んでいて、順番に現地で再会。で、医者として従軍した主人公は、戦争の現実に遭遇してショックを受けつつも、婚約者に出会い。で、またショックを受けて、なんやかんやで舞台侵略先の惑星上に。
 宇宙を渡ってきた艦隊が、なぜか陸戦に移行して苦労してるのが、なんか不思議。あれがなくてももう少しなんとかできそうな。そして、やたらと戦争の残虐な現実が描かれる。ミリタリーSFでも、ここまでしつこいのは珍しい。それ以外の話が基本ラブストーリーなので、一層不思議な感じがする。
●「デス・タイガー・ライジング1 別離の惑星」荻野目悠樹著、ハヤカワ文庫JA、2003年5月、ISBN4-15-030722-9、700円+税
2021/2/16 ☆

 連星のそれぞれに人類惑星があって、ほとんど交流なく暮らしていたのだけど、1000年に一度の過酷な“夏”が迫る。環境がより厳しくなる側が他方に避難しようとするが、拒まれ、星間戦争が勃発。とりあえず戦争を仕掛けるところまで。
 攻める側は、“虎”と呼ばれる改造人間部隊を投入する。前半は、“虎”に選ばれた青年と、ヒロインが出会い別れ、追いかけるところまで。つまり、ラブストーリーが軸という感じで進行する。
 舞台と状況の割りに、驚くほどSF的ではない。気取った貴族の嫌がらせとか、幼馴染みとか、ヒロインの大学生活とか、いるかなぁ。
●「原色の想像力2」大森望・日下三蔵・堀晃編、創元SF文庫、2012年3月、ISBN978-4-488-73902-7、980円+税
2021/2/11 ★

 「原色の想像力」に続いて創元SF短編賞アンソロジーの第2弾。第2回創元SF短編賞の応募作品の内、大賞を受賞した酉島伝法以外の応募作品の中から選ばれた7編を集めた。まるでモーニング娘。のような企画。大賞受賞作品は、年間日本SF傑作選の方に載せたいかららしいが、それじゃああんまりだろうと、最後に酉島伝法の受賞後第1作が付いている。モーニング娘。が成功したように、「原色の想像力」に続いてこの短編集もいい感じ。この年に関して言えば、何の事がわからん酉島伝法の「皆勤の徒」よりはるかに読みやすいし楽しめるかも。この後、「原色の想像力3」が出なかったのは、売れ行きが悪かったんだろうか?
 ただ、とても申し訳ないことに、今頃になって読んだもので、オキシタケヒコ「What We Want」と酉島伝法「洞の街」は、すでにそれぞれの短編集で読んでしまっていた。という訳で、その他6編をながめると。
 忍澤勉「ものみな思える」は、SFとは思えない。片瀬次郎「花と少年」も、理屈が足りないからファンタジーとしか思えない。ちなみにタイトルから、なぜか「はなかっぱ」みたいな話かと思った…。
 わかつきひかる「ニートな彼とキュートな彼女」は、途中でオチは判るけど、読んでて楽しい。当時は知らんけど、今ならできそうな気もする。志保龍彦「Kudanの瞳」は、タイムトラベルはラブロマンスという原則(当社調べ)に沿ってる。が、どうしてそんなんで“Kudan” が出来てそんな能力を持つのか意味不明。もしかしたら、もっと意味不明かもしれなけど亘星恵風「プラナリアン」は、そのイメージがすごくて、気持ち悪いけど忘れられない。空木春宵「繭の見る夢」、虫めづる姫君に化け物が宿り、ボーイズラブのタイムトラベル。ほらタイムトラベルはラブ。
●「堕天地獄仏法/公共伏魔殿」筒井康隆著、竹書房文庫、2020年4月、ISBN978-4-8019-2275-4、1300円+税
2021/2/9 ★

 過去の短編集から16編をセレクトした16篇を収めた短編集。編者は日下三蔵。ハヤカワ文庫版「日本SF傑作選1 筒井康隆」と棲み分けていて、両方読めば「東海道戦争」「ベトナム観光公社」「アルファルファ作戦」の3冊の絶版短編集所収作品はすべて読めるという段取りらしい。親切だけど、それなら過去の3冊を復刊すれば良かった気もする。
 ドタバタしていて、けっこうエログロな著者らしい作品が並ぶ。といってもエロはほんのり、グロはサラッと。なので、あまり絵面思い描かなければ、そんなに気持ち悪くはない。今も存在する団体を、少し名前や漢字を変えつつも明らかに判る形で、好き勝手にこき下ろす。男尊女卑や人種差別的なフレーズもいっぱい出てくるけど、それを引っ繰り返して、相対化してみせる。
 すべての作品が1960年代に書かれている。コンピュータにカードを読み込ませるし、オート三輪が走ってるし、どこででも煙草をスパスパ吸ってる。たしかに現代的ではないし、時代を感じる。でも、その割りには中身はそんなに古くない。たぶん科学的なアイデアがあまり出てこないから古びないんだろう。とくに 「やぶれかぶれのオロ氏」「堕天地獄仏法」「公共伏魔殿」といった政治家、公明党っぽい与党、NHKをこき下ろす話は、全然今でも通用する。というより、あまりに現代に通用しすぎて、著者の先見性に驚くというか、日本社会の進歩のなさが哀しくなるというか。
●「楽園追放rewired」虚淵玄+大森望編、ハヤカワ文庫JA、2014年10月、ISBN978-4-15-031172-8、820円+税
2021/2/8 ★

 サブタイトルに“サイバーパンクSF傑作選”とある。日本人作家の作品4篇、海外作家の作品4篇を収めた短編集。
 最初の2篇は、ギブスン「クローム襲撃」とスターリング「間諜」。懐かしすぎる。ギブスンは、サイバースペースが拡散と浸透しきった今読むと、なにが面白いのか疑問。一方、スターリングは今読み直しても面白い。
 続いて、日本人のサイバーパンクの原点が出てくるかと思ったら、神林長平「TR4989DA」と大原まり子「女性型精神構造保持者」。これってサイバーパンク? 少なくとも当時はサイバーパンクと思わず読んでる。サイバーパンクが、テクノロジーによる人間の変容をテーマにしてることだとすると、この2篇はコンピュータの変容を扱っていて、むしろ一種のシンギュラリティな話で、今読んでもこれってサイバーパンク?って思う。
 続いて海外勢のターンは、ジョン・ウィリアムズ「パンツァーボーイ」とストロス「ロブスター」。両者が登場した時期はけっこう違うと思うけど、ジョン・ウィリアムズが出現して、もうムーブメントとしてのサイバーパンクも終わりだな、って言われてたような。今読んだらありきたりすぎて退屈。一方、その後に登場したストロスは、スターリングの正統派後継者な感じ。今読んでも面白い。
 最後の日本人作家ターンは、吉上亮「パンツァークラウン レイブス」と藤井太洋「常夏の夜」。吉上亮の作品がこのアンソロジー唯一の初出作品。でも、「パンツァークラウン フェイセズ」の外伝。「パンツァークラウン フェイセズ」は確かにサイバーパンク的ではあるなぁ。あまり面白くないけど。サイバーパンクは、アウトロー的なイメージが強い。だとしたら藤井太洋はサイバーパンクじゃない。あと、藤井太洋ではテクノロジーで変わるのは人間ではなく、社会だと思う。人間は面白いくらい今のまま。そういう意味でもサイバーパンクかなぁ、と思う。量子コンピュータを扱った「常夏の夜」もの凄く面白い。量子ネイティブの出現は、人間の変容といえるけど、これはサイバーパンク的テクノロジーによる変容とは違うと思う。
 もしサイバーパンク再びというなら、スターリング-ストロス路線の作品集にした方がよかったんじゃないかと思う。ギブスン的サイバーパンクは、浸透と拡散してしまって、とっくにオワコン。といった点はさておき、面白い作品が多いアンソロジーではある。でもまあ、読む価値のある作品は、それぞれのオリジナル短編集で読めばいいと思う。

●「キスギショウジ氏の生活と意見」草上仁著、竹書房文庫、2020年8月、ISBN978-4-8019-2376-8、1400円+税
2021/2/5 ★★

 19篇収めた短編集。編者は日下三蔵。初出は「SFアドベンチャー」と「野性時代」。 「SFアドベンチャー」 に載った作品は、まあSF。でも、「野性時代」に載った作品は前半5編はSFだけど、後半5編はSFではなく、ミステリであったり(「OEの謎」)、恐い落とし話であったり(「文通」「家族の幸せ」)、少しコミカルな不思議な話であったりする(「ブラボー」や表題作)。というか、「SFアドベンチャー」に載ったのでも「お別れ」ホラーだし、「記念品」もホラーより。
 異星人が出てくる「飛び入りの思い出」はいまいちだけど、「鉄の胃袋」は面白かった。むしろ不思議な生き物が出てくるのは、「お父さんの新聞」「ダイエット・ペット」「われらの農場を守れ」はいずれも面白い。まるでフレドリック・ブラウン作品みたいな「公聴会」は、面白いけどオチが判りすぎ。コメディタッチの馬鹿話「十五パズル」「アイウエオ」はよかった。カフカのオマージュ(?)「変身」は著者らしくて一推しかも。「オーバードーズ」「国境の南」は、ちゃんとしたSFで良い作品だけど、著者にしては真面目すぎなのでは?
 とにかく、SFもそうでないのも、驚くほどハズレがない。そして、とても読みやすい。そんなに新しい感じはないけど、ぜんぜん古くない。すごい作家だと思う。
●「それをAIと呼ぶのは無理がある」支倉凍砂著、中央公論新社、2020年11月、ISBN978-4-12-005356-6、1500円+税
2021/2/2 ★★★

 5編を収めた連作短編集。第1話を読み始めると、なんか読んだことがあるような…。と思ったら「2030年の旅」に収められてた奴やん。あの続きが読めるのか!と喜んだら、単なる続きじゃなくって、さらに膨らんで、肝心の続きは判ったような判らないような。
 携帯AIをみんなが持ってる少し未来。AIは小さなアバターという形でホログラフィックに出てきて、会話までしてくれる優れもの。主人公はおもに高校生。AIネイティブの彼等にとって、AIは単なる道具ではなく、友だちのようでもあり、育成ゲームのような様相にもなる。
 トカゲのAIに恋愛相談してる男の子と、陸上部の女の子。告白するかをAI使って市ミューれーションしようとするデジタル得意の女の子と、アナログな幼馴染みの男の子。そのお姉さんのデジタル巫女さん。それぞれの淡い恋模様を交えつつ、人間関係とAIとのつき合い方に悩む青春が描かれる。
  SF色は一見少なめだけど、とても面白い。携帯型のAIアバターがいることで、さりげなく変わりつつある人間社会が、いい感じで描かれる。
●「パンツァークラウン フェイセズIII」吉上亮著、ハヤカワ文庫JA、2013年7月、ISBN978-4-15-031123-0、700円+税
2021/1/31 ☆

 「パンツァークラウン フェイセズI」「パンツァークラウン フェイセズII」の続きで完結編。敵役の目的が明らかになって、事態は急激に進行する。
 3年前の事件の真の目的が明らかになったらしいけど、やっぱり意味は分からない。なんでそんなことしようと思うの? 敵役の目的は判ったけど、各人を命を賭けてそれをしようと思う動機と、どうしてそんな方法を選んだのかは、全然判らない。もっと簡単に確実に実行する方法はいくらでもあるだろうに。敵役はそれぞれ自分を語ってくれるんだけど、全員意味不明。変な思い込みと訳の分からない理屈ばっかり。どうして、そんなんで切れて仲間を殺すかな?何がしたい?
 ものすごい重要な権限を持ってるマザーコンピュータへのアクセス権が、腕一本で左右できるという雑さには脱力した。いくらマザーコンピュータの支配を奪っても、住民をこんなに好き勝手に動かせるって、出だしから考えると理解できない。
 という訳で、黒幕、敵役、味方などみんなの目的は明らかになったらしいけど、動機と方法の選択理由が意味不明で気持ち悪い。みなさん判った風な口をきくけど、もう少し考えて賢く行動すればいいのに。

 意志のないマザーコンピュータに支配された超管理社会。AR技術が行き渡り、住民はマザーコンピュータの提案に依存して暮らしている。そのディストピアを破壊して、人間の自由を取り戻す。という流れ自体は、古くからあるけど、ほどよく新規性も投入されていて、いいと思うのになぁ。Quantum Networkも面白そうなのになぁ。どうして、こんなによく判らない面白くない展開になるかな。行き当たりばったりなSFアニメのような印象。

●「パンツァークラウン フェイセズII」吉上亮著、ハヤカワ文庫JA、2013年6月、ISBN978-4-15-031118-6、700円+税
2021/1/30 ☆

 「パンツァークラウン フェイセズI」の続き。敵役は、目的のよく判らない中途半端な破壊活動を繰り返す。敵は2人かと思ってたら、いつの間にか7人になっていた。そして、さらわれたお姫様が、よく判らないけど変節をする、というかご乱心?
 3年前の事件とは、なんだったのか?というのが一つの焦点。で、かなり明らかになるんだけど、なんでそんな展開になるのか、さっぱり意味が分からない。さらなる説明が必要になっただけ。
 そういえば、都市側はともかく、敵役の方は、メカニック1人しかいないらしいのに、異様に技術力が高い。いくらプリンターでなんでも作れる時代って設定でも…。都市側も子ども一人の技術が異様に高いし。優秀なメカニック一人でちょちょいと何でも作ってしまう。宇宙戦艦ヤマトの時代に戻ったよう。
●「パンツァークラウン フェイセズI」吉上亮著、ハヤカワ文庫JA、2013年5月、ISBN978-4-15-031113-1、700円+税
2021/1/26 ★

 傭兵的な仕事で世界を渡ってきた主人公が、故郷の街に戻り、街の治安を守る仕事につく。幼馴染み、街を仕切る有力者、美形の敵方とその仲間、そしてお姫様。西部劇や時代劇にもありそうな定型。ってゆうか、パワードスーツを身につける主人公のイメージは、どっちかと言えば仮面ライダー? 1クール分の話が展開してるような気がする。この巻はまるまるイントロ、というか登場人物と舞台設定の紹介って感じ。
 2021年、大災害で東京は壊滅。それが復興して生まれたのが、舞台となる層現都市イーヘヴン。そこはco-HALというシステムによって管理されていて、住民の行動はすべて記録され、co-HALは各人に最適解を提案。住民は、その最適解を選択しながら暮らしている。都市の管理はco-HALが住民の意志に基づいて決定。住民は、その行動の都市への貢献度に基づいて、co-HALにランク付けされ、一般住民はAランクとBランクに分かれている。それに応じて付ける職業も変わってくる。民主的に運営される自由な都市、ってのは表向きで、住民たちの行動は事実上コントロールされ、しっかり階級社会になってる。昔懐かしいマザーコンピュータに支配された超管理社会って感じ。
 一番面白いガジェットは、ほぼすべての住民が身につけてるAR環境を提供するコンタクトレンズ。情報レイヤーを付け加えるのみならず、マザーコンピュータが不要と判断した情報をマスクする。そのため、眼の前にいる人や物が見えなくなったりする。

 主人公は3年前のある事件の記憶がない。しかし、それがきっかけで、都市から追放された。それは他の登場人物とも関係がありそう。いったい3年前になにが? という謎を引っ張りまくる。24年前の2021年に東京がどんな災害に見舞われたのかも、明らかにされない。謎を解明していくストーリーは興味を引く役に立つと思ってるのかもしれないけど、登場人物の中に明らかに答えを知ってるのがいって、盛んにほのめかすのに、明かされないのはイライラするだけ。
 損益ってことばの意味を取り違えてるのが、なぜか気になって仕方が無い。
●「万博聖戦」牧野修著、ハヤカワ文庫JA、2020年11月、ISBN978-4-15-031454-5、1140円+税
2021/1/23 ★

 前半は、1969年〜1970年。大阪万博直前から始まって、大阪万博が開幕して会場、太陽の塔で最初のクライマックス。精神寄生体に寄生されたオトナ人間が、コドモを管理しようとする。それに対抗して、コドモの未来と自由を求めて闘う。頑張るのはなぜか選ばれた数人だけど。
 後半は、時は流れて、大阪市全域を使って開かれる2037年の万博の直前。再び、オトナ人間とコドモの戦いが繰り広げられる。決着は、通天閣辺りの塔。「傀儡后」を妙に思い出させる。
 なぜか選ばれて犠牲を払いながら闘う少数のコドモ。それをサポートする謎の存在と、不思議な力。前半に展開するこの辺りの設定がファンタジック過ぎる。後半のスマート・コンタクトレンズを用いたVR万博の設定がとても面白いのに、特殊能力をもった面々も楽しいのに。前半とのギャップばかりが気になる。後半だけで良かったのに、オトナとコドモ対立にする必要あったかな?
●「沙漠と青のアルゴリズム」森晶麿著、講談社、2020年11月、ISBN978-4-06-521563-0、1750円+税
2021/1/22 ★

 2028年、世界大戦の後、日本は滅亡し、日本人は世界中から狩られて、絶滅に瀕している。僕はノルウェーに落ち延び、フェイスマスクをしてなんとか生き延びている。出だしから衝撃の展開。
 物語は、ある日本人画家が描いた「ジェーン・グレイの逃走」「一瞬のユディト」「氾濫するユディト」の3つの絵と、その画家夫婦の謎を巡って展開していく。んだけど、2015年では、新米編集者が、2作目が書けない小説家と事件を追う。というか、なぜか小説と現実が入り交じる謎に挑む。
 主要な舞台は、2015年。そこに2028年と2000年と1900年、さまざまな時代と、現実世界と少し違うもう一つ世界が混じり合って、複雑な話が組み立てられる。代名詞が重要らしく、 僕と私、君とあなた。
 結局のところ訳の分からない話だけど、なぜか圧倒的で、妙な説得力をもって終わる。SFではないけど、迫力に負けて★1つ。

●「アルヒのシンギュラリティ」河邉徹著、クラーケンラボ、2020年8月、ISBN978-4-910315-00-3、1364円+税
2021/1/19 ★

 人間とロボットが仲よく暮らす平和な都市。しかし実際は、さまざまなウソからできた平和だった。そのウソを、都市の有力なロボット研究者を父に持つ少年と幼馴染みの少女が解き明かしてしまう。
 人間とロボットの密かな対立。隠された過去の戦争と都市の成立の理由。ロボットの天国や都市の外側の真実。そして、少年の父が抱える秘密。そんなに驚く展開はないのだけど、ジュヴナイルSFとしてこじんまりまとまってる感じ。でも、終わり方はちょっとなぁ。
●「2020年のゲームキッズ →その先の未来」渡辺浩弐著、星海社、2020年11月、ISBN978-4-06-521659-0、1350円+税
2021/1/17 ★★

 2020年4月以降、YouTubeで朗読配信されていた作品の中から選び、書き下ろしを追加して収められた短編集。ショートショートが16編。
 新型コロナウイルスによるパンデミックを受けての作品たちなので、密集を避け、対面を避けることが求められる時代・設定を描いた作品が大部分。このパンデミックを受けて、これから書かれるSFが大きく変わっていくことを示す作品集であるだろう。
 「青人」は感染者の識別技術、「不要不急の人」はVR世界、「星の数ほど」「蜜な関係」はリモートの恋愛や結婚、「盛りガール」はリモート時代の美容整形、「美少女老人」はリモート時代のアイドル、「ラブ・フォー・ガール」「映える女」はリモート時代の出会い、「2つの家」はリモートの結婚生活、「末恐ろしい子供」はリモート子育て。「子供に優しい死神」「世界最大の密室」は外出自粛な世界での、小学生の生活や殺人。「デジタル断捨離」や「無観客試合」はタイトルそのまんま。「小説家のいない世界」は、創作が禁止された世界の話。これはパンデミックは直接は関係ないような。
 大部分はSFだけど、「映える女」や「子供に優しい死神」はホラー。「袋のネズミ」は、リモートとか関係なく、普通にホラー。
 ちゃんとひねりがあって一番気に入ったのは、 「ラブ・フォー・ガール」 。「無観客試合」のアイデアも良かった。
●「大日本帝国の銀河1」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2021年1月、ISBN978-4-15-031464-4、860円+税
2021/1/17 ★

 日華事変から真珠湾攻撃の間の1940年、世界は異星人とファーストコンタクトする。
 当時の科学技術では作れない巨大軍用機が、日本をはじめ世界4ヶ所に出現。第2次世界大戦が始まりつつある時代、数十年だけ先行した科学技術を見せられた人々はどう反応するのか。そして、歴史は少しずつ分岐していく。
 天文学がまだまだ未発達で、異星人という概念がギリギリない時に、ファーストコンタクトが起きたら、どうなるか? というのがテーマらしい。日本の天文学者の奮闘、陸軍と海軍の対立という当時の日本の状況も描かれていく。
●「三体II 黒暗森林」(上・下)劉慈欣著、早川書房、2020年6月、(上)ISBN978-4-15-209948-8(下)ISBN978-4-15-209949-5、(上)1700円+税(下)1700円+税
2021/1/5 ★★★

 「三体」の続き。文化大革命の時代が描かれる長いイントロが、とても恐くて、その後も何か不思議なことが起きてるけど、なにが起きているのかなかなか判らなかった前作とは違って、やがて地球にやってくる三体人との戦い、というかその前哨戦を焦点に大部分の話は進む。
 4百数十年後に太陽系に到着する、数千隻を超える三体人の侵略艦隊。それまでにその対応を準備する必要があるが、地球にはすでに三体人の目が到着しているので、対応策は密かに計画し準備する必要がある。そんな中で発動されたのが面壁計画。4人の面壁者に全権が与えられ、それぞれ自由に対応策を準備する。敵を欺くには味方から。表の計画に隠された真の計画。欺瞞の中の欺瞞。真実が明らかになったと思ったら、さらその背後の真実が明らかになる。人類の裏切り者が、面壁者の計画を明らかにするために送り込まれる破壁者。次々と挫折する面壁者の計画。果たして4百数十年後どうなるのか? 作品中でも触れられるけど、アシモフのファウンデーションシリーズのよう。謎がいっぱいで、次々と明らかになっていって、とても楽しい、判ってらっしゃる。
 面壁者の計画によって変容する人類。迫り来る三体艦隊。次々と倒れる人々。やがて明らかになる宇宙の真実。黒暗森林。
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