第3展示室 > すみ場所をひろげる
A.旅をする蝶

長い距離の移動にはふたつのタイプがある。ひとつは自分の意志とは関係なく、台風や季節風により運ばれるもので、迷鳥、迷蛾、ウンカにみられる。もし移動先に幼虫が育つ環境がなければ全滅し、運良く良好な環境があれば繁栄する。リュウキュウムラサキがこのタイプである。
もうひとつのタイプは、ふたつ以上の異なる食物を利用するために往復する、という積極的な移動である。アサギマダラやイチモンジセセリがこのタイプの移動をする。


◆迷蝶のふるさと

リュウキュウムラサキは、わが国に南方から飛来する代表的な迷蝶である。ときにはサツマイモなどに産卵し、夏の間だけ九州以南で幼虫が育ち、かなりの数の成虫が採集されることもある。東南アジアを中心に、西にはマダガスカル島、東はマルサケス諸島まで広く分布しており、斑紋で区別できる多くの地理的亜種にわかれている。
日本で採集されるリュウキュウムラサキの斑紋を調べると、どこから飛んできたのかがわかる。これまで5亜種(6型)が記録されており、それらの亜種が分布する地域が迷蝶のふるさとである。

◆アサギマダラのわたり

東南アジアから日本にかけて分布するアサギマダラは、分布域の北限で「わたり」をすることがわかってきた。ガガイモ科の植物を食べる幼虫は、本州では常緑性のキジョランがある地域でだけ、越冬できる。春から夏にかけて、北上したアサギマダラは落葉性のイケマなどに産卵し、繁殖する。なかには北海道まで達する蝶もいる。いっぽう、9月から10月には、幼虫は急速に南下をはじめ、常緑性のガガイモ科植物に産卵する。
こういったアサギマダラのわたりは、鹿児島、沖縄、大阪などの各地の蝶研究家によるマーキング調査により、現在も調べられている。

◆イチモンジセセリの集団移動

8月の末になると、大和葛城山など近畿地方にある山の頂上では、無数のイチモンジセセリの成虫が南西〜西方向に移動するのがみられる。
水田でイネの葉を食べて育ったイチモンジセセリは、夏のおわりに羽化するとすぐに移動をはじめ、その日のうちに山の頂上などに着陸する。そこで交尾をすませたメス成虫は、無方向に山を下り、チガヤ、ススキなどに産卵する。
つまり、イチモンジセセリは夏の間は水田で増え、夏のおわりに移動して食草をかえる。移動のときに南西に向かって飛んでいくのは、暖かい土地の方が幼虫にとって冬を越しやすいからと思われる。