SF関係の本の紹介(2003年下半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】


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●「火星ダーク・バラード」上田早夕里、2003年12月、角川春樹事務所、ISBN4-7584-1021-6、1800円+税
20031231 ★

 第4回小松左京賞受賞作。人類が火星にも住むようになった未来、犯人護送中に相棒を殺され、犯人には逃げられ、あげくに自らが犯人の共犯と疑われた主人公が、事件の真相を求める話。
 もう一つの重要な要素は、火星で極秘に進められている、ヒトの遺伝子に手を加えて超人類を作り出すプロジェクト。超能力を持ちつつも、道具としか扱われず、自由を与えられていない超人類の少女の成長と独立の物語でもある。
 大切な相棒を失った主人公、自由な恋愛も認められない超能力少女。切ない設定が散りばめられていていいのだが、ストーリーや設定にとくに目新しいものはないと思う。


●「遺伝子の使命」ロイス・マクマスター・ビジョルド、2003年12月、創元SF文庫、ISBN4-488-69811-5、760円+税
20031228 ★

 マイルズの出ないヴォルコシガン・シリーズの1冊。主人公は、男だけからなる惑星からきた男で、デンダリィ隊からはエリ・クインが活躍。主人公の故郷アトスは、臓器だけで維持されている子宮で子供をつくって、男だけの世界を維持している。ところがその子宮に寿命が来て、新たな子宮を入手すべく派遣された主人公が事件に巻き込まれる。
 とにかく主人公はアトスを出たことがないので、女性を見たことすらない。その上、アトスでの教えでは、罪を持った存在で、男の魂を地獄に引きずり込むとされている。そんな主人公なので、惑星外で女性と接触するだけで大事件。とまあ、そんな設定のおかげでとっても楽しめます。


●「夜更けのエントロピー」ダン・シモンズ、2003年11月、河出書房新社、ISBN4-309-62181-3、1900円+税
20031215 ★

 作家別のアンソロジーシリーズ、奇想コレクションの第1弾。7編が収められている。表題作の「夜更けのエントロピー」だけはどう見てもSFではないが、そのほかはおおむねSF作品。
 4編では主人公はベトナム戦争帰りで、内1編「ベトナムランド優待券」はベトナム戦争を体験するテーマパークの話。2編は死者が動き出す話。残る1編「ドラキュラの子供たち」は、チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアと吸血鬼の話。全編にわたって、戦争や死のイメージ、そして家族や人間関係の崩壊も共通したイメージがつきまとう。
 強い印象が残ったのは、「ベトナムランド優待券」と「ドラキュラの子供たち」。でも、この2作はあまりに悲惨なので、一番気に入ったのを選ぶなら「ケリー・ダールを探して」。


●「楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史」牧野修、2003年11月、早川書房、ISBN4-15-208531-2、1500円+税
20031215 ★

 13編が収められた短編集。「異形コレクション」や「SFバカ本」など様々な場所で発表された作品が集められているため、内容はホラーからSFまで広く幻想小説多岐にわたる。
 さまざまな不思議な世界の滅びの物語、あるいは不思議な状況下での死の物語が並ぶ。とにかく全体に、不条理、悪意、死のイメージが強くて、読んでいて疲れる。最後に収められた書き下ろしの「付記・ロマンス法について」は、ある種の自己諧謔らしい。
 お気に入りの作品は、「踊るバビロン」。生体建材で種子から育てられた家。その中に棲む生きた住居器官、人、住居器官と人のハイブリッドで構成される不思議な社会。そして、わけのわからない世界の危機。こういった作品だけを集めた短編集ならよかったのに…。あとアンドロイド型になった本の話「逃げゆく物語の話」も、けっこういい感じ。


●「ヴェイスの盲点」野尻抱介、2003年11月、ハヤカワ文庫JA、ISBN4-15-030742-3、600円+税
20031212 ★

 中年のおっさんの社長と、美人の女性パイロット(たち?)からなる、零細宇宙運送業者のシリーズ「クレギオン」の第一弾。といっても、1992年に富士見書房から出ていたものを、順次ハヤカワ文庫で出していくだけ。この作品は著者のデビュー作にあたる。
 内容は、過去の戦争で設置された宇宙の地雷網に囲まれた惑星の話。ご都合主義的な設定に展開、という感はいなめない。


●「プレイ −獲物−」(上・下)マイクル・クライトン、2003年4月、早川書房、(上)ISBN4-15-208486-3(下)ISBN4-15-208487-1、(上)1500円+税(下)1500円+税
20031208 ★

 ナノテクノロジーが暴走する話。とはいうものの、上巻の半ばまでは失業したプログラマーの主人公が、嫌々主夫業をしつつ、バリバリ働いている奥さんとうまくいかなくって悩んでいるだけ。奥さんとうまくいかない訳は実は…、という伏線が見え見えで、この部分はとても退屈。その後、主人公はナノマシンの暴走のまっただ中に出向くことに。
 要は困った企業がナノテクマシンを環境中に放出してしまうのだけれど、それが自立して暴走するのがポイント。集合して群体として機能するように設計されたナノマシンが、環境中に放出され、それがいわば集合知性体として活動しはじめる。一方で、社会性昆虫のような巣をつくってみたり。群体として機能するナノマシンが野生化するというイメージがけっこう新鮮。まるで細胞からなる生物による生物群集のように、ナノマシンからなる群体による群集ができていきそう。そこまでイメージを広げて提示してくれればさらに高評価にしたのに。
 クライトンの多くの小説と違って、出だしがもたもたしていて、かえって中盤からがおもしろい。終わり方はまあ、あんなものかという感じ。


●「忘却の船に流れは光」田中啓文、2003 年7月、早川書房ハヤカワSFシリーズ、1500円+税、ISBN4-15-208502-9
20031117 ★

 ウィングローブの「チョンクオ風雲録」を思わせる巨大階層都市を舞台に、改変された8つのタイプの人類からなる社会。聖職者を主人公に、その世界の謎が解き明かされていく物語。
 世界の真実の姿は、てっきりあの設定かと思いきや、上手に期待を裏切ってくれる。物語もどんでん返しが色々仕掛けられていて、それなりにおもしろい。帯には、“もはや駄洒落の余地もない”とあるけど、結局のところ最後にあのネタをやりたかったんだなー、と思わせる結末。
 とまあ、設定も物語もいいと言えばいいのだが、とにかく著者の趣味なのか、全編わたって、血に糞尿などなど人体から出るあらゆるグチョグチョしたものが、これでもかと撒き散らされる。下品で、グロくて、ちょっとうんざり。「家畜人ヤプー」みたいなのもしたかったのかねぇ。


●「フィニイ128のひみつ」紺野あきちか、2003 年7月、早川書房ハヤカワSFシリーズ、1500円+税、ISBN4-15-208503-7
20031115 ★

 死んだ叔父さんが残した「フィニイ128のひみつ」という謎の言葉。その謎をとくべく、主人公は体験型RPG“W&W”の世界に入っていくことに。
 “W&W”は現実世界で行なうRPG。さまざまな役割を与えられた大人が、街角で公園で大真面目にごっこ遊びをするわけ。ボード上やコンピュータ上で行なうRPGを、ヴァーチャル世界でリアルに行なうという話は今時普通。それをもう一ひねりして、現実世界でやってしまうところが、妙に新鮮。実際にやってみても楽しそうなので、誰か企画したらいいのに。でも、参加者はかなりの労力を、RPG世界の維持に費やしてるけど、どうやって生活してるんだろ?と思わなくもない。
 実は途中まで、本当はヴァーチャル世界の話をしてるのかなー、と考えながら読んでいたので、本当に現実世界らしいと思った時には、妙に感心。少なくとも“W&W”の参加者にとっては、この世界には他の人たちと同じ現実だけでなく、“W&W”の世界という構造も持っていることに。さらに言えば、我々が今考えているこの現実は、単なるRPGではないのか? そんなわけで、一切のハイテク技術ぬきに、認識だけで現実世界をひっくり返してくれるところが楽しい。


●「星の綿毛」藤田雅矢、2003 年10月、早川書房ハヤカワSFシリーズ、1500円+税、ISBN4-15-208526-6
20031115 ★

 不思議な動植物が生息する砂の惑星。砂漠の中を移動するオアシス。そこにムラをつくって暮らす人々。主人公の少年は、交易人に連れられて、ムラを離れてトシに向かう。そこで明らかになる世界の秘密。
 トシに向かう途中で、話はまるで違うものになっていく。小説の前半と、後半がまったく別の設定とストーリーになっているようなもの。話半ばで、世界の謎が明かされるので驚き、じゃあ残り半分ではどんなにすごい展開があるのか!と期待すると、期待は見事に裏切られる。世界の話が、個人の内面世界だけに尻すぼんでしまったエヴァンゲリオンみたいなもの。


●「星海の楽園」(上・下)デイヴィッド・ブリン、2003 年10月、ハヤカワ文庫SF、(上)920円+税(下)920円+税、(上)ISBN4-15-011460-9(下)ISBN4-15-011461-7
20031112 ★

 「変革への序章」「戦乱の大地」に続く、「知性化の嵐」三部作の最終巻。というより、「知性化の嵐」という長大な話の最終巻というべきか。延々と続いた話もこれで終わり。話は、惑星ジージョを飛びだして、人類やジージョの住人やジョファーだけでなく、宇宙全体に広がる。酸素類(酸素呼吸種族)だけでなく、水素類、隠棲類、機械類をはじめ、今まで登場しなかった超越類や思念類までも登場して、宇宙規模での壮大な展開と、それでいて意外と身近な結末が用意されている。
 まあストリーカーも人類も一応危機を脱したし、ジージョの住人も平和を取り戻したらしいし、ハッピーエンド。残されているのは、人類の主族の問題だけか。
 結局の所、宇宙全体にまで話は広がったけど、わかってしまうと宇宙の謎も単純すぎて興ざめ。今までは謎の存在で値打ちがあった隠棲類や超越類も、あまりに人間くさいし。何もかも明かしてしまうのは、止めた方がよかったかな…。


●「記憶汚染」林譲治、2003 年10月、ハヤカワ文庫JA、720円+税、ISBN4-15-030740-7
20031109 ★

 弥生時代の遺跡を発掘する考古学者と、人工知能を研究する研究者。遺跡で起きた爆破テロをきっかけに、テロリスト探しを通じて、両者の未来が交錯していく。そしてついにさまざまな事件の背後にあった人類の歴史に関する謎が明かされる。
 どうして一介の考古学者が探偵まがいの事をしなくてはならないのか、さっぱり説得力がない。そもそも謎の解明にいたるストーリー自体はさほどおもしろくもない。でも、現在でも見られるような情報機器がきわめて発達した時の、情報社会の未来像と危険性についての指摘はとてもおもしろい。ストーリーなんかどうでもいいと思わせる。
 携帯電話が発達してできたウェアラブルコンピュータ。金銭の授受はなくなり、すべてがウェアラブルコンピュータを介した決済。公共サービスを受けるにもウェアラブルコンピュータでの認証が必要。ウェアラブルコンピュータを失えば、なんにもできない! さらには、ウェアラブルコンピュータのGPS機能によるガイドによってのみ動く中で、人が立ち入らない非公共エリアが形成される。そこには、ウェアラブルコンピュータを失い、社会的には死人といっていい人々が暮らす。他にも、情報機器のさまざまな使い方と、その波及効果が満載。情報機器が発達することで、人々は自分が求めない情報を見ないで済むようになるという指摘には考えさせられる。
 最後の方で行われる歴史についての講義もなかなかおもしろかった。記憶によってつくられる意識に歴史。記憶の混乱が意識の混乱を起こし、記憶の改変が歴史の改変につながる。こう書くと当たり前だが、我々が歴史的真実と思っている事柄が本当にあったのかと問い直し始めるとなかなかおもしろい。
 総合評価としては、個々のアイデアはかなりおもしろいが、ちょっとアイデアばかりぶち込みすぎで、小説としての出来はいまいち、ってとこでしょう。

●「マルドゥック・スクランブル」(The First Compression-圧縮・The Second Combustion-燃焼・The Third Exhaust-排気)沖方丁、2003 年5-7月、ハヤカワ文庫JA、(圧縮)660円+税(燃焼)680円+税(排気)720円+税、(圧縮)ISBN4-15-030721-0(燃焼)ISBN4-15-030726-1(排気)ISBN4-15-030730-X
20031105 ★

 男に殺されかけた娼婦の少女バロット。彼女がサイボーグとなって復活し、喋るネズミ型万能兵器ウフコックとともに、自分を殺そうとした男に立ち向かう。いわば少女の再生と成長の物語。特筆すべきは、全体の半分近くを占めるカジノでのギャンブルシーン。
 人体を改造する不思議なテクノロジーにあふれた世界。舞台設定もとてもSF的ではあるのだけれど、そういったものはすべて雰囲気作りに使われているだけのように感じる。むしろ熱心に描かれているのは、戦闘シーンやギャンブルシーンでの互いの駆け引き。まさに心理戦といえるギャンブル、とくにブラック・ジャックの場面は読み応えたっぷり。
 そんなわけで、ギャンブル小説、あるいは心理戦小説としてなら高く評価するけど、SFとしてはまあまあの出来かと。

●「せちやん」川端裕人、2003 年9月、講談社、1600円+税、ISBN4-06-211966-8
20031103 ★

 林の中の一軒家に住み世捨て人のような生活を送りながら、自分でプラネタリウムをつくり、宇宙からの電波に宇宙人からのメッセージを探す男せちやん。そんなせちやんと、中学生3人組が知り合い、入り浸るようになり、やがて離れていく。その3人組の一人の視点から、せちやんとの交流、そしてその後の人生が、少しせつなく語られる。
 子どもの頃、あんなに真剣に考えていた夢を、大人になってふと気づくとまったく忘れてしまっていた。というのにも弱いけど。子どもの頃、尊敬した人物が、大人になってみると人生の落伍者でしかなかった。子どもと接する機会があり、下手をすると憧れの職業にもなりかねない立場だけに、これはドキドキする。大人になってから落胆されないようにしなくては…。
 と誓いを新たにしつつも、まあこれはSFではないねってことで、こんな評価。

●「約束の地」平谷美樹、2003 年6月、角川春樹事務所、2100円+税、ISBN4-7584-1011-9
20031101 ★

 普通の人間の中に隠れ住んでいた超能力者達が、自分たちだけの村を作ろうとする。そういった超能力者達を守ろうとする者達がいる一方で、超能力者たちを手に入れて利用しようとする者達がいて、それに協力する超能力者もいる。4つの立場が入り乱れて、最後に…。いわば、超能力者と普通人の関係を模索するような話。
 安住の地を求める超能力者と、それを追っかける普通人というイメージは、さまざまなSFで繰り返されてきた。そういった意味では新鮮味はない。ただ超能力者と普通人の心のふれあいを描きつつも、最後にはシビアに断ち切ってしまう冷たさは、意外と新鮮かも。
 人類が異質な存在を排斥したり、道具として利用しようとする物語。なんだけど、暴走するテクノロジーの話としても読める。この設定での超能力者は自然発生してるんですけど…。

●「THEビッグオー パラダイム・ノイズ」谷口裕貴、2003 年7月、徳間書店、1500円+税、ISBN4-19-861708-2
20031027 ★

 アニメ「THEビッグオー」のオリジナル・ストーリーのノベライズ。アニメは、40年前以前の記憶を失った街“パラダイムシティ”を舞台に、巨大ロボットを駆るネゴシエイターのロジャーが、美少女アンドロイドのドロシーを相棒に、事件を解決していくハードボイルド風の物語。そこでは40年以上前のメモリーが重要な要素となる。
 アニメはけっこう好きやけど、全部はフォローしてないので、設定がどこまで同じかいまいちわからない。気づいた範囲では、世界設定は同じ。で、やはりドロシーを相棒にロジャーが事件を追いかける。今回の事件は、謎の詩集を印刷した男が、人間を襲わないはずのアンドロイドに殺された事件。
 アニメは、パラダイムシティの設定と、ハードボイルド風の展開を楽しむようなもの。そういった意味では、きわめて忠実なノベライズ。それ以上ではないけれど…。

●「モンスター・ドライブイン」ジョー・R・ランズデール、2003 年2月、創元SF文庫、600円+税、ISBN4-488-71701-2
20031027 ☆

 金曜の夜にドライブイン・シアターに行ったら、宇宙人か何かに、そのドライブイン・シアターが外部世界から切り離される。最初は落ち着いていた人々だが、やがて食料の奪い合いを始め、殺し合いが始まり、やがて殺人と食人が普通の状態に。
 とにかく半ばからは残酷シーンばかりが連続する。登場人物とともに、それに慣れてくる自分が怖い。

●「アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記」深堀骨、2003 年8月、早川書房、1700円+税、ISBN4-15-208508-8
20031027 ☆

 柴刈天神前の住まう不思議な人々の不思議な話。短編が8編収められてる。SFってゆうよりはホラ話。スタージョンはともかく、帯にあるラファティのにおいは確かにある。あと、ちょっと北野勇作っぽい気も。妙に下品なラファティや北野勇作やけど…。
 ナンセンスなホラ話って路線はいいんやけど、いまいち笑えない。それにアイデアにあふれてるわけでもない。ってことで、あまり評価せず。

●「星の破壊者」(上・下)ショーン・ウィリアムズ&シェイン・ディックス、2003 年8月、ハヤカワ文庫SF、(上)740円+税(下)740円+税、(上)ISBN4-15-011455-2(下)ISBN4-15-011456-0
20031022 ★

 「太陽の闘士」に続く「銀河戦記エヴァージェンス」の第二弾。前作で旅の仲間を得たロシュが、仲間達と共に、クローン戦士ソル・ヴァンダーキントを求めて、ある星系へ。そこで星系規模の恐るべき罠にはまっていまうことに。といった展開。
 多くの伏線が張られていて、この段階では宙ぶらりんで終わったとしか思えない。三部作だそうなので、次が出てからしか評価するのは難しそう。銀河規模の大事件になってるようなので、伏線がすべてきれいにまとめられて謎が解明されるなら、けっこうおもしろいかも。最後は王が帰還するのか?

●「あなたの人生の物語」テッド・チャン、2003 年9月、ハヤカワ文庫SF、940円+税、ISBN4-15-011458-7
20031010 ★★★

 あのテッド・チャンのすべての作品が収録された短編集。収められているのは8編だけだが、そのほとんどがヒューゴー賞やネビュラ賞の候補にあがったり受賞したり。賞を受けてるからいい作品とは限らないけど、テッド・チャンに関しては選ばれるのは当然といった感じ。
 「バビロンの塔」は、タイトル通り天まで届く塔をつくる話。天まで届いたその先もおもしろいが、巨大な塔を何日も旅をして昇っていくイメージがいい。「理解」は、あるホルモン治療によって、人間をはるかに越えた理解力を得た男の話。超人の話を普通の人間が書くのは難しそうだが、うまくこなしてる。「ゼロで割る」は、数学に矛盾を発見した数学者の話。正直理解できたとは言えないけど、“今や数学は、まったく現実と無関係になった”という発言は印象的。「あなたの人生の物語」は、放射相称で7本脚のエイリアンとコミュニケーションしようとする話。一つの絵文字として表される思考によるコミュニケーションはとてもおもしろい。随所に散りばめられる光の経路についての議論、そして手話による思考といった話題も楽しい。「七十二文字」は、いわば科学的に魔術が発達した世界の話。名辞という魔術的な力であろうと、DNAの塩基配列であろうと、それを操作することで生命を操作できることは変わらないってことか。「人類科学の進化」は、超人類を生んでしまった人類が、あとは超人類の科学的成果を解釈するしかすることがなくなってしまう、というショートショート。「地獄とは神の不在なり」は、神が実在し、天使が光臨し、人々が死ぬと天国へ昇るか地獄へ堕ちるかが見られる世界の話。キリスト教的な神への愛について、皮肉なんだろうか? 「顔の美醜について」は、美醜失認処置(顔立ちが美しいか醜いかを認識できなくなる処置)があったらどうなるかを、ドキュメンタリータッチで描いた話。美醜失認処理を解除した時の反応が秀逸。
 平均的に水準は高い。とくにお気に入りは、「バビロンの塔」「理解」「あなたの人生の物語」「顔の美醜について」。ちょっと理屈っぽくて、皮肉が混じるのは作風か。他の作品も読みたいところだが、これが発表されている全作品とは残念。早く新作を〜!

●「フランケンシュタインの方程式」梶尾真治、2003 年9月、ハヤカワ文庫JA、580円+税、ISBN4-15-030737-7
20031009 ★

 梶尾真治短編傑作選の第三弾、ドタバタ篇。帯には“全部笑い飛ばす”作品集とあるが、中身はむしろグロテスクであったり悲惨であったり、ちょっと笑えない結末の6編が収められている。
 なんせ6編中、3編では主人公の死が宣言されて終わっているようなものやし、2編では地球人類の滅亡の予感すらある。ハッピーエンドは1編か? でもまあ、3つの梶尾真治短編傑作選の中で一番楽しいのは確か。

●「プレシャス・ライアー」菅浩江、2003 年6月、光文社カッパ・ノベルズ、819円+税、ISBN4-334-07522-3
20030924 ★

 ヴァーチャルリアリティでさまざまな現実を体験できる近未来。コンピュータ技術者である従兄に頼まれて、ヴァーチャルリアリティの世界に本当にオリジナリティのあるものがあるか探していく。そこに現実世界にまで影響を及ぼしているかのような、すごい存在が現れて事態は意外な方向へ。てな話。
 「何でもあり」のヴァーチャルリアリティの世界なのに、人間はなぜか現実を模倣しようとする。という指摘はけっこうおもしろい。ヴァーチャルリアリティの世界ならではの新たなものはあるのか、それを探求するという設定はいいし。ヴァーチャル世界だけでなく、現実世界でも現れては消えるAI、その謎を解き明かそうとする所もワクワクさせてくれる。神とAIは似ているなどという議論も楽しい。
 と、途中まではとてもおもしろいのだが、種明かしがあまりに陳腐。量子コンピュータを持ち出すまでは許せても、あの結末はちょっと…。

●「第六大陸」(1・2)小川一水、2003 年6/8月、ハヤカワ文庫JA、(1)680円+税(2)680円+税、(1)ISBN4-15-030735-0(2)ISBN4-15-030727-X
20030916 ★

 民間企業が月面上にある商業施設をつくろうとする話。その際の、技術的困難、経済的・政治的な困難と、その試みに立ちふさがるさまざまな壁を、けっこうリアルっぽく描く。
 国家プロジェクトとしてではなく、民間企業が月面を開発するというのがミソ。経営として成り立たないといけないし、さまざまな政治的圧力も跳ね返さないといけない。そして何よりペイする形での技術開発も必須。結局、けっこう楽天的に、SF的に問題はクリアされていく。熱意があれば何とかなるんだー、と言ってる気もする。
 ラブストーリーを交えつつ、SFの王道を行くような展開は楽しめるのだが、気に入らないのは、最後の方になって唐突に”あれ”が出てくること。月の次のステップに人類が目を向けるのに必要と思ったのかもしれないけど、「ふわふわの泉」じゃあるまいし、この作品では蛇足としか思えない。”あれ”さえなければもっと高く評価したのに残念な作品です。

●「しあわせの理由」グレッグ・イーガン、2003 年7月、ハヤカワ文庫SF、820円+税、ISBN4-15-011451-X
20030916 ★★

 【準備中】

●「目を擦る女」小林泰三、2003 年9月、ハヤカワ文庫JA、580円+税、ISBN4-15-030736-9
20030915 ★

 意外とホラー色は強くなく、でもやっぱり結構意地悪な短編が7編収められた短編集。内、5編ではなんらかの形で仮想現実あるいは平行宇宙がテーマとなっている。
 まっとうな異世界SFの「空からの風が止む時」もいいのだが、妙に理屈っぽい「超限探偵Σ」「未公開実験」の方が楽しい。そして何よりお勧めは「予め決定されている明日」。なんせコンピュータではなく、算盤とメモ用紙の“中”の仮想世界!

●「もう一人のチャーリー・ゴードン」梶尾真治、2003 年8月、ハヤカワ文庫JA、580円+税、ISBN4-15-030734-2
20030907 ★

 梶尾真治短編傑作選の第二弾、ノスタルジー篇。男女の恋愛を除く、親子・家族愛や友情などの“いい話“6編収められている。
 描かれる人間関係が色々なので、「美亜へ贈る真珠」よりは内容が多彩。

●「美亜へ贈る真珠」梶尾真治、2003 年7月、ハヤカワ文庫JA、580円+税、ISBN4-15-030731-8
20030830 ★

 梶尾真治短編傑作選の第一弾、ロマンチック篇。恋愛物特集ってとこで、収められている7編すべての表題に女性の名前が入っている。ネタはタイムトラベル物3編の他、箱宇宙物、クローン物、侵略物といったところか。
 粒はそろっているのだが、設定は違えど描かれているのは男女の出会いと別れ。著者のメンタリティも加わって、パターンが似たようなものになるのはやむを得ないところか。

●「死なないで」井上剛、2003 年6月、徳間書店、1900円+税、ISBN4-19-861694-9
20030826 ★

 主人公は、指をさして念じれば生き物を殺すことができる女性。父母との折り合いが悪く、殺そうとまで考えていた矢先、その母が急病で倒れる。自分の手で殺したいがために、まずは看病にはげむのだが…。
 要は、娘が父母と和解する話であり、成長する話。超能力は実際にあろうが、娘の思いこみであろうが、ストーリーにはまーったく関係ない。むしろ、超能力がらみの記述を全部なくしても話は成立しそう。そんなわけで、まーったくSFではありません。

●「ルナ」三島浩司、2003 年6月、徳間書店、1900円+税、ISBN4-19-861695-7
20030820 ★

 謎の物質「悪環」に囲まれた日本は、海外との行き来ができなくなる。
 いわば、謎の原因で、日本がある日突然、鎖国状態になる話。正直、「悪環」に囲まれて壊滅する前の話はどうでもいい。が、食料もエネルギーも不足して、破滅状態になった日本の様子が、妙に魅力的。ストーリーの方は、これまたどうでもいいかも。

●「異星人情報局」ジャック・ヴァレ、2003 年5月、創元SF文庫、900円+税、ISBN4-488-71801-9
20030806 ★

 UFO研究家でもある著者の、UFO謀略小説といったところ。UFOが存在するかのように思わせて、真のUFOの存在を隠蔽する秘密機関の活躍(?)を背景に、UFOの存在を知ってしまった男と女の話が展開する。
 UFOが出てくるものの、本質はスパイスリラーのような内容。SF的な意味でのおもしろさはあまりない。ただ、結局何が真実かわからなくなる感覚は少し楽しめる。

●「デューンへの道 公家ハルコンネン」(1・2・3)ブライアン・ハーバート&ケヴィン・J・アンダースン、2003 年4-6月、ハヤカワ文庫SF、(1)840円+税(2)840円+税(3)840円+税、(1)ISBN4-15-011442-0(2)ISBN4-15-011445-5(3)ISBN4-15-011449-8
20030722 ☆

 「公家アトレイデ」に続く、「デューンへの道」第2弾。ハルコンネンの陰謀がレトに迫ってドキドキ。でもって、ハルコンネンはあいかわらず残虐非道を働く。てな話。SF的要素は、デューンがあれば十分。でも、デューンファンは読まなくては…。


●「サイレジア偽装作戦」(上・下)デイヴィッド・ウェーバー、2003 年6月、ハヤカワ文庫SF、(上)800円+税(下)800円+税、(上)ISBN4-15-011447-1(下)ISBN4-15-011448-X
20030715 ☆

 「紅の勇者オナー・ハリントン」シリーズの第6弾。今回は、少数の偽装鑑を率いて、海賊退治。例によって、多くの友人に助けられつつ、逆境にめげずにがんばって成功する話。もうすでにパターン化してるので、安心して読めます。でも、まあSFではないので、評価は低く。

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