はじめに

■■第2章 科学的なレッドデータブックのつくり方■■
■2-1 はじめに

 1991年にわが国最初のレッドデータブック(環境庁 1991)がつくられて以来、全国各地で地方版が続々とつくられてきた(広島県 1995、兵庫県 1995b、神奈川県 1995、埼玉県 1996、長野県自然教育研究会 1997、島根県 1997、大阪府 2000など)。しかし、これらの地方版レッドデータブックに目をとおして残念に思うことがよくある。レッドデータブックは絶滅の危機がある(当該地域に生息しなくなる可能性がある)と考えられる希少生物種をリストアップし、それらを危機の程度に応じたランクに区分して示すのを常としているが、これらの種がリストアップされた理由、あるいは個々のランクに位置付けられた理由が読者にとって必ずしも明瞭ではないのである。つまり「なぜなのかよくわからないレッドデータブック」が多いのである。これはたいていの場合、レッドデータブック作成の基礎となったはずの各生物種の生息情報=データが示されていないか(データの欠如)、あるいは示されていても、そのデータとランク付けの関係が必ずしも理解が容易な形に整理されていないこと(データ処理システムの不備)による。
 「そもそもデータなど存在しないのだから示しようがない」という主張はそれなりにもっともなものである。たとえば「ある地方の十分な数の調査地で、ある分類グループの生物についての調査が継続的におこなわれていて、その結果をみるとある種が近年減少していることが客観的にみてとれる」などということを、多種多様な生物について期待するのは、少なくとも現状では無理である。レッドデータブックをつくる際に地域の専門家を集めて協議し、希少種を洗い出し、それぞれのランクを決めていくというやり方をたいていの地方がとっているのは、こういった事情が関与していると思われる。客観的な調査データがないので、地域の生物の生息状況に詳しい専門家の力を借りようというわけである。実際、これらの専門家の頭の中には対象地域内の各生物種の分布・個体数・あるいはその増減についての情報が、過去から現在までたくわえられている。
 しかし、ここにひとつの問題がある。専門家の頭の中にある情報は、いかに正確で事実を反映しているとしても、あくまでも主観的なものにすぎないことである。この主観をそのまま希少種の洗い出しとランク付けに直結してしまってはレッドデータブックの客観性は保ちえない。なぜAという種が希少であり、特定のランクに位置付けられるのかを、判断にたずさわった専門家当人以外は理解できないし、ましてや説明できないからである。
 以上のような一般的事情が「なぜなのかよくわからないレッドデータブック」の背景になっていると思われる。しかし、このような事情があるからとあきらめる必要はない。もとになる情報が専門家の頭の中にある主観であったとしても、これを生かして客観性をもった科学的なレッドデータブックをつくることは可能である。それは主観のデータ化と簡単なデータ処理システムの導入によって達成される。本章では近畿地方の鳥類レッドリストを作成するにあたってもちいた、主観のデータ化と簡単なデータ処理システムを紹介する。

戻る