43巻(1997)12月号


キジバトの巣場所

和田 岳


 大阪市のような都会にはたいして鳥はいないし,鳥の巣に出会うことなどない(ツバメとスズメなどを除いて)とは考えていませんか.しかし大阪市内には想像以上にさまざまな鳥が暮らしていて,さまざまな場所に巣をかけて繁殖しています.自然史博物館がある長居公園の周辺だけでも,1994年から1997年の間に,ドバト,キジバト,コゲラ,ツバメ,ヒヨドリ,モズ,カワラヒワ,スズメ,ムクドリ,ハシボソガラス,ハシブトガラスの11種の巣を確認しています.この他に,セグロセキレイ,シジュウカラ,メジロの3種についても,巣材を運んだり,巣立ちビナを引き連れたりしているのを確認しているので,巣を確認していなくても近くで繁殖しているのは確実です.
 以上の14種のうち,ドバト,スズメ,ムクドリ,そしておそらくセグロセキレイは,建物や電柱などのすき間や穴に巣をつくります.ツバメも建物に巣をかけますが,壁に泥を使って巣をひっつけます.コゲラは自分で枯れ木に穴を開けて巣をつくり,シジュウカラは自分では穴を開けずに樹にあいている穴を探します.残りのキジバト,ヒヨドリ,モズ,メジロ,カワラヒワ,ハシボソガラス,ハシブトガラスは,ふつう樹に皿型やお椀型の巣をかけます.
 キジバトはふつう樹に巣をかけるとあっさり書きましたが,樹ならどんな樹でもいいのでしょうか,どのくらいの高さに巣をかけるのでしょうか,樹以外に巣をかけることがあるのでしょうか.1986年から1989年に京都大学の北部構内で調査したキジバトの巣のデータに基づいて紹介してみたいと思います.


表1. キジバトの繁殖に利用された樹種

樹種 タイプ 巣の数 利用回数
アキニレ(Ulmus parvifolia) D 13 22
アラカシ(Quercus glauca) E 11 20
アオギリ(Firmiana simplex) D 10 12
クロマツ(Pinus thunbergii) E 8 12
イチョウ(Ginkgo biloba) D 10 11
メタセコイア(Metasequoia glyptostroboides) D 6 11
クスノキ(Cinnamomum camphora) E 5 8
イブキ(Juniperus chinensis) E 3 8
ゲッケイジュ(Laurus nobilis) E 2 8
セイヨウツクバネウツギ(Abelia x glandiflora) D 3 7
チャンチン(Cedrela sinensis) D 6 7
イヌマキ(Podocarpus macrophylla) E 1 7
キンモクセイ(Osmanthus fragrans) E 3 6
その他(26種) D+E 42 53
落葉樹(14種) D 59 79
常緑樹(25種) E 64 113
合計(39種) D+E 123 192
 タイプのDは落葉樹、Eは常緑樹を表す

図1:常緑樹と落葉樹を利用する割合の季節変化.上の数字は各月に確認した巣の数.
樹の種類

 表1にキジバトが巣をかけたおもな樹種をあげました.キジバトがどの樹種を好んでいるかを検討するには,調査地にそもそもどの樹種が何本生えているかというデータがいるのですが,残念ながら調べていません.今からそのデータをとろうとしても,建て替えなどで樹がたくさん切られてしまったので,もうどうしようもありません.
 樹種についてはともかく,図1に示したとおり,常緑樹には年中巣をかけますが,落葉樹が葉を落としている12月から3月には,基本的には落葉樹には巣をかけません.3月に落葉樹に巣をかけたのは2例で,巣をかけた枝は落葉樹でしたが,実はその枝は常緑のタケの中にのびていました.つまり葉で巣がある程度隠されるような場所にしか巣をかけなかったのです.



図2:巣の高さの度数分布.
巣の高さと樹の高さ
 巣の高さは平均4.1m(n=192)で,一番低くて1.5m,一番高くて10mでした(図2).巣をかけた樹の高さは平均6.6m(n=192)で,一番低くて2.5m,一番高くて18m.樹の高さと巣の相対的な高さ(巣の高さ/樹の高さ)との間には負の相関があり(n=192,r=-0.357,p<0.001),樹が高くなるほど樹の中で相対的に低い所に巣をかけていました.



地上営巣
 私が京都で調査したときには,一番低い場所につくられた巣でも地上から1.5m.地上では営巣しませんでした.しかし私が知っている限りでも,キジバトの地上営巣の報告が2ヶ所からあります.
 一つは沖縄県の鳩離島のものです.杉本は1978年から1979年にかけて西表島の北側にある小島である鳩離島で調査を行ない,392巣のうち30巣(7.7%)が地上につくられていることを見いだしました(杉本 1980).この異例とも言えるキジバトの地上営巣の原因として,杉本はこの島に樹が少ないことと,地上性の捕食者がいないことを指摘しています.
 もう一例は,北海道西部の林の中で1989年に見つけられた地上営巣です(Kawaji 1994).この林の林床にはササが密生しており,キジバトはササの株の中に,つまり実質的に高さ0mの位置に営巣していたそうです.


図3:本屋の軒先にかけたキジバトの巣.1995年6月2日に大阪市住吉区長居東3-1にて撮影.
人工建築物の利用
 もともと樹上に巣をかけるキジバトですが,初めて人工建築物に巣をかけたことが報告されたのは,生息地を都市環境まで拡げてしばらくたった1977年のことです(川内 1992).その後,1980年代に入ると,人工建築物での営巣が数多く報告されるようになりました.
 京都大学構内での観察では,1986年から1987年まではすべての巣が樹につくられましたが,1988年には初めて建築物上に巣をつくりました.この巣はつくっただけで産卵には至らなかったのですが,1992年には建築物上につくった巣で産卵し,雛を巣立たせるのに成功しました.1993年には建築物に巣をかけて繁殖する例がさらに増えました.1994年に自然史博物館に就職してしまいその後の状況はわからないのですが,1986年から1993年までの8年間だけでも,キジバトが建築物に巣をかけて繁殖する傾向が強まったことは明らかです.
図3は長居公園の近くで見つけた建築物につくられたキジバトの巣です.本屋の店先なので,何度も取り除かれているのですが,何度取り除いてもほとんど同じ場所に巣がかけられます.店の人もあきらめたのか,最近では取り除いていないようです.この文章を書いている1997年11月14日の時点でもこの場所にキジバトの巣があります.店の人とキジバトの闘いは,とりあえずキジバトの勝ちといったところでしょうか.
キジバトの建築物での営巣はこれからも増えていくのでしょうか.キジバトの今後は目がはなせません.


引用文献

杉本 徹(1980)鳩離島におけるリュウキュウキジバトの集団繁殖生態−特に営巣場所を中心として−.琉球大学理工学部卒業研究.
川内 博(1992)キジバト.Urban Birds 9:53-55.
Kawaji, N. (1994) Lower predation rates on artificial ground nests than arboreal nests in western Hokkaido.Jap.J.Ornithol. 43:1-9.


(わだ たけし:博物館学芸員)


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