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(1)兵隊虫勝負の分布図作成中:兵隊虫の勝負をしたことがある方はご出身の市区町村へ一票を(こちら).できれば小学校名を教えていただけると幸いです. (2)あそびが流行っていた年代についても調べています.古くはいつまで遡れるか? とくに戦前の情報をお待ちしています. (3)現在の子供たちは本当にやっていないか? まだ細々と「伝統」が受け継がれているのではないだろうか? |
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●初宿 成彦(2000).なにわっ子の危険な虫あそび「兵隊虫」勝負.Nature Study46(1): 3-6.大阪市立自然史博物館友の会発行.の再録. ●はじめに (1)毎日新聞と寒川氏からの電話(2月25日) (2)ホームページとNature Studyで情報募集を開始(2月26日) (3)反応ぞくぞく(4月20日前後) (4)有力情報入る(5月4日) (5)カミキリモドキ研究家に尋ねる (6)兵隊虫調査員による調査 (7)ダウンタウンと兵隊虫 (8)守口でも「兵隊虫」 (9)此花区でもやはり兵隊虫 (10)地上げと兵隊虫 (11)やはり今では・・・・? (12)どさくさ紛れにパネル追加 (13)兵隊虫あそびの3パターン+いろんなバリエーション [NEW!]最近の兵隊虫情報 |
友の会会誌Nature Study46巻1号(2000)を再録します.
●はじめに
生きものには世代や地域によって,図鑑に載っていない「俗名」というものがずいぶんたくさんあります.昆虫では例えば,ヘビトンボの幼虫を「孫太郎虫」と呼んだり,コガネムシの仲間を「ブンブン」と称したりすることがあげられます.そのほか,ごくローカルなものまで含めると,かなりの数にのぼることでしょう.
ところで,「兵隊虫」という虫をご存じでしょうか?実はツマグロカミキリモドキという体長1センチ程度の小さな甲虫のことを呼ぶ言葉で,どうやら大阪の一部地域に限って使われていたようです.私も聞いたことのない言葉だったので,質問の電話で初めて耳にしたときにはずいぶん戸惑ったものでした.ここではその調査結果を中心に紹介します.インターネットをお使いの方で,調査の経過についてご覧になりたい方は,自然史博物館のホームページ(アドレスは本誌表紙に記載)内にある「しやけのドイツ箱」という筆者の個人ページをごらんください.
●兵隊虫ことツマグロカミキリモドキ
ツマグロカミキリモドキとはカミキリモドキ科に属し,体長は約1センチ.全体に黄褐色で,上翅の先端が黒い小さな甲虫です(図).幼虫は湿った材木を好んで食べるので,成虫も貯木場など,木のたくさん置いてあるところで発生します.
この種類は世界各地に分布していて,とりわけ大きな港のあるような街にたくさん発生することがあるようで,ロンドンの金融街ストランドではかつて,舗道を覆いつくすほどの数万匹の大発生も見られたことがあるそうです.おそらく人類の活動が活発になり,海上交通が発達して大陸間の往来が激しくなってから世界中に分布するようになった「史前帰化昆虫」であろうと思われます.原産地は現在のところ特定されていません.
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兵隊虫ことツマグロカミキリモドキ |
●「兵隊虫勝負」とは
ツマグロカミキリモドキなど,カミキリモドキ科の甲虫のいくつかは体液にカンタリジンという毒液を持っていて,それが人間の皮膚につくと水ぶくれを引き起こす衛生害虫として知られています.とくに,灯りにやってくる種類が多いため,首筋などにとまったこの虫を不用意につぶしてしまい,水ぶくれに悩まされることがあります.
兵隊虫勝負というのは,このツマグロカミキリモドキをつかまえて,自ら肘(ひじ)の内側にはさみ,虫に対して「勝負」を挑むというものだったようです.ひじにはさんでも必ずしも水ぶくれができるわけではないようで,もし水ぶくれが出来なかったら「勝ち」,運悪く水ぶくれが出来れば「負け」という風にして遊んだそうです.ずいぶん荒っぽい遊びが流行っていたものです.
ツマグロカミキリモドキそのものは世界中に分布している甲虫ですが,「兵隊虫」はどうやら大阪だけのものだったようです.読売新聞に1998年11月27日夕刊と12月18日夕刊,サンケイ新聞に1999年1月11日夕刊に大きくとりあげていただいたお陰で,実に100人近くの方々から,「兵隊虫」とその「勝負」について教えていただくことができました.その分布図を作成してみました(図).
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「兵隊虫」分布ランキング (2002年3月31日現在) 回答数:106名 14人:港区 13人:尼崎市(兵庫県) 10人:大正区 7人:此花区,西淀川区 6人:住之江区 5人:城東区 3人:門真市,福島区,平野区,淀川区,鶴見区,生野区 2人:豊中市,旭区,堺市,吹田市,東大阪市 1人:住吉区,東住吉区,東成区,西成区,東淀川区,浪速区,守口市,松原市,伊丹市(兵庫県),茨木市,八尾市,寝屋川市 (ダウンタウンは1人として計算) |
●兵隊虫の呼び名や勝負のパターン
兵隊虫の呼び名には地域のよっては「キュウリ虫」(キュウリのような水ぶくれができるから:茨木市),「戦争虫」,「挑戦虫」,「勝負虫」という呼び名のほか,単に「兵隊さん」と呼んで特に勝負の風習はなかったところもあったようです
兵隊虫勝負は基本的には「根性だめし」で,誰もが恐れる兵隊虫に勝負を挑むことによって,いい格好をするのだそうです.勝負できない者は「根性なし」のレッテルを貼られるので,兵隊虫勝負の盛んな地域では誰もが勝負をせねばならない状況もあったようです.あまり兵隊虫のいない内陸の地域では,少ない兵隊虫に対して一種の「いじめ」として,いじめられっ子に無理やり勝負させたり,逆に日頃えらそうにしている奴に勝負をさせる「逆いじめ」をしたり(相手も引くに引けない状況となる),
などということもあったようです.
中には負けず嫌いの子供もいて,右ひじがだめなら左ひじ,それでもだめならひざの裏,さらに首筋など,「勝つ」まで繰り返し勝負を挑みつづけ,そのため,ひじや脚に水ぶくれを作りすぎて,学校の水泳の授業を受けられない子供が続出し,小学校などで問題になったこともあるようです.学校の朝礼で校長先生から「兵隊虫あそびはしないように」と注意されたり,夏休み前に配布される「休み中の規律」のプリントに「兵隊虫あそびは禁止」と記されたりしたことが本当にあったそうです.筆者にお便りくださった中にも,兵隊虫勝負をしすぎて医者通いをするはめになり,懲りてやめた方がおられました.
●兵隊虫の呼び名の由来
さて,なぜ兵隊虫と呼ぶのかについてですが,当初はジョウカイボン類を英語でsoldier beetleと呼ぶことと大阪の都市部に集中していることと,またネーミング・センスの古さから,戦後にやって来たアメリカ兵からsoldier beetleの直訳として習った子供たちが広めたのではないかと推測していました.実際,これまで兵隊虫遊びをしていた時代を調べてみると,一番古くは昭和20年代前半にまでさかのぼることができました(図).
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「兵隊虫? 聞いたことがないなぁ.でも,兵隊ブンブンやったら知ってるで.コフキコガネのことや.ちょうど兵隊さんの来てる軍服みたいなカーキ色しているやろ?-------」
そういえば,ツマグロカミキリモドキもカーキ色をしています.また,ジョウカイボンも英語でsoldier beetleと呼ぶのは上翅が柔らかく,見た目が兵隊の服に似ているからという説もあることも知りました.私は今のところ,虫の呼び名に対する由来として,この色彩起源説が一番有力ではないかと思っています.もしそうであれば,この兵隊虫と勝負のあそびが,おそらく戦中あるいは戦前までさかのぼることができるのではないかと考えています.ご存じの方がありましたら,ぜひ情報をお寄せくださいますようお願いします.
勝負の由来については,これもまったくの推測ですが,ちょうど「ウルシにまける」などというのと同じように,「兵隊虫にかぶれてまけた」などといっているうちに,「じゃぁ,勝ってやろう」という負けず嫌いの子がはじめたのではないかと思っています.しかし,前述の通り,この虫は世界じゅうの海に面した大都市には必ずといっていいほど分布している種類です.大阪の子供たちだけがこのような「勝負」の文化を生み出したのは,何か特別な理由があるのでしょうか?
●行事を開催
1999年5月29日(土)に自然史博物館の行事として住之江区平林方面において「兵隊虫さがし」という行事を開催しました.前の年にすぐ北側の大正区南恩加島で捕まえられた情報があり,また大阪市内の湾岸部でもっとも貯木場の多いエリアであることから,兵隊虫は簡単に見つかるだろうという楽観的な展望で予備調査もなしに行事を企画しました.しかし,2回にわたる下見でもまったく兵隊虫は見つからず,とうとう行事の当日を迎えることになってしまいました.
行事は晩からだったので,昼間のうちに「材置き場」と地図に記されている住之江区内のある場所に試しに行ったところ,なんとか兵隊虫を30匹程度を見つけることができ,行事の場で生きた姿を紹介することができました.博物館職員の中で唯一,「兵隊虫勝負」経験者の中条武司さん(第四紀研究室)や,補助スタッフとして行事にお手伝いいただいた直翅類研究家の市川顕彦さんに「勝負の仕方」の実演もしていただきました.私も話のネタに試しに勝負をしてみました.
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勝負する中条武司学芸員 |
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女の子のひじで死んだ兵隊虫(左)と勝負の11時間後の筆者の腕 |
行事の終わった時間からひじの内側が少しずつひりひりし始め,夜もふけるころには大小2〜3の水ぶくれができはじめました.やがて水ぶくれは2日後に破れ,4〜5日ほどその痛さに悩まされましたが,やがて治癒していきました.しかし,行事後の3カ月を経た今でも多少の色素沈着が残っています.もう勝負なんか2度とするもんか!という心境です.
●勝負の追跡調査
危険な遊びなので,行事に参加していた子供たちにはさせないつもりでしたが,「どうしてもやってみたい」とうるさくせがむ子たちもいたので,大阪の伝統文化を引き継いでもらう意味で(?),何人かに勝負に挑んでもらうことにしました(図).
行事後に勝敗結果について追跡調査をしてみたところ,把握できただけで大人もふくめ6勝7敗という結果で,思っていた以上に勝率が高くて驚きました.兵隊虫は捕まえてから数時間ポリ袋に入れていたので,弱ってしまったり毒液を出してしまったりした個体がいたのかもしれません.かつての兵隊虫経験者の多くの人はお便りの中で「連戦連敗だった」とおっしゃていたので,捕まえてすぐに勝負を挑むと,もっと勝率が下がるのかもしれません.
負けた子のひとり,K君はひじのようすを克明に記録しておられました.表に紹介しておきます.
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表1: ひじの水ぶくれの観察(K君による:朝は午前7時ごろ,夜は午後6時ごろに観察を行った) 5月29日 夜 勝負. |
●まとめ
兵隊虫ことツマグロカミキリモドキは,以前の大阪市内の昆虫を知っている方はみなさん「少なくなった」とおっしゃいます.長居公園あたりでもかつてはずいぶんたくさん見られたようですが(宮武頼夫さん談),私自身はこれまで見たことはありません.
今回の行事で見つかった兵隊虫の生息環境の共通点は,貯木地や材置き場のうち,地面が土になっていて,木の下にほどよい湿り気があるところばかりでした.
思い返してみれば,2〜30年前は電信柱,枕木,家の塀,溝のフタなど,身の回りにもまだまだ木を使ったものが多く,地面もアスファルトやコンクリートの部分は今ほど多くなかったかもしれません.このような環境の変化がツマグロカミキリモドキを減少させ,同時に「兵隊虫勝負」という世界に誇るべき大阪の伝統文化をも衰退させてしまったのかと思うと,何となくさみしい気もしています.
末筆ながら情報をお寄せいただいた多くの方々,また行事に参加くださったみなさんに厚く御礼申し上げます.とりわけ,調査のきっかけをくださった歌人・目医者の寒川猫持さん,情報募集のための記事を紙面を割いて掲載していただいた読売新聞の清野博子さんとサンケイ新聞の広瀬一雄さん,カミキリモドキについていろいろ教えてくださった北大農学部・大学院生の溝田浩二さんに感謝します.
<しやけ しげひこ:博物館学芸員>
文献
黒佐和義1958.カミキリモドキ類とこれによる病害について.衛生動物9(3): 130-148.
日本テレビ(編)1995.ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!.ワニブックス.16p.
(1)毎日新聞と寒川氏からの電話(2月25日)
1997年2月25日のこと,毎日新聞社の方から一本の電話をいただいた.一般の人からの質問電話はわりと気軽に答えているのだが,マスコミの方からの場合だとあまりいい加減なことを言えないので,気構えてしまうものだ.(一般の質問電話を粗末に扱っているという意味ではないので念のため.)
その記者(あるいは編集担当か?)の方からのお話では,同新聞にコラムを書いておられる寒川猫持さんが「小さいころによく見た兵隊虫は最近見なくなったが,あれは本当は何という虫か?」と尋ねておられるとのこと.私は初めて耳にした言葉だったので,戸惑ってしまった.その後,直接寒川氏から兵隊虫を描いた図をFAXでお送りいただき,電話で話したが,どうもよくわからない.博物館に来てもらって,大きな昆虫図鑑をめくってもらい,その種類をさがしてもらうことにした.
その日の夕刻,寒川氏が自然史博物館にお見えになった.大型の図鑑がたくさんおいてある普及センターでいくつか昆虫図鑑をめくってもらった.どうやら甲虫類らしく,なかでもある程度触角が長く,体型も細長い虫であるようだ.氏はカミキリムシ(とりわけハナカミキリ類)かカミキリモドキなどが似ている,とおっしゃっていた.
このとき,私はジョウカイボン類が英語でsoldier beetleと呼ばれていることを思いだした.直訳すれば「兵隊甲虫」,まさしく兵隊虫である.この虫の可能性が高いのではないか?とお伝えしておいたが,結局わからずじまいであった.
(2)ホームページとNature Studyで情報募集を開始(2月26日)
「兵隊虫」という言葉を昆虫文化に関する複数の書物で調べてみたが,どこにも出ていない.しかし,インターネット検索をかけてみたところ,1件だけヒットした.残念ながら具体的にはどの虫のことを指すのかが示されていなかったが,どうやら「恐ろしい虫」であるニュアンスだけは伝わってくる内容であった.言葉としては存在しているらしいことがわかった.とりあえず個人ホームページ「しやけのドイツ箱」にて情報募集を掲載してみることにした.
いくらインターネット時代といっても,まだまだ一般への普及率が低いためか,まったく反応がない.しかし,困った時の友の会.折しも同会の機関誌Nature Study4月号の編集担当にあたっていたので,はみ出し記事的に利用している「編集後記」のところに以下の文章を掲載してみた.
■編集後記 先日,「兵隊虫ってどの虫のことですか?」という質問電話を受けました.生き物にはいろいろな俗称があるものですが,この言葉は初めて耳にしました.ご存知の方は博物館の初宿(しやけ)まで.
(3)反応ぞくぞく(4月20日前後)
Nature Studyが友の会会員の手元にとどいたころ,5人の方から電話やハガキが来始めた.ある人はクワガタの小型個体,ある人は列をなす昆虫を一般に指す言葉,とのことだったが,残る3人のおはなしから,どうやら「カミキリモドキ」らしいということがわかった.
その人たちの話を総合すると,腕の関節のところにカミキリモドキをはさみ,腫れたら「負け」,腫れなかったら「勝ち」という具合にして遊んだそうである.3人とも大阪市内(大正区や生野区)であることが共通しているが,なぜ兵隊虫と呼ぶのかについては,みんなよくわからない,と言っていた.
虫の種類についても,図鑑などから「キイロゲンセイ」「ツマグロカミキリモドキ」「アオカミキリモドキ」など,いろいろな名前が出されていたが,結局,どの虫のことかを特定するには至らなかった.
寒川氏にお伝えしたところ,「もしかして人それぞれに兵隊虫がちがっているではないか」との意見を述べられた.私もそのときはそうかもしれないと思った.なぜなら,腕にはさんで勝ったり負けたりすることは,カミキリモドキ以外の虫をはさむことがあるにちがいないと思ったことと,やはりジョウカイボンをsoldier beetleと呼ぶことにも少しのこだわりも残っていた.
(4)有力情報入る(5月4日)
ある有力な情報源から,兵隊虫は「ツマグロカミキリモドキ」である,とのお話をうかがった.情報元は兵庫県立人と自然の博物館・研究員の八木剛氏である.氏は同博物館の昆虫の専門家で,大阪市西淀川区に育った元昆虫少年である.やはり勝負をして遊んで,水膨れをつくって母親によく叱られたそうだ.
「勝負」をして勝ったり負けたりするのは,ジョウカイボンなど他の種類が混じっているわけではなく,単なる運で,ツマグロカミキリモドキ以外には考えられない,とのことであった.種類については,これで確信を持てた.
(5)カミキリモドキ研究家に尋ねる
カミキリモドキを研究している北大農学部の大学院生,溝田浩二氏に問い合わせたところ,「兵隊虫」という言葉はかつて聞いたことがないとのこと(ちなみに,この方は九州出身である).
氏によると,ツマグロカミキリモドキは海岸部,とりわけ自然海岸ではなく大きな港などのあるようなところにたくさんいるとのこと.たしかに,これまで情報をくれた方は大阪市内の海岸部に多い気もする.
(6)兵隊虫調査員による調査
兵隊虫情報の多くはNature Studyの編集後記からもたらされたのですが,中にはこのホームページをきっかけに情報を下さったかたもいます.東淀川区の渡辺由紀子さんもこの兵隊虫調査の魅力にとりつかれ,まわりの知り合いの方に調査をしてくださった人の一人です.いただいた電子メールからご紹介しましょう.
=== 兵隊虫回顧録 Part.1 ===
先日初宿のドイツ箱のページを拝見して、「兵隊虫」の話題をお見かけしたのでおくればせながら、メールさせていただきます。それは、今を去ること20と?年前、私が小学生だったころに、兵隊虫と呼ばれる虫がいました。場所は大阪市城東区。私を含む小学生どもは、兵隊虫を捕まえては肘の内側に挟み込み、「勝負」を挑んでいたものでした(以下,略)。
=== 兵隊虫回顧録 Part.3 ===
まず、「兵隊虫」という言葉を知っているか。また子供の頃どこに住んでいたか。というアンケート調査の結果です。
知っていたのは10人中たった一人、大阪市平野区に住んでいた人でした。しかもその人は「兵隊虫」と聞くと、とても嬉しそうに「勝負」のまねをしたのです。知らなかった人が住んでいた場所は、東淀川区、寝屋川市、枚方市(2名)、東大阪市、九州(2名)、和歌山、北海道でした。「知らん」と答えたので昔の住所を聞かなかった人も含めると一体何人に聞いた事か。確実に怪しい人扱いをうけております.
他府県はともかく東大阪に伝わっていないのは不思議です。城東区の私が住んでいた所はちょっと行くとすぐ東大阪だったのに(各地一人ずつの抽出では信頼度は低いですけど)。それと、私は子供の頃に引越しをしたので、私の妹が「兵隊虫」に親しんだのは旭区でのことです。また、妹の調査では堺市内では「勝負」を含めて知っている人がいるものの和泉、岸和田に行くと知らないという返答だそうです。
神戸市北区に住む友人にも要請して、なるべく大阪近郊に住んでいた人を対象に聞いてもらっています。その友人にはしやけさんのホームページを見るように言っておいたので、直接報告があるかもしれません。
女でも「勝負」をするか?にこだわっておられるようですが、まあ、あまり女の子はしないかも知れませんねえ。ただ私のように負けず嫌いなのがたまに居たということですか。でも、私らの頃は、ガキ大将の遊びという印象はなく「兵隊虫」を見れば即「勝負」という万人の遊びでした。年代を経て認識が変り普及したのでしょうか?(以下,略)
(7)ダウンタウンと兵隊虫
8月11日のこと.箕面市の松村奈穂子さんから,以下のような電子メールをいただきました.
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突然お便りします。当方、ひょんなきっかけで貴ホームページを拝見した者です。へいたい虫の情報を探しておられるということですが、もう遅いでしょうか。しかもめちゃめちゃ小さい情報です。「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」という番組がありますよね。それの単行本がありまして、その中に「へいたい虫」が一回だけ出てきます。何の解説もないので、「へいたい虫」がなんであるか、私にはさっぱりわかりませんでした。ダウンタウンのお二人も、やはり腕に挟んで度胸試しをしたそうです。ダウンタウンは尼崎の出身です。以下が「へいたい虫」が出てくる部分です。
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書名 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!
編者 日本テレビ
発行所 株式会社ワニブックス
1995年4月20日発行
該当個所 16ページ 「言い伝え」の脚注部分
「こんな言い伝え」
へいたい虫を腕にはさんで、窒息死させると、なにもならないが、これで生きていると、水ぶくれができる。(小学生のころ、男はみんな根性だめし としてやった)
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以上のようです。「へいたい虫」ということだけで、何の手がかりにもなりませんが、一応尼崎にもあった、ということで、ほんと、すみません。
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この電子メールをいただいてすぐにこの本を購入しました.たしかにそれ以上のことは書かれていませんが,これまで調査してきた「兵隊虫あそび」にちがいありません.テレビでおなじみのタレントもやっていたというのは,何となく親しみを感じます.なお,松村さんご自身はこのあそびをご存じないとのことでした.
(8)守口でも「兵隊虫」
ある日,八木剛氏(前出)を通じて西淀川区のミニコミ誌で紹介された記事を見たサンケイ新聞の記者が,兵隊虫について取材したいとのことで電話をもらった.守口市で生まれ育った氏は,たしかに小さい頃に兵隊虫あそびをしたそうである.守口で兵隊虫あそびをしていたという話は初めてだったので,よろこんで取材を受けたと同時に,いろいろお話をうかがうことが出来た.
とにかく,自ら水ぶくれをつくるこの兵隊虫あそびの話を新聞社の同僚たちにしても,まったく信用してもらえず,つらい思いを晴らす意味も込めて取材をしに来たとのことだった.
この取材の記事は1999年1月11日夕刊で記事になった.
(9)此花区でもやはり兵隊虫
これまで大阪市の海岸部のうち、此花区と住之江区からまだ情報提供がなかったが,9月22日にようやく初めて、富田林市の中西和子さんから情報が寄せられた。Nature Study6月号に掲載された「博物館のひろば」のしかも(なぜか)別刷をごらんになっての情報提供であった。やはり女性も兵隊虫遊びをしていたようである.
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「博物館のひろば」で兵隊虫のことが載っていましたので連絡します。
私は子供の頃、大阪市の此花区に住んでいました。昭和30年代のことです。ちょうど「ひろば」に載っていたように、肘の内側に挟んでは、噛ませるという遊びをしていました。噛まれると痛くて、きゃーきゃー言っていたのを思い出します。季節はいつだったのか覚えていません。
今は河内長野市につとめています。その虫を見かけたとき、懐かしくなって、「これは兵隊虫と言って、昔こんな風に遊んだ。」と同僚に言ってみたのですが、誰もそんな遊びはしたことがないようでした。(以下略)
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(10)地上げと兵隊虫
大阪の湾岸部はもともと土地が低く,高潮や大雨のたびに水浸しになった.そのため,大阪市は昭和30年のころ,土地のかさ上げの事業(「地上げ」と呼ばれた)を大規模に行っていた.Nature Study6月号の「博物館のひろば」を見た港区出身のある方から,地上げの思い出とともに,次のようなFAXをいただいたので紹介する.
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初宿学芸員様
「兵隊虫」についてお知らせします.
昭和30年代,港区で地上げ(地上げ屋によるものではありません.本当に土地をかさ上げしていました)が行われていた頃,今の弁天町駅周辺は地上げの終わった土地,地上げを待っている土地が入りまじり,空き地がいっぱいでした.一面が草原でした.
そのころ,男の子が腕の内側に水ぶくれをこしらえて登校してきました.「ヘイタイムシ」に「勝つ」ために何回もくり返していたのでしょう.水ぶくれは一つではなく,また水ぶくれが治ると戦っていたようです.あの頃の子どもたちはアレルギーという言葉も知らず,たいして消毒したり薬をつけたりもしないのに,平気だったのですね.「ヘイタイムシ」で遊んだ時代をなつかしく思いだしました.「赤チン」で赤くなっていた腕も目に浮かびます.
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(11)やはり今では・・・・?
学校が夏休みに入ってからの7月のある日,長居植物園内でトンボのなわばり行動を観察していると,小学生の3人組が近づいてきた.彼らは手に網を持っている.
少年たち:「おっちゃん,何してんの?」
初宿:「トンボ見てんねん.君らこそ,網なんかもって,何してんねん?」
少年たち:「僕ら,子供のカメ、とりに来てん」
初宿:「カメなんかとってうれしいか? こんなんいくらでもおるやん.家,近所か?」
少年たち:「大正区から来た」
初宿:「大正区からわざわざカメとりに来たん? へぇ・・・・.ところで,兵隊虫って知ってる?」
少年たち:「知らん」
(12)どさくさ紛れにパネル追加
兵隊虫ことツマグロカミキリモドキは世界中に分布し、とりわけ自然海岸ではなく、大きな港のある都市部にたくさん発生する甲虫である。もう少し早く気づけば、これを特別展「都市の自然」でも取り上げたのに・・・・。囲み記事も書いたのに・・・・.
しかし、今からでも遅くはない、と、先日図々しくも「兵隊虫の謎」と称したパネルを追加し、あの家の造作の横に貼り付けた。会期が残り少ないにも関わらずである。(とりつけた日は忘れた。和田学芸員のページを見て下さい。)
9月27日のこと.特別展を観覧していた方から、吹田市でも兵隊虫あそびをやっていたことをお伺いすることができた。パネル追加の効果覿面である。人から何といわれようと、やっぱり、もっと早くから追加しておくべきだった・・・・。
このページをごらんになった横浜市の斉藤智季さんから,9月25日に以下のようなメールをいただきました.
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たまたま、「しやけ」のホームページを見て懐かしく思ってメールしました。
私も、よく「勝負」してました。間違いなく、「ツマグロカミキリモドキ」です。 私が尼崎の小学校(園田の小園小学校)に通ってた頃(1975年前後)です。みんな、単に「へいたい」と呼んでました。
だいたい、以下のようなパターンで遊ばれてました。
(1)根性だめし…所詮1ぴきずつしかいないので、仲間で誰が「勝負」を挑むかで男をあげる。
(2)いじめ…無理矢理「勝負」させる。
(3)逆いじめ…日ごろの仕返しに、普段えらそうにしている奴に勝負させる。(相手も引くにひけない)
他には、腕で「勝負」して勝った奴は、次は足とか首とか挟む部位を変えて、なんて事もあったかな?
女の子は、いわゆる「おてんば娘」ぐらいしか知らなかったような気がする。男の子も、知ってたのはクラスの半分ぐらいかな?。
[NEW!]最近の兵隊虫情報(2001年〜2002年)(020523に集計)
●港区=2件
●西区=1件
●平野区=1件
●西淀川区=1件
●東淀川区=1件
●尼崎市=1件
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ツマグロカミキリモドキ Nacerdes melanura L. 体長9〜12mm。背面は橙黄色で翅端は黒色。腹面は暗色。腹部末端部の後縁は雄では三角形に中央までえぐられ、雌では丸い。成虫は夏、灯火に飛来する。沿海地域に多く、幼虫は朽ち木の材部に穿孔する。初夏の頃から朽木中で蛹化する。世界各地に分布。(林長閑1975、学研生物図鑑、昆虫II 甲虫より) 英語ではWharf Borer(波止場のキクイムシ)と呼ばれる. |
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ツマグロカミキリモドキはどのような虫か?
●波止場のキクイムシ ―ツマグロカミキリモドキ(カミキリモドキ科)
この昆虫はカミキリムシに似ていて,アメリカやカナダでもほぼ全土に分布しており,とくに,海岸沿いや湖岸,大きな水路などで多く見られる.幼虫は湿った朽木の中に見られる.波止場に積まれた材,建物の基礎杭,地下や天井裏,漏れた水道管近くの材,埋められた材などが被害を受ける.英国・テムズ川河口を航行するはしけや木製の船で見つかっていた.ロンドンではストランド街の舗道を覆う数万匹のツマグロカミキリモドキの成虫が現れたことがあるが,その発生源はよくわからなかったようである(Hickin, 1963).
この虫が害虫であるのは,突然建物のそばで大発生し,窓や灯りに集まるからである.この「波止場のキクイムシ」が朽ちる前の材を食べるかどうかは分かっていない.(Urban Entomologyより)
福島県小名浜港では昭和30年5月ごろから海上保安庁の巡視船の船員に大きな被害が出た(加納六郎・篠永哲1997.日本の有害節足動物.東海大学出版会).