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Argonauta 1: 15-26 (1999)

群集組成の多変量解析



大垣俊一

 生物群集のデータを分析する際、用いられる手法の一つに多変量解析がある。その対義語は単変量解析で、かつてはこちらの方が一般的であった。単変量解析とは、群集データを単一の指標に要約して相互に比較するやり方で、よく使われる指標値として多様性指数などがある。これに対して多変量解析は、サンプル内各種の個体数や生物体量などの情報をすべて生かして分析しようとするもので、その一法としての主成分分析が代表的なものである。主成分分析や、その代替手法としてのMDSは、海洋生態学の分野では当初主として潮下帯soft-bottomベントス群集の場所的変化や環境汚染との関係の分析に用いられてきたが、最近では潮間帯や時系列のデータにも適用されている。そのため昨今では、ベントス群集の論文を欧米の「最先端」の雑誌に投稿すると、多変量解析をめぐって何らかの対応を迫られることも十分に予想される情勢となってきた。

 もとより、新しく登場してきた手法が、従来の方法より必ず優れているという保証があるわけではない。加えて、新しく提出される方法というのは、往々にして数学がからむなどして難解なことが多く、理解に時間を費やすため、一層手をつけにくいというのが研究者の一般的心情ではなかろうか。しかし、多用される理論が理解できていないと論文を読むのにさしつかえるし、人から「なぜ多変量解析を使わないのか」と問われた場合の対応ということもある。したがってこうした方法論については、関心を持つ者が手分けして理解し、情報を交換して時間と労力を節約するのが望ましい。もちろんただ単に、突っ込まれると困るから予防線を張っておくという消極的な意味合いばかりでなく、有効なら自分の研究に取り入れて役立てようという積極的な側面もある。

 以上の意図によって、1999年5月に開かれたArgonauta談話会で、「群集組成の多変量解析−PCA vs. MDS」と題して、海洋生態学における多変量解析についての紹介を行った。以下はその内容に、その時の討論内容を加味してまとめたものである。

 なお、生態学で使われてきた多変量解析には、大きく分けて主成分分析やクラスター分析など、サンプルの類別を重視するものと、重回帰など要因分析に用いられるものとの二つがあるが、今回は前者のみを対象とする。

主成分分析 (primary component analysis, PCA)

1. PCAの理論

 主成分分析(PCA)は、複数のサンプルに対してその中の出現種ごとに個体数や重量が計られたとき、各種のabundanceをいくつかの主成分(通常2つ)にまとめ、それら主成分に基づき、サンプル相互の関係を分析する手法と定義できる。後述するように、生物データに対しては、今はPCAよりMDSが使われることが多いが、主成分分析はこの種の多変量解析の基本となるものなので、その理論を把握しておくことは意味があると思われる。PCAは多変量解析の古典であるから、内容については統計学の教科書類に多く解説があるが、しばしばわかりにくい。それは、教科書では適用例を一般化して考えているために、文字変数や下付きの数字が何を意味するかを見失いやすく、読み進めるにつれ混乱してくるからであろう。そこでここでは変数を、なるべく海洋ベントスの研究者向けに具体的に規定する。
 群集分析のPCAは、ふつう次のような表から出発する。ここでは、St 1−St 5の5地点で、A−J計10種の個体数が数えられているとして話を進める。

[表1]

種A
種B

種J

St. 1
χ1A
χ1B

χ1J
St. 2
χ2A
χ2B

χ2J





St. 5
χ5A
χ5B

χ5J


この表で、たとえばχ1AはSt 1でのA種の個体数を示す。このとき、もし出現種がA, B, Cの3種であれば、A, B, Cの3つの座標軸に対して各地点の位置を打つことができ、5地点分5個の点が三次元空間にばらつくことになる(図1−<1>)。

図1 [図1]

この状態から、この空間に1本の軸(ZI)を通すが、その際、各点からこの軸に垂線を下ろしたとして、その垂線の足となる点の、ZI軸上でのばらつきが最大になるようにする。それが5地点の、A, B, C, 3変量に対する第I主成分の軸となる(<2>)。実際には種数はA−Jの10種であるから10軸の超空間となり、これはもはや視覚的にはイメージできないが、数学的に取り扱うことができる。さらに、ZIの次に各地点のばらつきを大きくし、かつZIに直交するような軸(ZIと独立であるための条件)をさがしてZIIとし、これを第II主成分の軸とする(<3>)。以下同様にしてZXまでの軸を引くことができる。そしてこのとき、(5地点を表す点のZI軸上での偏差平方和)+(ZII軸上での偏差平方和)+ … +(ZX軸上での偏差平方和)を100%として、各軸上での偏差平方和を%で表した値がそれぞれの主成分の「寄与率」と呼ばれるものである。

 以上は理論の概略だが、実際に各地点の第I、第II…主成分を求める手続きは、表1に戻って次のようになる。まず表1から、種組成に基づく各地点相互の関係を、相関行列または分散・共分散行列で表現する。相関行列をベースにする場合には、ある2つの地点での各種の分布区数をもとに両年間の相関係数を計算し、すべての年度間の組合せを星取表のようにして下表左の相関行列の形に整理する。表中たとえばr12は、種組成にもとづくSt 1とSt 2の相関係数をである。

[表2]

St. 1
St. 2

St. 5

St. 1
1
r12

r15
St. 2
r21
1







St. 5
r51


1


St. 1
St. 2

St. 5

St. 1
V1
V12

V15
St. 2
V21
V2







St. 5
V51


V55


 分散・共分散行列をベースにする場合、表2右のように対角線上に各地点での各種の個体数の分散を、その他には各地点間での共分散(ある種の個体数と平均個体数の差を地点間でかけあわせて全種について合計し、n−1で割ったもの)を入れる。これらの表で、左下は右上と同じであるから右上だけなら三角形の表となり、これをtriangular matrixと呼ぶこともある。多くの多変量解析において、出発点となる表である。相関行列と分散・共分散行列のどちらを選ぶかはデータの性質による。たとえばサンプルが人で、変量に身長や体重といった性質のちがう測定値が混在している場合は、それぞれの変量のばらつきを基準化して比較するために、相関行列を用いなければならない。今回の例のように変量が種ごとの個体数で統一されているようなときは、分散・共分散行列を使うことができる。群集分析の場合、一般的に言えば、種間の個体数差を基準化して消してしまう相関行列よりも、それを生かして分析できる分散・共分散行列の方が、より多くの情報をサンプルから引き出すという点で有利であることが多いだろう。

 次にtriangular matrixから、第I, II …主成分を、各地点各種の個体数から計算するための係数列を求める。この係数(ここではL)は次のようにχとZを線形的に結びつけるように想定されている。第I主成分の場合、
 Z1I = LIAχ1A + LIBχ1B + … + LIJχ1J (St 1の第I主成分)
 Z2I = LIAχ2A + LIBχ2B + … + LIJχ2J (St 2の第I主成分)
      :
 Z5I = LIAχ5A + LIBχ5B + … + LIJχ5J (St 5の第I主成分)
このとき、先に述べた主成分の理論的性質から、Lは次の条件を満たすように定める。
 (Z1I−ZmI)2 + (Z2I−ZmI)2 + … + (Z5I−ZmI)2 が最大
 LIA2 + LIB2 + … + LIJ2 = 1
ここにZmIはZ1I, Z2I … Z5Iの平均であって、(Z1I−ZmI)2,… は偏差平方、これをたし合わせて全体のばらつきの指標となる。第2主成分以下も同様に{LIIA, LIIB, … LIIJ}{LIIIA, LIIIB, … LIIIJ}などを定めてゆくが、これらについては先の二つの条件のほか、その主成分が前のすべての主成分に対して独立であるために、ZII, ZIII… 軸が、前のすべての軸に直交する、という条件が加わる。そしてこのLの列の組、つまり、
LIA
LIB

LIJ
LIIA
LIIB






LXA
LXB

LXJ
という行列が定まれば、各Stの第I〜第X主成分がすべて計算できることになる。この、triangular matrixからLの行列を導くための計算は、偏微分や固有値が出てきて複雑であり、私は細部まで理解していない。しかしこの部分については教科書を信頼して、表2からLが求まることを納得すれば、各主成分とその寄与率が計算できることになる。実際の操作としては、コンピュータに表1のデータを打ち込み、相関行列と分散・共分散行列のどちらかを選択するだけである。

 かくして、コンピュータから、「主成分得点」「寄与率」「主成分負荷量」が打ち出されてくる。主成分得点は、各地点の10種個体数に基づく主成分の値そのものであり、寄与率は全主成分軸上各地点のばらつきの総和に対する、各主成分軸上でのばらつきの比率を示す。ふつうは寄与率の累積が80%になるまでの主成分が有効とされているようだが、作図上の関係もあって、第I主成分(PCI)と第II主成分(PCII)までが使われることが多い。論文ではPCIを横軸、PCIIを縦軸にとり、地点の位置を平面図上に示したような図がよく見られる。この図をもとに、どの地点とどの地点の群集が似ている、似ていない、といった分析が行われる。なお、以上の計算は、すべて群集内部の情報に基づき、環境条件など外的な要素は含まれていないことに注意する必要がある。各主成分軸が、単なるサンプル類別のための基準としてでなく、群集の何らかの性質を表すものとみなせるかどうかについては、「主成分負荷量」を見ることによってある程度推測できる。主成分負荷量(因子負荷量)は、A, B, C… 各種の個体数と第I, II…主成分との相関であって、どういう種が多いとき、各主成分が大きくなるかを示している。たとえば汽水性の種の、第I主成分に対する負荷量が大きいとき、第I主成分は群集内の低塩分適応種の要素と考えられ、これをもとにPCI軸上での各地点の分布について議論することができる。

 主成分平面上で、どの点とどの点が近いとか、どのグループがまとまっているかという評価は、統計検定によって客観化するのが昨今の流れである。そのためにはPCAの場合、認められた地点のグループ(サンプルクラスター)の中の地点相互の距離と、グループ間の距離を分散分析によって比較する(MANOVA)。また、実際に環境データを組み込んで、判別された地点グループと環境条件がどのように対応しているかを調べるのは、正準相関分析(canonical correlation analysis)による。これは同じ地点で調べられた種相と環境条件のデータの組から複合的なtriangular matrixを描き、それをもとに各サンプルクラスターに最もよく対応する環境データの組を抽出する手法であるが、ここではくわしくは触れない。

2.PCAの実例 ―番所崎貝類相の時系列データ


 PCAや後述するMDSは、先の例のように、同じ時間断面の地点間の類別に用いられるのが一般的だが、最近では地点を年度に置きかえるなどして、同じ地点の時間的変化を分析するためにも使われるようになった。ここでは私たちが行ってきた白浜番所崎の貝類相のデータをもとに、PCAによる時系列的な分析を行ってみる。この調査では約4500・の岩盤を8m×8mの方形区69に分割し、年1回、各区内に出現するすべての貝類種を同定している。そのため各年百数十種の分布区数の情報が得られているが、ここでは1985〜1994年の間の、のべ出現区数が上位50にランクされる主要種のみについて分析した。PCAの理論について説明した前項では、サンプルを地点としたが、ここでは年度に置きかえているだけで、他の操作は全く同じである。なお、主成分計算のベースとしては分散・共分散行列を用いた。

図2 [図2]

 図2左に、各年度の主成分得点を、第I、第II主成分について平面図上に示した。寄与率は第I主成分36%、第II主成分26%である。図では特に、年度グループの形成は明らかではないが、85年から始まって、およそ図の右下→上→左という方向で点の移動が見られる。横軸に年度をとって、第I、II主成分の年次変動傾向を示すと、図2右のようである。ここで第II主成分については傾向ははっきりしないが、年度間のばらつきの36%を説明する第I主成分は、年と共に減少する傾向が認められる。つまり貝類相中の何らかの要素が、経年減少傾向にあるといえる。では、第I主成分とは何であろうか。それを検討するために、セオリーどおり、次に主成分負荷量を調べてみる。

図3 [図3]

 図3に貝類相を構成する主要50種各種の主成分負荷量(第I、II主成分との相関)を、平面図上に示した。この図で右に位置する種が多いほどその年の第I主成分が大きく、上にある種が多いほど第II主成分が大きくなることを示している。しかしこの図を見ていろいろ考えても、第I, II主成分についての具体像は浮かんでこない。図の右端に近いアワヂチグサ、チャツボ、コビトウラウズ、オオシマチグサカニモリなどは小型種であるが、第I主成分が体サイズを示すとするには例外が多すぎる。また、仮に体サイズの小さいものが減少しているとしても、その意味がよくわからない。一方、番所崎で経年的現象、増加と言うことから思い浮かぶのは、南方性種の動向である。調査地点付近では、近年黒潮の接岸に伴って南方性種の増加が見られ、一方、北方性ないし非南方性の種は全体の中での割合を減じていることがわかっている。そこで図3の各種を南方性種(太平洋岸での分布北限が房総以南)と非南方性種(それ以外)に分け、南方性種を○、非南方性種を×で区別して図4に示した。

図4 [図4]

これを見ると、平均の位置としては南方性種が左にあるようにも見えるが、例外も多く、入り乱れており、第I主成分を群集内の非南方性要素と断定するには無理がある。この他、不栄養−貧栄養性、内湾−外洋性、生活形、分類群などいろいろ検討してみたが、すべてうまく行かない。当初の目論見としては、第I, II主成分の内容がかなりの確度で特定でき、かつその寄与率も計算できるとすれば、貝類相の時間変動に及ぼす外的要因についても有効な推論ができると期待したのだが、要因どころかサンプル(年度)の類別の面ですら、意味のある結論は得られないという結果に終わった。


MDS (non-metric multidimensional scaling)

1.MDSの登場


 PCAについて、理論と具体例に分けて説明してきたが、先にも触れたように、PCAはすでに古典的な手法で、生物データに対してはあまり使われなくなってきている。その理由としては、まず主成分平面におけるサンプル(地点、年度など)の隔たりが、集団の平均値と分散に基づくユークリッド距離という純数学的変量になっており、生物現象を記述する指標として必ずしも適切でないと考えられ始めたことによる。サンプルの隔たりについては、これまで群集分析のために生態学で使われてきた様々な類似度指標があり、それを用いる方がよいとする。もう一つの理由は統計検定に関係する。主成分平面上でサンプルグループが分離しているか混在しているかを調べるのに用いられるMANOVAは、変量母集団の正規性と等分散性を前提としており、生物群集の実態にそぐわない。また環境条件との対応は正準相関分析によるが、これは環境条件と生物体量の線形的な関係(相互が一次式の組で結びつく)を前提とし、これも生物学の成果から知られていることと一致しない。したがって生物データにPCAはそぐわないとされるが、母集団の正規性を仮定できる無機環境条件については、今でもPCAがよく用いられている。

 以上のようなPCAの問題点を解決するために、代替的な手法としてMDSが登場した。これはいわば、主成分分析のnon-parametric版とも言えるもので、統計学者による開発は1970年代末にさかのぼる。海洋生態学の分野では、1980年代初めから、イギリス、プリマス研究所の砂泥底ベントスの研究者グループが、主に水質、底質汚染の研究に使用することを目的として採用、発展させてきた方法である。以下にこのMDSの理論を紹介する。

2.MDSの理論


 MDS (non-metric multidimensional scaling)とは、サンプル間の隔たりを群集の(非)類似度指数で表し、相互関係を2次元平面上に投影した上、順位に基づくnon-parametrics型の検定によってサンプルクラスターの識別や環境条件との突き合わせを行う手法である。以下はその理論の概略だが、ここではPCAの場合にならい、St 1−5の5地点で、A−J 10種の個体数が数えられているとして話を進める。したがって出発点はPCAと同じく表1である。

 表1から、地点間の距離(相関)に基づくtriangular matrixを描くが、各地点の相互関係の指標としてはBray-Curtis Indexという類似度指数がよく使われる。下表にこの指数の計算方法を示した。

[表3]

St 1
St 2

差/X1+X2

種A
χ1A
χ2A
1A−χ2A|
δ12(A)
種B
χ1B
χ2B
1B−χ2B|
δ12(B)





種J
χ1J
χ2J
1J−χ2J|
δ12(B)


X1
X2

Σδ12 = Bray-Curtis Index

St 1とSt 2の類似度は上のように計算される。至って単純で、2サンプルそれぞれで各種個体数の差を合計し、総個体数で割って基準化したものである。ただしサンプル間で個体数の分散が異なると、あとの検定にさしつかえるので、平方根、対数などに変換して分散の差を消してから計算する。各サンプル(この場合はSt 1−St 5)間で類似度がすべて計算されると、それをもとに地点間の相互関係を示すtriangular matrixが描かれる。


St 1
St 2

St 5

St 1
0
δ12

δ15
St 2

0








St 5



0
図5[図5]

この表をもとに、各地点間の距離が、その順位としてδ値の順位を最もよく反映するように、St 1−5を平面(MDS平面)上に位置づける。具体的には、各点を平面上にまずランダムにばらまき、そこから様々に並べ替えながら条件を満たす配置に近づけて行くというもので、コンピュータのアルゴリズムはかなり複雑らしいが、原理的には単純と言える。図5に、MDS平面上でのサンプルクラスターの具体例を示した(Clarke, 1993による)。これは23地点のサンゴ礁魚類の群集データに基づき、掘削工事の行われた12地点をM(mined)、コントロール11地点をC(control)としてMDS平面上に位置づけたものである。この例ではきれいな分離が認められる。こうしてできあがった各地点の配置が、どの程度現実の群集間の類似を反映しているかは、実際の類似度の差に対するMDS平面上での距離の差のばらつきを評価することによって行われ、Stress PointとしてMDS平面の隅に表示される。Stress Point < 0.1で良い一致、> 0.2は平面上への投影に無理がある、というような一応の基準がある。

 平面上でサンプルの位置にいくつかのまとまりが認められた場合、その有意性の検定も、順位に基づくnon-prametrics型の検定による。具体的には、群内、群間のあらゆる地点間の組合せで距離の順位を求め、実際の状態が極めて起こりにくいものであるかどうかを計算する。

 群集データと環境条件の対応を見るには、生物データと同じ調査点で得られたいくつかの環境指標をもとに、先に示した方法で主成分分析を行い、PCA平面上に地点を位置づけておく。これと、生物データによるMDS平面上の各地点の分布を相互に比較する。両者の一致が悪ければ採用する環境指標の組を様々に変えてPCAの図を描き、最も良い一致のみられる環境条件の組を探索することになる。図6はその具体例である(Clarke, 1993による)。

図6 [図6]

左上の(a)は底質中のnematodaの種類組成に基づくMDSの結果で、1−19の各地点がいくつかのグループに分けられることがわかる。他の3つの図は底泥の無機環境の組み合わせを様々に変えて行ったPCA分析の結果である。右上(b)は硫化水素層の深さと塩分濃度、左下(c)は硫化水素層、塩分、底質粒径、右下(d)は測られた全無機環境指標に基づく地点分布を示す。生物データは(c)との一致が最もよく(図中での上下左右の位置は関係なく、まとまりのパターンを見る)、全無機環境の基づく(d)よりもむしろ良いということは注意すべきである。(c)で検討した限られた環境条件が、このときのnematodaの種組成に影響を与えていた可能性を示している。このような、生物データと環境データとの対応についての有意性の検定も順位に基づくnon-parametricsの検定によって行われ、そのためのコンピュータ・プログラムが開発されている。

単変量解析と多変量解析


 かつて単変量解析のみが行われた中に多変量解析が登場し、なおかつ広く用いられるようになったということは、後者に前者を上回る何らかの利点があったからであろう。それは何なのか、そのあたりの分析を、Warwick & Clarke (1991) が行っている。彼らは同一のデータに対して単変量解析と多変量解析を同時に行い、その結果を比較した。単変量としては生態学で多用されてきたShanon-Weaverの多様性指数H'を選び、多変量解析はMDSによった。その結果、MDSはH'より、場所的、時間的な群集の差に対して感受性が高いと認めた。またH' は採用した分類群ごとに異なる結果を与え、MDSは同一の結果を与えた。従って彼らはMDSの方が分析結果が安定で信頼性が高いとしているが、分類群間の差に対して感受性がにぶいという見方もでき、微妙なところである。環境条件との対応については、一般的に単変量解析は指標値の意味するところが明瞭なので、環境条件との関係を論じやすいのに対して、多変量解析における環境条件との結びつけは今後の課題としている。

 先に番所崎貝類相の時系列データをPCAで分析した例を示したが、今度はそれを私流の単変量解析で分析してみる。ここで単変量指標として用いるのは、群集内の南方性種(分布北限房総以南)の比率(全種の累積分布区数に対する、南方性種の累積区数の割合)である。このような指標を選んだのは、近年調査点周辺で、海岸の貝に限らず熱帯性、亜熱帯性の海産種が増えつつあると一般に認められていることによる。南方性比率に対応する環境データとしては、調査点近くの海岸水温を選んだ(図7)。

図7 [図7]

図に見るように、過去14年間、南方性種の割合は増加を続けており、海岸水温も上昇傾向にある。両者の相関はもちろん有意である。水温データとしては各調査年をさかのぼる過去3年の冬季水温の平均を用いたが、これは暖冬によって冬季の死亡率が低い状態がある程度続くということが、南方性種の安定した存在に必要と予想したためである。先のPCA分析では番所崎貝類相の年次変動について、はっきりした傾向を検出できなかった。しかしこのような単純な分析で、きわめて明快な結果を得ることができることは注目に値する。この傾向を基礎として、さらに研究を発展させることもできるだろう。

 単変量解析と多変量解析について、以上に述べてきたことから次のようにまとめられよう。多変量解析は、データからより多くの情報を引き出すという点において優れている。これはその計算方法に由来する。たとえば群集内でA種の個体数が1→10、B種が10→1と変化したとすると、他の種が同じであった場合、多様性指数は(あるいは南方性比率も、A、Bが同時に南方性、非南方性種であれば)同じである。一方PCAやMDSでは二つの群集は区別される。多変量解析がspecies dependentで感受性が高いと言われるゆえんである。ただしそれは一般論であって、いつでもそうなるとは限らない。番所崎貝類相の場合、PCAでは解釈困難な結果しか与えないが、南方性種比率の変化は明瞭である。どちらがsensitiveであるかは群集の状態と、単変量として何を選ぶかにもよって変わる。

 一方、多変量解析の理論的問題点は、その本質的なあいまいさである。サンプルの情報はまずユークリッド距離や類似度指数に要約され、triangular matrixを経て平面図に位置づけられる。この過程で、横軸、縦軸や、サンプル間の距離が何を表すかがわかりにくくなっている。PCAの場合、軸の意味は主成分負荷量を見ることで推測できる場合もあるが、いつでもうまく行くとは限らない。MDSでは軸の意味はそもそも問題にされていない。これらはもともと群集分類に主眼を置いた手法であるから、これは当然と言える。しかし類別だけが目的では適用範囲が限られ、「なぜそうなっているのか」という重要な問いに答えることができない。多変量解析を用いた多くの論文が、読み進むうちに次第に論点がぼやけ、靴の上から足をかくようなもどかしい議論で終わるように感じられるのは、こうした理由によるだろう。そこでPCAでもMDSでも、環境データと結びつけるための方法が考えられているのだが、そのプロセスはいかにも回りくどく、無理やりひねり出したという感をぬぐえない。一方、単変量解析は、指標が何を意味するかが明瞭なので、環境条件などとの関係を検討しやすい。これは番所崎データの分析が示す通りである。

 ここで気になるのは、いわゆる「隠れた要因」の検出の問題である。たとえば、水温と南方性種比率が平行的に変化したことは、直ちに前者が後者に作用したことを示すものではない。実際には水温と相関するほかの要因が働いて、見かけ上水温と南方性種の同時的変化を結果しているにすぎないという可能性は常にある。これは単変量解析でもPCA-MDS型多変量解析でもどちらでも問題になることである。これを解決するには、生物群集に影響を与えうる無機環境要因相互の関係を、重回帰や数量化・類といった、別種の多変量解析によって分析するのが一つの方法と思われる。

 多変量解析については、それが生物データに適用され始めた当初から批判的な見解が示されてきた。いわく「(多変量解析は)数学的手法のお遊びをしているだけで、実質科学の発展には寄与していない」、あるいは、「問題の実質的意義を理解しない者が、とかく多変量解析に逃避する」。私はそこまでは言わないが、Yeates & Healy (1951)の次の言葉は傾聴に値するだろう。「単純な手法による現象の比較が基本であって、多変量解析のような複雑な手法は、それが必要かつ有望な場合のみ補助的に用いられるべきである」

 MDSは群集類別に徹して用いるならば、PCAよりも合理的かつ単変量解析よりも感受性が鋭い場合があるので、利用価値はある。しかしこのことは、単変量解析がもはや時代遅れで劣った方法であることを意味しない。後者のような単純な手段の方が、往々にして明快に現象に切り込みうるということを、改めて確認しておく必要があると思われる。

参考文献


奥野・久米・芳賀・吉澤(1981) 多変量解析法 日科技連
Clarke KR (1993) Non-parametric multivariate analyses of changes in community structure. Australian J. Ecol. 18: 117-143
Warwick RM & Clarke KR (1991) A comparison of some methods for analyzing changes in benthic community structure. J. Mar. Biol. Ass. UK 71: 225-244
Yeates F & Healy MJR Statistical methods in anthropology. Nature 168: 1116-1117

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