骨格標本の作り方

樽野博幸(大阪市立自然史博物館)



 山で動物の死体を拾った.そんな時は,ぜひ骨格標本にしておこう.そのために,いつでもポリ袋を持っていこう.ここでは骨格標本づくりのノウハウを紹介します.
1.計測の方法
 標本にしてしまったら,もとの大きさはわからなくなってしまいます.身体の大きさを測れる状態の標本なら,まず計測します.図1
使う道具: ものさし,巻尺(大型用),コンパス,ノギス(お金があれば)
(a)全長: 平らな板の上に背中をつけて,体をのばし,鼻の先から尾の先までをはかります。尾の先の毛は,はかりません。体をのばしながら,鼻先と,尾の先にピンを立てて,その間の距離をはかれば,誤差が少なくなります(図1-a).


(b)尾長: 腹を下にして,尾を持ち上げながら,ものさしの片端を尾の先から根元の方へずらしてゆくと,尾の根元でとまります.この時の長さをものさしで見ます.プラスチック製のものさしでは,端が0目盛になっていないのがあります.こんな場合には,切るとか,けずるとかして,端をゼロにして使うこと.この場合も,尾の先の毛の長さは入れません(図1-b).
(c)頭胴長: 全長から,尾長を引いた長さです.


(d)後足長: かかとから,いちばん長い指の先までを測ります(爪は除く).爪を入れて測った方がいいこともありますから,両方測っておいた方がいいと思います.爪の長さが入っているかどうかは,記録しておかなければいけません(図1-c).
(e)耳長: 耳の切れこみから耳の先まで.やはり毛の長さは入れません.コンパスを使うと便利です(図1-d).
 上の5つの他に,食虫類(モグラなどの仲間)では,前足の大きさを測ります.
(f)前足(長さ×巾): 手のひらの後端から,いちばん長い指の先(爪を除く)までが長さ.巾は,手のひらのいちばん巾の広い所を測る(図1-e).
 コウモリ類では,さらに次の3ヶ所を測ります.
(g)前腕長: ヒトのひじから手くびにあたる所まで(図1-f).
(h)脛長: ひざからかかとまで(図1-f).
(i) 耳珠長: 耳珠の内側基部から,耳珠の先まで(1-g).
 なおこの他に,体重も測っておくべきだと思います.

2.解剖
 いきなり次に進んでも時間がかかったりしてうまくいきません.皮をむき,内蔵や筋肉をできるだけ取り除きます.膝蓋骨や,ネコ科の鎖骨,そしていくつかのグループに見られる陰茎骨は筋肉について一緒に取れてしまうので,なくさないよう注意して下さい.クジラ類の寛骨も筋肉の中に埋もれていて見つけるのは大変です.
 解剖しながら頭部,胴,四肢,尾に分けます.この時,大型の動物の場合には,胴をいくつかに分けるために脊椎骨どうしの間接で切りはなします.

3.準備
 いくつかに分けたパーツごとに,寒れい紗で包みます.この後とくに(1)や(5)の方法をとった場合,よほど大きな動物でないかぎり,足や尾の先端などの小さな骨をなくすおそれがあります.それを防ぐためには包むのが一番です.また,別の方法の場合でも,4本の足の骨をまとめて骨にしてしまうと小さい骨の前後左右を区別するのはたいへん面倒です.だから,4本の足の骨は別々に包みます.ただしネズミくらいからそれより小さな動物の場合には,寒れい紗では網の目が大きすぎて,骨が抜けてしまうおそれがあります.

4.骨にする
 けものの標本は,毛皮の標本と,頭骨標本を作るのが普通のやり方です.そのため毛皮のはがし方や,保存の仕方には,決まった方法があります.


(1)砂に埋める
 地面に穴を掘って,きれいな砂で埋めて何ヶ月かたってから掘り出す方法です.穴の大きさはできるだけ広くしておきます。狭い穴に骨を重ねておしこんだのでは,掘り出しにくく,小さい骨をなくしてしまいます.また,穴の浅い所では骨になっているのに,深い所では,まだ肉がのこっているということになってしまいます.広い穴に,なるべくひろげて埋めた方がうまくいきます.掘り出す時には,少しずつ砂を掘って,骨の1部分が見えたら,そこをたどって体全体が見えるように掘ります.そのあとで,1つ1つの骨の包みを順番にとりあげます.こうすれば,小さな骨もなくさずにすみます.いい場所さえあれば,だれにでもできて簡単ですが,正確な地図を作っておかないとどこに埋めたのかわからなくなってしまいます.また海岸や川原の砂のようなきれいな砂をもってきて,その中に埋めないと土の色がついてしまいます.埋めてしまうと,私たちには,においはわかりませんが,犬にはよくわかります.掘り出されてしまうことがあるので,注意して下さい.私の経験ではシカくらいの大きさまでなら,ひと夏こすときれいに骨になっています.



(2)ウジに食べさせる→水に漬ける(図2)
 ハエの幼虫(ウジ)に筋肉や内臓を食べさせる方法です.この方法では,皮をはがず,そのまま始めても,できます.山で拾った標本では,もうウジがわいていてとても,解剖したり,詳しく調べる気のおこらないものもありますが,そんな時でも,この方法なら,なんとかなります.ただし時間はよけいにかかります.
 長い間,水につけるのは,骨の中の脂をぬくためです.ここを省略すると,あとで脂がしみ出してきて,ベトベトするし,臭いにおいもします.大きなポリ容器と,それを置く場所さえあれば,大型動物の場合,いい方法だと思います.しかし,ネズミや,モグラのような小型の動物の場合には,骨までかじられたり,頭骨をこわされたりして,よくありません.また,夏には,いくらフタをしておいても,においがしますから,できるだけめいわくにならない場所でやらないといけません.ウジに食べさせなくても,皮をはいで,内臓や筋肉をできるだけとってから,水につけて,あとは時間をかけて腐るのを待つ方法もあります.小型の動物でも,この方法なら,こわしたり,小さい骨をなくしたりせずにすみます.気温が低い時にこの方法をとると,筋肉が「水ろう化」してしまうことがあります.

(3)炭酸ナトリウムで煮る


 (1)と(2)の方法は,どちらも長い時間おいておかなければなりません.もっと早く,標本を作ってしまいたい時には,この方法でやります.
 炭酸ナトリウムのかわりに,重炭酸ナトリウム(重ソウ)も使えます.しかし,水酸化ナトリウムや,水酸化カリウムは,骨をいためやすいので,やめた方がいいと思います.炭酸ナトリウムの濃度が高いほど,また煮る温度が高いほど,早く,肉はとけてしまいますが,やりすぎると骨をいためてしまいます.ですから,時々ピンセットでつまみ出して,ハブラシでこすり,肉がはずれるようなら,そこでやめます.ずっと横で見ていられない場合には,40℃くらいで煮るようにした方がうまくいきます.絶対にふっとうさせては,いけません.
 (2)の方法で,筋肉がなくなった後も,骨から脂ぬきをするのに時間がかかります.そこで,骨だけになったところで,この方法に切りかえてもいいと思います.



(4)カツオブシムシに食べさせる
 カツオブシムシ類は乾燥した動物質のごみを食べる甲虫です,動物のひからびた死体に付いていることがあります.名前の通り,かつお節や煮干しを食べる害虫でもあります.博物館では,動物の剥製や昆虫の標本が食べられてしまうことがあります.このやっかい者を,逆に利用する方法です.
 標本にしようとする死体は,ふたができる容器に入れ,虫が飛んでくるのを待ちます.虫が付いたのがわかったら,ふたをして,今度は逃げ出さないようにします.残っている筋肉が湿るとウジが発生するので,湿らないように注意します.一度火を通しておくと良いようです.
 カツオブシムシは筋肉は食べますが,じん帯は食べません.だから,骨だけがつながった標本ができます.食べさせる前にうまく姿勢をととのえておけば,いろいろな姿勢の標本が作れます.この場合には,足などをバラバラにはしません.
 この方法は,時間がかかります.また,骨の中の脂が抜けませんから,大型の動物には向きません.

(5)野ざらし
 (1)と(2)と(4)を組み合わせたような方法です.森の中などで拾った骨は,実にきれいに骨になっています.これを,再現してしまおうという方法です.寒れい紗で包んだ骨をプラスチックのかごに入れて地面におき,それより大きなかごなどで,日よけをします.完全にかくしてしまうと,虫が飛んでこないし,雨にも当たらないので,うまくいきません.また日よけがないと,骨がいたんでしまいます.
 やり方を見てわかるように,この方法の最大の問題点は,適当な場所の確保です.

(6)その他
 やや専門的ですが,タンパク質分解酵素(パパイン)で筋肉を溶かしてしまうという方法もあります.私は試したことはありませんが,パイプの詰まりを直す薬品(PPスルーというのがいいらしい)に漬けておく方法は,手軽でいいという意見もあります.

〈たるの ひろゆき 博物館学芸員〉


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