亜米利加紀行
初宿成彦
2006 年1月4日〜 20日

 上記の日程でアメリカ合衆国へ来ている.目的はおおざっぱに言えば昆虫の研究である.本業のほうはまた正式な研究成果として発表するとして,ここでは関 係 のあることないこと含め,感じたことをいくつか記しておきます.
目次 Contents
●国の匂い?(その1)
●国の匂い?(その2)
●英会話について思う(その 1
●英会話について思う(その2)
●バーモント州ってどこ?
●スミソニアン博物館群を見学 して
●日本とアメリカは似ている か?
●ニューヨークは大都会か?
●カナダツガの危機


●国の匂い?(その1)
 ロシアや韓国など,毎年のように海外に行く機会があるが,最近になって気づき始めたのは,それぞれの国に,その国の匂いがあることだ.飛行機や船が相手 国の会社である場合,乗った瞬間に,その匂いが襲ってくる.空港や港についたときには,周囲がその国の匂いだらけで,時差ボケや緊張も手伝って,気 持ちが悪くなることもある.
 想像するに,これらの匂いは,たぶん食べ物の違いなどに主に由来しているのではないかと思う.韓国は何となく焼き肉とキムチの混ざった匂いだし,ロシア はボ ルシチだろうか?(そんなことはないか?).
 アメリカに2年ぶりに来たが,空港についた瞬間,2年前にニューヨーク・ケネディ空港に降り立った時のことを匂いで思い出した(こ ちら).何の匂いかわ からないが,とにかく,アメリカの匂いだ.
 しかし,不思議なことに,しばらくすると慣れてしまって,何も感じなくなる.
 さて,外国人は日本に来て,同じように日本の匂いというものを感じているのだろうか? もしそうだとしたら,それはどんな匂いだろうか? もし食べ物由 来なのであれば,昆布や鰹節の出汁の匂いとかかなあと想像する.私たち日本人が今晩の食卓を思い浮かべる,わくわくする匂いである.

図.シカ ゴ・オヘア国際空港.シカゴの姉妹都市の紹介があり,大阪市も掲げられていた.

●国の匂い?(その2)
 匂いの関連で,ひとつ記したい.
 いきなりだが,写真がいつ発明されたかご存じだろうか? 一説には
1839年にフランスのルイ・マンデ・ダゲールが写真機を発明したことで,写真の発明とさ れ ているようだ.
 それと,蓄音機がいつ発明されたかご存じだろうか? これはやはり,エジソンのレコードの発明に起源を発するのだろう(1877年).
 このような光や音の記録装置と同様に,何とか匂いの記録をうまく行う装置というものが出来ないものだろうか? 旅行やイベントで写真・映像や音(最近は ビデオ カメラで両方をいっぺんに)を残すことが多いが,あのとき食べたあの美味しかった料理の,あるいは南国の海辺にただよった生ぬるい風の,せめて匂いだけで も残すことが出来ればいいのに・・・.その時の思い出が,5感のうちの2感,プラス1となって,鮮明によみがえるのは間違いない.
 写真や音声は博物館などの展示において,すでに欠かせないものとなっているが,匂いの展示はこれまで,うまくはできていないと思う.既に行われている事 例はあるにはあるのだが(カメムシの匂いなど),たしかにその匂いはしていても,化学薬品を合成して嗅がせているものであり,「なんや?結局,作り モンやん?」という感がぬぐいきれない.博物館の展示に必要な「標本」としてのリアリティさが,明らかに欠如しているのである.
 どうか,現代のエジソンの方々,リアリティのある匂いの記録装置を,どうか発明してください.お願いします.

●英会話について思う(その1)
 自分が子どもを育ててみて初めて分かったことだが,2〜3歳ぐらいの子どもは文字がわからないどころか,文字であることもほとんど関心を示さない.今の 私の息子がそうである(絵本は絵しか見ていない).しかし普段は,私たち大人を含め,保育園のクラスメートらと,それなりに言葉でコミュニケーションを 取っている.
 彼らを見ていると,やはり,人類にはそもそも,文字は必要なかったんだなぁと思う.たしかに世界を見渡してみても,文字を持たない民族はたくさんあると いうし,文字の種類もそんなに多くはない.欧米はみんなアルファベット(orその起源のもの)を使っているし,日本人が使っている文字も,漢字はも ちろん,ひらがなもカタカナもすべて中国の漢字起源だ.
 何が言いたいかというと,人間の言語というのはつまるところ,読み書きよりも音,それに対する慣れというか,リズムが根本にあるのではないかということ であ る.
 なぜそんなことを思ったかというと,今回の旅で会話について,以下のような経験をしたからである.成田からシカゴ行きの日本発の国際線に乗っている間 は,隣の席の人 は日本人,機内も日本語でアナウンスがあり,何の苦労もないのだが,シカゴからアメリカの国内線に乗り継ぐと,アナウンスは全て英語でし かなくなる.そのような中,隣の席に座って声を掛けてきたおばちゃんが,何を言っているのかが全くわからないのである.たぶん,「隣だからよろしくね」と か 「シカゴは寒いねえ」とかなのだ ろうが,わからない私はキョトンとして笑ってごまかすしかない.アメリカには前にも来ているから,そんなに英会話の力が衰えたわけではな いはずである.
 要するに,リズムに慣れていないだけなのである.慣れるまでは相手の言葉は,鳥のさえずりやコオロギの鳴き声のように,他の動物の発する音にしか聞こえ ないの だ.
 そんな中で目的地に着き,空港に迎えに来てくれた共同研究者と再会するのだが,最初はやはり,相手が何を言っているのかよくわからない.ようや く2日ほどたってから,ようやくそのリズムに耳の波長が合うようになり,1週間もすると,カフェテリアでしゃべっているオバハンらが,実にくだらない話題 で盛 り上がっているのもわかるようになる.
 日本では小学校から中学に入るときに,「英語の勉強せなあかんで〜,難しい勉強が始まるねんで〜」と言われる.高校まで進学すれば6年間,英語を勉強す ることになる.しかし,実際に英語で他人(外国人)とコミュニケーションするのは,どういうわけか非常に難しい.
 しかし,これらも究極のところ,単に慣れの問題なのではないだろうかと思う.同じようなリズムの慣れは,すべての人が外国で全く同様に感じている はずであり,日本人だけが英語へのコンプレックスが強いわけでも,海で隔離された島国根性なのでもないのだと思う.
 逆に日本人のように英単語をたくさん知っている人なら,基礎はあるわけなので,たぶん1年も外国で暮らして,外国人と真面目にコミュニケーションをして いれば,ほとんどの人はかなり英会話が上達するに違いないと思う.
 日本に暮らしていて普段,必要がないのと,英語の本や資料などが無くても,十分やっていけるだけの文化の高さがあるからなのだろうと思う.
●英会話について思う(その2)
 英会話のリズムに慣れてくると,書物などではほとんど目にしないのに,かなり頻繁に耳に飛び込んでくる言葉があることに気づく.ひとつは副詞の 「actually」(関西弁でいえば「ほんま」).あと,「You guy」(関西弁では「あんた」),「you know」(同:「〜やんか〜?」)などもしょっちゅう使われている.たしかに,人と会話するのに,不可欠な言葉ばかりである,私も日本で毎日,恐ろしほ ど繰り返し使っていることだろ う.
 そんな中,やはり,わたし程度の英会話力では,わからない単語が頻繁に出てくる.「え?,今,何と言ったの?」と聞き返すようにするのが,本当は上達の 道 なのだ が,何度も聞き返すのも恥ずかしいし,何度も相手に言わせるのも申し訳ない.あまり大事な会話でなければ,笑っごまかして,聞き流してしまうことも少なく ない.
 しかし,ややこしいのは,勇気を出して繰り返し聞き返し,その場で電子辞書で調べても,その単語や表現が載っていないことがあることである.たとえば, 「ボロー ニャ Bolognia」.関西弁で言えば,「そんなアホな」であるが,いわゆるスラングとのことで,辞書には出ていないとのこと.しかし,英語を理解する人は 全員,知っている言葉だという.
 みんなが知っている言葉が辞書に載ってないなんて,「辞書って何?,使えへんやん?」と思う.しかし,日本(関西)に来た日本語のわかる外国 人に対し,たぶん同じような状況で,同じようなことを言ってしまうことだろう.「そんなアホ な」も普通の日本語の教科書には出ていない(関西人はかなり頻繁に使っているけど).
 言葉というものは結局は生モノで,型にはまったつまらないものではなく,だからこそ,いろんな文化がそこから生まれるのだろうと思う. 

●バーモント州ってどこ?
 日本に47ある都道府県の位置をアメリカ人が知っていると期待できないのと同様,私たち日本人もアメリカの50州の位置は,名前を聞いたことがあって も,ほとんどよくわからないといってよい.
 アメリカの地図を見ていて気づいたのは,バーモント州というのは南のほうの暑いところかと思っていたが,ニューヨークより北のずいぶん寒いところに位置 しているらしい.
 バーモント州が暑いと思っていたのは,間違いなく「バーモントカレー」のせいである.バーモント=カレー=インド=暑い,という短絡的な連想からであ る.
 アメリカ側の共同研究者の何人かに「バーモントカレーを知っているか」を尋ねてみたが,当然ながら全員が知らないと言っていた(そもそもカレーライスが 日本独特の料理らしい).日本人では間違いなく半数以上の人が知っているだろう.そのうちの少なからぬ人は,西城秀樹の歌を思い出すに違いない.私と同類 の人間なら,その場で歌いだすことだろう.
 なお,「バーモントカレー」の名前の由来については,こちらのページをごらんください.なるほどというか何というか・・・.
http://www.yorozubp.com/9902/990213.htm

●スミソニアン博物館群を見学 して
 ワシントンDCのスミソニアン博物館を見学した.自然史博物館をはじめ,魅力ある博物館がたくさんある.しかも,すべてが入館無料である.
 自然史博物館の円形屋根のホールには,アフリカゾウの実物大模型があり,それを取り囲むようにギャラリーがあって,そこから展示室の入口が拡がるという 配置である.勤務している大阪の自然史博物館と似ていると直感した(ただし,大阪のホールのゾウはナウマンゾウ).大阪の博物館がここのをモデルにしたの かどうかは,本当のところはわからないが,知ってか知らずか,結果的に似てしまったという感じなのかもしれない.展示面積としては,入館料を徴収して運営 しているニューヨーク(American Museum of Natural History)やシカゴ(Field Museum of Natural History)の自然史博物館よりは,いくぶん狭いようだ.
 短時間だったので,スミソニアンの博物館群を全部まわりきるのは不可能だったが,興味深かったひとつが,アメリカ・インディアン博物館だった.2004 年10月に新 しく開館したもので,きれいな演出とともに,実に多くの資料が並べられていた.
 気づいたのは,アメリカインディアンの諸言語が,日本語と同じ開音節系(原則的に母音で終わる)であるのみならず,ウ段の音を強く発音しない点などが, 日本語に非常に似ていることである.「Siksika」「Tanana」「Mocho」「Achi」「Otomi」「Toba」などはすべて,アメリカイ ン ディアン部族の名前であるが,日本語の単語と言われても「そうかも」と思ってしまうぐらいだ.
 言語学はもちろん専門ではないので,単なる直感で述べてしまうが,このことはきっと偶然ではないのではないかと感じている.開音節系の言語は,北京語, イタリア語など,世界に多数あるが,これらの 言 語の単語を見ても聞いても,日本語の発音体系と似ていると感じることは全くない.
 しかも,展示されている写真の中のアメリカインディアンの老婆は,私の故郷にいた,近所のとある婆ちゃんにそっくりである.
 日本人とアメリカインディアン.このつながりについて指摘している人がいるのかいないのかよく存じていないが(※註),氷河時代にベーリング陸橋を渡っ て,アメリカ大陸へ移住した人類が,もし私たち日本人に近い存在だったら,とても興味深いことだ.

※註:日本人と北米のアメリカインディアンの一部が共通性を持つことが,DNAレベルで確かめられた研究例があるようです.
http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/D/dna-04.html

国立自然 史博物館.モールを挟んだアメリカインディアン博物館より.

国立自然 史博物館のホール展示.私はピンときたゾウ.

●日本とアメリカは似ているか?
 今回,アメリカという国をよく知ることになった.強く親しみを持つようになったのは間違いない.
 アメリカにとって,日本はどのような国で,日本人はどのような人なのだろうか? 政治的なことも含め,経済面でも日本はアメリカに次ぐ世界第2位の国で あり,かなりの部分でパートナーとして認識してくれている部分はたしかにあるだろう.60年ほど前に大ゲンカした(その極めて具体的な展示がスミソニアン の航空宇宙博物館 にあった)けど,その前もその後も,結局のところ,とても仲良くやっている国だと思う(※註).
 2年ほど前に中国・日本とまわったアメリカ人が言っていたのは,どちらもアジアの国でありながら,日本は中国に比べて,驚くほどアメリカに似ているとい うことだった.たしかに街中にはいたるところにマクドナルドを始めとしたファーストフードが並ぶなど,アメリカに似ている(というか,アメリカナイズされ てしまった)だ ろう.
 今回の旅で日本とアメリカがよく似ていると強く感じたのは,細かいことだが,電気のコンセント(「英語ではelectric outletというので通じませんよ」とよく言われるひ と つ)の形が同じであること,あと電話のモジュラーの形が同じであることだ.これらは海外でノートパソコンを用いたモデム通信で非常に重要で,外国へ行く前 に必ず悩 まされる事項のひとつであるが,アメリカはその心配が全くないので安心だ.互いに世界の中の技術大国として,二人三脚で進めてきたためかもしれない.
 そのような中でいくつか,「ええ?,それにしても,これは?」と思ったことがあった.
 ひとつはやはりモノの単位,ガソリンはガロン,距離はマイル,長さはインチ,気温は華氏・・・.「あの山は高さが何フィートだ」,などと言われても, まったくピンとくるはずもない.
 それと不思議だったのは,ホテルの枕.どういうわけか,一人か二人で寝るに違いない大きさのベッドなのに,枕が4つも置いてある.キングサイズのベッド の部屋に泊まったときには,ベッドに枕が6つも置いてある.
 理由を聞いてみたら,「同じ部屋に何人かが泊まることがあるので,それに備えて予め準備してあるんだ」とか.そういうことが低い確率であるかもしれない のはわかるが,そうなったら枕だけ別で頼むか,せめてクローゼットとかに置いておけばいいのに.
 アメリカ人の共同研究者に「意味がわからない」と言ったら,あっさり「うん,たしかに分からない.僕も昨晩は枕を5個,放り投げて寝たよ」と答えられて しまった.
(※註:そうこうしているうちに,さっそくBSE問題が再燃したようだ.2006年1月21日付記)

これは多 すぎる やろ?

●ニューヨークは大都会か
 世界の大都市として,必ずニューヨークは取り上げられる.市域の人口が800万人ということだから,たしかに人口は多い.また,日本の首都 圏や関西圏などと同じように,郊外の都市とともにメガロポリスを形成し,その総人口は2,231万人で世界3位である(ちなみに日本の東京首都圏は 3,651万人で世界1 位,大阪関西圏は1,751万人で10位 ( 出 典: フリー百科事典「ウィキペディア」世界の都市圏人口の順位 による).
  今回,ニューヨーク郊外のコネチカット州ハムデンという町に滞在したのだが,これが本当に巨大都市の郊外?と思うぐらい,のどかなところで ある.周囲を散歩に連れて廻ってもらったところ,フクロウやタカ,キツツキまでもが現れた.日本で例えれば北海道,しかも札幌のような大都市周辺ではな く,道東や道北の山村部と同じ感じで ある.マンハッタンへ向けて車を走らせても,エンパイヤーステイトなどの摩天楼が向こうから見えてくるぐらいまでは,ところどころにまとまった集落がある ものの,このような風景が延々と続いている.
 一方,関西や東京など,日本のメガロポリスは,電車やハイウエーで郊外へ向けて走っていても,住宅地の切れ目がなく,本当の意味でひとつの町を形成して いる感じである.中央の駅(関西でいえば梅田駅周辺)の朝夕のラッシュアワーの人混みのすごさには,以前,外国から来た友人が目をまわしていた.
 「日本の通勤 電車や地下鉄には,扉のそばで人を詰め込む役の人がいるんだってねえ?」とモノ珍しそうに言われたが,私はほぼ毎日,その混雑する地下鉄でスシ詰めで通っ ている.これ が日本の大都市だけの光景だということを改めて知った.
ニューヨーク郊外の自然
(写真の精度が低いこと,冬なので葉っぱが枯れていることをご了承ください)


Barred Owl. アメリカフクロウ.
Downy Woodpecker.セジロコゲラ.


Opossum. オポッサム.夜行性.ロードキル.
Red-shouldered Hawk. カタアカノスリ


Liriodendron tulipifera. ユリノキ.
近縁のシナユリノキが中国に分布.
Hamamelis versiniana. アメリカマンサク.本属も北米と東アジアに隔離して6種が分布する.日本にはマンサク H. japonicaが分布.


●カ ナダツガの危機
 最後に,今回の訪問目的である昆虫の研究のことについて触れておきたい.
 上記のユリノキやマンサクのように,東アジアと北米に隔離して分布が知られる植物のなかまに,マツ科のツガ類 Tsuga がある.北米に4種(西部2種・東部2種),東アジアに5種(日本2種・中国〜ヒマラヤに3種)の合計9種からなる.
 これらのツガ類すべての種に,ツガカサアブラムシ Adelges tsugae という半翅類の仲間がつくことが知られている.もちろん日本のツガ類にもついているのであるが,これが害虫として問題になることは特にない.
 ところが,北米東部に自然分布するカナダツガ Tsuga canadensis は,このカサアブラムシの甚大な被害を受けているというのである.
 今回,実際にバージニア州のアパラチア山脈へ連れて行ってもらったが,常緑針葉樹でありながら,至る所のカナダツガが冬の落葉広葉樹と同じような様相を 呈し ている.つまり,すべて枯死しているのだ.中には樹齢400年ほどの巨大なものも,数年前にこのカサアブラムシの被害を受けて,ついに枯死してしまったと いう.この地域の山林の主要な構成樹種であるので,これは非常事態とも呼べる森の危機的状態といってよい.
 このツガカサアブラムシ,もともと北米東部には分布してなかったことがわかっていて,自然分布する他のどこか(北米西部もしくは東アジア)から入り込ん だものだろうと推定されていた.そこで2004年ごろから,このツガカサアブラムシをDNAレベルで詳しく調査してみたところ,何と日本のツガについてい た ものが北米東部に移入して拡がったものと断定されてしまった,特に大阪のサンプルは,遺伝的にもまったく一致しているという.この猛威をふるっている大害 虫は,実は日本の出 身だった のである.
 このような国を超えた移入は,人や物の移動が活発になるに従って,歴史的に増えていった経緯がある.これまでも,北米から日本へ入ったアメリカシロヒト リ,アメリカジガバチ,ブタクサハムシなどは,すべて北米出身で日本にすみついてしまい,現在では私たちの身のまわりで普通に見られる昆虫たちである.
 しかし,一般にはアジアから北米に入って居つくもののほうが圧倒的に多いらしく,古くは日本のマメコガネが「ジャパニーズビートル」として北米で大問題 に なったことがあるほか,ごく最近では ゴマダラカミキリの一種やアオナガタマムシ(いずれも中国原産),クサギカメムシ(原産地まだ不明)が北米に入り込んで棲み着き,森林などに影響を及ぼし ているという.
 私に課せられた仕事は,日本でカサアブラムシの大発生が起こらないのは,何か日本の自然生態系の中にそれを抑制するメカニズム(たとえば,日本にはこの カサアブラ ムシを食べるテントウムシ類などの天敵がいる)があるはずで,これらを日本で解明して,北米での森林保護に利用していこうということである.勤務地が大 阪であり,甲虫類の専門家ということで,アメリカ側から共同研究の依頼を受けた次第であった.私もまだ未解明部分の多い地元・大阪の自然の調査(=これは 自然史博物館の重要な仕事)を進めながら行える研究であると思ったので,引き受 けることにしたのである.
 たまたま入ったバージニア州のタバコ屋で,この害虫のことを話題にしたところ,「ウチの庭のツガも,先だってこの虫のせい で枯れてしまったんだよ」とご主人が言っていた.また,たまたま開いた新聞誌上でも,この問題が報じられていた.
 北米東部のツガ林の危機.これは研究者のみならず,一般市民の関心をひいた,予想以上の深刻な状況であることを目の 当たりにした次第であった.

ツガカサ アブラムシ Adelges tsugae.バージニア州ブラックスバーグ近郊のアパラチア山脈にて.
白い綿の中にカサアブラムシ(主に幼虫)がいて,ツガから吸汁する.多数たかるとツガ本体の生存を脅かす.

日本のカ サアブラムシのために枯死したカナダツガの大木たち.バージニア州マウンテンレイクにて.


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