やってへんかった?      
兵隊虫(へいたいむし)あそび

(1)あそびが流行っていた年代について調べています.古くはいつまで遡れるか? とくに戦前の情報をお待ちしています.

(2)現在の子供たちは本当にやっていないか? まだ細々と「伝統」が受け継がれているのではないだろうか?

いずれも,あて先は初宿成彦まで.
電子メール:shiyake@mus-nh.city.osaka.jp
〒546-0034 大阪市東住吉区長居公園1の23 大阪市立自然史博物館
 

本ページの目次

●初宿 成彦(2000).なにわっ子の危険な虫あそび「兵隊虫」勝負.Nature Study46(1): 3-6.大阪市立自然史博物館友の会発行.の再録.

●はじめに 
●兵隊虫ことツマグロカミキリモドキ 
●「兵隊虫勝負」とは 
●「兵隊虫の分布」 
●兵隊虫の呼び名や勝負のパターン 
●兵隊虫の呼び名と勝負の由来 
●行事を開催 
●勝負の追跡調査 
●まとめ

●ツマグロカミキリモドキのプロフィール

    


友の会会誌Nature Study46巻1号(2000)を再録します.

なにわっ子の危険な虫あそび 

−「兵隊虫」勝負−
     
初宿 成彦

●はじめに

 生きものには世代や地域によって,図鑑に載っていない「俗名」というものがずいぶんたくさんあります.昆虫では例えば,ヘビトンボの幼虫を「孫太郎虫」と呼んだり,コガネムシの仲間を「ブンブン」と称したりすることがあげられます.そのほか,ごくローカルなものまで含めると,かなりの数にのぼることでしょう.
 ところで,「兵隊虫」という虫をご存じでしょうか?実はツマグロカミキリモドキという体長1センチ程度の小さな甲虫のことを呼ぶ言葉で,どうやら大阪の一部地域に限って使われていたようです.私も聞いたことのない言葉だったので,質問の電話で初めて耳にしたときにはずいぶん戸惑ったものでした.ここではその調査結果を中心に紹介します.インターネットをお使いの方で,調査の経過についてご覧になりたい方は,自然史博物館のホームページ(アドレスは本誌表紙に記載)内にある「しやけのドイツ箱」という筆者の個人ページをごらんください.

●兵隊虫ことツマグロカミキリモドキ

 ツマグロカミキリモドキとはカミキリモドキ科に属し,体長は約1センチ.全体に黄褐色で,上翅の先端が黒い小さな甲虫です(図).幼虫は湿った材木を好んで食べるので,成虫も貯木場など,木のたくさん置いてあるところで発生します.
 この種類は世界各地に分布していて,とりわけ大きな港のあるような街にたくさん発生することがあるようで,ロンドンの金融街ストランドではかつて,舗道を覆いつくすほどの数万匹の大発生も見られたことがあるそうです.おそらく人類の活動が活発になり,海上交通が発達して大陸間の往来が激しくなってから世界中に分布するようになった「史前帰化昆虫」であろうと思われます.原産地は現在のところ特定されていません.

兵隊虫ことツマグロカミキリモドキ

●「兵隊虫勝負」とは

 ツマグロカミキリモドキなど,カミキリモドキ科の甲虫のいくつかは体液にカンタリジンという毒液を持っていて,それが人間の皮膚につくと水ぶくれを引き起こす衛生害虫として知られています.とくに,灯りにやってくる種類が多いため,首筋などにとまったこの虫を不用意につぶしてしまい,水ぶくれに悩まされることがあります.
 兵隊虫勝負というのは,このツマグロカミキリモドキをつかまえて,自ら肘(ひじ)の内側にはさみ,虫に対して「勝負」を挑むというものだったようです.ひじにはさんでも必ずしも水ぶくれができるわけではないようで,もし水ぶくれが出来なかったら「勝ち」,運悪く水ぶくれが出来れば「負け」という風にして遊んだそうです.ずいぶん荒っぽい遊びが流行っていたものです.

●「兵隊虫」の分布

 ツマグロカミキリモドキそのものは世界中に分布している甲虫ですが,「兵隊虫」はどうやら大阪だけのものだったようです.読売新聞に1998年11月27日夕刊と12月18日夕刊,サンケイ新聞に1999年1月11日夕刊に大きくとりあげていただいたお陰で,実に100人近くの方々から,「兵隊虫」とその「勝負」について教えていただくことができました.その分布図を作成してみました(図).

「兵隊虫」分布ランキング

(2002年3月31日現在)

回答数:106名

14人:港区

13人:尼崎市(兵庫県)

10人:大正区

7人:此花区,西淀川区

6人:住之江区

5人:城東区

3人:門真市,福島区,平野区,淀川区,鶴見区,生野区

2人:豊中市,旭区,堺市,吹田市,東大阪市

1人:住吉区,東住吉区,東成区,西成区,東淀川区,浪速区,守口市,松原市,伊丹市(兵庫県),茨木市,八尾市,寝屋川市

(ダウンタウンは1人として計算) 


 読売新聞は近畿一円,サンケイ新聞は近畿,中国,四国という範囲で配信されたようですが,集まった情報は西は尼崎市,東は茨木市,南は堺市までに限られていて,それ以外の地域からはまったく得られませんでした.非経験者としては,そのような危険な遊びがあったとは全く信じられないのですが,ツマグロカミキリモドキが多く分布するといわれる湾岸部,とくに港区や大正区などの出身の方々からは,この遊びは男女問わず,学校のクラス全員がやっていたとのことで,全国どこでも流行っていた遊びと信じていた方も少なくありませんでした.中には大阪ローカルの遊びと知って,ひどくショックを受けている方もありました.
  寄せられたお便りから,多くの方は兵隊虫が「噛む」ことによって水ぶくれができると思っていたようです.また,ひじに挟んで兵隊虫が死んだら水ぶくれができないと思っていた方も多かったようです.テレビでおなじみのお笑いタレント,ダウンタウン(尼崎市出身)も小学生のころ「へいたい虫」と勝負した経験があるそうですが,「窒息させると何もならないが,生きていると水ぶくれができる」と思っていたようです(日本テレビ編, 1995).

●兵隊虫の呼び名や勝負のパターン

 兵隊虫の呼び名には地域のよっては「キュウリ虫」(キュウリのような水ぶくれができるから:茨木市),「戦争虫」,「挑戦虫」,「勝負虫」という呼び名のほか,単に「兵隊さん」と呼んで特に勝負の風習はなかったところもあったようです 
 兵隊虫勝負は基本的には「根性だめし」で,誰もが恐れる兵隊虫に勝負を挑むことによって,いい格好をするのだそうです.勝負できない者は「根性なし」のレッテルを貼られるので,兵隊虫勝負の盛んな地域では誰もが勝負をせねばならない状況もあったようです.あまり兵隊虫のいない内陸の地域では,少ない兵隊虫に対して一種の「いじめ」として,いじめられっ子に無理やり勝負させたり,逆に日頃えらそうにしている奴に勝負をさせる「逆いじめ」をしたり(相手も引くに引けない状況となる), などということもあったようです.
 中には負けず嫌いの子供もいて,右ひじがだめなら左ひじ,それでもだめならひざの裏,さらに首筋など,「勝つ」まで繰り返し勝負を挑みつづけ,そのため,ひじや脚に水ぶくれを作りすぎて,学校の水泳の授業を受けられない子供が続出し,小学校などで問題になったこともあるようです.学校の朝礼で校長先生から「兵隊虫あそびはしないように」と注意されたり,夏休み前に配布される「休み中の規律」のプリントに「兵隊虫あそびは禁止」と記されたりしたことが本当にあったそうです.筆者にお便りくださった中にも,兵隊虫勝負をしすぎて医者通いをするはめになり,懲りてやめた方がおられました.

のび太くんみたいな人(左)、ジャイアンみたいな人(右)。
他意はない(?)

●兵隊虫の呼び名の由来

 さて,なぜ兵隊虫と呼ぶのかについてですが,当初はジョウカイボン類を英語でsoldier beetleと呼ぶことと大阪の都市部に集中していることと,またネーミング・センスの古さから,戦後にやって来たアメリカ兵からsoldier beetleの直訳として習った子供たちが広めたのではないかと推測していました.実際,これまで兵隊虫遊びをしていた時代を調べてみると,一番古くは昭和20年代前半にまでさかのぼることができました(図).

 兵隊虫あそびをしていた時代に関する調査
 集まった情報から集計(一部推測)した.ほとんど全員が小学生時代にあそびを経験している.

 昭和10年代後半 
 昭和20年代前半 ■■■
 昭和20年代後半 ■■
 昭和30年代前半 ■■
 昭和30年代後半 ■■■
 昭和40年代前半 ■■■■■■
 昭和40年代後半 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 昭和50年代前半 ■■■■■■■■■■■■■■
 昭和50年代後半 ■■■■■■
 昭和60年代   

 私は兵隊虫を知っているかどうか,特に大阪出身の方には機会あるごとに聞いていました.大阪市内で生まれ育った方でも兵隊虫や勝負のことを知らないかたも意外に多く,大阪で満遍なく流行っていた遊びでないこともわかりました.そのような方々のうち,ハネカクシ研究者の伊藤建夫さんから,次のような返事をいただいて,兵隊虫の名前の由来について大きな手がかりを得ることができました.

 「兵隊虫? 聞いたことがないなぁ.でも,兵隊ブンブンやったら知ってるで.コフキコガネのことや.ちょうど兵隊さんの来てる軍服みたいなカーキ色しているやろ?-------」

 そういえば,ツマグロカミキリモドキもカーキ色をしています.また,ジョウカイボンも英語でsoldier beetleと呼ぶのは上翅が柔らかく,見た目が兵隊の服に似ているからという説もあることも知りました.私は今のところ,虫の呼び名に対する由来として,この色彩起源説が一番有力ではないかと思っています.もしそうであれば,この兵隊虫と勝負のあそびが,おそらく戦中あるいは戦前までさかのぼることができるのではないかと考えています.ご存じの方がありましたら,ぜひ情報をお寄せくださいますようお願いします.
 勝負の由来については,これもまったくの推測ですが,ちょうど「ウルシにまける」などというのと同じように,「兵隊虫にかぶれてまけた」などといっているうちに,「じゃぁ,勝ってやろう」という負けず嫌いの子がはじめたのではないかと思っています.しかし,前述の通り,この虫は世界じゅうの海に面した大都市には必ずといっていいほど分布している種類です.大阪の子供たちだけがこのような「勝負」の文化を生み出したのは,何か特別な理由があるのでしょうか?

●行事を開催

 1999年5月29日(土)に自然史博物館の行事として住之江区平林方面において「兵隊虫さがし」という行事を開催しました.前の年にすぐ北側の大正区南恩加島で捕まえられた情報があり,また大阪市内の湾岸部でもっとも貯木場の多いエリアであることから,兵隊虫は簡単に見つかるだろうという楽観的な展望で予備調査もなしに行事を企画しました.しかし,2回にわたる下見でもまったく兵隊虫は見つからず,とうとう行事の当日を迎えることになってしまいました.
 行事は晩からだったので,昼間のうちに「材置き場」と地図に記されている住之江区内のある場所に試しに行ったところ,なんとか兵隊虫を30匹程度を見つけることができ,行事の場で生きた姿を紹介することができました.博物館職員の中で唯一,「兵隊虫勝負」経験者の中条武司さん(第四紀研究室)や,補助スタッフとして行事にお手伝いいただいた直翅類研究家の市川顕彦さんに「勝負の仕方」の実演もしていただきました.私も話のネタに試しに勝負をしてみました.

勝負する中条武司学芸員

女の子のひじで死んだ兵隊虫(左)と勝負の11時間後の筆者の腕

 行事の終わった時間からひじの内側が少しずつひりひりし始め,夜もふけるころには大小2〜3の水ぶくれができはじめました.やがて水ぶくれは2日後に破れ,4〜5日ほどその痛さに悩まされましたが,やがて治癒していきました.しかし,行事後の3カ月を経た今でも多少の色素沈着が残っています.もう勝負なんか2度とするもんか!という心境です.

●勝負の追跡調査

 危険な遊びなので,行事に参加していた子供たちにはさせないつもりでしたが,「どうしてもやってみたい」とうるさくせがむ子たちもいたので,大阪の伝統文化を引き継いでもらう意味で(?),何人かに勝負に挑んでもらうことにしました(図).
 行事後に勝敗結果について追跡調査をしてみたところ,把握できただけで大人もふくめ6勝7敗という結果で,思っていた以上に勝率が高くて驚きました.兵隊虫は捕まえてから数時間ポリ袋に入れていたので,弱ってしまったり毒液を出してしまったりした個体がいたのかもしれません.かつての兵隊虫経験者の多くの人はお便りの中で「連戦連敗だった」とおっしゃていたので,捕まえてすぐに勝負を挑むと,もっと勝率が下がるのかもしれません.
 負けた子のひとり,K君はひじのようすを克明に記録しておられました.表に紹介しておきます.

表1: ひじの水ぶくれの観察(K君による:朝は午前7時ごろ,夜は午後6時ごろに観察を行った)

5月29日 夜 勝負.   
  30日 朝 水膨れ 大1 中3 小2. 夜 小が少し小さくなる,
  31日 夜 小が赤くなる.また全体に小さくなる.
6月1日 朝 小は赤みが残るが,全体に薄い赤になる.
  2日 朝 大と中も赤くなり,膨らみがなくなる.
  3日 朝 小は枯れてきて茶色になる.
  4日 朝 大と中も枯れて茶色になる.
  5日 朝 色が消え肌色になるが,やけどの跡のように皮膚がつっぱったようになる.夜 つっぱり感が薄れる.
  6日 夜 小さいシミのようになる.
  7日 夜 シミがほとんど無くなる.

●まとめ

 兵隊虫ことツマグロカミキリモドキは,以前の大阪市内の昆虫を知っている方はみなさん「少なくなった」とおっしゃいます.長居公園あたりでもかつてはずいぶんたくさん見られたようですが(宮武頼夫さん談),私自身はこれまで見たことはありません.
 今回の行事で見つかった兵隊虫の生息環境の共通点は,貯木地や材置き場のうち,地面が土になっていて,木の下にほどよい湿り気があるところばかりでした.
 思い返してみれば,2〜30年前は電信柱,枕木,家の塀,溝のフタなど,身の回りにもまだまだ木を使ったものが多く,地面もアスファルトやコンクリートの部分は今ほど多くなかったかもしれません.このような環境の変化がツマグロカミキリモドキを減少させ,同時に「兵隊虫勝負」という世界に誇るべき大阪の伝統文化をも衰退させてしまったのかと思うと,何となくさみしい気もしています.
 末筆ながら情報をお寄せいただいた多くの方々,また行事に参加くださったみなさんに厚く御礼申し上げます.とりわけ,調査のきっかけをくださった歌人・目医者の寒川猫持さん,情報募集のための記事を紙面を割いて掲載していただいた読売新聞の清野博子さんとサンケイ新聞の広瀬一雄さん,カミキリモドキについていろいろ教えてくださった北大農学部・大学院生の溝田浩二さんに感謝します.

 <しやけ しげひこ:博物館学芸員>

文献
黒佐和義1958.カミキリモドキ類とこれによる病害について.衛生動物9(3): 130-148.
日本テレビ(編)1995.ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!.ワニブックス.16p.

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ツマグロカミキリモドキのプロフィール

ツマグロカミキリモドキ Nacerdes melanura L.

 体長9〜12mm。背面は橙黄色で翅端は黒色。腹面は暗色。腹部末端部の後縁は雄では三角形に中央までえぐられ、雌では丸い。成虫は夏、灯火に飛来する。沿海地域に多く、幼虫は朽ち木の材部に穿孔する。初夏の頃から朽木中で蛹化する。世界各地に分布。(林長閑1975、学研生物図鑑、昆虫II 甲虫より)

 英語ではWharf Borer(波止場のキクイムシ)と呼ばれる.

自然史博物館にある大阪周辺の標本
(左の写真は高石市高師浜産の標本)
産地
高石市高師浜 7
西区靭 4
此花区春日出 3
大正区小林 2
西宮市甲子園 2
大正区南恩加島 1
地下鉄天王寺駅 1
大阪市北区堂島 1
岬町深日 1
成虫の出現期
5月20-31日 ■■■■■■■
6月1-10日 ■■■■■■■■■■
6月11-20日 ■■■
6月21-30日 ■
7月1-10日 ■

ツマグロカミキリモドキはどのような虫か?

●波止場のキクイムシ ―ツマグロカミキリモドキ(カミキリモドキ科)

 この昆虫はカミキリムシに似ていて,アメリカやカナダでもほぼ全土に分布しており,とくに,海岸沿いや湖岸,大きな水路などで多く見られる.幼虫は湿った朽木の中に見られる.波止場に積まれた材,建物の基礎杭,地下や天井裏,漏れた水道管近くの材,埋められた材などが被害を受ける.英国・テムズ川河口を航行するはしけや木製の船で見つかっていた.ロンドンではストランド街の舗道を覆う数万匹のツマグロカミキリモドキの成虫が現れたことがあるが,その発生源はよくわからなかったようである(Hickin, 1963).

 この虫が害虫であるのは,突然建物のそばで大発生し,窓や灯りに集まるからである.この「波止場のキクイムシ」が朽ちる前の材を食べるかどうかは分かっていない.(Urban Entomologyより)

 福島県小名浜港では昭和30年5月ごろから海上保安庁の巡視船の船員に大きな被害が出た(加納六郎・篠永哲1997.日本の有害節足動物.東海大学出版会).

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